幽霊部員と怖い写真
七海けい
第1話
写真部の部室にて。
「ぇー……学園祭まで残り一週間なので、ぼちぼち、撮るだけ撮りまくった写真をチェックして、展示する内容を決めていきたいと思うのだが、良いか?」
「ぃえーい」
「ぉおー」
部長の俺(播磨)は長机一面に、写真の束を崩しながら広げた。
部員の奥田と民谷が、思い思いに写真を手に取った。これらの他に、デジカメの中にあるデータもあるから、いつもの雑談も含め、選別作業は長期戦になることが予想された。
「ぃやー。今年は大型新人の御陰で、良い写真がたくさん撮れたよねー」
奥田は机に腰掛け、際どい丈のスカートをひらひらさせながら言った。彼女は、小動物の写真を撮らせたら右に出るものはいない腕の持ち主である。しかし、それは彼女にとっては次点の趣味で、今一番にのめり込んでいるのは、UMA・UFO関連の写真をオカルト雑誌に投稿することである。
「一年の青山ちゃんな。あの子、本当に良い仕事してるよ。ほら、この写真とかさ」
民谷は、奥田に肩を寄せながら言った。彼は運動部の助っ人にも呼ばれる体育会系男子で、その背中や脹ら脛に多数のファンを抱えている。それ故、彼自身、抜群の被写体として非常に良い仕事をしている。そして、民谷と奥谷は良い雰囲気でもある。
奥田と民谷は、夏休みの合宿で撮った“心霊写真”を見せ合っているようだった。確かに、今年は良い写真がたくさん撮れたし、取り分け、界隈を喜ばせる“良質”な心霊写真が多かった。
だが、それは同時に頭の痛い問題でもあった。
今年の悩みは、そういうキワモノが多いことだった。うちはあくまでも写真部であって、ミステリー研究会じゃぁない。
展示会のど真ん中を飾るような、“写真としての”魅力とインパクトと兼ね備え、かつ一般受けするような一枚がなかった。
「そう言えば、青山のヤツ遅いな……」
俺は呟いた。
一年生の青山菊子は、ここ、都立八屋台高校写真部のホープである。
彼女には、余人を以て代え難い二つの利点があった。
一つは、彼女が美少女であること。
そして、もう一つは……
「──播磨ぶちょーぅ。“窓”からお邪魔しま~す」
……もう一つは、彼女が“幽霊”であることだった。
「青山。遅いぞ」
「すみませ~ん」
長い黒髪に、和風の白装束。腰から下が薄らとぼやけ、青い狐火を焚きながら、空を自由自在に飛び回る。彼女は絵に描いたような、俗信そのままの幽霊だった。
「ところで皆さん、私のことを誉めてました? 誉めてました?」
青山は俺の頭上を飛び回りながら、ドヤ顔の笑顔を振りまいた。
「ん? ……ぁあ。まぁ、そうだな」
俺は、目に入った“心霊写真”を一枚取り上げた。これは、夏の合宿で最後に撮った集合写真の一枚だが、四谷の半透明で色白な手が、ばっちり、奥田の右肩に添えられていた。
「ポルターガイストやオーブから、不気味な手足や部位の消失まで。青山ちゃんがいれば、一通りの心霊写真が撮れるよねー。もう何枚も月刊Mゥに送ったよ」
奥田はケラケラと笑った。
「オマケに、少し“本気”を出してもらって着飾れば、それはそれでグッジョブな被写体として通る万能美少女だからな。なぁ播磨。今年はいっそ、青山ちゃんをドーンと押していく感じで良いんじゃないか?」
お気楽に言う民谷を見て、俺は「なんだかなぁ」と頭を掻いた。
確かに、青山の可愛さは折り紙付きである。実体化してもらった上で、年頃なりの服装をしてもらえれば、大手雑誌のミスコンでも十分通用するんじゃないかという魅力を、彼女は持っている。
しかし……
「……写真部の趣旨と俺の主義に反する。この学園地縛霊にドヤ顔を乱発されるのは本意じゃない」
「もぅ、ぶちょうはほんと素直じゃないですねぇ」
青山はニヤニヤしながら、長机の上に留まった。
「じゃあ、私はぶちょうとのツーショット写真を数えてますね」
「好きにしろー……。……ところで、今日、岩見は来るのか?」
俺は奥谷達に聞いた。
岩見四ツ夜は、写真部の副部長である。
「岩見ちゃんは……多分、生徒会の方に出ずっぱりなんじゃないの?」
「文化祭前だしな。忙しくてこれないだろう。会長だし」
奥谷と民谷は答えた。
「青山は何か聞いてるか?」
俺は青山を見上げた。
「一枚~……二枚~~……三枚~~~……」
「……」
青山は、俺とのツーショット写真を数えるのに夢中になっていた。大半は青山が俺にイタズラを仕掛けている構図であり、俺としては、未来永劫封印したい写真の数々である。膝かっくん、ラキスケ、空気を読まない映り込み……小学生レベルの所業である。
「それに引き替え……」
俺は、一枚の写真を拾い上げた。被写体は、満天の星空だった。これだけで、誰が撮った写真かが分かる。
生徒会会長にして写真部の副部長、加えて天文部と登山サークルを掛け持ちする岩見は、文武両道・才色兼備の超エリートJKである。将来の夢はズバリ天体写真家で、頑固気質な両親を文句なしの成績で黙らせ続けている辣腕JKでもある。
「……部長ってさ、かなりの岩見ちゃん贔屓だよね」
「小学校も中学校も同じだったらしいし……ひょっとして、そういう仲なのか?」
奥田と民谷はからかうように聞いた。
「別にそう言う訳じゃない。……ただ単に、岩見の写真は見ていて綺麗だなって思うだけで……」
「むむぅ。……私の写真も誉めてくださいよ!」
青山は頬を膨らませながら、自分が撮った写真を俺に見せつけてきた。
「ピンぼけ、ピンぼけ、手ぶれ、ピンぼけ、逆光、ピンぼけ……酷いな」
「なら、これはどうですか!」
「何だコレ……」
「道行くJKを透視して念写してみました! この子、外見とは裏腹に結構派手な下着ですよね!」
「慎め。そして恥を知れっ! こんな写真、教師にバレたらどうすんだよ!」
「男の先生だったら、この写真で買収しちゃえば良いんじゃないんですか?」
「馬鹿か! 燃やせ、大至急!」
「ぇえ~……」
青山は物惜しげに口を尖らせながら、それを狐火に投げ込んだ。
「お前、他にも妙ちくりんな写真を撮ってないだろうな?」
「ぃやあ……こんな写真ばっかりですよ?」
「……」
俺は目を凝らして、不都合な写真を片っ端から拾い集めた。
露出魔の地縛霊。スカートの中を仰ぎ見ている人面犬。カップルのデートを鬼の形相で睨んでいる中年の女幽霊(これは人間?)。公園のベンチでうっかり一線を超えちゃった男女の残留思念エトセトラ……良くもまぁこれだけの被写体を見つけたものである。
「……、……部長っ?!」
「ぉい、播磨っ。後ろ!」
突然、奥田と民谷が俺の方を指差して叫んだ。
俺は首を傾げた。
「? ……ぉいおい。そーいうのは怖い写真を見ている時にやるから意味がある訳で、今はそのタイミングじゃないだろう?」
「違います! ぶちょう、後ろ!」
「だから……」
俺が視線を上げると、青山が目を白黒させながら、ビュンっと部室の隅っこに引っ込んでいくのが見えた。
「……?」
さすがに俺はただならぬ空気を感じ取り、渋々、奥田達が指差す方に振り返った。
「──……ぁおやまくんッ!」
「ぉわぁッ!?」
俺の真後ろに、頭から水草を被ったビショ濡れの少女が突っ立っていた。彼女は制服の裾や袖からボタボタと生臭い水滴を垂らしながら、ベチャリ。と、俺の肩に抱き付いてきた。
「ひょっとして……岩見っ?! いったいどこから……」
「窓から……っくしょん! ……」
岩見はくしゃみをした。かなり体が冷えているようだった。
俺は背後の窓を見やった。なるほど確かに、窓枠から俺の所まで、点々と水溜りが連なっていた。
「……ぇえと、とりあえず、……何があったんだ?」
俺は聞いた。ついでに民谷に目配せして、運動部用の吸水タオルを貸してもらった。
「……水泳部が文化祭で観覧競技会をやりたいと言い出して……、水温や水質的に問題がないかどうか確認しに行ったんだ。……っしゅん。……そしたら、案の定、水面は緑色で……っくしゅん!」
「その確認中に、うっかりプールに落っこちちゃったってこと?」
奥田は聞いた。彼女には、着替えの体操着を用意してもらった。
「……ぃや。あれは、誰かに突き落とされたんだと思う」
「誰かに……突き落とされた?」
俺は聞き返した。
「それはともかくとして、どうして岩田ちゃんは窓から入って来たんだ?」
民谷が心底不思議そうに聞いた。
「着替えの用意は無かったし……それに、この格好で校舎内をぶらつく訳にはいかないだろう?」
「その格好で校舎の壁をよじ登ってくるのも大概どうかと思うけどな……」
俺は、雑巾と新聞紙の用意をしながら言った。
「案ずるな。存外、人は上を見ていないものだ」
岩見は至ってサバサバした様子で、窓枠に片足を掛けると、スカートやワイシャツの裾を絞った。グラウンドの路肩からは悲鳴が聞こえてきた。
「……でも岩見センパイ。そのビショビショの格好でぶちょうに抱き付く理由はどこにもありませんでしたよね」
青山は、棘を忍ばせた声で言った。
「……っ」
岩見の動きが、一瞬だけ止まった。
青山にしては、なかなかに鋭い指摘だった。
「さては岩見センパイ……狙ったんですね?」
青山は顎に手を当て、探偵気取りに言った。
「どういう意味だ?」
俺は青山に聞いた。
「ぶちょう。分かってますか? 今、ぶちょうは岩見センパイに抱きつかれたんですよ? いつも撮影会の時はお空と睨めっこしている岩見センパイが、大胆にも、そして強引にも、どさくさ紛れてぶちょうに抱き付いたんですよ! こ・れ・は、事件です! 意味不明なシチュエーションから脈略のないスキンシップ! これはぶちょうと私の関係に対する明白な挑戦ですよ!」
「死んだ時に脳味噌も置いてきたのかお前は……」
青山が唱える突っ込み所だらけの主張は別として、俺は、岩見の挙動を確認した。彼女は恥じらいもなく俺達も目の前で体操着に着替えると、くるりと俺の方を向いてきた。
「……青山さんの言い分は間違いではない。……でも、青山さんだって、私と播磨君の間にちょっかいを出そうとしたんじゃないのかい?」
「な、ななななななななな何の話ですかっ?!」
青山は壊れたCDのように反駁した。
俺は首を捻った。
「岩見と俺の間……? …………ぉい、まさかコレってそう言う感じの話なのか……?」
俺は自意識と葛藤しつつ、奥田と民谷の方に確認を乞うた。
「さぁ。なにせ私と“たみやん”は、部活の間しかいちゃついてないからね。そういう露骨な横恋慕の経験はないよ?」
「詰まるところ、俺らを参考にされても困るってことだ。ファイトだぞー、播磨。ラブコメだと思って乗り切れ!」
「……」
このやろう共。と思いつつ、俺は二人の真意に耳を傾けることにした。
「……岩見。簡潔に言い分を説明してくれ」
岩見は咳払いをして、目を逸らしながら口を開いた。
「……要するに、私は今日、播磨君と一緒に、プラネタリウムに行く約束をしようと思っていたんだ。日取りは、明後日の土曜日にしようと思っていた」
「で……?」
俺は続きを促した。
「で、そのことを霊的な力か何かで見抜いた青山さんが、私に風邪でも引かせようと思ってプールに突き落としたのではないか……と、私は推測している」
「……青山。何か反論はあるか?」
俺は青山を見上げた。
「冤じゃいです。……」
青山が噛んだ時点で、俺は結審した。
「青山。その狐火で岩田様を温めて差し上げろ」
「くぅ……無念」
青山は狐火を二つ、勝ち誇った笑みを浮かべる岩見の傍らに飛ばした。
「……ところで、播磨君……」
「土曜日の件は了解した。……あくまで健康第一だがな」
「ぅん、気を付けるよ」
「それと、だな。……」
俺はポケットからデジカメを取り出した。
「一応、仲直りしとけ。……全く、生物と死人が張り合うなよ」
岩見と青山は不服そうにしながらも、互いに顔を見合わせた。
「それもそうだね……」
「仕方ないですね……」
どうせなので、二人には奥田と民谷の人形になってもらった。
青山と岩見には、向かい合うような立ち位置で、中良さげに両手を握り合って、胸と胸、顔と顔を寄せ合う感じで、一枚のフレームに収まってもらった。
「青山ちゃん。……わざわざ実体化してまで爪を立てることはないんじゃない?」
「センパイこそ、私の手の甲に爪が食い込んでますよ? かなり痛いんですけど」
「そうか。それはすまないね。……っ!」
「ぐぬぬ……センパイがその気ならっ!」
「……んじゃ、こっち向け。ハイチーズ」
パシャリ。とシャッターを切った後、俺は撮れ高を確認した。そして、思わず「怖ぇ……」と声を漏らした。
「どしたの? チュパカブラに壁ドンされたみたいな顔して」
「俺達にも見せてくれよ」
俺は、奥田と民谷にデジカメを渡した。
「あらまぁ……」
「なるほどこれは……」
写真の中で岩見と青山が見せつけていたのは、目映いまでの笑顔だった。これだけ見れば、岩見と青山を百合カップルと誤認するレベルである。
「……一応、播磨君が撮ってくれる訳だし。奮発しておいたよ」
「せっかく写真に残るんですから、怖い顔はできないですよー」
岩見と青山は、互いにそっぽ向きながら、手をはたいていた。
*
なお、後日談。
文化祭の時、あの写真は、写真部の展示会で大いに注目された。女子人気高めの会長と、男子の心臓を鷲掴みにしたミステリアス少女のツーショットは、買い値を付ける客が現れるまでに至った。
ほんの一瞬を切り取る写真とは、かくも恐ろしいものか。
当事者達を除き、その事実を知る者はいない。
~終~
幽霊部員と怖い写真 七海けい @kk-rabi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます