第2話『王都最後の一日』

「さて、追放されたは良いが

 これからどうしたものかな」



唐突なパーティー追放を受けた

サトシであったが、

不思議と心は軽い。



(俺のことをかばってくれた

 ユータのおかげだな。さすが勇者だ。

 なんだかんだでアイツは強いし世界の

 命運はユータに任せて大丈夫だろう)



「まずはお菓子でも買って、お世話になった

 人達のお別れの挨拶の時に持って行くか。

 本当は個包装された日持ちの良いお菓子

 なんかがいいんだろうけどもこの世界には

 無いから、無難にクッキーとキャンディー

 の良さそうなものを見繕うか」



サトシは成人してから40過ぎまで

派遣社員を勤めてきただけあり、

会社を去る経験は人よりも

多く経験してきたということもあり、

仕事を辞めるときの作法は心得ていた。



(立つ鳥跡を濁さず。

 長く生きていれば、あとでまた

 お世話になることも

 あるかもしれないからな)



サトシは、王都一番の高級菓子店で

一番高いクッキーとキャンディー

の詰め合わせセットを買えるだけ購入した。



「さてさて、まずはギルドで

 冒険者カードの返納手続きだ」



サトシは王都のギルドの受付嬢に

冒険者カードを返納したい旨を伝える。


ギルド受付嬢の名前はコノハ。

金髪ロングストレートの女性。

スラリとした体型である。

おっとりとした性格をしている。


元々は村の生まれだからか

その飾り気のない朴訥ぼくとつとした

笑顔で密かに恋心を募らせる

冒険者も多いという。



(まっ。おっさんの俺には

 関係の無いことだがな)





「えーっ! サトシさん、

 冒険者を辞めてしまうんですかっ!!」


(思ったより凄い反応だな

 コノハさんのこんなリアクション

 はじめて見たぞ)


「マジなんだ。とはいっても

 俺の場合、自主退職ではなく解雇に

 なったってのが正確な言い方なん

 だろうがな……ははっ」


サトシは革製のカバンから、

ケンジの署名が書かれた

"解雇通知書"を手渡しする。


「サトシさんを解雇なんて

 あまりに……酷いですっ!」


「慰めてくれてありがとう

 その気持ちだけで嬉しいよ」



「ケンジさんが、こんな物を書いたんですね!

 私、今からあの伊達眼鏡に直訴しますっ!」


(コノハさんが怒るのははじめて見たな。

 俺のために怒ってくれるのは嬉しいが

 あいつも腐っても勇者パーティーの一人だ。

 なんとかなだめてみよう)


「はは。気持ちはありがたいのだけど、

 ケンジとはこれからも今まで通り

 に接してやってくれ」


「私、許せませんっ! この前も、

 ギルドの受付に誰も居ない時こっそり

 ラブレター渡してきたんですよ。

 ああいうチャラい人、私。嫌いです」



(んんっ? ケンジがラブレター? 

 あいつはアホで小物だけど3年間

 一緒にみてきた限り女性関係には

 奥手な方だったはずだがなぁ……)


「まあ……恨まないでやってくれ。

 ケンジもだれかれ構わずラブレター

 をわたすようなやつでは無い。

 ただ、アホなだけだ……賢者なのにな。


 まぁ。俺も一応男だからケンジの

 気持ちを理解できないわけではないさ。

 コノハさんは美人だからな

 さすがはこのギルドの看板娘だけはある」


「びっ……美人……ですか?」


「おう。そう思うぜ。

 それはそうっと、これお菓子」


「うわー。これ! 王都で有名な

 テスラおばさんのクッキーじゃ

 ないですか? 

 しかも一番高いセットですよね?

 どうもありがとうございます!」


「はは。喜んで貰えて良かった」



「それと、ひとつお願いがあるのですが

 聞いていただけますでしょうか?」


「おう。コノハさんの言う事なら

 なんでも聞いちゃうよ」


「あの……もしご都合が良ければ、

 今日の四の刻に王都中央広場の

 噴水前に来てくれますか?」


「……っもちろん! 喜んで!」



それからサトシは王都でお世話になった

鍛冶屋、道具屋、宿屋に挨拶回りと

お菓子を渡しに回り、最後に

馬車屋に向かった。

馬車屋の主人は白髭のおじさんである。



「冒険者を辞めるって本当ですかの?」


「あぁ。まぁ、正確に言うと

 辞めるんじゃなくてクビだけどな」



サトシは自分の首元で親指を立て、

横一文字に切り。自嘲気味に笑う。



「クビですか……。

 いやはやなんとも世知辛い世の中ですな。

 それではサトシさんはこれから

 どうするつもりですかのぅ?」


「世界地図に描かれていない"化外の地"

 つまり、辺境に行ってそこを開拓

 して一人でのんびり過ごす予定だ。

 領内に済むとなると納税とか、作物の

 何割かは国に納めなかったりと面倒だしな」



「地図に記載の無い、化外の地……。ですか。

 いかにサトシさんが屈強と言えども、

 ……危険だと思うのですがの」


「なぁに、大丈夫だ。土属性の俺にとっては

 開拓は朝飯前。どんな荒れ地であれ

 畑を耕すのも土属性があれば大丈夫だ」


「調査団の踏み入っていない地域なので

 未確認のモンスターもいるかもしれませんよ?」



「なぁに、ダメだったら野垂れ死ぬだけさ

 それに、今までだっていつ死ぬか分からない

 状態で戦ってきたんだ。

 死ぬ時は死ぬ、ただそれだけのことだ」


「サトシさんの覚悟は確かなもののようですのぅ。

 これ以上この老体がとやかく口をはさむのは

 無粋なのでやめておきますぞ。

 ところで馬車はどんなものをご所望ですかのぅ?」



「これから一ヶ月くらいの長旅になる。

 途中整備されていない獣道も踏破

 しなければならない。それと、

 しばらくは荷台で寝泊まりする。

 そういった要件が満たせるやつを頼む」


「それではこの店で一番の2頭馬車を卸しましょう。

 座席は一番乗り心地のいいのを用意しますよ。

 明日の朝までには準備しておきますよ。

 送り先はいつもの宿屋の前でいいですかね?」


「ああ、それで頼む」



サトシは馬車に乗り行く先は一応決めてある。

それは3年前にはじめて転生した時に

はじめて訪れたハジマリーノ村から馬車で

3日ほど東に進んだ場所にある森林地帯である。



3年前に転生した当初はモンスターが

強すぎるのと、世界地図に描かれていない

地域は危険ということもあり、

遠くから眺めるだけにとどまっていたが、


いまでもあの美しいあの森と、

清らかな川がまぶたの裏に描かれる

ほど強く印象に残っているのであった。



(またあの美しい森を見たい)



目的地をその森林地帯に設定したのも

その程度の理由であった。

もとより特にあてのない旅なのだから

当然とも言えるだろう。



「おっと、もうこんな時間か

 ギルドの受付嬢との

 約束の時間か。予定の時間よりも

 半刻ほど早いけど先に待っておくか」



いままでお世話になった人たちへの

挨拶も済み、特にすることも

なかったのでサトシは早めに

中央広場噴水前に向かった。



「来てくれたんですね。サトシさん!」


「おお、コノハさん。

 少し早めにきたつもりだったんだけど

 もしかして俺、約束の時間間違えてたり?」



「いえいえサトシさんは間違えていないですよ!

 仕事が早く終わったので早く来たんです

 それじゃデート、しましょうか?」


「おっ……おう」



(落ち着けサトシ。"デート"というのは

 言葉のアヤというやつだ。

 これは若い子特有のジョークだ。

 真に受けるとダサいからな!

 ナイスミドルの余裕を見せつけるんだ!)



サトシはコノハととりとめのない

あれこれを話しながら王都の

街なみをなんとはなしに眺める。



コノハがぜひ見て欲しいという

場所について行く。



そこは王都の石造りの橋だ。

馬車が4輌並走しても

問題ないほどの巨大な橋。


トワイライトの橋。


過去の偉人である大聖人ロウカル

が築いたという伝承の残る橋。

現在、これだけの巨大な建造物を

建造できるものはいない。



「夕日を王都のこの橋の上から

 眺めるとすごく綺麗なんですよ」


「もう黄昏時たそがれどきか」


薄暗くなってきた空と、

夕日の光に照らされグラデーション

ができている。


ケンジとコノハは橋に

備え付けのベンチに座り

目の前に広がる大きな川と

王都の街並みを見下ろす。



「ほんと、綺麗です。

 川の水面に夕日の光がキラキラと

 煌めいて宝石のようです」



「はは。コノハさんは詩人だな。

 そうだな。見慣れた街並みでも

 こう意識して見ると随分違うものだな」


「そう、ですね」



少しコノハの頬が赤みをおびている

ように見えたが夕日があたって

そう見えたのかもしれない。



「私、サトシさんには本当に

 感謝しているんです」


「……」


「私の村がコボルトの群れに襲われていた

 時、サトシさんは颯爽とあらわれ助けてくれた」


「だけど……俺は、コノハさんの

 ご両親は救えなかった……

 俺がもう少し早く到着していれば」


コノハは瞳に力をこめ強く言い切る。


「いいえ、違います。

 私、ギルドに入ってから、過去の記録を

 読んでいたときに知りました。

 あれは誰かからの依頼でもなく、

 サトシさんの意志で助けに

 来てくれたということを知っています」



「ああ……あのことか。

 まぁ、突然のコボルトの群れの

 大襲撃だったからギルドでちまちま

 手続きしていたら村が壊滅すると判断したんだ」



「それもギルドの記録で知りました。

 ギルドのクエストが掲示される前に

 サトシさん単独でコボルトの群れを

 倒したからギルド長に散々叱られたことを」



「はは。あの人怒ると怖いんだよな」


「ギルド長、立場上は表立って

 サトシさんの事を褒められない

 だけで、お酒が入るとよく

 サトシさんのことを褒めてましたよ」


「ふむ。なんかむず痒い話だな……」


「自分にとって損しかないのに

 動いたサトシさんは良いヤツだって」



「ユータ以外のパーティーからも

 "偽善者"とか"協調性が無い"とか

 散々叱られたっけな。ははは」


「偽善、ですか。おおいに結構じゃないですか。

 ひとぜんと書いて"偽善"

 その行為を否定する人は私は許しません」


「なかなか含蓄のある言葉だな」


「私が、この綺麗な黄昏を見られる

 のはサトシさんのおかげです」


「……」



「私だけじゃありません。村の住民も

 サトシさんに命を救われました。

 おまけに、王都への移住の手配や

 職業の斡旋までしてくれて、みんな

 サトシさんに感謝しているんです」


「そう言ってもらえて嬉しいよ。

 ありがとう」


「私、サトシさんに知らず知らず

 父の面影を重ねていました

 いつもギルドの受付でサトシさんに

 会う度に父が帰ってきたような気がしていて」



(あっ!ぶねぇ……。雰囲気に流されて

 もう少しで俺、勘違いするところだった

 やっぱそうだよなっ!!!

 うん、分かっていたさ。しくしく)



「そうか」


「今だけでいいので、サトシさんのことを

 お父さんだと思って、

 寄りかかっていいですか?」


「ああ。俺の肩を貸すくらい安いものだ」



目をつぶり肩によりかかったコノハの

瞳からひとしずくの涙がこぼれ落ち、

サトシの肩を濡らす。


しばらくするとすーすーと

かすかな寝息が聞こえてきて

コノハが眠りについたことが分かった。



サトシは傍に寄り添うコノハの体が

冷えないようにマントを毛布のように

上から被せる。


小さな寝言で「パパ」という声が聞こえていた。

やはり、コノハにとって両親を失ったことが

心に大きな傷を残しているのだろう。



(俺にあの時、もっと力があれば……)



サトシは、自身が救った者の生の

暖かさと、助けられなかった者の

冷たい現実を噛み締めていた。


それはかりとくらがりが

混じり合う黄昏たそがれのようであった。



徐々に日が沈んでいく

黄昏の街を一人みつめるのであった。

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