06.よく知ってるのね

 松明たいまつを持って紅来くくるが立ち去ると、辺りは暗闇に包まれる。

 俺も立夏りっかの隣に腰を下ろし、並んで壁に背を預けた。


「松明、節約したいし、暗いままでいい?」

「……うん」


 あとは、いつも通り黙って紅来の帰りを待つだけ……と思っていたのだが、ほどなくして。


「テイムキャンプのこと――」


 不意に、立夏が口を開く。

 こいつが自分から話し始めるなんて滅多にあることじゃないぞ!?

 驚いて声の方へ顔を向けると、向こうも、息遣いで俺に見られていることに気が付いたのだろうか。


「なに?」と、すぐ傍の薄闇から立夏の声。

「い、いや、何でもない……で? テイムキャンプのことが、どうしたって?」と、話の先を促した。

「……みんなに、話した」


 テイムキャンプでのこと……と言えばもちろん、立夏との口移しの件だ。

 みんなと言うのは、一緒の部屋だった可憐かれん、紅来、華瑠亜かるあのことだろう。


「そうみたいだね。……三人とも、びっくりしてたんじゃない?」

「……してた。とくに、華瑠亜」


 林道での華瑠亜の剣幕が蘇る。まだ半日程しか経っていないはずなのに、いろいろありすぎてずっと以前のことのように感じる。


「だろうな……。今朝、部屋で変わったことがなかったか訊いた時、何で話してくれなかったんだよ?」

「誰でも、リアクションが大きくなることはあるから」

「まあ、そうだけど……」

「特に変わったことじゃない」

「ん~……そういうことを尋ねたわけでもないんだけど……」


 そんなこと言い始めたら、大抵のことは日常になっちまうぞ。


「俺も驚いたよ。キャンプでのことは、立夏も誰にも話さないと思ってたから」

「お腹、グリグリされたから」

「……グリグリ?」

「紅来に」


 ――???

 なんのこっちゃ?


「迷惑だった?」

「いや……やましいことでもないし、華瑠亜の誤解を解くのがちょっと面倒だったけど、おかげで紅来の詮索からは解放されたから……まあ、よかったんじゃん?」


 ダイアーウルフの咬創の件でも学んだが、立夏が困らないのであれば、下手に隠しておくよりはオープンにしてしまった方が気は楽だろう。


 隣で立夏が、息を吸って何かを言いかけて、しかし、考え直したようにまた息を吐く。彼女が自分から語るのも珍しいが、こんな風に躊躇ちゅうちょするのも珍しい。


「……ん? 何か言おうとした?」と、再び言葉を促してみる。

「華瑠亜……」

「うん」

「あなたのこと、好きなんじゃ?」


 ――はあ?

 もしかして、それが原因で華瑠亜が怒ったとでも思っているのか?


「いやいやいや、そう言うんじゃないっぽいぞ。なんか、俺が立夏に下心があって、わざわざあんなことしたんじゃないかって思って腹を立ててたみたい」

「…………」

「あの時は、そんなこと考えられるような余裕なんてなかったつ―の。なあ? あはははは」

「…………」

「あいつ、気分屋のくせに変な所で正義感を発揮することがあるから」

「……よく知ってるのね。華瑠亜のこと」

「え? いや、別に、それほどでもないけど……」


 そう言いながら、元の世界で弓道部にいた時の記憶が蘇ってくる。


 素人の顧問以外にまともな指導者がいなかったため、週に何日か、近所の弓道教室で指導してもらおうという話が出たことがあった。

 顧問の先生が一生懸命頭を下げて話を取り纏めてくれたらしい。


 ところが、教室を訪問した初日――。

 年輩の教士が部員の弓を無遠慮に手に取りながら『よくこんなぐにゃぐにゃの弓で引いてるなぁ』なんて馬鹿にするように笑いだしたのだ。

 さらに、十万円以上もしたと言う自分の弓の自慢話が続く。


 その様子を見ていた華瑠亜がスッと立ち上がり、教士の前に進み出ると、


「あなたの技術がどれだけ優れているかは知りませんけど、礼節を重んじる弓道において、人に教える資格はないようですね」


 そう言い放ち、道具をまとめてさっさと弓場を出ていってしまったのだ。


 もちろん、教士はカンカンだ。

 結局その日は練習にもならず解散。翌日、生徒指導室に呼び出された華瑠亜だったが、自分は間違ったことは言っていないと最後まで謝ることはなかったらしい。


 もちろん、元の世界とこの世界の華瑠亜は別人だ。

 それでも、改変前は近似した平行世界パラレルワールドだったようだし、俺の周辺で性格が激変しているような人物も見当たらない。

 少なくとも、本質的な部分はほぼ一緒と考えていいだろう。


 できればその潔癖さを、部屋の掃除にも向けてくれればいいのに、とは思うが。


「なんだかなぁ……」


 今度は、左の方からリリスの呆れ声。

 どこに行ったのかと思っていたが、リリスも俺の隣で、壁に寄りかかって腰を下ろしていたらしい。


「なんだおまえ、そこにいたのか。夜目が利くんだし、そのへん探索してこいよ」

「やだよ、お腹が減るし」


 取り付く島もない。

 なんて使い魔だ。


「って言うかさぁ、いくら立夏ちゃんとのことで潔白を証明するためって言ったって、普通あんなことまでさせる? 紬くん、難聴・・過ぎない?」


 林道でのキスのことを言っているのだろう。


「なんだよ難聴って……。あの時は売り言葉に買い言葉みたいな流れだったし、あいつもだいぶ血迷ってたから――」


 そう答える俺の言葉に被せるように、


「あんなこと?って?」と、今度は右側から立夏の声。


 この、背筋を冷たく撫でるような声色……記憶にあるぞ。

 トゥクヴァルスで、優奈先生とのことを問い質してきた立夏刑事の声だ!


「あんなことって?」


 再び、同じ質問。


「い、いや、別に、大したことじゃ……ってかリリス!」

「え?」


(え? じゃねぇよ。おまえまた、ギスギスの原因作る気かよ!)

 

 立夏に聞こえないよう、ヒソヒソ声でリリスをとがめる。


(あ……あのね! 私は悪魔なので! ギスギスさせてなんぼの存在なので!)

(いきなり悪魔目線になるなよ! おまえだってギスギス嫌がってたじゃん!)


「なに? コソコソと」

「ああ、いや、ごめん。こっちの話……」


 再び立夏の方へ振り返ったその時、暗闇の奥で、ボォ――ッと浮かび上がる炎の灯りが視界に飛び込んできた。


「おっ! 紅来だ! 紅来が帰ってきた!」


 俺も腰を上げて、灯りの方へ歩み寄る。


 ――助かったぞ、紅来!


 近づくにつれ、松明の炎のもと、徐々に紅来の姿が浮かび上がってくる。

 手にはまき……ではなく……。


 ――なんだあれ? 切り株・・・!?

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