めざまし時計

いざよい ふたばりー

めざまし時計

朝。

とある商品開発部に勤めている男の部屋に、目覚まし時計の音が響いている。

枕元に置いてある目覚まし時計を、布団の中から手探りで探し出し音を止めながら、いまいましそうに呟く。

「……はいはい、起きますよ。ああ、目覚まし時計の音というのは、どうしてこうも冷たく、鋭い音なのか。」

彼は朝食をとり、身支度をして会社へと向かった。

「それは仕方ないよ、目覚ましというものはそういう風にできているんだから。」

愚痴を聞き、同僚はそう答えながらタバコに火をつける。

「しかしなぁ。毎朝あんな音で目覚めていたら精神衛生上良くない。ストレスで寿命が縮みかねん。」

同僚は苦笑混じりで、

「それは大袈裟すぎやしないか。それに、最近は自分の好きな音楽をセット出来るじゃないか。」

「それはそうだが、朝の心地よい眠りを大音量で起こされると、たとえ好きな音楽でもイライラするものじゃないか。」

「そういうものかね。」

「ああ、もっとこう、温かみのある柔らかい音で目覚めたいものだ……。」

すると男は突然声を上げ、

「そうか、いい事を思いついた。無いなら作れば良いんだ。あたたかく、気持ちの良い音の目覚まし時計を。」

話半分で、タバコの煙を吐きながら同僚は相槌を打つ。

「それは良いかもしれないな。」

「よし、企画書を作成し次の会議で発表してみるか。」


会議の日。男はこの企画を発表した。

熱心な彼の発表に上役は、

「面白い、おそらく大半の人が目覚まし時計の音にはイライラしながら起床しているはずだ。その案件は君に全て任せる。開発を進めてくれ。」


彼は心地よく、あたたかな音を追求した。

音程、音域、音量。

どんな音を聞いたときに、脳がどんな反応をするかなどを確認しつつ、時には専門分野の方を呼びながら試作を繰り返し、音だけではなくそれにふさわしい外観、材質等にも気を遣い、ついにそれは出来上がった。


どんな音が鳴るかは発売の目処が立つまで内密にしており、発売日が数ヶ月後となる頃に広告を打ち、いよいよ1週間後に発売となった頃合いを見てテレビでコマーシャルを流した。

キャッチコピーや造型で人々の心を掴み、テレビコマーシャルで音楽を流しさらに感心を集めた。


そして発売日。

以前から様々な媒体で凄い目覚ましとして宣伝をしていたので世間の人々から注目を集めており、価格もそう高くなく、誰でも購入できる様設定していたため予約も殺到していた。

在庫も充分に用意されており、発売日に買えないと言う人はおらず飛ぶように売れ、みなはワクワクしながら就寝し……。


発売日翌日。

朝になると、その目覚まし時計の音は日本中に響き渡った。

しかし……。

男は電話の音で目を覚ます。

「はい、もしもし…。あ、部長、おはようございます。」

「おはようじゃない、いま何時だと思っている。時計を見てみろ。」

男は時計を見て声を上げる。

「すみません、寝坊したようです、直ぐに会社に向かいます…」

「その必要はない、今会社へクレームの電話が相次いでいる。なぜだと思う。」


つまり、こう言う事だった。

その目覚ましの音はとても心地よかった。そこは申し分ない。

しかし、その心地よい音は眠りを誘発してしまい、布団の心地よさも相まって、さらに夢の世界へと誘われた。

ほとんどの者が購入しており、目覚ましをセットする時間もまちまちな為、長い間鳴り続ける。当然目覚まし時計なのでそれなりの音量だ。どこからともなく聴こえる音に、購入していない者にさえその音は届く始末。

学校や会社に遅れる者、夜勤明けでの帰り道、目覚まし時計の音を耳にし道端で眠る者が相次ぎ、交通機関はストップし、様々な人々が迷惑を被った。


「と、言うわけで世間への影響は計り知れない。沢山のお客さんに迷惑をかけてしまった。損害賠償もとんでもない額だ。私を初め、会社の者も大多数が遅刻をしてしまった。君には責任を取ってもらう。つまりクビだ。」


会社とは目覚ましの音同様、かくも冷たいものだ。

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めざまし時計 いざよい ふたばりー @izayoi_futabariy

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