ずっと…… 11
「ほら。これで緊張が解けたでしょ?」
と、真っ直ぐな笑顔を向けられて、
一瞬で身体中の毛穴が開き、総毛立った気がした。
体温も一気に上がったようで、顔なんか熱くなり過ぎて頭痛がする。
「いつまで握ってるんスか?」
と、藍が達郎さんの手をペシッと叩いた。
「握るのは、母さんの手だけにして下さい」
と、半ば呆れたように諭す。
「藍君、何言ってるんだ?貴和子さんの時とは握り方が違うぞ」
「何、真顔で言ってるんスか?」
「まあ。達郎さんたら。ふふっ」
そんなやり取りも、その時のオレには頭に入ってこなくて、
変な汗も出てくるし、心臓は早鐘を打つしで、オレの中はパニックになっていた。
この時、ふと気づいた。
若い男性だからダメとか、お父さんは大丈夫とかじゃなくて、
性的行為を連想させる人がダメなんだ。
そう思ったら、今までの事が、ストンとオレの中に落ちてきた。
「ねえ。 もしかして……、2人は身体の関係は、まだなの?」
……は?
「はあっ?」
揶揄うような表情ではなくて、本当に知りたいみたいで、真顔というか真面目な顔だった。
何て答えたらいいんだ?とか、藍が対応してくれないかな?とか、達郎さんは要注意だ。とか…
………ダメだ。全然入ってこない。
熱…というか、顔だけが熱い。
目眩がする。この感じ…藍の学校に始めて行った時と似ている。
あの時は、景色が回ってる感じがしたけど…
ヤバい。行儀悪いって、思われるかな?
でも…堪えられなくなってきて、テーブルに突っ伏してしまって、
藍が名前を呼んでくれているけど、
目も開けられなくなってきた。
達郎さんや貴和子さんの心配する声が遠くに聞こえる。
このままじゃマズいと思うけど、身体が思うように動かない。
「大丈夫です」と、独り言のように繰り返す。
「部屋に行って休むか?」
藍の声が入ってきた。
部屋?それはダメだ。せっかくの夕飯、中座するわけにいかない。
「……貴和子さん……作っていただいた…のに……残したら…失礼…でしょ?」
「んな事、言ってる場合かよ」
「そうよ。少し横になった方がいいわ」
「ちょっと目眩がする…だけだから…」
そうだ。これ以上…迷惑かけられない…
オレは、気合いを入れて頭を持ち上げた。
「……ほら。……大丈夫…で…しょ?」
…あ…れ…?
藍の顔が、物凄いスピードで横にスライドした…と思ったら、今度は、天井が見えて…
ぁ…ヤバい…倒れる…
と、思った瞬間、力強く腕を引っ張られて、前のめりに柔らかい何かに、ポスッと収まった。
…ぁ…藍だ…藍の匂いだ…
「オイ! 大丈夫じゃねぇだろ」
藍の声が上から降ってきた。
ああ。もうこのままで、いいかな。
心地良い心音と声を聞きながら、そんな事を思っていた。
「あーくん。そのまま部屋に連れて行ってあげなさい」
え?ぁ……ダメ…ダメだ。このままじゃ…
オレは、今出せる力で藍の胸を押した。
「藍…オレ…この席…中座出来ないよ…行儀…悪いでしょ?」
「は?お前、何言ってんだよ。んな状態じゃねぇだろ?」
「あーくん!」
まただ。楽しい雰囲気だったのに、オレのせいでおかしな空気にしちゃった。
「愛さん?」
貴和子さんの声が近くで聞こえるので、ゆっくりと瞼を開けると、
貴和子さんは、オレの視線に合わせるように、目の前にしゃがんでいて、
そっと手を伸ばして、オレの頭を撫でてくれた。
「カレの両親を気遣う貴方の気持ちも痛いほど解るわ。一応、私も嫁だからね。でも、無理しちゃダメ」
「でも…オレ…」
「貴方の身体の事、心配なのは、あーくんだけじゃないのよ。私達もそう。だから……」
ずっとオレの頭をゆっくりと撫でながら話してくれてる貴和子さん。
心地良い感触と体温に、一度も会った事の無い母に思いを馳せた。
生きていたら、こんな風に優しく頭を撫でてくれただろうか?
母を知っている人は皆、オレを通して母の面影を見ていた。
それが嫌で、高校生の時家を出た。
オレに優しくするのは、母に似ているから、母の息子だから。
オレだって、母に会いたかった。死んでもなお愛される母に会って、話してみかった。今のこんな姿を見たら、母はどう思うだろう。
「ごめんなさい…オレ…本当は…こんなに…弱く無いのに…ごめん…なさい…こんな面倒くさい…身体で…」
懺悔を藍の胸の中で何度も繰り返した。
「愛?泣いてるのか?」
藍は、ちょっとだけ身体を離してオレを見た。その優しい声色にホッとする。
でも、涙が次々と溢れてきて止まらなくなった。
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