閑話 疾風雷光の機人族

 リリウムと漆香を教室まで送った後、ガイストはお昼になるまで手持無沙汰になってしまったため、学校の敷地内を探索することにした。

 学校の敷地内は一般開放されており、食堂や図書館、スポーツジムやスーパーマーケットなど、誰もが利用できるようになっている。図書館で調べ物をしたあと、買い物帰りのおばあさんやジム用品を肩にかけた主婦とすれ違いながらゆったりと散歩を続け――そして、人気がなくなった緑地帯の一角で立ち止まる。


「こそこそと、何の用だ?」


 振り返り、気配を感じた緑地帯の茂みへ殺気を叩きつける。


「フフフフフ……気づいておったか。お主、只のメイドではないな」


 ガイストの睨む低木がじわりと揺らぐ。空間からにじみ出るように一体の機人族が姿を見せた。胸元にはエンブレムタイプの学生証を身に着けている。ガイストよりも背の高い、機械と装甲で覆われた典型的な男性型の機人族だ。

 ガイストが身構えていると、機人族の頭部のモノアイがクワッと赤く明滅する。


「我が名はゲイルサンダー。戦術学科において並び立つ者なし。轟きの隠密とは我輩のことよ――!」


「…………そうか…………」


 隠密のくせに「轟き」とはどういう神経で名付けたあだ名なのか、白と蒼の恐ろしく派手なカラーリングの装甲は諜報任務に向いていないのではないか、隣に立ちたくないいっしょにいたくないから並び立つ者なしなんじゃないのか、などと雑念がよぎる。

 まぁ、それはいい。

 ガイストとて、戦士として生きてきた身でありながら女の身体でメイドをやる羽目になっている、そんな事実を他人から指摘されたくない。他人の事情、個人の趣向を指摘するのは野暮と言うものだろう。


「なぜ、オレを監視する?」


「そう警戒するな、悪意はない。我輩は情報屋。朝から校内で噂されている美少女の素顔を調査していたのだよ」


「美、少女…………、やめろ! 気色悪い――こんななりでも男だ」


 女の身体になったことは我慢するが、心が納得しているわけではない。男の身でかわいいだの愛らしいなど褒められたところで身の毛がよだつだけだ。


「ほう……それはまた、難儀なことだな。だが、お主が男であろうとそんなこと・・・・・はどうでもよいことであろう」


「? どういう意味だ……」


「ククク……男なんぞ愚かな生物よ。かわいい、うつくしい、めでたい、そのような女子おなごが実は魂が男である――ショックであろうか? 断じて、否! むしろそのギャップに燃える――そのような感性もあろうな?」


 熱意を感じさせる謎の理論を真正面からぶつけられても、ガイストの頭の上にはたくさんの疑問符が浮かんでは消えるばかりである。むしろ、得体の知れなさに回れ右をして逃げたくなる。


「わからん……お前は、なにを言っているんだ……」


「見よ、これが現実だ」


 ゲイルサンダーは無言で情報端末を差し出すと、ガイストにディスプレイを見せる。


「な、……なに、これは――!?」


 アルマリット・ハイスクール美少女ランキング、と題されたウェブサイトには人族・機人族問わずの順位付けスナップショットが掲載されており、ランキング1位に輝いているのは、金髪の美少女ガイストであった。

 複数のスナップショットには大量の「いいね」が続々とカウントされ、「ヒールで踏んでほしい」、「冷たい眼差しで罵ってほしい」、「首輪をつけて四つん這いにさせたい」、などコメントが書き加えられ、ランキングスコアが上昇し続けている。ぶっちぎりの揺るぎない堂々の1位である。

 ちなみに3位は最近まで圏外のリリウム・ヴェーロノーク、2位は惜しくも1位から転落した九々龍 漆香である。


「正気か――っ! バカな……いったい、誰が……」


「ちなみに吾輩はこのシーンがお気に入りだ」


 提示されたのは、金髪の美少女ガイストの朝のお宝パンチラシーンである。


「やかましいわ!!!」


 すわ、きさまが犯人か――と掴みかかろうと思う衝動を思い留める。金髪の美少女ガイストの写真はリリウムと登校しているシーンも映っている。ゲイルサンダーがガイストの存在を察知するにはあまりにも早すぎる。


「どうしたのかね?」


「――ちっ、うせろ。……オレをつけまわすな」


「待ちたまえ。お主、情報を集めているのであろう? ……例えば、魔族の末裔がどうなったか」


「……」


 尾行していたなら、ガイストが調べ物をしていると言うことを知っていておかしくはない。ガイストは図書館で古い歴史本やヴェーロノーク、九々龍、レイブンブランドについての情報を集めていた。しかし、ガイストの読書歴から魔族の末裔を調べていると推測するのは困難だ。

 さらに、ゲイルサンダーの身のこなしは戦い慣れしているように見える。戦術学科の生徒だからと言われればそれまでだが、……この隠密は学生なのだろうか。なんの目的でガイストをに接触してきたのかが、見えない。


「そう邪険にしてくれるな。吾輩は情報屋、どれ……友好の証にサービスしようではないか」


 ゲイルサンダーがガイストの情報端末にデータ送信をしてくる。警戒しながらデータを閲覧すると、中身はデータ化されたヴェーロノーク家の系譜であった。最も古い時代の情報では魔族であったらしい記述が残されている。

 さすがに魔王のことは書かれていないが、かつてヴェーロノークは魔族であったことは確かなようだ。このデータ自体がウソである可能性はぬぐい切れないが……。


「なぜ、オレに協力する? きさまにメリットがあるのか?」


「ククク――協力ではない。次の依頼からは報酬をいただく。だが……しいて言うならば、興が乗った、と言うことだ」


 胡散臭い機人族だ。信用すべきでない人物であろうが……ガイストの勘は今拒絶すべき人物でないと告げていた。


「…………いいだろう、きさまを使ってやる」


「フフフ、交渉成立だ。さて、どんな情報が欲しいのかね? 悪いが秘匿性の高い情報は高いぞ。我輩も命が惜しいのでな」


「そうだな……」


 ガイストはしばし考えてからすぐにでも必要になるだろう情報を聞かせてもらうことにした。ガイストが欲しい情報を告げると、ゲイルサンダーは感心したと言わんばかりに唸り声を漏らす。


「なんと……やはりお主、只のメイドではないな。いいだろう、ひとつめの情報はすぐにでも。ふたつめは時間をいただく――それと、報酬は先払いにしてもらおうか」


 ゲイルサンダーの告げる報酬にガイストは眉を顰めたが、是非もない。渋々と従うことにした。


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