01-07「決着、そして」①
①
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
荒い呼吸を繰り返すゼクシズ。
限界を超える力を使役した代償はノインツィアが想像していたよりも遥かに彼の体を苛んでいた。
体中が悲鳴を上げている。
それだけではない。
激しい虚脱感が絶えずつきまと付き纏い、一瞬でも気を抜けば意識が持っていかれてしまう。
そのくせ、痛覚以外の感覚は麻痺しているのだ。
気を失ってしまえば楽になれるのは百も承知。
だが、その甘い囁きに耳を貸すわけにはいかない。
絶対に。
絶対にだ。
体にも力が入らない。
ただ立っていることさえ奇跡と言わねばならないような有様だ。
彼が疲弊し切っているのは火を見るよりも明らかだった。
「なんだ? お終いか? お楽しみはこっからだろうがよォッ!」
ズィーベランスが咆哮を上げる。
彼にとってはお楽しみの時間はまだまだこれからのはずだったのだ。
この呆気なさ過ぎる幕引きは彼にとって消化不良以外の何物でもありはしなかった。
その燻ぶった思いがズィーベランスに親の都合で
元々、
それが維持できなくなってしまった
加えて、武器である人造聖剣まで人の姿に戻ってしまった状態である。
最早ゼクシズに勝ち目はない。
それでも尚。
人造勇者ゼクシズ=ベスティエの目から光は失われてはいなかった。
そんな彼の姿を見てノインツィアは思い出す。
勇者とは強者を意味する言葉ではない。
勇者とは本来勇気ある者のことを意味するのだと。
その本来の意味では間違いなくゼクシズは勇者であると断言できた。
万策尽きたことによりノインツィアの心は折れかけていた。
しかし。
自分の
彼の剣たる自分が諦める訳にはいかない。
彼女に強くそう思わせるに十分過ぎるほど【暴力】を司る人造勇者に対峙する【獣】を司る人造勇者の姿は雄弁であった。
「へェ……」
ゼクシズの目の光を見てズィーベランスが好奇心を丸出しにする。
絶対的な力を見せつけられた時の相手の反応は幾つか知っているが、絶望を知った上で尚も立ち向かってくる。
こんな者は初めてだった。
殺さないでくれと懇願するか。
殺してくれと懇願するか。
大抵はその二つに大別される。
しかし。
ゼクシズの反応は今まで見てきたそれのどれとも違っていた。
武器を失い、立っていることさえもやっとの虫の息であるにも拘らず、その目に諦めの色は見られない。
だが、それで事態が好転する訳ではない。
彼我の戦力差は絶望的。
ゼクシズの運命は嬲り殺しを待つばかりだ。
そのはずだった。
しかし。
ズィーベランスの動きが止まる。
「……ンだァ?」
ズィーベランスとの
それに加えズィーベランスは首から下の体の自由を完全に奪われていた。
これが【抑制】の力を持つ人造聖剣アインスフィーネの能力である。
それは人造勇者の中でも群を抜いて規格外のズィーベランスさえも制御《コントロール》下に置ける力。
それ程彼女の力は人造勇者を縛る能力に特化している。
「テメェ……どういうつもりだ……!」
「…………」
それに対して彼女が答えを返すことはない。
しかし、視界を塞がれた視線を扉の破壊された出口へと向ける。
それだけでこの聡い人造聖剣の少女はアインスフィーネの言わんとしていることが理解できた。
「逃げろって言ってるの?」
ノインツィアのその言葉に控えめはあるものの、アインスフィーネがこくり、と頷く。
「動ける?」
「ああ……」
ノインツィアの肩を借りてではあるが、ゼクシズが動かぬ体を無理矢理動かす。
この場所には一秒たりとて留まり続けるわけにはいかない。
それだけは何よりも確かな事実だった。
アインスフィーネは何も言わない。
しかし、そう長い時間この【暴力】を司る人造勇者を縛りつけておけるわけではないことだけは確かだろう。
完敗を喫した人造勇者とその聖剣は速やかに離脱する。
この場所から一秒でも早く、ほんの僅かでも遠くへ離れなければならない。
二人は脱兎の如く駆け出した。
ここから離れてさえしまえば、容易に発見されることはできないだろう。
ズィーベランス=ゲヴァルトは【暴力】を司る人造勇者。
戦闘面においてはすこぶる優秀ではあるものの、索敵などは完全に門外漢である。
彼が最も得意とするのは目の前の敵を粉砕する、それに尽きた。
ぎりり、と奥歯が砕けんばかりのに暴力の人造勇者は歯を喰いしばる。
そして。
「クソッタレがああああああああああああああああああああっ!!」
闇に溶けてゆく人造勇者と人造聖剣の背中に向けて咆哮を上げる。
動くのは首から上のみ。
彼に許された自由はそれだけでしかなかった。
獲物を目の前に歯痒い思いをさせられるのは、思うがままに振舞う彼にとって、これ以上ない屈辱の味。
そうこうしている間にゼクシズとノインツィアは死地からまんまと逃げおおせたのだった。
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