第二話 ボロボロマシン猛レース② ~途中までお好み焼きだったもの~

「いや悪いねお二人さん……実はアタイらのお好み焼き、ちーっとも売れなくてさ。まぁ普通に味見してくれたら助かるよ」

「いえいえこちらこそ……ご馳走になってしまって」


 互いに頭を下げる姉御とメリルに、


「それよりいつ食べられるのかしら」

「ああぁん!? 黙ってろよテメェはよぉ!」


 睨み合うショーコとクリス。


 鉄板越しに交わされる二種類のコミュニケーション。もっとも話を進めるために後者のそれは必要なく。


「ほらほら押さえてショーコ、さっさと準備しな」


 ため息をつきながら促す姉御。だがまだ納得がいかないのか、ショーコは口元を尖らせる。


「けどよぉ、姉御ぉ……」

「今日がっぽり稼いで明日の試合で使うんだろ? それにこのままじゃそこの食材だって無駄になるだけだろ、え?」

「……押忍ッ!」


 少しの間の後、ショーコが威勢のいい声を出す。この二人の関係はいつだってこういう類のものだった。


「あのー姉御さん……一つ質問よろしいでしょうか」

「なんだい取り巻きの嬢ちゃん?」


 と、その前にメリルが手を上げる。どうしても彼女には不思議でならない事があった。


「お好み焼きって、その……きちんと分量測って作れば、えーっと、失敗しない……ような気もするんですが」


 それは決して煽りなどではなく、彼女の本心だった。極端に技能が要求される料理ではない事ぐらい知っていたのだ。


「それなぁ……アタイらも別に目分量でやってるわけじゃないんだぜ? だからこそ、なーんで売れないかわかんなくってね」

「はぁ、手順を拝見してもよろしいですか? わたし料理なら一通りできますので」

「おーっ、そいつは心強いね! ほらショーコ、見せてやんな!」

「押忍ッ!」


 二度目の威勢のいい返事をすれば、鉄板が溜まった熱を放出し始めた。というわけで調理開始。


「まずは熱した鉄板に油を引いて……」

「普通ですね」


 食用油を鉄板にたっぷり垂らし、ショーコはヘラでそれを薄く伸ばしていく。


「で、用意したお好み焼きのタネを丸く広げると」

「あーいい音するわね……久々に聞いたわ」


 次はお玉で一人前をすくい、器用に円形に伸ばしていく。水分が蒸発していく景気のいい音は、食欲をそそるには十分すぎた。


「豚肉を上にのっけてっと」

「ちょ、もう一枚乗せなさいよ」


 薄い豚バラ肉を二枚乗せれば、悪態をつくクリス。しかしショーコはそれを無視し、鉄板とお好み焼きの間に二本のヘラを差し込んで。


「ひっくり返す!」


 宙を舞うお好み焼き。百八十度回転したそれはそのまま鉄板に落下する。


「おー」

「手際いいですね」


 思わず声を漏らすクリスとメリル。肉の焼ける音と香りはもはや暴力的と言ってもいい。


「んで、良い感じに焼けてきたら」


 決してお好み焼きをつぶさず、ただひたすら火が通るのを待つ。クリスは生唾を飲み込みながら、最後の決め手をじっと待つ。


「いよいよソースね」


 そう、ソース。


 このソースが焦げる匂いこそお好み焼きの醍醐味と言っても過言ではない。焦げる、へばりつく、洗うのが面倒……何とでも呼ぶがいい、この香りこそまさに暴力を超えた兵器。


 その黒い祝福が今、お好み焼きの上に。


「……生クリームだ!」

「えっ」


 違った、全然違った。何か白いのがのっかった。


「いいぞショーコ!」


 合いの手を入れる姉御、だがクリスとメリルにとってみると全然良くなかった。


「そしてここでチョコソースとミントを添えたら」

「ちょっ、ま」


 マヨネーズと青のりの代わりに乗せられるのは、何かもう違うものだ。


「アタシと姉御の大好物の……イチゴだああああああああああああああ!」


 最後に乗せられるのは禁断の果実。食べ合わせという意味で禁断。それはもう全然合わない。


「あの、その、なんで……」


 ――うろたえるクリス。


 最早鉄板の上に置かれたそれは、なにかこう意味が通じない食べ物であり。


「ハン、愚問だな……決まってるだろ、そんなの」


 器用に紙皿の上に乗せると、得意げな顔で差し出すショーコ。


 そして出て来た一言は、どこか予想できるものであり。




「本当は……クレープ屋がやりたかったってよぉ!」




 クレープとお好み焼きの出来損ないを受け取りながら、クリスは精一杯の苦笑いを浮かべた。






 少し屋台から外れたベンチに腰をかけ、途中までお好み焼きだったものを箸で突くクリス。


「クリス様……美味しいですか?」

「上半分を別物と言い張れば……」


 先に上だけ食べる事にしたクリスは、しかめっ面でそれを口に運んでいた。


 そして肝心の屋台がどうなったかと言えば。


「それにしても人気ですねぇ、お好み焼き」

「流石ソースの焦げる匂いは強いわね」


 実に簡単な事であった。


 生クリームやらのトッピングは封印し、ソースとマヨネーズに青のりと鰹節をかけてやるだけで、最早学園中に立ち並ぶ屋台随一の行列を作っていた。


「まぁ、クリス様のは独特なトッピングですけどね」


 メリルの皮肉に答えず、彼女はそれを黙々と胃袋に収める。最後のひとかけらを飲み込んだところで。


「おい貧乳! こっちは手が足りねぇんだ食ったらさっさと手伝いやがれ!」


 聞こえてくる威勢の良い声。クリスはそのまま立ち上がると、スカートの汚れを払った。


「仕方ないわね」


 その一言にまだ立ち上がらないメリルが目を丸くする。


「敵に塩を送るんですか?」

「ま、糖分は貰ったから」

「ですね」


 品の良い笑顔を返してから、メリルもその場から立ち上がる。


「じゃあわたし、後でソース味作ってもらおうかなー」

「あ、ずるいわよメリル私だってそっちの方が良かったわよ!」


 なんて言い合いに声をかけるのはまとめ役の姉御だった。


「ほらほら二人とも、休憩終わりよ!」

「はいはいっと」


 それから四人は日が暮れるまで、延々とお好み焼きを売り続ける事になる。何だかんだでその息を、ピッタリと合わせながら。

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