04.ベッドの中に

「メアリーが、パパのお世話を?」

「うん。メアリーでいいと言うか……俺は、メアリーがいいんだよ」

「そう……なんですか。パパもそう言うことを言うんですか」


 メアリーが困ったようにうつむく。


――あれ? 励ますつもりだったんだけど、俺、何か変なこと言ったかな?


 反対隣へ顔を向けると、可憐かれんもよく分からないと言う風に小首を傾げる。

 直後、先導してくれていたノーム――ジャンバロの歩みがとつとして止まる。先程までいた天幕テントよりも二回りほど小さめのテントの前だ。


「今夜は、こちらのテントにてお休み下さい」

「分かった、ありがとう」と、可憐。

「それと、隣では湯浴みの用意もできておりますので、宜しければそちらもどうぞ」


 見れば、五メートルほど先にはさらに二回りほど小さなテントが建っていて、外皮の隙間から湯気が立ち上っている。湯浴み専用のようだ。


 早速、寝床として案内されたテントの中も覗いてみる。

 何かの動物の皮で作られた、寝心地の良さそうなベッドが三台並べられており、それぞれのベッドは天蓋キャノピーを下ろして目隠しすることも可能なようだ。


「なんつぅか、予想外の好待遇だな……」


 俺が独り言ちると、話しかけられたと思ったのか、後ろからジャンバロが、


「同胞の命を救い、災禍の元凶たる食人鬼グールを打ち倒した客人なれば、出来る限りの便宜を、と仰せ付かっておりますので」と説明を続ける。

「そりゃどうも……」


 食事はのちほど運ばせます、と言い置いてジャンバロが立ち去ると、俺はすかさずテントの中へ駆け込んでベッドに身を投げ出した。


「うっひゃぁ――! 気持ちいぃ――! 久しぶりにまともな寝床だぜ!」

「ローブくらい脱いだらどうだ?」と、入り口脇に荷物を置きながら可憐がたしなめる。

「ああ……。とりあえず、先に女子だけで湯浴みしてきたらどうだ?」


 俺に言われるまでもなく、すでに鞄からタオルを取り出している可憐。

 グールの返り血が飛沫しぶきとなって髪や体に付着した後だ。あらかた拭き取ったとは言え、やはり気持ち悪いのだろう。


「じゃあ……行こうか、メアリー?」

「はい、ママ」

「私も行くぅ」

 

 メアリーに続き、リリスも、ふわふわと飛びながら可憐の後に付いて行く。


――飛べるようになって、見た目はだいぶ悪魔らしくなったな。


 三人が出て行くのを見送ってから、俺もポールスタンドにローブを掛け、ついでに汗ばんだシャツも脱いで上半身だけ裸になり、もう一度ベッドに体を沈めた。

 シーツも、シルクか何かだろうか? 自宅のベッドよりも肌触りが良いくらいだ。

 全身の毛穴から、どっと疲れが吹き出してくるような気がした。


――それにしても……。


 と、先ほどのガウェインの言葉を思い出す。

 大長老たちとの接見を経て、新たに引っ掛かったこと、それは――。


 アウーラ家……つまり、メアリーやその両親が、他の守護家の画策によって意図的に取り残されたとして、その理由は何だったのか? と言うことだ。

 素直に考えれば『自分たちへのリスクを最小限に抑えつつ、グールの脅威だけは排除したい』と言ったところだろう。


 しかしそれだけなら、『アウーラ家が生贄に選ばれた』などと集落に戻って吹聴する必要はなかったはずだ。

 アウーラ家が首尾良くグールを倒す可能性だってゼロではなかったはずだし、もしそうなれば、逆に〝生贄〟の件は整合性を欠くことにもなりかねない。


 つまり、最初からアウーラ家がグールを倒すことはできないと、他の守護家連中は確信していたような行動なのだ。


 そもそも、グールはあの狭い抜け道を通って追ってくることはないのだから、アウーラ家も一緒にここへ移住すれば目的は達せられたはずなのだ。

 それにもかかわらず、縄梯子を巻き上げたりしてまでアウーラ家を置き去りにした理由は……考えたくはないが、一つしかない。


――アウーラ家をグールに殺させることこそが、目的だったんだ。

 

 なぜかは分からない。

 しかし、他の守護家がアウーラ家を亡き者にしたいと思う程にうとむ理由が、何かあったのだと考えるのが最も自然だ。

 そして、さらに心配なのは、その対象がメアリーにも及んでいるのかもしれない、ということだ。

 しかも、この地を立ち去れば良いというたぐいの理由ではないのだろう。でなければ、俺とメアリーの使役契約を邪魔しようとする道理がない。


――とにかく、明日、地上に出るまでは油断はできないな……。


 そんな事を考えているうちに、いつの間にかウトウトと意識が遠のいていく。


 まあ、可憐たちが戻ってきたら、起こしてくれるだろう。

 それまで、少しだけ、仮眠を取ろう――……




 どれくらい眠っていただろうか。

 感覚的には数分……五分か、長くてもせいぜい十分程度だと思うが、意識は完全に手放していた。

 その証拠に、ベッドの天蓋キャノピーが下りる音に全く気が付かなかった。


――キャノピー?


 キャノピーとは言っても、おとぎ話のお姫様ベッドに付いているような、レースのふわふわしたアレじゃない。

 動物の毛皮などをなめして作られた、機能としては外からの光や視線を遮断するようなベッドカーテンに近いものだ。


――それが……なんで下りてる?


 時間は短くても眠りは深かったのか、少し寝ぼけまなこのまま、上半身を起こそうと毛布を跳ねのける。


――毛布? 俺、毛布なんて掛けてないぞ?


 と、ここでようやく、はっきりと感じる違和感。

 キャノピーのせいで薄暗くなっていたため気が付かなかったが……。


――ベッドの中に……何かいる!?


 慌てて毛布をめくると、そこには――。


「な、な、な、な……!?!?」

「メアリーですよ」

「見りゃ分かるわ! 何してんだよこんなとこで!?」


 薄暗がりの中でも眩しく浮かび上がる、艶やかな金髪と透き通るような白い肌。


 ……そう、全裸だった。


 毛布の下で、下着すら付けていない、正に〝一糸纏わぬ〟華奢な肢体をあらわにして横たわっている金髪美幼女。

 慌てて、捲った毛布を元に戻してメアリーに被せる。


「な、なにごとですか……!」

「そりゃこっちのセリフだよ! 何なのいったい!?」

「何、と言われましても、見れば分かると思いますが……」

「分っかんねぇよ!」

「お世話ですよ。パパのお世話をするんです」

「分かんねぇ――ってば!」


 お世話という単語と、裸で寝ているメアリーの行動に整合性が見出せない。


――お世話? ノーム独特の、何か特別な風習でもあるのか!?


「く、苦しいです、パパ」

「ご、ごめん……」


 メアリーが毛布を押し下げて、ぴょこんと半分だけ顔を出す。


「さっき歩いている時に、メアリーにお世話して欲しいと言ったのはパパじゃないですか。もう忘れたんですか? やっぱり脳みその一部が……」

「大丈夫だよ! 脳みそは!」

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