運命の人は宇宙人

ためひまし

第1話 運命の人は宇宙人

高校生史上二度目の崖っぷち。一度目は英語のスピーチコンテスト。なんか知らないけど勝っちゃって校外で発表してこいみたいに言われた、あれ。まじで足がガクブルで嫌になっちゃうよね。今回は、席替えの上位互換。席替えも結構メンタルにくるときはかなりつらいものがあるけど、クラス替えは格別なんだ。『文系コース』『特進コース』とかで条件検索をかけていくとだいたい分かってくるけど、雑魚どもは眼中に存在しないとしてぼくの初恋ともとれるような人と、絶対に関わってはいけないような人の両極端の選択肢が目の前に現れるわけだな。正直、クラスはもう決まっているし、手にある緑色で塗られたプリントを裏返せば全ては分かる。シュレディンガーの猫だ、きっとまだ運命はぼくの方へと傾く道を残しているはずさ。そう信じてプリントを裏返す。

 「いえーい!」

はい来たダル絡み、例の関わってはいけないような人だ。止まらない暴走電車、猪突猛進の具合は新幹線なんかゆうに超えていた。まあ、そのおかげでかわしやすかったりする。

「なに? 朝早くから元気だね」

かわしたところで暴走電車なのだから周りのみんなが注目するに決まっていたんだ。あの元気すぎる声はホール全体に響いたのではないだろうか。パラパラと集まり始めた生徒のうち半数以上が一度こちらを視認する。まあいいや。このくらい。

「よく元気なのが分かったね! だってさ、お前と一緒のクラスだったんだぜ、うれしいだろ」

「は?」

言いたいことはたくさんある。けど代表してコイツにしておく。


終わった。


他にもたくさんあるんだ……。落胆した脳みそで考えられたのはただ一つ。そうしてプリントを舐めまわす。一番から二十三番までは地獄みたいなメンツ、人生ミスったかと思うくらいに。けど、二十四番飛ばして二十五番。あの悪魔が存在したことを無に帰すような天使が現れた。初恋ともとれるような人の登場だ。これでプラマイゼロ。悪魔と天使の強さは均衡していた。天使の強さは言わずもがな、最強なのは譲れないが、悪魔の強さに関しては強さを数値化した自分ですら分からないほどだった。いや、思い出してみればたくさんあった気もする、度を超えたダル絡み。ただのダル絡みまでは許してあげているのに終いには股間を殴ってくるんだ、あいさつ代わりに。他は声がでたらめにでかい。いちいち面と向かって話してくるのだってイラついているのに数十センチのパーソナルエリアガン無視の固定砲台をかましてくるから嫌だ、もっと静かな生活がしたいよ。あと、ぼくが少しでも聞いてないそぶりを見せると声のトーンをニュートラルからローに切り替える、あの瞬間がたまらなく嫌い。ぼくも聞いていないのは悪いとは思うけど、支度とかしているときあるし、それにちゃんと聞いているし、ぼくには気分の浮き沈みがあるし、それに少し激しい方だし、ずっと一方的に話しかけられたら冷たい態度だってとってしまうこともあるだろう。もう一つ、いつもどんなときでも『一緒に帰ろ!』ってうるさい。せめて帰りの時に言ったりしようや、一時限目のときに言われても分からん。あと、たまには一人で帰らせてよ。ぼくの青春を取らないでくれ。

『青春を取る』といえばいつぞやの事件を思い出す。九月のいつの日かに他クラスの女子から今までの人生にあったかどうか分からない誘いを受けたんだ。めちゃくちゃうれしくて跳ね上がりそうだった。誘いの内容は一緒に帰ろうとかあの悪魔にいつも言われているようなたかがそんな話だったけど、ぼくからしたらその『たかが』が胸いっぱいだった。それに世の中の高校生なんてその『たかが』で一瞬のうちに走り出していくんだ、体力が切れるまでのほんのひとときを。長続きするカップルは決して走ったりせずに、二人で呼吸を合わせて歩いていくんだ。ぼくは密かにそんな恋愛に憧れていた。さあ、ぼくの運命の人と帰ろうと秘かにかつ急く急くと歩いて教室をぬける。

ぼくの目の前には見えないガラスがあるように、誰かからかパントマイムをしろと言われているように全く動かなくなった。ぼくのこの空間にだけ作用反作用の法則が適用しているようだった。とりあえず首振りをして後ろを確認するとあの悪魔の右手にはぎっしりとぼくのリュックが握られていた。今まで作用反作用の法則だったこの空間がぼくが進もうとしている方向とは正反対の方向に動摩擦力がはたらく。ぼくはこのときすでに怒りモードだったから強めの口調で言う。

「なに? 忙しいんだけど、やめてくんない」

そう、いわば『怒り』だった。さほど強い口調ではなかったと思うが、それ以上の恐ろしさがあったかと自分でも思う。

「えー、いいじゃん……」

悪魔の言葉はそこでプツンと途切れた。いつもよりあっけない終わり方に少し驚いたけど、特にこれといって深く考えることもせずに運命の人に会いに行ってしまった。甘かった、浅はかだった、挙句の果てには少し強く言い過ぎてしまったのではなかったかと反省する自分さえいた。

待ち合わせ場所である校門にはすでに運命の人の影が見えていた。周りには男子生徒がワイワイとたいそう賑やかにしているが、我関せず、運命の人のもとへと向かっていった。まだ、LINEも交換していなかったからこの機会に仲良くなってLINEの交換ができればいいなとそう思っていた。

「お待たせ!」

そう言って、運命の人の前に立ち、少しうつむき気味の顔を覗き込むと緊張していて挨拶どころじゃない様子だった。ぼくは、一拍置いてからまた二拍置いて深呼吸をする、その後にまた話す。

「大丈夫? やっぱ緊張するよね、とりあえず、歩こ」

返事はなかったけど、頭が少し縦に揺れた気がするし、何よりも固まっていた足が動き出したから、良しとする。数十歩ほど歩いたところで運命の人の声帯が震え始めた。

「ありがとう……来てくれて」

「来るのはあたりまえだよ」

いかにも声以外にも震えてそうなその人の顔は思っていたよりもかわいかった。ぼくはこれこそ運命の人だとこの頃は信じて止まなかった。

ぼくの目の前には見えないガラスがあるように、誰かからかパントマイムをしろと言われているように全く動かなくなった。ぼくのこの空間にだけ作用反作用の法則が適用しているようだった。とりあえず首振りをして後ろを確認するとあの悪魔の右手にはぎっしりとぼくのリュックが握られていた。今まで作用反作用の法則だったこの空間がぼくが進もうとしている方向とは正反対の方向に動摩擦力がはたらく。正直、信じられなかった、この現象が誰によるものでどのような効果を及ぼすのかはぼくが一番知っていたからだ。

「なに? 誰?」

しらじらしい演技だこと、隣に女子がいる以上怒ってはいけない。どうにかして穏便にすませなきゃいけないんだ。でも、どんな抵抗もあの悪魔の前では無効化する。

「さあ、帰るぞ。先約を置いて先に帰るとは何事だ」

ぼくは、彼が何を言っているのか本当にさっぱり分からなかった。

 「先約はこの人なんだよ。頼むよ」

 悪魔は去らない。去る気は一切としてなく負けない気でしかなかった。

 「じゃあ、一緒に帰ろうぜ、それならいいよ」

 『それならいいよ』ってなんだよ、あたま湧いてんのかワレ! そう言いたい。

 「嫌なんだけど、やめてよ」

 間髪入れずに悪魔は話す、ぼくの会話を防ぐ作戦なんだ。

 「そちらのお嬢さんはどうなんですか? 別にいいですか?」

 そう聞かれたら奥手なこの子は了承してしまうに決まっている。どうしよう。

 「いいですよ」

 そこからは、ぼくが会話に参入することはなく、ただ歯切れの悪い悪魔と運命の人との会話だけが広がるだけだった。

その悪魔の介入からLINEも交換できずにぼくのたかが数十歩の青春は終わった。あの後、彼女から連絡が来ることはなく、ぼくからもあの悪魔のせいで近づきにくく、本当に青春は終わった。『たかが』が『たかが』で終わったんだ。

 

あの出来事が九月の終わりで、今は四月。六カ月ほどの暗黒期がぼくのもとへ来ていた。だからこそ、その暗黒期を払拭すべくクラス替えで一生の運気を使い果たしたつもりだったのだけど……。

 あの悪魔とはクラスが一緒で、よりにもよって天使までもが同じクラスに居るんだ。好きバレだけは避けなければならない。バレでもしたら多分学校に居られなくなるだろうな。

悪魔の男子からの印象というものは地にこびりついているが、女子からの印象というのはそこはかとなくいいらしい。それは、唯一の悩みとかが相談できる女友だちに聞いたから間違えはないと思う。まあ、たしかに身近にいる男子にしか分からないウザさは遠くから見守ることしかできない女子には伝わるはずもなく、ましてや悪魔はバドミントンで全国大会に出ているし、学業だって特進コースの三本の矢に入るはずだろう。顔だって今流行りの『塩顔』ではないけれど、好きな人は好きな『しょうゆ顔』だからバレンタインは割とすごいことになっていた。ぼくのもとには二個の義理チョコ。悪魔のもとには義理とみせかけた本命がいくつあったのか。女子目線からしたら男子の悪魔嫌いはただの嫉妬として捉えられているようなのだ。




『好きバレ』とはなんと怖いものなのか。ぼくは別に言ったわけでも、天使と親密に話したわけでもないのにバレたのだ。

なぜバレたのか。別ににこやかに会話をしていたわけでもないのに。


悪魔曰く、授業中とかその他の休み時間などのキョロキョロだそうだ。無意識に天使のことを追っていたらしい。


ぼくは、今、焦っています。何か行動を起こすべきなのでしょうか。


今日は、デートがありました。楽しい思いをできました。次のデートでは告白をしようと思います。校外ならばれないとそう思います。


今日は、二回目の告白でした。だいたい六月のことでした。二カ月も粘った努力の結晶なのでしょうか。告白にも成功しました。うれしい。



あたりまえの日常はどこに行ったのでしょうか。


悪魔はぼくの周りをうろうろして離れません。


天使はぼくのもとをどんどんと離れていくのに。


ぼくの日常はこれに移り変わったのでしょうか。


ぼくの日常はもともとこの日々なのでしょうか。


今日は、悪魔との対談がありました。ぼくにとっての決闘、悪魔にとっての雑談。


いつのまにか、あたりが暗くなってきました。何も考えたくありません。


ぼくが見えていないうちに、天使は堕天使へと変わっていました。堕天使の隣には悪魔が眠っていました。ぼくにはどうも美しく見えたのです。


赤く染まるグラウンドには野球部が直立で立っています。応援をする堕天使には今までのような光はありませんでした。けれども、破壊力だけは格段に伸びているのです。


恋は、人を成長させるのでしょうか。ぼくにはそうは思えません。反例はぼくです。


愛は人を豊かにするのでしょうか。ぼくにはそれが掴めるのでしょうか。


今は、いつでしょうか。


二月の十日でした。


受験勉強。

















拝啓

 あなたが創った世界でぼくは淡々と過ごしています。楽しくはありません。でも、今まで感じられなかった世界を与えてくれてどうもありがとう。需要するだけの生活には何の生産性も喜びもありませんね。ぼくには、その受容量がいっぱいです。また新しい世界を見せてください。あなたには他にも世界があるのでしょう。この受容した沈殿物は吐き出したくても吐き出せません。のどぼとけに手を突っ込んでみても出てくるのは、あなたが残した無常の世ではなく今朝食べたアイスクリームやお菓子だけです。とても気持ちが悪い。ステンレスの台所にうち吐かれた吐瀉物にまた同じことを繰り返す日々です。一年前の今日、起こった出来事はぼくの心を打ち砕き、二度と再現できなくしてしまいました。

 いつまでたっても変わらないこの日々にぼくはもううんざりしちゃったよ。

 ぼくに運命の人は来ないのでしょうか。

 ぼくの運命はどこに置いてきたのでしょうか。

 ぼくが運命に見放されたのでしょうか。

                                 敬具

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