世界樹

綿麻きぬ

 私は物書きだ。いや、物書きだった。


 昔、私の想像していた世界はいくらでも広がっていった。一つの小さな種からそこの世界樹にまで成長していた。


 今はどうだろう。種すら見つからない。それに種を見つけたとしても成長させられない。腐っていくだけだ。


 あぁ、懐古するだけして前には進めない。


 一杯あった種はどこに消えた?

 消えてない、私が見つけられなくなっただけだ。


 拙いながらも成長していた樹はどこへ行った?

 私が消したのだ。


 どうして種を成長させられなくなった?

 きっと大人になったからだ。


 私は種を世界樹にできなくなった。それは私の中で大きな何かを失うには十分だった。


 ペンは握れず、私の世界樹は枯れていくだけ。


 何かを失う事により普通の生活にきっと戻れたのだろう。平凡で、何もない世界へ。


 色とりどりに見えてた世界は世界樹があってのこと。世界樹のない世界は白黒だった。


 そうやって幾らかの月日が経っていった。


 いつも通りに道を歩いていると白黒の世界の中に虹色の種があった。久しぶりに見る色は輝きを放っていた。


 私はそれに驚愕し、そっとポケットの中に入れた。


 少し歩いた所で隣人とすれ違った。その時、私は何故か挨拶をした。いや、普通は挨拶をするものだろう。しかし、いつもの自分ならしなかった。


 すると、少しだけ色が戻っていた。白黒の世界に暖かみが出てきた。


 家に帰って種を取り出すと芽が出ていた。小さな小さな芽だ。その芽を見たとき、ふと物語が降ってきた。


 まだ何にでもなるストーリーだ。


 その日からペンを持った。拙く、まだまだ荒削りの文章だ。


 でも、そのストーリーの種は徐々に大きくなっていった。


 それと同時に私の世界に色が戻ってきたのだ。美しい色とりどりな世界だ。私はこの世界がもう一度見れたことに驚き、感謝した。


 そんな幸せの日々が続いていた。ペンもスラスラと進んでいる。今じゃ、あの種は僕の世界樹だ。


 この日々は永遠に続く、そう思っていた。


 物語は徐々に終わりに近づいていた。私にはこの物語を永遠に続けることはできなかった。そして、この物語を完結させる勇気も出なかった。


 もし永遠に続けることができるならば、世界樹は成長し続けただろう。もしこの物語を完結させることができたならば、世界樹は永久保存されただろう。


 けれども私は世界樹が成長することも、永久保存されることも拒んだ。


 そう、私は世界樹を燃やしたのだ。剪定するのではなく、切り株を残すわけでもなく、一切残らないように燃やしたのだ。燃やすことによりどうなるかわかっていながらも。


 私は叫んだ。絶叫した。もうあの色とりどりの日々に戻れないと分かり、それでも私には耐えられなかった。色がある世界が、どうしても怖かった。僕はきっと向いてないん

 だ。


 僕は、僕にはこの世界は重すぎた。ありがとう、僕の世界樹。最後にいい夢が見れたよ

 。


 手には燃え滓が残っている。そして世界は白黒だ。


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世界樹 綿麻きぬ @wataasa_kinu

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