02.コイバナ

いたたたたぁ……」

「大丈夫ですか?」


 優奈ゆうな先生、本日三回目の転倒。

 ちゃんとスニーカーも履いているし、一応山登りは想定してきたようだけど……それにしても、こんなに転ぶものだろうか?


(手でも繋いであげたら?)と、リリスがポーチからコッソリ話しかけてくる。

(ええ!? マズいだろ、いくら先生とはいえ、男と女だし……)

(人間界の常識なんて知ったこちゃないけどさあ……これじゃあ時間が掛かってしょうがないよ! 私はお腹が減ったよ!)


 見れば、家から持ってきた食料は全て食べ尽くしてしまったようだ。

 早くキャンプ場の休憩所で、何か食べ物を買って欲しいのだろう。


「手、繋ぎます?」


 スカートについた土をポンポンと払ってあげながら、一応尋ねてみる。

 リリスの提案はさておき、知らんぷりしているのも悪い気がして社交辞令的な確認だったんだが……。


「うんうん! そうしてもらえる?」と、無警戒に手を伸ばしてくる先生。


 彼女から見れば五歳年下の男子生徒なんて弟みたいなものだろう。

 でも、十七歳と言えば体は立派な大人だし、十四歳で成人というこの世界なら十分に先生の相手になり得る年齢だ。


 なのにこの、アホな小学生並みの無防備さはなんだ? いいのかこれで?


 歩きながら、先生の小さくて柔らかい手にギュッと握り返されると、気持ちがおおかみ的な何かに負けてしまいそうになる。


 だ、だめだ! 何か雑談でもして気を紛らわせないと!


「な、なんで先生、回復術士ヒーラーなんて選んだんです?」

「なんで?って、おかしいかな?」

「先生は、回復するより、される方が向いてるんじゃないかなあ、と……」

「あはは! 失礼だけど、言えてるぅ」


 認めちゃったよ。


「なんでだろうねぇ……。特に理由はないんだけど、なんとなく?」


 そういえば、優奈先生の設定を考えたのは勇哉ゆうやなんだよな。

 俺たち、よく考えもせずに、先生に向いてない職業をやらせちゃったのかも。

 昨日の立夏にしてもそうだ。


 ――私も、テイマーになりたかったの。


 あれも、俺たちが魔法使いソーサレスなんて設定にしたせいか?

 だとしたらなんだか申し訳ない気持ちにもなるけど、でも、この世界自体、俺たちが設定しなければ出来なかった世界なわけだし……。

 う―ん、鶏と卵の関係みたいに、考えれば考えるほどややこしくなっていく。


 さらに上り続けること約三十分。先生の息がだいぶ上がっている。


「綾瀬くんは……好きな人とか……いないの? ハァハァ……」


 いきなり、なんて質問してくるんだこの人は。

 息を切らせながらする話か?


「なんですか、やぶからぼうに」

「だって、十一年生くらいの、年頃なら、やっぱりコイバナ・・・・でしょ……」


 好きな人かぁ。

 パッと、頭に浮かんできた顔が立夏だったのは、ここ二日間、珍しくたくさん話して印象が強く残っていたからだろうか。


「好きな人ねえ。どうですかねえ……」

「そっか……じゃあ、当ててみよっか? ハァハァ……」

「俺、いるって言いました!? それよりまず、息を整えてください」


 しかし、そんな俺の言葉を無視して、無邪気な笑みをこぼす先生。


「藤崎さん……でしょ……?」

「はあ? 華瑠亜かるあですか? なんでまた」

「クラス替え直後は、すごく……仲良かったじゃない? ハァハァ……」

「俺が? 華瑠亜とですか?」


 元の世界では同じ弓道部だったし、他の女子よりは多少会話も多かったとは思うが、こちらでもそうだったのかな?

 だとしても、周囲から特別な関係に見られるほどではないと思うけど……。


「職員室でも……二人は、結婚するのかな、って……噂になってたのよ」

「なんでだよ!」


 ――ヤベ、思わずタメ口になっちゃった。


「な、なんでですか?」

「なんでって……十七歳にもなれば、そういう話が出てきても不思議ではないでしょう」

「不思議でしょっ!」


 そこまで仲良かったの?

 いくら成人年齢が早いといっても、まだ学生だぞ!?

 それとも、この世界の適齢期ってそんなに早いんだろうか?


 でも、そこまで仲が良かったのならどうして――


「どうして、戦闘準備室ではあんな険悪な空気だったんです?」

「だから……何かあったのかな、って……心配してたのよ……ハァハァ」

「俺は、心当たりはないですね」

「女の子は……いろいろ、難しいから、ね……」


 心当たりがないのは、この世界にいなかったのだから当たり前だけど。

 ……と、ここでふと、軽い悪戯いたずら心が芽生える。


「華瑠亜じゃないですけど、気になってる人はいますよ、一人」

「そう、なの? だ、誰?……ハァハァ……誰なの?……ハァハァ……誰?」


 なんか必死だな。


「先生ですよ。優奈先生」

「……え? ええっ!?」


 先生の頬にみるみる赤みが差し、次いで、繋いだ手を振りほどこうとブンブン振り回し始める。


「ちょ、ちょっと、先生! 危なっ!」

「きゃあっ!」


 手が離れた瞬間、見事に引っくり返って尻もちをつく優奈先生。


「だ、大丈夫ですか!?」


 すぐに手を差し伸べるが、今度は先生も両手を背中の後ろに隠して、五つ年下の狼に警戒の眼差しを向けてきた。


「なっ、どっ、な……なんで先生なの!?」

「冗談ですって! お約束でしょ、こういうの!」

「じょ、冗談? そ、そっか……そうよね」


 ようやく、俺の手を握って立ち上がる。


「こっちがびっくりしますよ」

「ご、ごめんごめん……。先生、そういうの、あんまり慣れてなくて……」

「こっちこそすみません。……でも、意外でしたよ」

「意外?」

「先生ならすごく人気もあったでしょうし、これくらいのこと、何度も言われてるのかと思ってたから」

「に、人気なんて、そんな……」


 また、先生の顔が赤くなる。

 本当に慣れてないの?

 大人の女性らしく、もっと適当にあしらってくれるかと思ったけど、迂闊うかつに冗談も言えないぞ。


 素敵な女性だと思っているのは本当だし、まったくの冗談というわけでもないけれど……これ以上余計なことは言わない方がよさそうだ。


「とにかく、キャンプ場までもうすぐですから、頑張りましょう!」


 今は、無事に先生の付き添いをやりげることだけ考えよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る