勇者転移《リンカーネイション》の果てに

天ヶ瀬翠

第1話 勇者の使命

『城谷昇(しろやしょう)様。この度は魔王の討伐の命を果たして頂きありがとうございました』


 目を開けると、純白の世界に立っていた。まるで雲の中に立っているようで、不思議な暖かさを感じながら俺は嘆息した。


「相変わらず不気味だな、天使さまは」

『貴方のその軽口、2年経っても変わりませんね』


 脳に直接響く声の主は、白い布で体を巻きながらいつの間にか〝いた〟。人の形をしているが、強い光に包まれているせいではっきりとは見えない。声も抑揚のないロボットのような喋り方で、性別どころか生物かどうかも怪しい存在だった。


 彼は自らを〝天使〟と称する。

 俺に勇者の力を与え、異世界へと転移させた存在である。


『さて、貴方には二つの選択肢があります。このまま異世界に留まるか、力を持ったまま元の世界へ帰るか』


 異世界転移する前の俺は、省みることすら恥ずかしいほどの根暗な高校生だった。学校ではいつも一人で過ごし、家では部屋に引きこもって娯楽を貪った。秀でた才能は何一つなく、孤独でいることを格好いいと思ってしまう恥ずかしい人種だった。


『悩まれておりますね』

「まあな。元の世界には両親もいるし、やりたいゲームもある。けど、異世界は……居心地がいいんだよな」


 異世界における俺は世界を救った勇者だ。どこの国に行ってももてはやされ、讃えられる。財もあり、土地も家もある。

 何をせずとも全てが手に入る。正直なところ、離れる理由がない。


『なるほど。では一つの考え方として、私が与えた力で何を成したいかを考えると良いのではないでしょうか?』

「俺の力……〝罪渦(ざいか)〟か」


 それは敵対者の罪が重ければ重いほど強くなる、正義を執行するための力。

 俺はこの力を持って、異世界における巨大な罪は処した。世界は平和に満たされ、下らない争いは淘汰した。


 しかし俺がいた世界には、異世界以上の罪が蔓延している。もしそれを止めることが……滅することができるとしたら、それは罪渦を持つ俺に他ならない。


「俺は元の世界に戻る。生まれ育った世界にも、平和を齎す」

『承知しました。それでこそ勇者です』


 無意味な褒め言葉を口にした後、天使は足元に水色の幾何学模様が円形を模して展開する。

 これも二年前と同じ……この場所から異世界へと飛ばされたときの術式だ。


『では、あなたを元の世界に転移いたします。あなたが得た力、経験で自由にお過ごしください』

「言われなくてもそうさせてもらうよ」


 視界が水色に埋め尽くされ、直後に意識が遠のいた。

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