舌打ちと共に、この言葉を贈ろう

@root0

第1話 彼女の笑顔

 車も人も滅多に通らない、寂れた踏切。その片隅に、俺は花をお供えした。献花、と呼ぶらしい。

 そこでそっと瞳を閉じて、手を合わせる。あれから三ヶ月。未だ風化しない記憶と、咎の意識。


 どうして俺は、お前の力になれなかったのだろう。どうすれば、良かったのだろう。







「ふあ〜」


 眠気に誘われるまま、思わず大きな欠伸をしてしまう。

 俺は駅のホームで、乗車口の列に並んでいた。いつも通りの場所。いつも通りの時間。

 変わらぬ日常が、今日も繰り返される。俺は恐らくこうしてテキトーに生きて、テキトーに死んでいくのだろう。


 .......にしても、電車が時間通りになっても全く到着する気配がない。これは、まさか。


『7時50分発の、椿線竜胆行の電車は、昼顔線にて発生した列車と人との接触により、遅れが出ています』


 そのアナウンスを聞き、思わずため息が出てしまう。それは列に並んでいる他の人間も同様だった。

 人身事故、か。最近だと月に一度の割合で昼顔線で起きている。もう呪われてるんじゃないだろうか。

 こりゃまた遅刻だな。遅延証明書貰うのめんどくせー。ていうか、死ぬなら電車なんて利用せずに普通に死ねよ。最後の最後に人に迷惑かけるなっつーの。

 俺はそんな悪態を心内でつきながら、再度大きなため息を漏らした。

 そんな時、ふと視界の端に俺と同じ制服を見かけた。あれは確か、隣の席の蓮見はすみだ。整った顔立ちをした、黒髪の少女。非常に大人しい性格で、まともに喋ったところを見た事がない。​───そして、よく化粧の濃いクラスのギャル共に囲まれている。ま、赤の他人だし、どうでもいいけど。

 そうは思ったが、俺はやけに彼女の様子が気になった。どこか魂が抜け落ちているようで、いつも以上に暗い。そしてさらに不可解なのが、あいつが立っている場所だ。

 黄色い線の内側ではあるが、割とギリギリのところにいる。さらに彼女のいるそこは、乗車口では無いのだ。

 ただ一人、そこに立つ姿は、どこまでも儚かった。なんだか、見ていて不安な気持ちになる。


 何やってるんだ?と、横目で見ていた、その時​────。

 彼女は黄色い線を踏み越えようと、一歩踏み出した。


「​────!!!」


 理由や動機はない。ただ俺は、気づけば列を外れて、彼女の手を取っていた。


「えっ.......」


 彼女は目を丸くして、掴まれた腕を一瞥した後、こちらに瞳を向けてきた。


「あなたは、菊地君.......?」

「なにやってんだ、お前」


 俺がそう尋ねると、彼女は一度こてっと首を傾げた。


「なにって.......あっ」


 彼女はそこでようやく理解出来たといった表情を浮かべた。


「無意識、でした」

「はぁ?」


 俺は眉をひん曲げた。すると、彼女はハッとしたと思えば、全力で頭を下げてきた。


「あの、すいませんでした.......!」

「いや、別にいい。あそこで見捨てたら寝覚めが悪いしな」

「そう、ですか.......。優しいんですね、菊地君は」


 その時、俺は初めて彼女の笑顔を見た。美しいと、素直に思う。しかし、嫌でも目につく。その綺麗な顔についた、生々しい傷跡が。玉に瑕、というには些か目立ちすぎるそれは、彼女の人生を物語っているようだった​────。





 平凡で退屈な授業が続く。教師の言葉は右から左に抜けていき、何一つ心に残らない。

 俺が口を抑えながら軽く欠伸をしていると、それとは対照的に隣のやつはせっせとノートにペンを走らせていた。生真面目だな、などと思っていたが、よくよく見ればそれが間違いだと気づいた。

 ノートを走り回っていたのは消しゴムで、書かれているのはありったけの罵詈雑言だった。なんだ、と疑問を持つことは無い。なぜなら、いつもこいつを囲ってる三人組のギャルがほくそ笑んでいるからだ。犯人は明白。

 暇なやつらだな。などと思いながら、俺は蓮見の顔を見やる。彼女はただただ無表情で手を動かしていた。

 それは、諦めの境地。自身の運命を悟っている顔をしていた。そんな表情を、少女がしていいわけがない。

 しかし、俺がどうこうする気はない。今まで俺は、徹底的な事なかれ主義を貫き生きてきた。自分からくだらないことに首を突っ込もうなどと、思わなかった。





「だりー」

 ある日の放課後、俺は一人愚痴を零しながら学校へと逆走していた。下校途中でノートを忘れたことに気づいたのだ。

 俺はさっさと取って帰ろうと、教室を目指した。しかしその道中、何やら声がした。生徒指導室からだ。そして、その声の主が丁度出てくるところで、聞いていたと思われたくなくて思わず身を隠してしまった。

 そこから出てきたのは、スーツに身を包む女性と、陰鬱とした顔の蓮見だった。二人の面影が似ていることから、親子であると分かる。でもなぜ、二人が生徒指導室から出てくるんだ?

 と疑問に思っている最中、パァン!と、何かが弾けるような音がした。

 蓮見の頬は赤く腫れ、母親は手をふりきっていた。


「これで三回目よ.......!」


 母親は仇でも見るような瞳で、辛辣にあたる。


「なんで学校の備品を壊すの!私をそんなに困らせたいの!?」

「...........ごめんなさい」


 蓮見は潰れるような声を出した。


「いつも謝ってばかりで、理由を言わないじゃない。一体どうなってるのよッ!」


 母親は激昴していた。対し、蓮見は涙を流すことも無く、ただ呆然と俯く。


「.......次なにかあったら、精神病院に入ってもらうから」


 そう言って、母親は娘を置いて歩き去っていった。その数歩後ろを、彼女はついて行く。


 見てはいけないところを、見てしまった。それに対する罪悪感もあるが、それ以上にやるせない感情が胸の内を暴れた。学校の備品を壊した?あの蓮見が?そんなこと、ありえねぇだろ。きっと、あの女どもにはめられたんだ。

 それは蓮見も分かっていることだろう。ならなぜそう言わない?ちゃんと話せば、罰せられるのはあいつらだろうが。


 ​───いや、きっとそんな単純な話しでは無いのだろう。声を上げられるものなら、上げていたはずだ。彼女の心の嘆きを受け止められる人間が、周りにいないのだ。誰も、味方がいない。ただ、それだけなんだ。

 この日、俺の中で蓮見という少女への認識が変化した。改めて彼女のことを考えてみると、やはり、


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