07.光る双眼
――なんだあれ?
紅来が、根の一本を掴んで引っ張ってきたそれは、地滑りなどで崩れた斜面から流されてきたであろう切り株だった。
幹の直径は三十センチ、高さは五、六十センチ程度。
根と反対側――地面に引き摺られている側は、斧などで切り倒されたような平らな切り口だ。
「ちょうどお
俺も駆け寄り、根の一本を持って一緒に運ぶ。
流れ着いてだいぶ時間が経っているのか完全に乾燥しているようだ。何箇所か、縦にひび割れのような亀裂も入っている。
「誂え向きって……どうすんだよ、こんな馬鹿デカい切り株」
「まあ、任せといて」
ぼんやり立夏が見えるくらいの位置まで運ぶと、切り株を地面に立て、大小の石で周りを固めて切り株を安定させる。
「薪になりそうなものって……まさかこれを燃やすの?」
「まあ、そうなんだけど……」と
ガーネット採掘の時に、また後で使うかも知れないと思い、しまっておいたのを思い出す。
「そんなもので何をするんだ?」
「ごちゃごちゃ煩いなあ」
「だ、だって、気になるじゃん」
「じゃあ、歌でも歌って待ってろよ」
「う、歌って……」
紅来はタガネとピックハンマーを取り出すと、幾筋かの裂け目をさらに手早く広げ、最後に切り株
そこへ、拾ってきた小枝を詰め込み、松明で火を点けた。
すぐに、切り株の上部から白い煙が立ち昇り、隙間からチロチロと小さな炎が漏れ始める。例えるなら、切り株でできたロウソクのような見た目だ。
紅来が満足気に頷きながら、
「即席のトーチさ。これなら、切り株の内部を少しずつ燃やしていくから、焚き木をくべなくても一晩は燃え続ける」
「へぇぇ、やるね――!」
――そう言えば。
これと似たようなものを元の世界でも見たことがあるな。
確か、ビールか何かのテレビCMだったと思うけど……。
何なのか気になってスマホで調べてみたら〝スウェディッシュトーチ〟という名前の焚き火アイテムであることが分かった。
CMでは両端を綺麗にカットされた丸太を使っていたけど、紅来が作った切り株トーチもほぼ一緒の構造だろう。
「私は
「レンジャーかぁ……面白そうだね。俺でも履修できるのかな?」
「どうだろ? テイマーのことはよく分からないけど、選択科目だし大丈夫じゃない?」
この世界に転送されたその日にダイアーウルフ戦で重傷を負い、怪我が治ったところで今度は夏休み。
履修のシステム……というか、学校のことはまだほとんど分からない状態だ。
後で、同じテイマーの
そう、〝後で〟だ。
その為にも、こんなところでくたばってはいられない。
なんとしても生き延びて、また 後で、みんなに会うぞ!
突然、俺の右腕にしがみついてきた紅来に思考を中断させられる。
「おっ……おい!?」
――このパターンは……まさか!?
案の定、すぐに足元が不気味に動き始め、その波は徐々に大きくなっていく。
――地震だ!
切り株トーチが倒れないよう左手で押さえながら、紅来と一緒にその場にしゃがむと、しばらく辺りの様子を
今回は一分程度で揺れも治まり、落石などが発生した様子もなかった。震度で言えば、せいぜい四程度だろう。
しかし――。
「あ―もぉ―やだっ! こんなの! 寿命が何年あっても足りませんよ!」
俺の腕を離すと同時に、紅来が吐き捨てるように叫ぶ。
「紅来、地震があまり好きじゃないとか、そんなレベルじゃないだろ?」
「ええそうですよ! 大ッ嫌いですよ! 苦手ですよ! 悪い?」と言いながら、俺をキッと睨みつけてくる。
「いや、悪いとは言ってないけど……」
その時。
「紬くん! あれ!」
背後からリリスの声。
――ん? どれ?
振り返るが、まだトーチの火が弱く壁際は薄暗い。リリスの指がどこを差しているのか分からない。
「あれよ! 川の向こう!」
向こう岸へ顔を向け直し、再び目を細める。
言われてみれば、確かに、何か光る点のようなものが見える。
何だ、あれ?
見ていると、点が二つ一組になってゆっくりと横に移動を始める。
するとそこにまた、同じように現れる一
……違う! 一対、二対どころじゃない!
二十? 三十? いや、四十対以上はあるだろうか?
気がつけば、次々と現れた数十個の光点が、向こう岸で
「
叫びながら、腰の後ろで
あの目……確かあれ、華瑠亜も練習していた〝
「おれつえ――っ!」
紅来に
空洞に落ちてしばらく何も見なかったので油断していたけど……やっぱりいたのか、魔物が!
リリスがさっき聞いた不気味な喉鳴らしの音も、あいつらの?
突然の事態で俺があたふたしている間に、一対の光点――黒犬の光る双眼が川を飛び越え、二筋の光跡を伸ばしながら紅来へ向かって行く。
しかし――。
それを見て紅来もタンッと地を蹴り、一瞬で対象との距離を詰める。
迎え撃つのではなく、
飛び掛かってきた黒犬を、身を
直後、顔前で両腕をクロスさせて片膝を着き――。
ダガーの動きをトレースするように、血の筋が二本、宙に円を描く。
刹那――。
よく見れば、すでに二本の前足は切断されている。
大きさは中型犬程度。黒く短い毛並はドーベルマンを想起させる。
だが、蛇のような尻尾が一般の鳥獣とは明らかに違う種類の生物であることを物語っていた。
後ろ足だけで踏ん張りながら、鞭のような尻尾をピシピシと地面に叩き付けてもがく魔犬。その頭部を踏みつけて動きを止めると――。
ダガーで首を掻き切って止めを刺す紅来。
「な、何だよあいつら!?」
俺の問いに、しかしこちらを見向きもせず、斬った黒犬を蹴り飛ばしながら対岸の魔群を睨みつけ、
「ケイブドッグ……ランクは
最後は言葉を
しかし、紅来が言いたいことは俺にも分かった。
魔物の数が、多過ぎるんだ!
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