第3話

 治療薬が新しくできたということを聞いたのは、それから数週間が経っていた。

 母さんもびっくりしていて、信じられないって表情を浮かべている。

「え……ほんとですか?」

「臨床開発の段階ですが症状が本格的に改善させるかもしれません。しかし、副作用がつらくなるかもしれませんが……」

 主治医の先生がうなずいて、少し重い副作用が出るおそれがあることも教えてくれた。

「大丈夫です! もし、その薬が効いたら、わたしと同じような症状の患者さんが、助かるかもしれないですよね?」

結希ゆき……本気で、病気と闘ってるもんね。先生、よろしくお願いします」

 母さんもわたしの意思を尊重してくれた。

 そうやって、病気の新薬の臨床試験に参加させてもらった。

 かなりリスクが伴うことも承知の上で、それを新薬を使う……わたしは期待をしている。


 待ち構えていたのは想像を絶する過酷な治療だった。

 確かに病気の症状は回復していたけど、しだいにわたしの体は異変を起こしていたの。

「え……うそ」

 副作用で髪の毛が抜けるのは知ってたけど、実際に抜けるとかなりショックだった。

 それと体調が突然悪化したり、良くなったりを繰り返していた。

 体調が悪化すると吐き気と頭痛がひっきりなしに襲ってきて、一日に何度も吐いて意識がもうろうとしたこともあった。

 一瞬、寝れたかと思うと吐き気で寝不足が続いていた。

 それは一ヶ月も続くこともあった。

「母さん……大丈夫だよ? 泣かないでよ」

「結希……辛かったら、やめてもいいのよ」

 母さんの言ったことは、たぶん娘のつらい姿を見たくなかったからだと思った。

 でも、その治療を諦めたくなかった。

 同じ病気になっている子と仲良くなったけど、ついこの前その子が亡くなったことを看護師の武田さんから聞いた。

 その子から、手紙をもらっていた。

『結希ちゃんは絶対に治るから、うちの分も生きてほしい!』

 たった一言だけだったけど、この手紙が励みになっている。

「母さん……この治療薬で助かれば、他にも苦しんでる人たちも治るかもしれないよ? そのためなら、わたしは大丈夫だから」

 ちゃんと治して、あの子のお墓参りにも行きたい。

 悠也に会って伝えたいこともある。

 ずっと言えていなかったことだ。

 それでも今度はいつ死ぬかわからない……そんな不安な状況を抜け出そうとして、この治療薬を試すことにした。

 この病気は年齢が上がるたびに生存率は低くなっていく。

 成人年齢の十八歳まで生きていけるか、正直……わたしにはわからない。

 ――負けたくない、絶対に治してみせる。

 その気持ちが強かったおかげで、なんとか治療はだんだんと効果を見せてきた。





 一年が経ち、体力や免疫力もついてきた。

 治療薬の副作用で抜けてた髪が伸びてきたけど、前の髪色よりは明るくなった。

 いまはベリーショートくらいにまで伸びている。

「結希。がんばったね」

「でも、まだ一時退院できただけだし」

 高校三年生になった年の春、成人年齢の十八歳になった。

 飲酒と喫煙とかを除けば、もう一人の大人として扱われる年齢になった。

「結希……悠也くんがコンクールで入賞したって、手紙が届いてたよ」

 一時退院……それだけでも、わたしは良かったの。

 ようやく家に帰れると考えていた。

 悠也にも会いたくなった。

 たぶん中学時代よりも痩せて、別人になっちゃったから気づいてもらえないかもしれないけど。

 そのコンクールは家の近くで、シャワーを浴びてからすぐに行くことにした。

 悠也に会えるなら、わたしはそれだけで良かった。

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