第24話
宿から関所に連絡が届く前に、シリオンは馬小屋につないであった馬の手綱をほどくと、急いでアースを乗せて自分も飛び乗った。
宿と関所は近い。
すぐにアースを見破った兵士を殺したことは、関所の兵たちにも知らされてしまうだろう。
「マルカ!」
馬首を返して、後ろを見ると既に自分の馬に飛び乗っていたマルカが、アースを守るように横につく。
「俺が右側の兵を倒す! お前には左を任す!」
「御意!」
叫ぶと同時に、馬を闇の中に並べるようにして走り出す。
アースも一緒に馬を駆ったが、やはり一馬身分は遅れてしまう。
その僅かの間に、シリオンとマルカは関所の閉ざされた門を守る兵士の前へとついた。
「止まれ! 何者だ!」
相手が叫んだ次の瞬間、二人の抜いた銀の剣が、松明の明かりに孤の軌跡を描いて暗闇を切り裂く。
人が肉を裂かれる絶叫が山の静かな闇にこだましたが、血しぶきの向こうに見えているシリオンの顔はむしろ僅かに高揚しているようにさえ見える。門の側で燃える赤い松明の炎が、シリオンの碧の瞳に映って見えた。
けれど次の瞬間には、マルカの剣が反対側にいた兵士の喉笛を切り裂くと、派手な鮮血をあげて地面に横たえさせる。
「ひっ!」
もう一人、扉の前で守っていた兵士は仲間が一瞬で切り殺されたのに、抵抗する気力もなくしたのだろう。がたがたと震えると、わずかに後ずさっているではないか。
「門を開けろ」
「ひっ! ひいい! 」
だからシリオンが剣を構えたが、相手は叫ぶばかりで役に立たない。
特に堅牢というわけではないが、関所の壁は人が縦に二列に立っても届かないほどの高さでアルペーヌの山肌から断崖までうねり、闇の中に黒蛇のように身を横たえている。そこを越えるには、この鉄でつくられた黒い重い扉しかない。
「鍵を出せ!」
だからシリオンの怒声に、男は怯えたように側で倒れている男を指すと、その腰にかかっている鍵の束を教えた。
震えながらの指に、降りたマルカが急いでさっき切り倒した男の腰を探ると、鍵の束を見つける。
「マルカ急げ!」
門の上にある石壁の通路が騒がしくなってきた。おそらく、さっきの悲鳴を聞きつけた兵たちが集まってきているのだろう。この天井のすぐ上だから、尚更人の声や剣のカチャカチャなる音が石を伝って門の空洞の中に響いてくる。
アルペーヌの関所の守備隊は約千人。覚えていた記憶をアースがざっと頭から引っ張り出す。
国境の守りとしては少ないが、たった三人には多すぎる敵といって間違いがない。
「何事だ!」
「敵か!?」
慌しく天井の石の上を走っていく物音がする。
「マルカ!」
だからシリオンがせかすように門の鍵と格闘しているマルカの名前を呼んだ。
「待て! 鍵は開いたんだが、なぜか扉が動かん!」
確かに扉を閉じていた錠前はマルカの足下に落ち、扉にかかっていた二本の閂も抜いて、鍵は完全に外れたはずだ。なのに、普通なら多少重くても押せば開くはずの扉が、どんなにマルカが力を入れてもなぜかびくとも動こうとしない。
「このくそっ!」
何とか門を開こうとマルカが扉の隙間に指を入れようとする。けれども、扉はその強固な鉄の塊を動かそうとはせず、ただ静かに闇の中に立ちそびえている。
だから、アースはじっと扉を見つめた。
普通の扉とは少し違う。
門の上部にそれぞれ二つの歯車がついていて、その下には細長い窪みがある。そした門の下にもなぜか歯車がついていて、それが地面におもりのようにささっている。そして鉄で作られた端が奇妙にジグザクになっている二本の閂。
―――なぜ、閂が二本も?
呟いた瞬間、頭にそれが閃いた。
「貸して、マルカ!」
そう言うと、乗っていた馬を急いで下りた。そして門の前に駆け寄ると、地面に落とされていた閂を拾い上げて、扉の窪みにはめ込む。
そしてもう一本も取ると、同じように門のへこんだところに嵌め込んだ。
「押して!」
そう言うと、体に力を入れて左の門を外に押す。
ギ、ギ、と扉が鈍い音を上げた。すると上でがこんと大きな音がして、上の歯車が閂ののこぎり歯状の段に丁度食い込んだではないか。
すると下の歯車も同じようにその閂の反対のギザギザに食い込み、上と連動してゆっくりと回りだす。
押すにつれ、歯車は回り、地面と天井に食い込んでいたおもりを扉内側へと位置を少しずつ変えていく。天井にはまっていた鉄の塊が扉の内側に下がり、下の地面に食い込んでいた錘は、その歯を僅かにあげて空中に浮いた。
それと同時に扉は鈍い音を上げて開き、外のアルペーヌの山から下りてきた冷たい夜風が、アースの頬をひんやりと撫でて行く。
「やった!」
「さすが、アース!」
だからシリオンが叫んだ時だった。
「見直したぞ! 傾国の男!」
マルカも叫んだ後ろが突然騒がしくなったかと思うと、関所の兵たちの詰め所から宿の方に走っていく兵たちの姿が見える。それに宿の入り口で何事かを叫びながら慌しく走り回る兵たち。
「ばれたな」
そうシリオンは剣を構えながら呟くと、下にいるアースに急いで馬に乗るように促す。
「乗れ! アース! 」
だからシリオンが走ってくる兵たちに向かい戦闘体制を解かずに警戒する間、急いでマルカとアースは馬に乗ると、そのまま三人で関所の門をくぐった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます