第31話 年明けのキス
アンネとウスラに石鹸詰め合わせを作り、ジークに手渡した。
石鹸とリンスインシャンプー。両方ともお揃いのいい香りだ。
この間二人に会った時、二人はこの世界の人間にしては珍しく無臭だった。つまりは、風呂に入らず香で誤魔化すことをせず、しっかり毎日身体を洗っているのだろう。
「これはね、頭を洗う専用の液体石鹸なの。よく泡立てて使うのよ」
「液体石鹸? 」
「固まってないの。ほら。王子もいる? 」
「欲しい! ディタと同じ香りのがいいな。ディタを抱いているみたいで、きっと幸せな気持ちになれると思うし」
ああ!
甘いですから!
ピンク色の恋愛脳を封印しようと、三十路女な常識をフル活動させる。
王子が相手なんか、今は物珍しくて……もしくは性的趣向(ロリコン)……私に執着してるけど、長い目で見たら飽きたらポイだ。第一、不感症の私を抱いても男性は面白くないらしいし。別れる時に、感じるフリがウザイって、何回も言われたもの。そんな私が、生涯幸せに暮らしましたチャンチャンなんてことには、絶対にならない。
マイナス思考過ぎて辛いです……。
私は大きく深呼吸する。
ああ……、いい匂い。
私がジークの為に調合した匂いがフワリと香り、わざわざ嫌な記憶を思い出してまで封印した恋愛脳がムズムズと刺激された。
頭の中で「残念エロロリコン王子」を繰り返し唱え、なんとか気持ちを落ち着けようとする。
「はい、とりあえずこれ全部あげるから」
私はリンスインシャンプーを詰め込めるだけ袋を詰め込むと、ジークの胸に押し付けた。
「こんなに? いいの? 」
「お代はもう貰ってるから」
胸に下げていた、ジークと初めて会った時に貰った指輪を取り出して見せた。
「嬉しいよ。肌身離さず持っていてくれてるんだね?! 」
「いや、別に、そういう訳じゃ。ほら、私には大き過ぎて落ちちゃうからで……」
王子の所持品となれば、それなりに値がはるだろうし、いざという時に質ぐさになると思ったから身につけているだけだ。何せ、部屋の鍵は内からはかけられるけど、外からはかけられず、部屋を出てしまったら防犯面に不安しかなかったから。金庫などある訳もなく、身につけているのが一番安全なのだ。
本当〰️にそれだけで、大事だからとか、王子に特別な気持ちがあるとかじゃ決してないから!
「可愛いディタ、次は君の指にピッタリな指輪を贈るね」
ジークは、私の両手をしっかりと握り、潤んだ瞳でジッと見つめてくる。
だ~か~ら~ッ!
破壊的なんだって、その顔!!
まじで心臓が私の意思と関係なくバクバクいうからやめて!
と思ったその時、いきなり辺りが真っ暗になった。部屋の灯りも、窓から入る庭を煌々と照らしていた灯りも、全ての灯りが消えた。
「えっ? なんで? 」
真っ暗で何も見えない中、ジークに握られた手の温度だけが、一人じゃないんだと安堵させてくれる。
オイル切れにせよ、こうもいっきに消えるもの?
「年が明けたね」
「えっ? 」
握られていた手が離れ、一瞬不安になった途端、身体を強く抱きしめら持ち上げれた。ジークの石鹸の匂いが鼻先に香る。
「おめでとうディタ」
ジークが片手で私を抱えるようにした為、その不安定さに思わずしがみついてしまう。
ジークの片手が私の顔を確認するように頬を撫で、柔らかい感触が唇のわきをかする。
「……?! 」
今のはなんだ?
キス……された?!
「やっぱり暗いと見えないな」
ジークの声が耳元すぐに聞こえる。
「ちょっと、下ろしてよ! 」
「暗いから無理。下に何があるかわからないし。ほら、しっかり捕まってね」
確かに雑多にしてるから、ガラス瓶とかゴロゴロしてるけど……。
ジークは私の口元に手を触れ、唇を指でなぞった。
噛みついてやろうかと身構えた時、今度はしっかりと唇に柔らかい物が押し付けられた。
懐かしいその感触に、私の頭は真っ白になった。
身体の力が抜け、ジークにしがみついていた手がだらりと下がる。ジークは両手でしっかりと私を抱え直したが、その間も私から唇を離すことはなかった。
甘く唇を吸われ、私は降参してしまう。
もう、無理だ!
こんなキスされたら……、気持ちが入っちゃうよ!
唇を噛み合うようなキスをし、唇の隙間から舌を挿れてしまう。
……私からだ。
最初は戸惑うように舌をからめていたジークが、次第に大胆になっていく。
「こんなキス、誰にならったの?」
ジークが唇を噛むようにして喋った。
「……(楠木彩の頃に彼氏となんて言えない! )座学よ! ほら、娼婦になる為に勉強するの」
「実践は? 」
「(この身体では)ないに決まってるでしょ」
ジークは、今度は自分から舌を挿れてきた。
「……ウンッ」
「……なら良かった。僕以外とはダメだからね」
しばらくジークに抱きしめられながら、久しぶりのキスの味を堪能した。
「ディタ、本当に可愛い。早く大人になって。僕だけの物にしたいよ」
ああ、もう……。
つぶっていた目を開けると、目の前にはすっごく甘い顔で微笑むジークがおり、すでに庭の灯りは復旧したのか、暗いながらもお互いの姿を見ることができた。
「やだ! いつ灯りが? ってか、何で全部消えたの? 」
「けっこう前だよ。新年になる時、三分だけ灯りを消すんだ。この時は無礼講でね。何をしてもOKなんだ。知らなかったの? 毎年そうだけど」
知らない! 聞いてない! ……とは言えず、私は赤い顔でジークを睨み付けた。
「新年を一緒に迎えてくれるってことは、何をされてもいいってことかなって……。違った? 」
後で聞いた話し、確かにそういう風習はあるらしく、年を越す時にお互いの気持ちを伝えるらしい。親なら子供をハグするし、恋人同士ならキスしたりSexしながら過ごす。無礼講というのは何も好意を持っている相手だけではなく、気に入らない相手をぶん殴っても良かったらしい。
つまり、ぶん殴ることなく、キスにキスで返してしまった私は、相手に好意がありますと告げることになってしまったらしいのだ。
「……違くない」
はい、年甲斐もなく、若い子にキスされて落ちちゃいましたよ!
だって、だって、こんな若い美形に甘々に接されたら、しょうがないじゃない?
ジークは満面の笑みで、今度はソフトにチュッとキスをしてくる。
「じゃあ、あと二年ちょい待たなくてもいい? ミモザにお願いして、すぐにでも君を身請けさせてもらおう。君が僕のお嫁さんになってくれるなら、僕の私財からじゃなく、国庫からお金を出せる筈なんだ。金貨十枚でも二十枚でも」
そりゃダメでしょ?
何より、ジークと恋人関係になるのはかろうじてOKだとして、結婚なんてするつもりはさらさらない。
私は自分の手で自由を勝ち取って、自由に生きたいんだもん。
「私、あなたとは結婚は考えてないから」
「え? でも……」
「だから、あと二年ちょい、頑張ってお金を貯めてね。私も他の人の専属になるのは嫌だからよろしくね」
私がニッコリ微笑むと、ジークは何とも情けない表情で戸惑いを隠せないようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます