第88話 シスター

 サイラスにいくつか存在する神殿。その最たるものがサイラス中央部に位置する大神殿。サイラスで神を信仰する者にとって心のよりどころでもあり、祈りの中心地とも呼ばれるブリージア大神殿が存在する。ブリージア大神殿は、まるで居城とも思わせるような堂々としてそびえ立つ。王都にある大神殿にも勝るとも劣らない。そんな大神殿の前にクリエ、ナーブ、アーロの三人が到着する。


「着いたわね」

「はい。しかし、久し振りに来ましたけど……。相変わらず見事な建物ですね」

「そうなのか? まぁ、確かに王都の大神殿にも引けを足らないとは思うが……」

「建物のことはいいのよ。それよりも! いざ! 犯人探しへ! 聞きこみ開始! レッツゴーよ!」


 意気揚々と神殿へ入ろうとするクリエにナーブとアーロの二人が待ったをかける。


「せ、先生! お待ちを!」

「ちょ、ちょっと待て!」


 慌てた様子で自分の行動を邪魔する二人にクリエは出鼻を挫かれ不満顔で抗議する。


「何よ。いい流れだったのにー」

「いや、先生。今の話し方だと……、直接神殿の方……というよりは、ダムスさんでしょうけど……。犯行に関わっているかを確認するつもりなのでは?」

「うん? そうだけど? 何か問題?」


 「さも、当然」という雰囲気でクリエが返答するため、ナーブはため息を溢しながら頭を抱える。そこへアーロが援護を行う。


「あのなぁ……。そんなことを直接本人に聞いてだ。馬鹿正直に答える奴がどこにいる? 普通はもっと関係のない世間話から入るなり、ダムスという者と親しい人間から話を聞くなりと外堀から埋めるようにしていくのが基本だ」

「えーっ! そんなの面倒臭い! いいじゃない。とりあえずはダムスに聞いてみて反応を見てみましょうよ」


 クリエの直接的すぎる計画を止めるためにナーブとアーロが説得を開始する。


「いえいえ、先生。考えてみて下さい」

「何をよ?」

「例えばですよ? 先生が逆の立場でダムスさんから『お前が犯人だろう』なんて言われたらどうしますか?」

「そうね……。『ふざけんな!』って文句を言った後で死なない程度に攻撃魔法を撃ち込むわね」


 攻撃魔法を撃ち込むという物騒な言葉に目を瞑り、ナーブが説明を続ける。


「そ、そうでしょう? そう思うのであれば、ダムスさんに直接確認するのは止めて下さい。下手をすると白銀はくぎんの塔から神殿への嫌がらせと捉えられる危険もあります……」

「そうなの? 面倒ねぇー……」

「そうだ。だから、ここは貴族の私に任せるんだ!」

「うん? 貴族ならなんとかできるの?」

「当然だ! 私は王都の貴族! ポジー家の貴族だ! 私の名の元で彼の上司である神官長に働きかけてやろう!」

「へぇー。そんなことができるんだ! じゃあ任せたわよ! アーロ!」

「ふふふ。任せたまえ!」


 自信をみなぎらせた表情でアーロが先頭に立ち神殿へと入る。神殿へ入るとすぐに優しそうな笑顔を携えたシスターが声をかけてくる。


「あら? こんにちは、ブリージア大神殿へようこそおいで下さいました。本日は礼拝ですか? 説法ですか? それとも何かお困り事ですか?」


 聖母のような優しい笑顔を受けたアーロだが、質問には答えず真っ直ぐにシスターの元へと近づく。シスターは笑顔を絶やさずにアーロを見つめる。シスターの眼前へとアーロが近づくと高飛車な口調で言い放つ。


「うむ! 私は王都の貴族アーロ・ポジーだ! ここの神官長に話がある案内してくれ!」


 堂々とした物言いのアーロ。王都の貴族らしく物怖じしない姿勢を保つ。だが、シスターからは笑顔で聞き返される。


「神官長様へ御用事ですか? えーっと……。アーロ様? アーロ様……アーロ様……。……大変申し訳ありませんが本日はアーロ様とのお約束は入っておりません。日付けを間違われたのでは?」

「……何?」

「あら? すみません。聞こえませんでしたか? 本日はアーロ様と神官長様がお会いすることはできません。もう一度、日を改めてもらえますか?」


 シスターからの指摘にアーロが吠える。


「何を言うか! 私はポジー家の貴族だぞ! 私が会うと言えばそちらから出向くのが――ごはぁっ!」


 勝手なことを喚いているアーロの腹部へ豪快な右ストレートが打ち込まれる。突然のことで無防備に攻撃を受けたアーロは呻きながらくの字になる。くの字になり、頭部が下がったアーロの後頭部へ体重を乗せたエルボーが落ちる。破滅的な音を最後にアーロは地面に転がる。アーロへ流れるような連続攻撃を喰らわせたのは何を隠そう先程まで丁寧に応対していた笑顔のシスターだ。シスターは笑みを崩さずに気絶しているアーロへ告げる。


「大変申し訳ありませんが、私共は不当な圧力や嫌がらせに対しては実力行使で返答させてもらっています。文句がおありのようでしたらどうぞ掛って来て下さい。全力でお相手をさせてもらいますので……」


 一連の流れを見ていたクリエとナーブはアーロの行動に呆れるのと同時に目の前にいるシスターの行動に驚愕する。神殿としての言い分を通すためとはいえ、見るからに華奢そうなシスターの規格外な強さに驚嘆する。


「すっごーい……」

「そうですね……。あっ……! アーロさん。大丈夫ですかね?」

「うん? あぁ、大丈夫でしょう? カイ君から聞いた話だとリディアさんにも叩きのめされたらしいから……。それにしても、全然懲りないのね。この馬鹿貴族は……」

「まぁ、貴族の方ですからね……。でも、よくいる貴族の方とは少し違う気がします。昨日、一緒にいただけですが根は優しい方だと思いますよ?」

「そうね。根本は腐ってなさそうね。でも、環境が悪かったんでしょうね。全く。貴族の教育ってどうなってるのかしら? 生きている間に一度は覗いてみたいわね」

「……多分、先生が覗いたら五分と持たずに大暴れしてしまうかと……」

「何か言った……?」

「いいえ、何も……」


 アーロとシスターの二人を眺めながらクリエとナーブが悠長に話をしていると。あらぬ方向から大声が響く。


「あーーーーーーーーーー! 先輩! また、やったんですかぁ!」

「あら? ストラちゃん」


 大声を上げながら近づいてきたもう一人のシスターは慌てた様子でアーロを介抱する。介抱しながらも、この状況を作り出した張本人のシスターへ猛抗議する。


「『あら? ストラちゃん』じゃないですよ! もう! いつも言っているじゃないですか! 暴力は駄目だって!」

「えーっ! でも、その人が無茶ばかり言うからー。言ってしまえば自業自得よぉー」

「それでもです! この人が極悪人でも、甲斐性なしの穀潰しでも、こんなことは許されません! 私達は神に仕えているんですよ! 暴力では何も生まれないと教えられたじゃないですか!」

「ストラちゃんも結構言うわよねー。うーん……。でも、私の行動は神官長様も認めてくれてるんだから大目にみてよー」

「もぉー! 先輩の馬鹿ぁー!」


 アーロを叩きのめしたシスターとストラと呼ばれるシスターが言い合いを繰り広げる。その最中でもストラはアーロを介抱しながら回復魔法をかけて治療をする。ストラの介抱によりアーロは意識を取り戻す。目覚めたアーロへクリエが近づいて行くと一言。


「役立たず!」


 クリエの一言でアーロは目に見えて小さくなり反省する。ナーブは苦笑しながらも今回はアーロに問題があったので、特にフォローはせずに二人のシスターへと謝罪をする。


「申し訳ありません。私達の連れがご迷惑をおかけしました……。心から謝罪を申し上げます」

「いいえー! 清々しい程に横柄な態度でしたので、私も思い切り制裁を加えることができてすっきりしています! 大抵の人はネチネチと回りくどい嫌みを言うだけですから、殴りたくても殴れないんですよねー……。その点、アーロさんは正面から来てくれたので助かりました! これに懲りずに是非ともまた来て下さい! 今度は違う方法で叩きのめしますので! あぁ! ご安心して下さい! すぐにストラちゃんに治してもらいますから!」


 満面の笑顔でナーブの謝罪を受け入れるシスターにアーロは顔を青くして身体を震わせる。


(……何を今頃びびってるのよ……。本当に貴族って馬鹿なんだから……。それにしても、この娘も変わってるわねー)


「もう! 先輩。駄目ですよ! そんなことを言ったら! ほら! 怯えちゃってるじゃないですか! すみません……。先輩が御無礼を働いてしまい……。あのー……、勘違いして欲しくないのですが……。私達は別に暴力を推奨しているわけではありません。私達の基本は愛を説くことにあります! あっ! 私ったら……、す、すみません。御挨拶もせずに……。私はストラと言います。このブリージア大神殿でシスターをさせてもらっています! といっても……、まだ新人なんですけどね」


 ストラからの挨拶を受けてクリエ達も自己紹介をする。


「ご丁寧にどうもありがとうございます。僕はナーブと言います」

「私は……アーロです……。あの……ご迷惑をおかけしました……」


 ナーブはいつも通り丁寧に挨拶。傷心のアーロは力なく挨拶。最後にクリエが笑顔で挨拶をする。


「私はクリエよ。よろしくねー!」


 クリエの挨拶を聞き終えると二人のシスターは顔を見合わせるとすぐにクリエへと質問をする。


「あのぅー……。もうしかして、クリエさんって白銀はくぎんの塔のクリエさんですか? ハーフエルフの?」

「あれ? そうだけど……。知ってるの?」

「やっぱり! 知ってますよ! この間の剣闘士大会で獣人の娘を助けるのにサイラス中に映像を流した方ですよね!」

「あれは爽快だったわ! あの貴族はいい気味だったし!」

「あははは。でも、あれはやり過ぎたわ……。あとで散々怒られたし……」


 かつての自分の起こした行動を称賛されるクリエだが、その行動によりエルダーからは罰を受ける結果となる。行動自体に後悔はしていないが、ナーブや他の魔術師を巻き込んでしまったことに関しては反省をしていた。しかし、反省しているクリエを元気づけるように二人のシスターが称賛を続ける。


「そんなことないですよ! ねぇ! 先輩!」

「えぇ! クリエさんの行動は素晴らしいと思います。まぁ、私があの場にいればあの貴族を殴り殺していたかも知れませんが……」


 軽い口調で恐ろしいことを言うシスターにクリエ達は苦笑いをする。その時、アーロを気絶させ、恐ろしいことを口にしたシスターがあることを思い出す。


「あら? すみません。私としたことが、まだ御挨拶をしていませんでした。私はエルザと申します。以後お見知りおきを……」


 先程とは打って変わり丁寧な挨拶をするエルザにクリエ達も挨拶を返そうとする……が、その前にエルザの隣にいるストラから衝撃の発言が飛ぶ。


「……先輩。神に仕える身で嘘は止めて下さい。先輩の名前はマルスでしょう?」


『えっ!?』


 ストラからの言葉にクリエ達は声を上げて驚く。嘘をついたことにも驚いたが、それよりもエルザの本当の名前がマルスという名前であることだ。


「ま、マルス……? それって、男みたいな名前じゃない?」

「せ、先生。失礼ですよ。別にマルスさんでもおかしくは――」

「た、確かに……、王都でも男性のような名前の女性も――」


 クリエ達が次々に意見を出していると。目の前にいる若いシスターであるストラの口から更なる衝撃発言が投下される。


「いいえ……。先輩はこのような見た目ですが……女性ではなく。……れっきとした男性です」


 男性と指摘を受けたエルザ……いや、マルスは笑顔の状態で身体をしならせながら可愛く抗議をする。


「やだぁー! ストラちゃんてば! 私の身体は男性だけど、心は女性だっていつも言ってるじゃなーい」

「それは理解していますが……。偽りを語らないで下さい! それから、何でエルザさんなんですか? この間まではキャリーって名乗っていませんでしたか?」

「ほら! 新しい勇者のリディアさんがいるじゃない! あの人が剣闘士大会では初めエルって名乗ってたのよ! だから、そのエルをもらったの! これからはエルザにするからよろしくねー!」

「よろしくじゃないですよ! 名前をそんなにポンポンと変えては駄目です!」

「いいの! いいの! 本名のマルスは両親の手前があるから変更はできないけど。女性の名前は私の魂の名前だから! 私が好きに決める権利があるのよ!」

「何ですか! その理屈は!」


 ストラとマルス……もといエルザが会話を続けているが、その内容に関してクリエ達の耳には届いていたが全く頭には入っていない。エルザが女性でなく男性ということに全員が絶句して衝撃を受けている。三人は暫しの静寂後、同時に大声で驚愕する。


『えぇぇぇーーーーーーーーーー!!!』


エルザ(本名はマルス):薄紫色の髪を団子状にしている。人当たりの良い笑顔と元気が特徴的。実際は男性だが、本人曰く……。男性に生まれたのは神の悪戯による間違いと公言している。本来は女性に生まれるはずが手違いで男性として生まれたと信じて疑わない。言うだけあり、男性とは思えない美貌と可愛らしい声質。しかし、腕っ節は男性そのもの。余談であるがエルザは武人修行僧モンクの最高峰である究極拳闘士バトルマスターの称号を得ている。因みに年齢は秘密(女性に年齢を聞くのは失礼よ!)である。


ストラ:淡い青色の髪でショートカット。何事も一生懸命にこなす努力家。しかし、気持ちが空回りすることもしばしば……。将来の夢は立派なシスターになること。趣味は読書。兄との二人暮らし。


 クリエ、ナーブ、アーロの三人が驚愕の悲鳴を上げているため、周囲にいる人達の注目を集めてしまう。その結果、注意をする人物が現れる。その人物は――


「何を騒いでいるのですか! エルザさん。それにストラ」

「あら? ダムス君」

「えっ!」

「ダムス?」

「うん? あなた方は……。何か御用ですか? クリエ殿」

「……丁度いいわ。あなたに聞きたいことがあったの……」


 ダムスの存在に気がついたクリエは真剣な表情で向き直る。真剣な表情のクリエを見たダムスも表情を引き締める。


「聞きたいこと……。なんとなく予想はできますが……。何ですか?」

「ダムス……。エルザさんて、本当に男の人なの!?」


 予想と全く違う質問にダムスは口を開けて唖然とする。対するクリエは真剣に質問をしている。クリエとダムスの噛みあわない状態を見たエルザは笑いながら説明する。


「あっははははははは! 面白いね! クリエちゃんは!」

「エルザさん! 初対面の人にちゃん付けは失礼ですよ!」

「わかった。わかった。相変わらずストラちゃんは真面目なんだから……。クリエさん。私は身体的に男性です。ですが、先程も言いましたが心は女性です。不思議に思われるかもしれませんが納得してもらえませんか?」


 エルザの答えにクリエは唸りながら返答する。


「うぅー……。本当なんだ……。どうみても女の人に見えるのに……。やっぱり、個人差って凄いのね……。身体的特徴に関しての研究も始めようかしら?」


 ブツブツと呟くようにクリエが独り言を話ているとダムスが確認をする。


「……クリエ殿」

「うん? 何?」

「本日、わざわざブリージア大神殿を訪れたのは、エルザさんの性別を確認するためですか?」

「違うわよ! ……そうね。あんたと話をしてみたい。時間をもらえる?」

「構いませんよ。ただ、ここでは何ですから僕の部屋へどうぞ。それから……、お連れの二人は大丈夫ですか?」


 ダムスからの心配にクリエはナーブとアーロへと視線を移す。ナーブとアーロはエルザが男性ということが余りにも衝撃的過ぎたのか、立った状態で気絶していた。クリエは頭を掻きながらナーブとアーロの臀部に蹴りを入れて叩き起こす。我に返ったナーブとアーロを引き連れてクリエ達はダムスの部屋へと招かれる。

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