01-02「人造勇者、初陣」②

 まず鼻についたのは人間ならばむせ返るような鉄錆臭い血のにおい。


 しかし、ここに足を踏み入れたのは人間ではなく、魔族。


 彼らには芳醇な葡萄酒ワインの香りのように心地良く感じられた。


「大分派手な祝宴パーティーが催されたようだな」


 その言葉通り、それは異様な光景だった。


 残党狩りに来た魔族たちはその光景を訝しむ。


 辺りは鮮やかな赤い血の海。


 その中に血まみれになって立ち尽くす少年以外生きている者が見当たらなかったからだ。


「貴様がやったのか?」


「…………」


 少年は答えない。


 しかし、彼が握る血まみれの剣が何よりも雄弁にそれを肯定していた。


「惨たらしく殺される前に楽にしてもらいたかった、ってところか」


「ちょいと物足りないが、他の連中の分まで楽しませてもらうとするか」


「オスじゃ今一つ楽しみ甲斐がないが、こいつで我慢だな……」


 彼らは口々に好き勝手なことを口走る。


 魔族にとって人間の存在など軽く捻り潰せる、少しばかり大きい虫のようなものである。


 確実に幼児と成人以上の力の差が存在する。


 しかし。


 ザンッ!


 剣閃が闇を切り裂く。


 勇技ブレイヴアーツ飛燕ヒエン」。


 最速を誇るその技を以って、不用意に近づいてきた魔族の首をゼクシズは一刀のもとに両断した。


 刹那の間に生と死を分かたれたその魔族の瞳は自分が死んだことさえ理解していない。


「バカな! 人間風情が魔族われらを殺すだと!?」


 刎ね飛ばされた同胞の首を目の当たりにした魔族たちが驚愕の表情を見せる。


 それを行ったのは目の前の少年、と言って差し支えない年頃の男だった。


 銀色の髪。


 涼し気な色をした青い瞳。


 青地に白と金が配色された奇妙な衣服を纏ったその姿はどこか浮世離れしている。


 しかし。


 どこからどう見ても歴戦の猛者、といった風ではない。


 魔族じぶんたちは狩られる側ではなく、狩る側だったはずだ。


 それなのに、その立場が逆転したことに驚きの声を上げずにはいられなかった。


 魔族を屠ることのできる人間。


 魔族かれらにはその存在に心当たりがあった。


「貴様、勇者か!?」


 否。


 それはあり得ない。


 勇者の血脈はとうの昔に失われているのだから。


 その証として、この数十年というもの、実に「平和」なものだった。


 その偽りの「平和」が今破られた。


 目の前の少年の手によって。


 その手には聖剣が握られている。


 勇者だけが扱えるとされている、神々しいまでの光を放つ聖剣が。


「いや、勇者は滅んだはず! その化けの皮、すぐに剥がしてやろう!!」


 自らを鼓舞するように狼の魔族は叫ぶ。


 それとは対照的にごく静かに。


「やってみろ」


 挑発するように少年は言う。


 ふるい勇者の物語は終わりを告げ、新たな勇者の物語が幕を上げる。

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