第1話 藍の隠し事 1
「なあ…。オレのマンションで一緒に暮らさねぇ?」
嫌な思い出が沢山詰まったこの部屋を出た方がいいんじゃないかという、彼からの提案だった。
「ありがとう……でも…」
日数は少ないが、藍との思い出もたくさん詰まってるし、何より安堂達に負けて逃げ出すみたいで嫌だった。
「オレ…この部屋で、克服するよ。じゃなきゃ、意味が無い。」
「そっか……そうだな。」
意表を突かれた顔をしていたが、直ぐに、いつもの穏やかな微笑みで、答を返してくれた。
「それじゃ…インテリア買いに行かねーか?」
「へ…?」
「雰囲気が変われば、その……気分も変わるんじゃねぇかな?…と、思って…」
とても言いづらそうに、首の後ろを掌で擦りながら話してくれた。
言いたい事は、わかった。
「ありがとう。じゃ…一緒に選んでくれる?」
「おっ…おう。」
少し顔を赤らめて、視線を逸らした藍。
照れてる?
普段は、あんなに強気で攻めてくるクセに、
こんな会話で赤くなるなんて…
可愛い…。
こんな表情を見れるのは、オレだけだよね。
「何笑ってんだよ。」
「へへっ……あっ…今週の土曜日は?」
「ぁ……土曜日は、抜けられ無い用事があって…」
「じゃ…日曜日は?」
「悪ィ……今週末は行けねぇ。」
そっか……忙しいのか。
普段忘れてるけど、人気モデルだもんね。
前に、ロケの場合は週末に集中するって言ってたし…。
仕方ないよね。
「誘っておいて悪かったな。 その代わり、来週は行けると思うから。」
「うん。ありがとう。」
でも、楽しみだな。
学校以外で、外で会うの初めてだから。
「さっきから、何笑ってんだよ。」
教えてあげない。
*****
金曜日の夜、藍の携帯が鳴った。
週末は、泊まっていくことが多くなった藍。
今は、お風呂に入ってる。
暫く鳴ってるので、気になって画面を見てみると、
“北本透”と、表示されていた。
北本?……あ…北本君だ。
どうしよう…急用かもしれないし…
出てもいいかな…
北本君なら、伝言も聞けるし…
あーだこーだと、言い訳を考え、結局出た。
『遅ぇぞ!今、どこに居るんだよ!』
「すみません…愛です。」
『ぇ?!……おぉぉっっ!! あ…愛ちゃん?』
「はい…お久しぶりです。」
『お…おおっ。…で、紫津木は?』
「お風呂に入ってます。」
『ああ……お風呂ね……て、ふ…ふろぉ?!』
「?…はい。」
『………』
「え…っ?あ…っ…ち…違うんです! あ…あの…汗かいたから…夕飯前に入りたい……あっ……イヤ…変な意味じゃなくて…道場の帰りみたいで…あの……」
そこまで話すと、電話の向こうから笑い声が聞こえてきた。
「北本君?」
『あ?…ああ、ごめんね。 そんなに言い訳しなくてもわかるから、大丈夫だよ。 紫津木が、愛ちゃんのこと大事にしてて、まだ手を出してない…ていう話でしょ?』
「ち…違います!」
『あれ?そうだっけ?まあいいや。』
良くないけど…
『愛ちゃん…明日のことで、紫津木から何か聞いてる? あいつ、重大な作戦会議の途中で帰りやがったから。』
「いえ……何も。 明日、何かあるんですか?」
『あれ?もしかして、何も聞かされて無いの?』
その言葉にチクッとして、心臓の辺りが痛む。
「はい…。」
『ああ…。親善試合ん時と同じパターンだな…。』
そう呟いた後、北本君は、黙ってしまった。
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