第100話 侵入と再会

 あの夜、コードメイとリディア達がブリージア大神殿で戦闘を繰り広げる少し前にある事件がサイラスで人知れず起きていた。この事件を知る者はほとんどいない。知っているのは当事者となったあの者達のみ……。


「ふーん……。なかなか立派な結界ね」


 サイラスの遥か上空から街を覆う魔法による防御結界を窺う人物がいる。漆黒のローブ、ピエロの様な仮面を身に付けた『魔導ウィザード支配者マスター』レイブンだ。


「まぁ、人間にしてはだけど……。この程度の結界なら一瞬で……」


 レイブンは上空から滑り落ちるように滑空するとサイラス全体を覆う結界をすり抜けて街へと見事に侵入する。サイラスへと降り立ったレイブンは目的の人物を探すために移動を開始する。


(さてと……。とりあえずは透明化して、あの男を探すか……。大した魔力を持っていなかったから魔力探知は難しいでしょうけど……。ここ最近の行動を監視していたから行動パターンは読めるわ。それに、最悪は宿で張っていれば会えるしね)


 探し人を求めてレイブンがサイラスの街を闊歩する。誰にも気がつかれることなくサイラスへの侵入を成し得ることができたのはレイブンが初めてだろう。しかし、実際にはレイブンの存在は気がつかれている。



 レイブンが侵入した同時刻。


 白銀はくぎんの塔で結界を担当していた守護者ガーディアンの一人であるダイは鼻提灯を作りながら居眠りをしていたが、ある事象を感知した途端に鼻提灯が割れ目を覚ます。


「……ふが?」

「あら? どうしたんですか? ダイ。あなたが目覚めるなんて珍しいですね」

「……侵入者じゃ……」


 侵入者という言葉を聞いた同じ守護者ガーディアンのエン、スイ、ライハの表情が変化する。特に紅髪が特徴的なエンが険しい表情でダイへと詰め寄る。


「間違いないのか? ダイ」

「うむ。エンよ。間違いないのう。全ての結界をすり抜けたおったわ。じゃが、詰めの甘い奴じゃのう。最後の結界はすり抜けるのではなく敢えて引っ掛かることが必要なことに気がつかなかったようじゃ」


 結界を全てすり抜けたというダイの言葉にスイは長い青髪を靡かせながら口元にある黒子ほくろの周囲に人差し指を当てながら思案する。


「そうですか……。ですが、五重結界の全てを無効化したのでしょう? 相当の手練れみたいですね」

「そうみたいだねー! 今から戦うのが楽しみー!」


 警戒するスイとは反対に無邪気な笑顔で少女姿のライハが拳を振り上げる。


「待て! まずは主人マスターに――」

「ボクならここにいる」


 エン、スイ、ライハ、ダイの四人に白銀はくぎんの塔で最高の魔術師であり、四人を創造した主人マスターであるエルダーことウィルが面倒そうに歩み寄っていく。主人マスターであるウィルにエンは流れるように頭を垂れ、スイはゆったりとお辞儀を、ライハは可愛らしく手を振り、ダイは欠伸あくびをした後にこうべを垂れる。いつもの四人を見たウィルは溜息を漏らすとすぐに指示を出す。


「侵入者を探し出して拘束しろ! 抵抗する場合は殺しても構わん! ボクのサイラスに土足で踏み入る馬鹿に思い知らせてやれ!」


 ウィルの命令に四人の守護者ガーディアンはそれぞれ異なった反応を見せる。


「はっ! お任せ下さい。主人マスター!」

「はい。油断せずにいってきますね」

「はーい! 任せてよー!」

「ふぁー……。眠いが……。行って来るかのう……」


 エン、スイ、ライハ、ダイの四人が姿を消す。誰もいなくなった部屋でウィルが呟く。


「侵入者か……。何者だ? 五重結界をすり抜けるなんて……」


◇◇◇◇◇◇


 サイラスの中心街から外れた通りを一人の男性が歩いている。中肉中背の筋肉質な肉体をもった男性――拳法家のフィッツだ。両手を頭の後ろに回して独り愚痴を溢す。


「くっそー……。カイのところで夕飯をもらおうと思ってたのによー。まさか、留守なんてついてねぇーな。……にしても、全員がいないなんて……。依頼にでも出てるのか? でも、噂じゃあ。サイラスで起きている事件を調べてるとか聞いたけどなぁー。まぁ、いいや。白銀しろがねの館にある食堂で飯を食うついでにルーさんにでも聞いてみるか」


 考えをまとめたフィッツが白銀しろがねの館へと歩み始める。しかし、すぐに異常事態が起きる。フィッツは普通に歩いていたのだが、突如として景色が歪み見たことのない風景が周囲を支配する。周囲を見渡したフィッツは最大限に警戒しながら吠える。


「……なんだこりゃ……。おい! どこのどいつだ! 隠れてないで出てきやがれぇー!」


 周囲へ響いたフィッツの怒鳴り声が空しく響く。だが、そんなフィッツの呼びかけに答える者がいた。


「ふふふ……。その反応……。本当にそっくりね」

「――ッ! 誰だ!」


 突如としてフィッツの前方の空間が強く歪む。そんな歪みの中から出て来たのはピエロの様な仮面をつけた『魔導ウィザード支配者マスター』レイブンだ。レイブンを認識したフィッツは目を見開き驚愕する。一方のレイブンは仮面で表情を読み取ることはできないが至って冷静にフィッツへと話しかける。


「初めまして……ではないけれど……。まぁ、この姿で会うのは初めてだし……。初めましてでいいのかしらね?」

「て、テメーは……。魔王の!」


 かつて、クーダに変身していた時だがレイブンはフィッツとは面識がる。お互いに、その時のことは覚えている。しかし、フィッツにとってはそんなことは問題ではない。フィッツにとっては魔王の手先が自分の目の前に現れたことが重要なのだ。


「うおぉぉぉぉーーーーーー!」

「うん? 何?」

「喰らえ! フリード流気闘拳奥義! 『連撃掌波れんげきしょうは!』」


連撃掌波れんげきしょうは:気の塊を連続で打ち込む奥義。一つ一つの威力はそこまで高くはないが、岩程度は軽く破壊する威力がある。


 遠吠えを上げるかの如く吠えながらフィッツは奥義を放つ。フィッツは気の塊をレイブンへと連続で放ち続ける。連続で気を放たれたことでレイブンの身体は吹き飛ばされ煙が周囲に立ちこめる。だが、フィッツは攻撃の手を決して緩めることなく続ける。レイブンからは声はおろか姿も見えなくなる。


「……はぁ、はぁ、はぁ。やったか……?」


 攻撃を止めたフィッツは吹き飛ばされたレイブンを注視する。煙が晴れるとそこには全身から流血しているレイブンの姿があった。勝利を確信したフィッツ。そこへ場違いな拍手が鳴り響く。


『パチパチパチパチ』


「すごい、すごい。あの一瞬で躊躇なく攻撃するとっさの判断。その若さで気をそこまで操る技術。本当に見事だわ。でも……、そんな攻撃じゃあ私は倒せないわよ?」


 背筋に氷水をかけられたような寒気をフィッツは感じる。なぜなら、倒したはずのレイブンの声がフィッツの真後ろから聞こえてきたからだ。信じられないフィッツはゆっくりと振り返る。そこには、全く無傷のレイブンが堂々と立っている。驚愕したフィッツは疑問を覚えるよりもすぐに距離をとろうと後ろへ大きく飛び退く……いや、退こうとしたが身体を動かすことができなかった。


「なっ!?」

「チェックメイトよ。……これ以上は時間の無駄……。時間は有効に使わないとね? でも、なかなか強かったわよ。人間にしてはだけどね……」

「く、くっそー……」


 身体を動かそうとしても思うように動かすことのできない状況にフィッツは焦り困惑する。何とかしてレイブンから逃げようと身をよじるが一歩も動くことは叶わない。身動き一つ満足にとれないフィッツにレイブンがにじり寄る。フィッツは死を覚悟する……が、予想外の言葉がレイブンから放たれる。


「落ち着きなさい。別にあなたをとって食おうっていうわけじゃない。ただ、少し話がしたいだけよ」

「話だ……? 魔王の手下が俺に何の用だってんだ!」

「この状況でよくそんな口が利けるわね……。勇敢というか……、馬鹿というか……。まぁ、いいわ。あなたの技なんだけど……。見たことがあるのよ。あなたにその技を教えたのは誰?」


 レイブンの問いを聞いたフィッツは唇を噛みしめると、満足に動けないにも関わらず感情を爆発させて怒鳴りつける。


「そいうことかよ……。師匠のことを知ってる……。つまりは俺を殺しに来たってことか!」

「はぁ……。話を聞いていないのかしらね? 言っているでしょう? 別にあなたをどうこうする気はないって、ただ質問をしているだけよ」

「知った風なことを! お前の目的は俺じゃなくて師匠の……フリード師匠のことだろうが!」

「フリード……。やっぱり……。懐かしい名前……」


 フリードという名を聞いたレイブンは仮面の下で目を細めながら微笑を浮かべる。昔を思い出したレイブンが気分を少し良くして口を開く。


「ふふふ。あなたがフリードの弟子とはね……。まぁ、行動が何から何までそっくりだからそこまで驚きはしないけど……。まさか子供っていうわけじゃないんでしょう?」

「……違ぇーよ。師匠にはガキの頃に助けてもらった……。そこから拳法を学んだ……」

「助けられた? 何があったのかしら?」

「……何でそんなことをテメーに話さなきゃいけねぇーんだ! テメーは――」

「はぁ……。面倒……。『完全催眠パーフェクトヒュプノス』」


 レイブンの魔法を受けたフィッツは抵抗するも敢え無く意識を消失する。


完全催眠パーフェクトヒュプノス催眠ヒュプノスの上位魔法。対象を意のままに操ることのできる魔法。ただし、精神力の強い者や魔力の高い者を操るのは困難な部分は催眠ヒュプノスと同じ。


「か……あ……」

「ようやく静かになった……。フリードにそっくりで懐かしいのもいいけど。うるさいところや馬鹿な部分までそっくりなんだから……。本来なら『完全催眠パーフェクトヒュプノス』に抗えたんでしょうけど……。気を使った直後、身動きを封じた状態では抵抗できなかったようね。……とはいえ、そんなに長くは持たないでしょうね。手短に聞きましょうか。フリードがどうなったのかを……」


 操り人形と化したフィッツへレイブンは質問をする。どのようにして、フリードに出会ったのか、フリードとはどの程度の仲なのか、フリードは今どうなっているのか……。


 フィッツは、自分の過去を……奴隷だった幼い時にフリードから命を救われたこと。救われた後にフリードから拳法を教わったことを話す。話を聞いているレイブンはとても嬉しそうだ。かつての友が変わらずにいたこと、相も変わらずに考えなしだったこと、全てが懐かしく聞いているだけで笑顔になる。だが、最後の情報……フリードが死んだことを聞いたレイブンには怒りが込み上げる。かつての友を殺した者がいるということに憤りを覚える。


「――あのフリードが殺された……? 老いたとはいえ……、あいつを殺せる奴がいるなんて……。誰が殺したの?」

「……知らない……見たことがない奴……」

「……そう。じゃあ、質問を変えるわ。そいつの特徴を教えて。どんな姿をしていたの?」

「……黒衣の騎士……。黒い外套マント、黒い鎧、黒い剣を持った男……。師匠を一瞬で殺した……」

「黒衣の騎士? しかも、フリードを一瞬で? そんな人間がいるわけ――」


 フリードを殺害した者の特徴を聞いたレイブンは訝しげな表情になるが、あることが頭に思い浮かぶと絶句して驚愕の表情を浮かべる。


「――……まさか……。フリードを殺したのって……」


 レイブンが一人呟いていると硝子が割れるような大きな音と共に空間にひびが入り砕け散る。


「――ッ!」


 突如として空間が破壊されたことにレイブンは驚愕する。自分の作り出した空間を破壊する程の者がいることにも驚いているが、続け様に攻撃を仕掛けられていることに焦る。


大地拘束アースレストレント


「くっ!」


 地面がレイブンを捕まえようと生き物のようにうねるが、拘束される前に空中へと飛び上がる。しかし、飛び上がるレイブンへ肉薄する小さな影が突如として躍り出る。


「なっ!」

「へっへーん! 喰らえー! 『ボルトナックル!』」


 突然の攻撃ではあったが、レイブンは間一髪で転移を使用して遥か上空へと逃れる。だが、一息つくことはできない。なぜなら、逃れたと思ったレイブンの周囲には濃い霧が立ち込めていたからだ。レイブンは異様な状況に視線を走らせる。


「……これって? まさか!」


灼熱バーニングピラー!』


「――ッ!」


 上空へと逃れていたレイブンに炎の柱が襲い掛かる。炎の柱はレイブンへと直撃するとほぼ同時に大爆発を起こす。爆発の影響で一瞬だけ空が輝き、遅れて上空には黒煙が立ち込める。黒煙を見ながら攻撃を仕掛けた四人――エン、スイ、ライハ、ダイがそれぞれ口を開く。


「ふむ。派手じゃのうー」

「おー! すっごーい! たーまやぁー!」

「何ですか? ライハ。それは?」

「うん? スイ。知らないの? 空で炎が爆発した時はこういう掛け声があるんだよ!」

「そうなの?」

「うん! 主人マスターがくれた本に書いてあった!」

「無駄口を叩くな! ……スイ。フォローに感謝する」

「いいえ。作戦通りですね。……ですが、まさかダイとライハの攻撃を躱されるとは予想外でした……。できることでしたら拘束したかったです……」


 流れるような四人の守護者ガーディアンによる連続攻撃。最初はダイによる拘束攻撃だったが、避けれると同時にライハによる攻撃。だが、それすらも防がれたのでスイによる『粘着霧エドヒーミスト』による動きの制限とエンによる爆炎攻撃で止めを刺した。


大地拘束アースレストレント:大地に干渉して相手を捉える魔法。


ボルトナックル:ライハのオリジナル技。要するに雷の魔力を拳に込めた一撃。単純な技だが恐ろしい破壊力を秘めている。当たれば大岩どころか鋼鉄製の扉すら粉々にする。


灼熱バーニングピラー:炎の柱を出現させて対象を燃やし尽くす魔法。効果範囲は狭いが威力は高い。


粘着霧エドヒーミスト:粘着性の高い霧を発生させる魔法。ちなみにスイは水の力を操れるため、追加効果を上乗せしている。それは――


 晴れることのない黒煙を四人の守護者ガーディアンは見上げている。その時、エンが口を開く。


「しかし、すごい威力だな……」

「何じゃ? 自画自賛か?」

「そんなわけないだろう? ここまでの威力になったのは私の力ではなくスイの力だ」


 話を振られたスイは微笑みながら首を横に振り謙遜する。


「いいえ。そんなことはありませんよ。確かに霧に膨大な量のを発生させましたが、点火したのはあなたの魔法でしょう?」


 膨大な量の水素。


 そう、レイブンを覆った霧は粘着して動きを制限するだけではなく。水素がふんだんに含まれていたのだ。水素による影響があったことで炎の威力が跳ね上がり大爆発が起こることになった。


 爆炎に包まれた侵入者……レイブンは死亡したと四人の守護者ガーディアンは誰一人として疑っていなかった。しかし、黒煙が晴れた上空に人影が確認されると全員が驚愕のあまり目を疑う。


「何!」

「そんな……」

「すっごーい……。あの攻撃も防いだの?」

「ほぉー。やるのう……」


 信じられない思いと共に感嘆の声を漏らしていた四人だが、スイは感情を露わにして疑問を呈する。


「いえ……。ありえません! あの魔法を防ぐには単純に防御をするだけでは不可能です!」

「あぁ、わかってる。私の炎を防御しようともスイの魔法によって強化されたこともあるから、防御しても防御魔法の中は灼熱地獄と化す」

「えぇ。ですから、防ぐことは――」

「可能じゃろう?」

「えっ……?」


 エンとスイの疑問に対して常に眠そうにしているダイが真剣な表情で答える。


「確かに普通に防御をしただけでは防ぐことはできぬが……。防御魔法と同時に周囲に冷却魔法を使用すれば防ぐことは可能じゃろう」

「た、確かに……、ダイの仰る通りですが……。相手は一瞬でそこまで気がついたというのですか?」


 ダイからの説明に理屈の上ではスイも納得するが、感情的には納得できない部分があったので更なる疑問を口にする。


「……いや、恐らくじゃが。あの者は――」


◇◇◇◇◇◇


 流れるような攻撃を全て回避したレイブンだが表情は優れない。特に損傷ダメージを受けたというわけではないが、襲ってきた攻撃方法に覚えがあったからだ。


(……嘘でしょう……? この攻撃パターンって……。まさか、エン、スイ、ライハ、ダイの四人? なんで、あの四人が人間の街に……? いえ、それよりもあの四人がいるなら――)


 思考中のレイブンへ懐かしい声が耳に届く。


「誰かと思えば……。お前か……」

「――ッ!」


 二度と聞くことはないと思っていた懐かしい声にレイブンの心臓は跳ね上がる。振り返るまでもなく相手の正体を確信していたレイブンだが、ゆっくりと振り返り声をかけてきた人物を確認する。レイブンの前にいたのは、少年姿ではあるがサイラスが誇る白銀はくぎんの塔を束ねる最強の魔術師であるエルダーのウィルだ。ウィルを認識したレイブンは少しだけ躊躇した後に口を開く。


「……お久しぶりですね……。師匠マスター

「あぁ、久しぶりだな。馬鹿弟子よ」


 久しぶりの師弟による再会……。

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