第35話 落札

「大金貨……二十枚! 」


 ミモザの声が震えた。

 私は目を見開いてジークを見つめ、ジークは無表情で立っていた。


 大金貨二十枚、ジークの全財産だ。二十一枚はない筈で、これから刻んで上げていく金額のどこまでついていけるか……。


「では、お二人になりましたので、ここから先は出せる金額を書いて提出していただきます。その金額がより高い方が、半年ディタを所有できる権利を得ます」


 ザワつく中、部屋付きの少女が二人、紙と封筒を持って立っている二人に近づく。

 紙を受け取った二人は、金額を書いて封筒に入れて部屋付きの少女に返す。


「では、お二方、こちらにお願いします。ディタ、部屋に戻りなさい」


 封筒を受け取ったミモザは、その封筒に目を通すことなく、しっかりと胸元で握りしめて言った。

 この場ですぐに発表しないのかと、不平不満の声を背に引っ込んでしまう。私もしょうがなく立ち上がる。


 ジークと目が合うと、ジークは優しい笑顔を浮かべた。大丈夫だよというような表情に、心臓がキュンとなる。


 私が自分の部屋に入ろうとした時、ミモザの事務室に入るジークを見かけ、思わず走り寄った。


「ジーク! 」

「可愛いディタ」


 ジークは私をフワリと抱き上げると、私の胸元に頬擦りした。

 主張は少ないけど、そこにあるのは胸なんですけど……。

 人の目があるからキスはしてこないが、手はサワサワとお尻の辺りを撫でている。


「あ~の~ね~」


 緊張感が無さすぎだ。


「だって、ディタがこんなに短いスカートなんか履くから。もう、いつ中が見えちゃうんじゃないかってドキドキしたんだよ」

「大丈夫。これは見えても大丈夫な見せパン履いてるから」

「見せパン? 」

「見えてもいいパンツ。お尻を隠す布よ」


 ジークがペラリとスカートをめくる。


「いやね、見えても大丈夫でも、わざわざ見せつけるもんじゃないから」


 ジークは私を抱え上げたまま、めくったスカートの中身をマジマジと見る。

 お尻丸出しって、どんなプレイよ。


「もう! 恥ずかしいからやめて」

「今度、二人っきりの時も履いてくれる? 脱がしてみたいな」


 いやいや、脱がしたら生尻が出てくるだけですよ。


「そのうち……ね」


 ジークは私を床に下ろすと、頬にキスをした。


「安心して、万が一の時はダンに借りる約束はできていたんだ。だから、絶対にディタは僕のものになるよ」


 ジークはワグナーが持ってきた大金貨十九枚と自分の二十枚を足して、大金貨三十九枚と紙には書いていた。これだけの金額になると、さすがに一個人がポンと出せる額ではない。しかもたかだか半年の為に。


 ジークは自分がディタを手に入れられると疑わなかったし、今まで待った分、この半年で既成事実を作ってしまおうとさえ意気込んでいた。

 正常な成人男子が、大好きな恋人とキスだけで三年弱。我慢に我慢を重ねた……それこそ血の涙を流すくらいの精神力と忍耐力を必要としたのは言うまでもない。


 どんなにこの日を待ちわびたことか?!


 この際、ディタの身体がまだ完全に成熟しきってない……ということは忘れることにした。今晩こそ!!


 ジークは眉目秀麗、誰が見ても完璧な美貌を崩すことなく、頭の中身はエロ一色で成り立っていた。


 御披露目をするということは、今晩からそういう行為が解禁になりますよと知らせることだし、恋人でありディタを落札した(するであろう)自分が、ディタにそういう行為をしたからといって、誰にも攻められるいわれもない。

 そう!

 正々堂々、心行くまで、ディタと……。


「ジーク、部屋に入らないと。ミモザが呼んでる」

「ああ、そうだった。愛しいディタ、また後で」


 ジークは、私の唇に挨拶程度のキスを残すと、ミモザの部屋に入っていった。

 それを見送り、私も自室に入った。


 ★★★


 ほんの数分待てばいいだけと思いきや、三十分近く待たされた。

 さっきと同じようにミナが呼びに来た。その表情が困惑しているようであったが私は気がつかず、カシスと手を繋いで大広間へ向かった。

 やはりミナが扉を開けてくれる。


 そこにいる人を思い、笑顔で壇上へ目を向け……そして私の笑顔が凍りついた。

 想像していたのは、甘々な笑顔で私を甘やかす絶世の美男子。その繊細だけど力強い手をとるのだと、今の今まで疑わなかった。

 確かに絶世の美男子はいた。

 しかし、赤みのある金髪に優しく微笑む紅い瞳を見ることは叶わず、そこにいたのは長いストレートの銀髪を垂らし、黒い瞳の異国の男。


「誰よ、あんた?! 」


 思わず叫んでしまった私に、私の手を握ったカシスが私のことを抱き寄せて、大広間にいるだろうジークを探した。

 ジークは壇上の真下にいた。複雑な表情ではあるが、落胆はしていない。(恋人が半年間とはいえ、他の男の手に渡るのに?! )


「ディタ、こちらにおいで」


 ミモザの硬い声に、私はようやく身体の硬直がほどける。心配気なカシスの腕を軽く叩き、私はジークを見つつ壇上へ上がった。


「本日は、ディタの御披露目にお付き合いくださり、ありがとうございました。大金貨四十枚で、ウスラ・アステラ様の落札と相成りました」


 ウスラ?


 私はその名前に聞き覚えがあった。

 アンネと同様、この世界で初めて私のことを友達と呼んでくれた美少女。


 美少女……?


 私は記憶をたどり、ウスラの顔をマジマジと見る。

 白目の端に星形の黒い痣。同一人物かどうかはおいておいて、名前にアステラとついているし、星形の痣もあるし、アステラの王子で間違いない。


「何だってこんなとこに隣国の王子がいるのよ?! 」


 驚きのあまり、思わず大声をだしてしまい、広間内のザワメキが大きくなった。


 ウスラは目を細めるように微笑むと、胸の前に手を置いて軽く会釈してから私に手を差し出した。


「久しぶり、ディタ。王女と叫ばれなくてホッとしているよ」


 すっかり大きくなった手で私の手を握ると、膝まずいて私の手に触れるか触れないかくらいのキスをした。

 ザワメキはドヨメキに変わった。

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