第89話 因縁
ブリージア大神殿へ到着したクリエ、ナーブ、アーロの三人はすぐに神殿へと足を踏み入れる。アーロが余計なことをしてしまい多少のゴタゴタはあったが、大事には至らなかった。しかし、出会った美しいシスター二人のうち一人が女性ではなく男性という事実に度肝を抜かれるという予想外なことはあった。だが、結果的には目的としていたダムスとの話し合いがダムスの部屋で行われることになる。
「どうぞ。少し散らかっていて申し訳ありませんが、ソファーに座って下さい。今、紅茶を淹れますので」
「あっ。お構いなく。ダムスさん」
「うむ。貴族の私にふさわしいものを頼む」
「私はミルクを多めでお願いねー!」
「……先生。アーロさん」
遠慮をするナーブとは違い、遠慮無く注文をするクリエとアーロにナーブは頭を抱える。一方のダムスは特に気にした様子もなく注文通りに紅茶を用意する。ダムスの自室は豪華とも質素とも言えない普通の部屋だ。ブリージア大神殿の様式を考えれば質素にも見える。だが、神殿の教えで贅沢という行為はなされていない。実際、神官長であるホロ・ホープの自室もダムスと大差のない様式なのだ。自らの生活は必要最低限で行い余った分は恵まれない者達へ還元するため、炊き出し、チャリティーなどに力を注いでいる。
「どうぞ。貴族の方にお出しするにはふさわしくないかもしれませんが、僕の部屋に置いてある紅茶の中では最高のものです。それから、クリエ殿にはなるべく甘い紅茶にしておきましたので」
「す、すみません……。お気を使わせてしまって……」
「いいえ、お気になさらず。僕が好きでやったことですから」
クリエ達はダムスから出された紅茶を一口飲む。飲んだ後に感謝と感想を述べる。それはある意味で社交辞令のような……もしくわ、本題に入る前の準備が整った合図でもある。
「美味しいわ。ありがとうね。ダムス」
「うむ! 確かに高級なものではないがうまい! 見事なものだ!」
「アーロさん。失礼ですよ……」
「いいですよ。気にいってもらえてなによりです。……ところで、そろそろ話してもらえませんか? 今日、こちらへ来た本当の目的を……」
ダムスからのストレートな物言いにクリエ達は表情を変える。ナーブとアーロは少し躊躇するがクリエは覚悟を決めたように直球で確信をつく。
「……もう、大体わかっているみたいね」
「まぁ、そうですね……。裏通りで起こっている事件のことですよね?」
「えぇ……。昨日、私達に会ったんだから知っているでしょうけど。私達は今回の事件の犯人を探しているの。というより、昨夜は私達も襲われたわ」
「襲われた」という言葉にダムスの身体が一瞬だけ揺れるが、特に発言はせずにクリエを見据え続ける。
「あんたに教えておいてあげる。犯人は天使を使役していた。それから、神官が得意な魔法も使用していた。……言いたいことはわかるわよね?」
「……そうですか。言いたいことはこうですか? 僕が犯人かと?」
「端的に言えばそうよ。それで、どうなのよ?」
確信に迫る言葉。クリエ、ナーブ、アーロは緊張する。もしも、ダムスが犯人と宣言すれば恐らく戦いになるからだ。三人がダムスの発言と挙動に注目する。
「……申し訳ありませんが、その質問には答えられません」
「えっ?」
「何だと?」
「……意外ね。あなたのことだから、否定するかもしくわ認めるかのどちらかだと思っていたわ」
「僕のことだから……ですか? ふふ。あなたが僕の何を知っているのですか? 確かに戦争では協力して戦いはしました……。ですが、それだけですよね? 僕のことを理解しているような口振りは止めて頂きたい! そもそも、あなたのようなハーフエルフと僕は関わりを持ちたくない!」
クリエではなく種族として……ハーフエルフを嫌悪する発言にナーブが抗議する。
「ダムスさん! そういう言い方は止めて下さい!」
「ナーブ……」
「先生はハーフエルフです。ですが、それが悪いことなのですか! 生まれは誰にも選ぶことはできない。生を受けたのなら、それを背負い一生懸命に生きるしかないでしょう! それなのに――」
「そんなことはわかっている!」
ナーブからの抗議は続いていたが、ダムスは感情的に大声を出す。
「わかっている……。僕の考えが偏っていることも……、僕の言葉があなたや多くのハーフエルフを傷つけていることも……。でも、それでも……、僕は……あなた方を……許せないんだ……。あなた方のせいでマザーが……」
「マザー……? 昨日もその名前を言いかけてたけど。それ誰なの?」
「……話は終わりです。僕はあなた方のように暇ではありません。お引き取りを」
質問に対して答えずに一方的に話を終了するダムス。そうはさせじとナーブ、アーロが追求しようとする。だが、二人が口を開く前にクリエが意外な行動に出る。
「そう、わかったわ。お邪魔したわね。紅茶ありがとう。美味しかったわよ」
「えっ? 先生?」
「えっ……。ちょっ……」
「……意外ですね。あなたのことだから文句を言うと思っていたのですが……」
ダムスからの言葉にクリエは悪戯な笑みを浮かべて言い返す。
「あら? 私のことだから? あなたに私の何がわかるのかしら? 大した付き合いがないんだからわからないでしょう?」
「ふ、ふふふ。はははははっはは。そうですね……。失礼をしました。では、また……」
「えぇ。……痛っ!」
「えっ? 先生?」
「おい! どうした?」
部屋から出ようと立ち上がったクリエが足を押さえる。その姿にナーブ、アーロが驚いて声をかける。ダムスも心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか?」
「ちょっとね……。昨日、足を痛めたのよ……」
「そうだったんですか!? 先生! そういうことは僕にも言って下さい」
「私も知らなかった……」
「大丈夫よ……。力を入れると痛いだけだから……」
「治療をしましょうか?」
「大丈夫だから。大体は治ってるから、明日になれば完治してるわよ!」
「……わかりました。ですが、無理をなさらないで下さいね?」
「えぇ。ありがとう。ダムス」
部屋を後にしたクリエ達三人は神殿から外へ出るために入口へと向かう――かと思われたが、クリエは入口の近くに到着すると辺りを見渡す。その意味がよく理解することができないナーブとアーロは尋ねる。
「あの……、先生? 何をしているんですか?」
「誰かを探しいるのか?」
「うん? エルザさんとストラちゃんがいないかなぁーって」
「お二人に何か用事ですか?」
「用事っていうか……。聞きたいことがあって……」
「聞きたいこと? 何を聞きたいんだ?」
「そりゃー。ダムスの言ってたマザーって人のことよ」
『――ッ!!』
クリエの口から出たマザーという言葉にナーブとアーロは目を見開き驚き、すぐにクリエへ質問をする。
「えっ!? せ、先生。聞くのを諦めてたのでは……?」
「そ、そうだ! 聞く気があったのならダムスに聞けばいいだろう!」
「何言ってるのよ……。ダムスの態度を見てればわかるでしょう? ダムスはマザーって人のことを私達には話さないわよ。だから他の人に聞くのよ」
「な、なるほど……」
「意外に考えてるんだなぁ……」
ナーブに対しては特に何も思わなかったが、アーロの言い方に抗議をしようとクリエが目を三角にして振り返ろうとすると。探していた人物から声が掛る。
「あれ? クリエさん達じゃないですか? お話は終わったんですか?」
クリエ達三人へ声を掛けてきたのは若い新人シスターのストラだ。
「あっ! ストラちゃん! 見ーつけた!」
「えっ? 私に御用事ですか?」
「えへへー! ちょっとお話をさせてもらえないかしら?」
突然のことにストラは瞬きを繰り返すが、右手人差し指を自分の顎へと当てながら少し考え込む。考えがまとまると笑顔で返答する。
「わかりました! 私なんかでお役に立てるかはわかりませんが……。でも、その前にこの書類を片付けてもいいですか? すぐに終わりますので」
「全然いいわよ! こっちこそ無理を言ってごめんねー!」
ストラは笑顔をクリエに向けると書類を片付けに奥へと小走りに移動する。甲斐甲斐しく働くストラを笑顔で見送る。
「うんうん! いい娘ね! いいシスターになるわよ」
「はい。お優しい方だと思います。……ですが、ストラさんを巻き込む形になるのでは?」
「えっ? ……もしかして、ヤバいかな?」
「どうでしょうか……。マザーという方が事件にどのように関わっているかどうかで結果は変わると思いますが……」
クリエ達がそんな話をしているとある人物が近づいてくる。
「おや? あなたは……クリエさんでしたか?」
「うん? あれ? あなたは……」
「こ、これは、ホロ神官長……」
「何? こいつが?」
現れたのはサイラスの神殿をまとめ上げている神官長のホロ・ホープだ。ホロは両隣を屈強な神官に付き添われている。護衛と思われる二人の神官はかなりの強面で神官とは思えない歴戦の戦士を彷彿とさせる。反面に中央にいる神官長のホロは優しい笑顔を絶やすことはない。
「お久しぶりです。いつぞやの会議以来ですね」
「えぇ、そうね。久しぶり!」
ホロとクリエはお互いに笑顔で挨拶を交わすが、ホロの護衛をしている神官の視線は厳しい。理由は神官長であるホロに対してクリエが馴れ馴れしいことだ。一方のナーブもクリエの言葉づかいを聞いて胃が痛くなっているのか腹部を押さえながら青い顔で狼狽える。
「ところで、今日はどのような御用で?」
「えーっと……。ちょっと、ダムスにね……。あっ! あなたにも聞いておこうかしら。ねぇ! マザーって知ってる?」
クリエから出た「マザー」という言葉を聞くと突如として護衛の神官が騒ぎだす。
「貴様! 意味をわかって言っているのか!」
「先程からの物言いもだが。礼儀知らずも甚だしい!」
護衛達が声を荒げたことに驚いたクリエだが、物怖じはせずに言い返す。
「意味って言われてもねぇ……。それを知りたいだけなんだけど?」
「貴様……!」
「もう勘弁ならん!」
護衛が力づくでクリエをどうにかしようと近づいて行く。そのことに気がついたクリエは魔法を発動させようとする。ナーブもクリエを守るために魔法の準備をする。アーロは状況がつかめないようで、特にアクションを起こせない。場が荒れる――と思った時……。
「止めなさい!」
そこまで大きくはないが凛とした声が場を止める。声をあげたのは神官長のホロだ。ホロは軽く頭を下げるとクリエ達へ謝罪をする。
「申し訳ない……。私の護衛が皆様に御不快な思いをさせてしまいました。謹んでお詫び申し上げます」
「なっ! 神官長! 神官長が謝罪することは……」
「そ、そうですよ! もとはと言えば、この者達が――」
「黙りなさい!」
『――ッ!!』
「彼らはお客人ですよ? そのような態度は改めなさい! ……お前達。今日はもういい。帰りなさい」
ホロからの言葉に護衛の二人は顔を見合わせた後、ホロに進言をする。
「で、ですが……。神官長……」
「我々はあなた様の護衛を……」
「今日はもういい。私も忙しい。それにそのような態度をとる者を私の側に置くことはできない」
厳しい言葉を受けた護衛は、ホロとクリエ達に会釈をした後で神殿の奥へと姿を消す。一人になったホロは軽く息を吐くとクリエ達に謝罪をする。
「本当に申し訳ありませんでした。彼らも悪気はないのですが……、どうにも心配性で……、私も困っているのです」
「い、いいえ。こちらこそ……、先生の態度が悪かったばかりに……」
「えーっ! 今のって私のせいなの?」
「……先生。自覚して下さいよ……」
「いえいえ。そのようなことはありませんよ。クリエさんは見た目は幼いですが、私などよりも長い
「そんなの気にしてないわよ。年功序列ってあんまり好きじゃないしねー」
「先生……。もう少し言葉づかいを丁寧に……」
ホロとクリエ達が話をしていると神殿の奥から小走りに走ってくる人影がクリエ達へと近づいてくる。
「クリエさーん! 遅くなりました! ……って! ほ、ホロ神官長!?」
近づいてきたのはストラだったが、クリエ達がホロと会話をしていることに驚愕している。
「おぉー。ストラじゃないか。相変わらず君は元気だね」
「は、はい! ありがとうございます! ホロ神官長! それから、いつも兄がお世話になっています!」
「いやいや、私の方こそ君のお兄さんには色々と厄介をかけているよ」
「そ、そんな! 神官長のおかげで私達兄弟は――」
「えーっと、ごめんなさい。お話の腰を折ってしまって申し訳ないんですけどー」
ホロとストラの会話が長くなりそうだと感じ取ったクリエは無理矢理に間へ割って入り会話を止める。その上で本題に入る。
「私達も急いでいて……。できればどちらかに話を聞きたいんだけど……」
「あっ! すみません! クリエさん達のお邪魔を……。あれ? でも、私に用があるって……?」
「うん? クリエ殿。まさか、先程の件をストラに尋ねようと?」
「そうだけど……? やっぱり、不味い?」
クリエの答えにホロは少し顔をしかめるとすぐにいつもの笑顔へ戻してストラへ優しく言い聞かす。
「ストラ。クリエ殿と話をしてきます。申し訳ないが、君のお兄さんに少し遅れると伝言をお願いできるかね?」
「えっ? あっ! は、はい! お任せ下さい!」
ホロからの願いを聞き入れたストラは慌てた様子で神殿の奥へと姿を消す。ストラがいなくなるとホロはクリエ達を伴いある場所へと移動する。
◇
「さてと……。では、お話をしましょうか」
「まぁ、別にいいんだけど……」
「せ、先生……」
「いや、言いたいことはわかる……。話をするのはいいがなんでこんな狭っ苦しいところで!」
実はクリエ達が連れてこられた場所は懺悔室の一室だった。ホロは懺悔を聞く神官の位置。薄い木の壁の向こう側だ。一方のクリエ達三人は懺悔を告白するための場所にいる。元々は一対一を想定して作られているため、ホロはともかく三人いるクリエ達の側はかなり手狭だ。クリエは椅子に座っているがナーブとアーロは立っている。というよりは、最初から一人用なので椅子も一つしか用意されていない。
クリエ達からの疑問にホロは壁の向こう側で申し訳なさそうに答える。
「すみません……。皆様がお聞きになりたいと仰ったマザーについてですが……。あまり大きな声で話をしては欲しくないのですよ」
「そうなんだ。でも、何も懺悔室にしなくても……」
大っぴらに話をしたくないということにはクリエも理解を示すが、自分がいる懺悔室を見渡しながら環境的に落ち着かない様子で文句を言う。クリエからの苦情に対してホロは落ち着いた様子で説明する。
「確かに皆様にとっては馴染みない場所でしょうが……。懺悔室というのは、これで話をするには最適な場所ですよ? 何しろ人に聞かれたくない告白をする場所でもありますから、防音完備として各部屋に『
「神様ねー……。まぁ、いいか。じゃあ、早速だけど聞かせてくれない? マザーって人のことを」
「マザー……」
質問をされたホロは一言だけ呟くと無言になる。意味のわからないクリエ達は困惑するが意を決したようにホロが口を開き始める。
「マザー……。彼女は優秀なシスターでした。誰に対しても優しく常に笑顔を絶やさないまさに聖女と言っても過言ではない女性でした……」
「でしたってことは……」
「はい……。マザーは既に亡くなっています。そう、あれは今から約十年前――」
十年前に亡くなっているマザーというシスター。
この女性が今回の事件に重大な意味をなすことをクリエ達はまだ知らない。
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