第4話 贄る

 なぜマチュピチュかはわからない。

 昔から、南アメリカ大陸の文明に惹かれていた。

 刺青・原色の民族衣装・神への捧げ物。


 小学生の頃は、自分が生けにえになる空想を日がな1日していたものだ。幸せな記憶。

 そういえば、遡るとそこに行着く。


 あれ、幸せなときってもうなかったっけ?



 恭子が考えていると、浩一は、


「俺は恭子と付き合ってる時」としれっと言った。


 嘘だった。

 彼は他の一緒にいて楽しい女性に乗り換えしたのだから。


 恭子は彼の言葉を無視して、ペルーのガイドブックを開いた。三ヶ月といえども、不自由は嫌だ。せっかく死ぬのだから。


 挨拶、お礼などを二人で口ずさんで練習する。合っているのかもわからないが、とにかく心意気をみせるのだ。



 アメリカのダラス、ペルーのリマを経由し、クスコに着いた。30時間ほどかかったろうか。

 久しぶりの飛行機を彼女は楽しんだ。



 夫は食べ物も旅行もタバコもお酒も興味がなかった。


 でも買いものにだけ異常な執着を見せた。

 毎日のようにネットで注文しては、段ボールが家を占領した。第4の同居人が一番存在感がある。

 彼は恭子にも興味がなかった。子供も要らない様子で、生殖目的のセックスをいやがった。

 恭子はどうしても子供が欲しくて結婚したので、無理にお願いして作った。


 でも、子供ができたとたんに彼は恭子を求めた。今思えば復讐なのだろうか。それはセックスではなくファックだった。


 何度かは受け入れたが、お腹が明らかに大きくなると、恭子は断固としてそれでも求める彼の、指一本さえ触れさせないようになった。

 彼に嫌悪しか感じなくなっていた。

 恭子は子供を産み、育てることで初めは満足していたが、段々夫に似た娘と暮らすのが苦痛になっていた。



 あれ…?産まれた子供は双子ではなかったか…


 恭子は飛行機の中でふいに思い出した。


 なぜそんな重要な事を忘れていたのだろう?

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