03【横山紅来】急用って?

 午後一時半。ここは、可憐かれんの応接室。

 二年B組D班の面々が、夏休みの課題について話し合うために集合している。


「そろそろ、始めようか」


 最後に、私が部屋に入ったのを確認して可憐が声をかけると、華瑠亜かるあが「あれ?」と言って、誰かを探すようにキョロキョロと首を動かす。


「あいつは? 来ないの?」

「あいつ?」

「ば、バカつむぎよ」

「ああ、急用ができたから欠席するってさ」

「何で今来た紅来くくるがそんなこと知ってんのよ?」

「え? えぇ~っと、それは……」


 昨夜、可憐からの通話で聞いたからだ。

 紬と、トゥクヴァルスへ付き添えるヒーラーに心当たりはないか、という内容だったので『それなら先生でいいじゃん』と答えたのは私だ。

 チラッと立夏の方を見遣る。

 

――確か、このことは立夏りっかには内緒なんだっけ……。


「わ、私は昨日、可憐と話してて聞いただけ!」

「ああ、うん、そうそう……」と、珍しく可憐も慌てた様子で、

「昨夜、紬から電話があって、そんなことを言ってた」

「そうなんだ……。あれ? あいつ、可憐んちの番号なんて知ってたの?」

「昨日、見舞いに来てくれたときに通話番号も交換したんだ」

「へ、へえ……見舞いなんて来たんだ、あいつ。ふぅ~ん……」

「なになにぃ? 華瑠亜、紬に会いたかったの?」


 私が茶化すと、


「そんなんじゃないわよ! ただ、一応あいつが班長だし? 戦力としても最低だし、難易度はあいつに合わせた方がいいかなって」

「決まったことには不平は言わないというのが紬からの言伝ことづてだ」


 可憐の説明に小さくうなずきながら、


「了解。それなら、それでいいわ」と、華瑠亜もソファに腰を下ろす。その時、

「急用って?」


 全員が、あれ? という表情で、声の主に注目する。

 立夏だ。


――立夏が他人の動向に興味を示すなんて、珍しいこともあるものだ!


「そこまでは……聞いてない」


 少し言いよどむ可憐。

 私も詳しいことは聞いていないけれど、他のみんな――特に立夏には知られないように、ということらしい。


 でも、なんで立夏なんだろう?

 紬と立夏の間に、何かあるのか?


――これは、要チェックやでぇ~!


「じゃあ、ミーティングを始めるぞ。攻略ダンジョン、誰か希望はある?」

「ダンジョンって言われてもにゃあ……」


 可憐の質問に気のない返事をしたら「真面目にやれ、紅来」と怒られてしまった。


 でも、ダンジョンに興味がなさそうなのは、みんなも同じなんだよなぁ。

 課題のためとは名ばかりで、友達との旅行を楽しむのが主な目的だし、ダンジョン名で尋ねられてもみんなもピンとこないでしょ。


「ランクはEかFの固定ダンジョン限定だったよね? 候補はあるの?」


 うららの質問に頷きながら、可憐がノートサイズの紙を一枚、テーブルに載せる。


「一応、私が絞った候補だ。他にないようならこの中で決を取ろう」


 全員が一斉に紙を覗き込む。

 書かれていたのは、ソークァリーマウンテン、シーグロウ遺跡、オアラ洞穴の三箇所。

 さらに、それぞれのダンジョンの主な採取物や攻略難度、周囲のレジャースポットなどまで細かくまとめられた内容に、全員が「おお――……」と感嘆の声を上げる。


 ダンジョンで貴重品が狙えるものの、レジャースポットに乏しいシーグロウ遺跡は即座に却下。残り二箇所の争いとなったが、最終的には、紅来の家の別荘を利用できることが決め手となり、海水浴も楽しめるオアラ洞穴に満場一致で決まった。


「じゃあ、オアラについてまとめた資料もあるから、お茶でも飲みながら目を通していってくれ」


 そう言うと可憐は、学校提出用の計画書類を作成するために席を立った。

 可憐が二階へ上がると、立夏が、自宅に連絡を入れたいからと家政婦の文子さんに通話器を借りにいく。


「私も、トイレに言ってこよぉ~っと!」


 言い置いて、私も部屋を出る。

 私はフナバシティの魔法科に入学が決まってこの近所に越してきたのだが、石動家とは親同士の仕事関係で付き合いもあったことから、可憐ともすぐに仲良くなった。

 ほぼ一年間通い続けた、勝手知ったる可憐の家、だ。

 誰に気兼ねすることもなく廊下を進んでいくと、


「紬くんと同じクラスの雪平と申しますが、紬くんはご在宅でしょうか」


 あれ? 立夏の声?

 でも、今、紬くんって……。


――盗賊シーフスキル発動! 地獄耳くくるイヤー


 慌てて壁の影に身を隠して、耳をそばだてる。


『ごめんなさい、今、外出してるのよ』

「お戻りは何時頃の予定ですか」

『さあねえ。トゥクヴァルスに行くって言ってたけど、いつ戻るかまでは……』


 この前あんなことがあったばかりなのに、あの子ったら一人で出かけちゃって……と、紬の母らしき人物の愚痴が聞こえてきたが、それには答えず、


「分かりました。失礼致しました」


 と言って、立夏は静かに通話器を戻した。


――なになに~!? 私の知らないところで、いったい何が起こってるの~!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る