第15話『雪女はニートになるようです』

「サトシ殿~! 海産物を

 獲ってきたギョギョ」



ゴーレムが引く荷台を見ると

氷魔法で冷凍された海鮮類

が溢れんばかりに積まれていた。



「おお凄いっ。俺の好きな

 カニもエビもタコもイカもある!

 よく名前のわからない魚もいっぱいだ!」



「サトシ殿に喜んでもらえて

 なによりギョ! あと預かっていた

 野菜を売ったら味が良いと

 評判でめっちゃ売れたギョ。

 野菜の行商をするだけで

 金貨100枚稼げたギョ」


「おお。金貨100枚か!

 ハンギョさんやるじゃん!」



ハンギョは100枚の金貨の

入った金貨袋をサトシに

渡そうと差し出す。



「ハンギョさん、気持ちは

 ありがたいけどハンギョさんが

 稼いだんだから受け取れないよ」


「野菜は、サトシ殿とミミ殿が

 育てたものギョ。この金貨は

 受け取って欲しいギョギョ」


「今後は、村の発展と維持のために

 お金は必要になるかもしれないけど、

 ハンギョさん達にも生活があるでしょ?」



「確かに一理あるギョ。

 金貨があれば、それを元手に

 更に稼げる可能性があるギョ」


「ふーむ。1割くらい貰えると

 財政担当の魔王ユミルも

 喜ぶかもしれないのじゃな。

 農産物は妾と旦那さまが

 居れば作り放題だから実質的に

 タダみたいなもんじゃしの」


「なるほど。売上の1割か。

 それぐらいが妥当なのかな。

 金貨があれば村の共益費

 とかに使えるしいろいろと

 備品を調達するのが楽になるな。

 魔王ユミルも村の資金が少ない

 ことに頭を抱えていたからな」



情報の整理のために

サトシは3秒ほど思案した

あとにハンギョに告げる。



「それじゃあ、儲けの1割。

 つまり金貨10枚をいただこう。

 村の共益費として活用させてもらう」


「ギョギョギョッ!! 納税が

 たった1割で良いギョ?!

 漁師町インスマウスでは領主に

 8割は税でもっていかれていたギョ」



(うーん。めっちゃ無能な領主だな。

 確かにこの村の1割が激安だと

 いうのは理解できるが、それでも

 8割は無い。江戸時代の"七公三民年貢7割"

 よりもエグい税率とか、そりゃあ

 住民は逃げ出すやろ。やり過ぎだよ)



そんなことを考えつつ、

サトシはハンギョに応える。



「ああ。俺とミミはあくまで

 スローライフを楽しみたいだけ

 だから実はお金はそんなに

 必要ないんだ。その金貨90枚

 は自分たちのために使ってくれ」



もちろんサトシにも多少の打算はある。

前世でも売った時のインセンティブ売れた分だけ給料が増えるの率が

高い方が労働者のモチベーションは

高くなって一生懸命働くものである

ということは実体験として知っていたのだ。



「ありがたいギョ。魚人族ディープワン

 喜ぶこと間違いなしギョ」


「そうか。良かったな」


「ところで、話すのが遅くなったギョが、

 以前サトシ殿から頼まれていた

 氷魔法が得意な移住希望者の代表者を

 連れてきたギョ。雪女の村の族長の

 ユキさんだギョ」


「おー! 凄いぞ!

 早速紹介してくれるか?」


「おーい。ユキさん馬車から

 でてくるギョ~!」


「ハンギョっち、よんだー?

 ボクがユキちゃんユキー」


ハンギョが呼ぶと、

眠たそうな目をしながら

馬車の中から出てくる。


雪女の服は白い和服っぽい

感じの衣装でありいかにも

といった感じである。


髪は白髪、色白の肌に

眠たそうな垂れ目。

唇は艷やかな桃色である。



(ってなんなんだその語尾は!

 雪女だから"ユキー"とは

 安直すぎるだろ?!

 それはともかくユキさん

 色白でめっちゃ美人だな!)



「はじめまして。

 この村の村長のサトシです

 よろしくお願いします」


「サトシっち、よろしくユキー!」



サトシは雪女のユキの手を

握る。手を離そうとしても

――離れない。



「旦那さまよ。どうしたのじゃ?

 さっきからずーっと手を握って、

 これは妻の前で堂々浮気かのぉ?

 さすがに見逃せぬのじゃ」



ちょっと拗ねた様子で

ミミはサトシの耳元でささやく。



「いや、ミミ。これマジで離れないんだよ。

 なんか皮膚が氷で癒着して、

 無理に剥がそうとするとガチで

 ヤバいことになりそうな感じなんだよ……」



雪女の体温は-20度である。

この体温は調整することができない。

つまり――、今のサトシの

手のひらは凍ったドアノブを握って

離せなくなったような感じに

なってしまっているのだ。



「ごめん。ユキさん、俺の

 手完全に凍っていて離れないのですが、

 なんとかできますかぁ?」


「えへへー。やっちったー!

 ごめんね~! 冷たくする

 ことはできるけど温める

 ことはできないユキー」


「……そうなの」


「そういうわけで、サトシっち、

 薄皮をベリっ! といく感じで

 思い切って手を離すユキー」


「えっ。マジで? 怖いのだが?」


「サトシ。頑張るのじゃ!

 妾が隣で応援しているのじゃ」


サトシの隣で応援している

ミミの声に励まされ

思い切ってベリっと剥がしたら

サトシの手の表面の皮が

剥がれて夥しい量の出血。


(これ……。HPとか関係なく

 単純に死ぬほど痛いのだが?)


手の神経は他の部位よりも

多い。よって痛覚も膨大。

痛くて当然である。


サトシの隣に居たミミが

ポーションを手のひらに

塗り込み、軽く包帯を巻いた。



「あっはっはー。サトシっち

 すっごい血がでたユキー」


「あはっは……。想像以上に

 痛くて思わず涙でたよ……」



雪女は種族名であり、

実際は男女の性別はある。


男女問わずに超美形の種族

であり、男性も女性なみの

美しさであるため、性別を

問わず"雪女"という

種族名となっているのだ。



その外見は美しく、

人族の中には雪女に恋心を

抱くものも多い。



ただし、

――その体温は平熱で-20度。

アルコール飲料である

ビールも凍る冷たさである。


ちょっと本気を出せば

-100度まで体温を

低下させることが可能である。


体温を下げることはできても

上げることはできないので、

当然人と雪女がお布団の中で

"なかよし"や"わっふる"が

できるはずはない。



吟遊詩人たちの中で人気の

悲恋歌の中に

"人族の王子と雪女の悲恋の歌"

が残されている。


その内容はこのようなものだ。



****************



むかしむかし人族の王子が

一人の雪女に恋をした。


二人の恋を反対する親を

振り切り王子は駆け落ちをし

遠くの地で夫婦となった。


夫婦の契を交わした、

その初夜のことである。


王子と雪女が"わっふる"

していると旦那の"めっぷる"

が凍りまるでツララのように

ポキリと折れてしまった。


その結果、"わっふる"が

できないレス夫婦になり

王子と雪女は仮面夫婦生活の

末に、別居婚になった。


初夜の日以降"わっふる"できずに

欲求不満になった雪女は、

優しくイケメンな雪男に

忘れていた恋心を思い出し

行きずりの"もっふる"をしてしまう。


その逢瀬を知った王子が

血の涙を流しながら問い詰めるも

雪女から三行半を突き付けられる

という悲恋歌である。


この一連の出来事からできたのが

戯曲『雪と女王のアナ』である。



****************



(なんか気のせいか微妙に

 既視感のあるタイトルだな。

 それにしても何が悲恋なのか謎だ)



なおこの一連の事件の後に

他種族間で婚姻を結ぶ際は

婚姻後に事故らないように

事前に"わっふる"することが

推奨されるようになった

とのことである。



なお、凍結してモゲた王子の

名はロウカル。


彼は女に捨てられた怒りを

原動力に変え色恋に一切

関わりを持たずに国の発展に

命を捧げのちに"大聖人"と

呼ばれるまでになった。



王都でサトシとギルド嬢のコノハが

デートした"トワイライト橋"を

造るのに尽力した"大聖人ロウカル"

その人である。



(いやいや、そんなモゲ夫のことは

 どうでも良いんだよ。まずは

 ユキさんの住居の手配だ。

 確か、石造りの蔵とか保冷性が高い

 ところのほうが良いんだったな)



「ところでユキさん。これから移住する

 人向けに巨大な集合住宅を造ろうと

 思っているんだけど何人くらい

 移住してくるの?」


「23名くるユキー! 移住させて

 くれるならずっと部屋でぐうたら

 して蔵を冷やしてあげるユキー」


「そういえば、ユキさんたち雪女

 はどうしてこの村に移住しようと

 思ったの?」


「サトシっちの村でなら

 蔵でニートしてても衣食住に

 不自由しないと聞いて

 移住を即決したユキー!

 移住希望の雪女は

 みんなニート希望者ユキー」



この村を紹介したハンギョは若干

気まずかったのか、サトシから

目線をそらし頭をかいている。



「あはは。まぁ、基本的に蔵で

 暮らして氷室を冷やして

 いてくれればニートしてても

 衣食住は保証するよ。でも、

 冬はちょっとでいいから何か

 手伝ってくれると嬉しいな」


「冷やすのは雪女たちに任せるユキー!」


「はいはい。それじゃ、

 いまから家を作るよー」



氷室の建造予定地、

半径100メートル四方が銀色に輝く。



「『広域スケール』『制御コントロール』『建造クラフト』『硬化デュラブル』」



銀色に輝く地面から石造りの

巨大建造物がせり出してくる



「おお……。いつものこと

 ながら壮観じゃな」


「サトシっち、すごいユキー」


「ざっと。こんなものだ!

 石造りの家であれば

 俺にかかれば一瞬で造れるぜ」



「サトシ殿、それじゃあ

 海産物をこの蔵に入れても

 良いギョ?」


「もちろんだハンギョさん。

 ユキさんも中に入ってみてくれ。

 というか雪女が住んでいないと

 普通にこの氷室が機能しないからな」


「ユキちゃん、

 りょっかーいユキー!」



(なかなか苦しい語尾だが

 結構頑張るな。雪女としての

 意地があるのだろうか……)



「一応、一部屋一部屋かなり

 余裕のある造りにしたよ。

 気に入ってくれるといいけど」



せり出した巨大な石造りの

建造物は半分が食糧貯蔵庫、

半分が雪女の集合住宅である。



「うわー。すごいユキー。

 4LDKとは天国ユキ。

 ボクはここでのんびり

 ニートするユキ」



基本的に雪女は常時-20度の

冷気を発しているので彼女たちが

暮らしているだけで、完全な

氷室として機能する。


つまり、彼女たちが出歩かず

引き籠りのニート生活をしていて

くれるだけで十分過ぎる労働力

になっているということである。

むしろ、安定した冷却効率を

維持するためには怠惰な雪女

ほど優秀と言えるかもしれない。



(とはいっても、

 さすがに限度はあるけどな!)



これで食糧の保存については

一切の心配が必要なくなった

のであった。


そのあと、サトシがユキの

力を借りてミミにアイスクリームを

食べさせた時の台詞は

こんな感じであった。



「このヒエヒエの白い物体は

 "あいすくりいむ"、というのか?

 どれどれ、妾がちと舐めてみよう。

 ペロ。うっ。うまいのじゃー!」



そんなこともありミミはいつもに

増してご機嫌で大いに夜の"もっふる"が

盛り上がったとのことであった。


=================

【辺境村の開拓状況】


◆住民

土属性:1名

世界樹:1名

ドワーフ:35名

魚人族ディープワン:28名

魔王:1名

雪女:23名 ←New!

ゴーレム:たくさん


◇特産品

ケチャップ

あいすくりいむ ←New!

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