第101話 原初の魔術
五大将軍の一人である『
「……まさか、人間の街に
過去の自分についての問いにウィルは憮然とした表情で唇を突き出す。見た目が少年のため、子供が拗ねたようにしか見えない。
「ふん。昔の話をするな……。お前がボクの元を去って百年以上は経っているんだぞ? それに、こう見えてもボクは人間だ。心変わりなんて人間にはよくあることだろう?」
「人間……ですか? あなたが……? ふ、ふふふ……」
「何がおかしい?」
『人間』という返答に思わず笑ってしまったレイブンは
「……失礼しました。ですが、あなたがご自分のことを人間と仰ったので……。覚えていませんか? 私があなたの元で修行していた時、あなたは人間と呼ばれることを嫌っていました。そんなあなたがご自分を人間と言っていることに驚いてしまったのです」
「ふん! だから、昔のことを知っている奴は嫌なんだ……。全く。……まぁ、いいさ。それよりも、お前はいったい何をしている? その格好は確か少し前にサイラスを襲った魔王とやらの手下と同じ格好だな……。まさかとは思うがサイラスを襲ったのはお前か?」
冷静な口調ではあるがウィルから静かな感情の昂ぶりを感じ取ったレイブンは緊張する。
(……
現状では撤退が最優先と判断したレイブンだが、どのように逃走するかを悩む。悩んでいるレイブンにウィルは詰め寄る。
「おい! 弟子の分際でボクを無視するな! お前は昔からそうだ。自分の考えばかりを優先して師であるこのボクを忘れて――」
「失礼しました。
突然の謝罪と逃がして欲しいというレイブンからの嘆願にウィルは表情を変化させずに言い放つ。
「駄目だ。いいからボクの質問に答えろ! お前は魔王の手下なのか?」
要求が却下されたレイブンは仮面の下で笑みを強める。
(ふふふふ。相変わらずね……。自分の意見を曲げることはしない。昔からあなたはそうですものね。今日は昔をよく思い出す日ね。……なんて考えている場合じゃないか……。さてと、どうするか……)
逃走手段を模索するレイブンに思いがけないチャンスが舞い降りる。このとき、ブリージア大神殿に『断罪の天使』コードメイが召喚される。召喚による異様な魔力を感知したウィルは一瞬だけ意識をレイブンから外す。師の意識が自分から離れたことを理解したレイブンはすぐに行動にでる。
『
一瞬の隙をついたレイブンは魔法をウィルへ……というよりはサイラスへと落下させる。街へと爆炎が降り注いでくると二人を見上げていた四人の
『
ウィルの魔法により全ての爆炎が
「流石ですね。
「お前……。ボクのサイラスを燃やそうとしたな……」
「ふふふ。あなたが人間の街にそこまで御執心とは……。ところで、どうして人間の街に? 見たところですが……。この街の下にも『
「うるさい。お前には関係のないことだ」
「そうですか。失礼しました。まぁ、あなたと本気で戦うつもりは毛頭ありません。今はですが……。あぁ、そういえば質問にお答えしていなかったですね。そうです。私は魔王様の部下。五大将軍が一人『
レイブンは自己紹介をしながらわざとらしく大仰に頭を下げる。そんなレイブンの態度が鼻についたのか、または何かを感じ取ったのかウィルはレイブンへ質問をする。
「『
「師に言わせれば私はまだまだ半人前でしょうから何を言われても構いませんよ。ですが、あの頃の私と一緒にしない方がいいですよ? 準備さえ整えれば、私は師であるあなたにも勝る!」
「大きく出たな……。もうひとつだけ質問をさせろ」
「えぇ、構いませんよ。どうぞ」
「今はレイブンと名乗っているのか? かつての名は捨てたのか?」
ウィルからの質問にレイブンは仮面の下で眉を動かして動揺するが、すぐに頭を切り替えて返答する。
「……はい。あの頃の名は捨てました。私はレイブン。これから私を呼ぶようなことがあればそう呼んで下さい。
「そうか……。いいだろう。貴様を殺した時の墓にはレイブンと刻んでおいてやる」
「ふふ。恐ろしい。それでは失礼します。
挨拶を済ませるとレイブンは闇に包まれて姿を消す。レイブンが消失したとほぼ同時に四人の
「
「構わん……。あいつが相手ではお前達の手に余る。少し見ない間に随分と腕を上げたものだ……」
少し寂しげな表情でウィルは視線を上に逸らしながらレイブンのことを思案する。悩んでいる様子のウィルへスイが遠慮がちに尋ねる。
「あのー、
「レイブンだ」
「えっ?」
スイの言葉を遮るようにウィルは言葉を被せる。
「奴の名はレイブン。魔王の手下……『
スイにというよりは、自分に言い聞かせるようにウィルは言葉を噛みしめる。主人の表情や仕草を見たスイは……いや、残りの三人も何かを察して他には何も尋ねようとはしない。すると、突如としてウィルが四人へと向き直り指示を出す。
「そんなことよりもだ。先程の魔力は何だ?」
突然の質問に四人は一瞬だけ顔を見合わせるが、すぐに主人であるウィルへと答える。
「……申し訳ありませんが、わかりかねます。侵入者に気を取られてしまいサイラスの監視が
「そうか……。よし。では、原因を解明させろ。恐らくあの魔力は中央の大神殿から発生した。四人で直ちに原因を解明してこい!」
『はい!』
新しい命を受けた四人は一糸乱れぬ動きでブリージア大神殿へと飛んでいく。一人残ったウィルは小さくため息をつく。すると何もない方へと身体を向けて一言告げる。
「……いい加減にしろ。誰だか知らないが……。いつまでも盗み見をしているんじゃない!」
その言葉を最後に『
◇◇◇◇◇◇
途切れた映像を見ていた勇者と魔王は微動だにしない。だが、今回の事件について報告していたツリーゼンは神妙な面持ちで進言する。
「……ご覧になった通りです。勇者様。魔王様。私は魔王城より一歩も出ていません。それなのに、あの者は私の完璧な監視に気がついていました。……危険な存在です。お許しを頂ければ私があの者を――」
「いや、奴のことは放置しておけ。ツリーゼン。ご苦労だったな。下がれ……」
「えっ……? ゆ、勇者様……?」
「聞こえなかったのか? 私は下がれと言ったのだぞ……?」
「――ッ! し、失礼しました! では、勇者様。魔王様。失礼します……」
謝罪の言葉と共にツリーゼンは姿を消す。いつも通り玉座の間には勇者と魔王のみとなる。二人だけになると勇者が口を開く。
「……奴か……」
『……そのようだな……。しかし、ツリーゼンの監視にも気がつくか……。つくづく面倒な奴だ……』
「確かに、……恐らくだが実力は我らに匹敵するな……」
『ふむ。逸脱者とは難儀なものだな……。まさかとは思うが、この世界の者ではないのではないか?』
「それはない。外の世界からの侵入は不可能だ。そうだろう?」
『……そうなのだが……。我らに匹敵する者がこの世界に存在するものか?』
「前にも言ったろう。奴は確かに強いが限定的だ。己の存在を歪めた強さだ。……問題はない。今のところ我らに敵対する意志もない。それに敵となっても、奴には決定的な弱点がある」
『……場所の制約か?』
「そうだ。見たところ、あの街……いや、あの塔にいてこそ奴は我らに匹敵する。塔から出してしまえば相手にならん……」
『……そうだな。……では、奴は放置してよいのだな?』
「あぁ、計画を進めよう。『World Tune』を成すために……」
サイラスの表と裏で起こっていた二つの事件を聞いても勇者と魔王に特段の変化はない。二人が裏で画策する真の目的を……『World Tune』を成し得るために必要なことを着々と進めている。
◇◇◇◇◇◇
魔王城のある一室。
五大将軍を束ねるリーダーである『
それは……「殺す」という、物騒な物言いだ。
突如としてユダの部屋へと押し掛けてきたレイブン。レイブンは殺気を込めた瞳でユダを睨んでいる。攻撃的な言動にユダは困惑するが、困惑しながらも眼前に立つレイブンを見据えながら冷静に話をする。
「ふむ。いきなり来て『殺す』とは御挨拶だな……」
「いいから質問に答えて」
「……わかった。何だ。何を答えて欲しいんだ?」
軽口に乗ってこないレイブンにユダは諦めたように話を進めようとする。だが、レイブンからの質問が波乱の幕開けとなることをまだ知る由がない。
「私、フリードの弟子にあったのよ……」
「何? フリードの弟子だと?」
「えぇ……。ユダ。あなた知っていた? フリードは弟子をとっていたのよ?」
感情のこもっていない口調でレイブンは淡々と尋ねる。対するユダも特に何の感情も感じさせずに返答する。
「お前には悪いが……、私は知っていた」
「そうなの……。じゃあ、これは知っているかしら? フリード。死んだそうよ?」
「知っている」
「そう……。最後よ。フリードは殺されたの……。黒衣の騎士とやらにね……」
「あぁ……。知っている。殺したのは俺だからな」
『
『
答えを聞いたレイブンは有無を言わさずにユダへ『
「……ふざけるな! フリードを……殺した……? 許さない……。絶対に許さない!」
「落ち着け! と言っても無理だろうが……。話を聞け! 確かにフリードを殺したが――」
『
『
レイブンの放った『
度重なるレイブンの攻撃を完璧に防いだユダが落ち着くように諭す。
「冷静になれ。レイブン。お前が怒っていることはわかってはいるが……。お前の魔法では俺には勝てん……。諦めろ……。それから話を――」
「勝てない……? ふ、ふふふふふ。あははははははははは――」
突如として笑い出したレイブンにユダは訝しげな視線を向ける。ユダの視線に気がついているレイブンは笑いを止めない。笑いながら仮面に手をかける。すると、レイブンは自身の仮面を外しながらある言葉を紡ぐ。
「……魔力抑制解除……。……封印術式解除……」
「――ッ!」
呟くようなレイブンの声が耳に入ると冷静だったユダが目を見張り驚愕の声で叫ぶ。
「ま、待て! レイブン! お前! それは――」
焦り出すユダを尻目にレイブンはやるべきことを続ける。
「……もう遅い……。私の本当の実力を見せてあげるわよ。……禁術封印解除……」
全ての準備を整えたレイブンは抑えていた魔力を全開にする。本気になったレイブンを目にしたユダは何も言わずに転移で部屋から逃げる。
「……逃がさない……」
◇
レイブンが管理している魔王城の闘技場。この場所では、レイブンの副官であるリコルが
「こ、これはユダ様! こんな場所へようこそいらっしゃいました! 今日はどのような御用ですか? 生憎とレイブン様は席を外されて――」
「リコル! ここから逃げろ! それからすぐに闘技場を隔離しろ!」
「えっ?」
挨拶の途中にユダから矢継ぎ早に指示を受けるリコルだが、頭の整理が追い付かずに疑問しか浮かんでこない。そのため、ユダへ確認をとろうとする。しかし、リコルがユダへ真意を尋ねる前にもう一人の招かれざる客が姿を見せる。もう一人の人物にも気づいたリコルが視線を向ける。リコルの目には敬愛する主人であるレイブンの姿が映る。いつもならレイブンの姿を見ればリコルは満面の笑顔で迎える。だが、今回はリコルに笑顔はない。なぜなら、レイブンの姿を一目見て理解したからだ。レイブンが本気を出してることに……。驚愕したリコルは状況を瞬時に理解する。一方のレイブンは、視線をユダからリコルへと移すと一言だけ告げる。
「リコル。逃げなさい……。死にたくないならね……」
『逃げろ』という言葉を聞く前にリコルは闘技場から逃げ出す準備を終えていた。レイブンから言われる前にユダから指示されていたことも一助としてあるが、何よりもレイブンの尋常ではない魔力を感知して本能が『逃げろ』と叫んでいたからだ。
『わ、
転移で闘技場の外へと逃げたリコルはすぐに緊急事態に備えた事前策を発動する。そう、この闘技場はレイブンかリコルがいれば闘技場ごと空間隔離が可能となっている。そのため、闘技場はユダとレイブン、実験中の
◇
本来の空間から異なる空間へと隔離されたことを理解したユダはひとまず胸を撫で下ろす。
(ふぅー。これで……、最悪の事態は回避できたか……。あとは……、俺が生き残れるかどうかだな……)
魔王城から隔離をしたことで被害を最小限に抑えることには成功したが、問題自体は何も解決されてはいない。ユダが見つめる先には殺意を込めた視線で睨む『
「レイブン。やめろ……。その力は危険だ……。お前だってわかっているだろう!」
「……私の魔法を……。ふっ……、いいえ。そもそも私は魔法を使えない……。いや、違うわね。魔法を使える者……。魔法使いは存在しない……。それは究極にして至高の存在……。魔を極めし、魔導の頂点へと辿り着いたとしても……。まだ、魔法使いにはなれない……」
「何だ……。こんな時に魔法の講釈を始めるのか?」
「違う……。私は魔法を使えないと言っているだけ……。本当の魔法わね……」
「それは誰しもがそうだろう」
話をしていたレイブンは微笑を浮かべると両手を広げる。まるで何か大きな物を受け止めるかのように……。だが、実際は何も両手に持っていない。ただのポーズだ。レイブンらしからぬ行動にユダは警戒を更に高める。
「そう……。誰も魔法使いという頂きには行きついていない……。でもね? 私は誰? 私は魔を極めた存在……。『
「くっ! やはり、そうくるか……。『
ユダが防御のために目の前に魔法を……いや、魔術を吸収する暗黒の穴を出現させる。『
レイブンは、口元の笑みを止めて表情を引き締める。
「……喰らえ……。原初の魔術」
『
力ある言葉が響くと闘技場は炎に包まれる。
『
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