クリスマス前でも現代人は休めない!

ちびまるフォイ

ドリンク・ドランカー

「疲れた……今日で二重連勤……」


歩きなれているはずの道でさえ遠く感じる。

パワーチャージしようとエナジードリンクを探すも売り切れ。


「あの、店頭にエナジードリンク置いてないんですが

 なんとか1本くらいありませんかね……もう死にそうで……」


「それでしたら、ちょうど1本ありますよ。

 売れなかったのでそのまま廃棄するつもりでしたのでお譲りします」


渡されたドリンクのラベルには『超復活!エナジー!』と書いてある。

安っぽさグランプリがあれば間違いなく優勝できるクソデザイン。


背に腹は変えられない。ぐいと飲み干した瞬間、体に電流が走った。


「おおおお!? これはすごい!!」


エナジードリンクを常用したことで耐性ができているこの体でも

疲れや何やらが吹っ飛んでしまった。


この感動を同僚に話すと誰もが顔をしかめてこういった。


「……ステマ?」


「ちがうから! お金とかもらってないから!

 俺はこの感動体験をより多くの人に知ってもらいたいだけなんだ!」


「だって、お前の話に出ているドリンク探してもネットにないぜ?」


「出てたら俺が現物もって話ししてるわ!」


「そのコンビニには置いてないのかよ?」

「もうないんだ……」


「でも発注したってことは、もとをたどることはできるんじゃね?」


「そうか! ありがとう!!!」

「あっ、おい!!」


コンビニ店長に土下座して発注先を特定すると小さな薬局に行き着いた。

中にはさまざまなドリンクが並んでいたが、他のには目もくれず見つけ出した。


「あった!! ここに売っていたんだ!!」


「お客さん、それを買うのかい?」

「はい! あるだけください!」


しこたまドリンクを買いだめした。


店主の話では買われた分だけしか補充しないということなので、

店頭にある以上の数を買うことはできないというらしい。


「もっと仕入れればいいのに」


そう思いながらドリンクを飲む。

今はあまり効果がないのか、最初の感動がすごすぎるのか変化はなかった。


やっぱり疲れているときに飲むのが一番なんだろう。



翌日の夜は忘年会だった。


「よーーし! もう一軒いくぞーー!!」


「先輩……もう辞めときましょうよ。さすがに飲みすぎですよ」


「ハハハ。若いくせに何言ってるんだ。俺なんかぜんぜん平気だぞ!」


「先輩は化け物なんですよ」


エナジードリンクの効能は元気になるだけじゃなかった。

飲み過ぎだろうが二日酔いだろうが食べ過ぎだろうが、

体のありとあらゆる不調を元気で押し流してくれる。


まさに現代人の救世主。


どんなに眠くてもドリンクを飲めば平気になる。

どんなに疲れていてもドリンクを飲めば元気になる。

ドリンクは俺の生活の源だ。


「ふんふんふ~~ん♪ 今日も買いだめ買いだめ~~♪」


いつもの薬局からドリンクを箱いっぱいに買って買っている途中。

箱の底が抜けてドリンクががちゃんと落ちてしまった。


そのうち一本は落ちた衝撃で蓋が外れてしまい、道にドリンクが流れてしまった。


「ああ、もったいない!」


ドリンクは道に沿うように流れしおれている花の根に流れ込んだ。

茶色く変色していた花はみるみると色を取り戻し鮮やかな花を咲かせた。


「これ、植物にもきくのか!? 超すごいじゃん!」


花にかけよると、生き返ったのは花だけではなかった。

道でひからびていたミミズもドリンクに触れたことで命を取り戻している。

乾燥したアスファルトを這いずっていた。


「まさか……蘇生薬だったりするのか……!?」


その後、いくつもの秘密の臨床実験を重ねて俺は仕事を辞めた。

仕事をやめてからすぐにどんな病気を治すゴッドハンドとして復活を遂げた。


「先生のおかげですじゃ。ありがとう存じます、ありがとう存じます」


「いいえ。どんな人の病気を治すのが私の仕事ですから。

 私、成功しかしないのでっ!」


「ステージ:デスナイトメア段階のがんを治すなんて……!」

「教えて下さい! どんな手術をしたんですか!?」

「どうすれば先生ようになれるんですか!?」


「それは秘密です。マジシャンが種を教えるときは引退のときですよ。

 私、廃業もしないのでっ!」


医者の免許もないけれど俺の手にかかればどんな病気も治ってしまう。

俺のもとには日々大量の重篤患者が担ぎ込まれ、蘇生手術がほどこされた。


問題なのは俺が手術をせずにドリンクをぶっかけて治しているという荒療治がバレること。


薬局に並んでいるドリンクはすべて俺の手で買い占めて、

他の誰かが俺の手口に自然と気づくことがないように努めた。


いつもドリンクが店頭に並ぶ最大数が一定だったのが幸いだった。

大量生産でもされれば俺のゴッドハンドの秘密がバレてしまう。


「ふふふふ……。だいぶ貯金も溜まったなぁ。親になにか買ってやるかな」


貯金通帳の桁数を数えているときに電話がかかった。

電話は俺の知らない病院からだった。


『大変です! あなたのご両親がっ……!』


病院にかけつけたときにはすでに白い布がかけられていた。

部屋にはなにかのドリンクの空き瓶が転がり、花が飾ってあった。


「うちでも力は尽くしたんですが……延命の限界で……」


「そんなこと、俺にはなにも話してなかったのに……」


親へ最後に連絡をとったのはいつだったのか覚えていない。

てっきり今も元気だと勝手に思っていた。


まさか病院のベッドで寝たきりの生活になっていたとは。


「この病院にもあなたのようなゴッドハンドがいれば助けられたんでしょうが……。

 私の力不足です。すみません……」


「いえ……」


俺のかばんには常備しているドリンクがある。

これを使えば親を復活させることができるだろう。


でも病院ではさんざん死亡確認を徹底しただろうし、

いくら俺がゴッドハンドだとしても明確な死亡判定された人間を蘇生させるのは……。


「帰ります……」


家につくと、足元に花が咲いていた。


「あれ……」


いつかドリンクをかけて復活させた花だった。

花はずっと先っぱなしで、草も最初の緑色のままキープしていた。


まるで写真でも見ているかのようだ。


頭に嫌な予感がよぎる。


花を地面から引き抜いて放置してみたが、花は同じように咲きっぱなしだった。

それが何日も何週間も踏まれても雨に打たれても変わらなかった。


「ま、まさか……このドリンクは蘇生させるんじゃなくて、もう死ななくさせるんじゃ……」


これまで自分の病院にやってきた患者にその後の容態を確認する。

その誰もが老化や病気になることもなく、不自然なほど元気いっぱいだった。


俺は病気を治すんじゃなくて、体の状態を死なない健康状態に固定してしまったんだ。


「ど、どうしよう……」


不老不死になった主人公が誰もいなくなった世界で一人ぼっちになる話は映画でよく見る。

今俺がその真っ只中に追いやられるのかもしれない。


「そうだ! あの薬局! あの薬局ならドリンクの効能を消す方法がわかるかもしれない!」


薬局に向かって店員の胸ぐらを掴んで引き寄せる。


「あのドリンクのせいで死ななくなっちゃんですけど! どうしてくれるんですか!」


「たしかにあなたの言う通り、あなたが買っていたのは人の体から「死」を奪う薬です。

 元気になるのも当然ですよ。死に向かう病気やらの可能性を根こそぎ奪うんですから」


「不死の体になるんだったら最初から飲んでないですよ! 早く治してください!」


「お客さん、落ち着いてください。そういう方のために対策ドリンクもあるんですよ」


「た、対策ドリンク……?」


店員は掴まれていた腕をほどいた。


「あなたが買っていたドリンクが"買われた分しか補充されない"のは、

 対策ドリンクを売っていからだよ」


店員はカウンターを出てあるき始めた。


「つまり、だ。あんたら不死ドリンクで死を奪われた人間から

 逆に死を受け取るドリンクを作っていたからだよ。

 死を奪うドリンクを売り、奪った死を提供するドリンクを作る」


「その……死を提供するドリンクが使われたら?

 死がなくなるから、死を奪うドリンクとして売る。

 ここでやっているのはただの死の循環なんだよ」


「そのドリンクを不死の俺が飲んだら?」

「効果をお互いに打ち消し合ってもとに戻るだけさ」


「それどこにあるんですか!?」


「こっちだ」


店員は店にある別の棚に手を伸ばした。


「これが死を奪われた人から回収し、死を閉じ込めているドリンクだよ。

 普通の人が飲んだら即死してしまうが、不死のあんたなら問題ないだろう」


「これって……」


「どうしたんだい? 飲まないのかい? 嘘はついてないよ?」


「このドリンク……俺以外に……買った人、いますよね」


「ああ、当然さ。店頭に死を奪うドリンクが並んでいるってことは

 死を与えるドリンクを誰かが使って空っぽにしてくれたからだよ。

 そんな当たり前なこと、どうして今さら聞くんだい?」




もう店員の言葉は入ってこなかった。


両親が死んだ病室に、同じドリンクが転がっていたのを思い出してしまった。

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