第86話 囮捜査

 サイラスで起こった殺人事件。その解決に向けてカイ、リディア、ルーア、パフが依頼を受けて介入することになる。だが、どういうわけかクリエ、ナーブ、王都から来た貴族のアーロまでもが関わることになる。状況の変化に頭を悩ませるカイが沈痛な表情で疑問を口にする。


「どうして、そうなるんですか?」

「えーっと、ですね……。申し訳ないのですが……、私がクリエちゃんにリディアさんと交わした会話を話してしまったんです。そうしたら――」


◇◇◇◇◇◇


 ルーからリディアが王都へと行かないように難解な依頼を受けたことを知ったナーブ、アーロは色々と察する。リディアが王都へ行くことを断固として拒否しているという心情を……。そのため、二人はリディアが王都へ行くのは難しいと感じる。しかし、クリエだけは普通の……いいや、常人の常識を覆すような判断をする。


「リディアさん。そうなんですね……」

「はぁ……、だとするとリディア殿を王都へ連れて行くのは難しいなぁ……。サイラスで就職しようかなぁ……」

「い、いや……、アーロさん。どの道ですが、一度は王都へと帰還して任務が失敗したことを王様へ連絡した方が……」

「はぁ……。そうですね……。陛下から賜った任務の失敗を報告……。父上と兄上に殺されるかも……」

「は、ははは……」

「うん? 何言ってんのよ? 二人とも。今の話でリディアさんを王都へ連れて行く方法が分かったじゃないの」

『えっ……?』


 クリエが当然という様子でリディアを王都へ行く方法が判明したと答えるため、ナーブとアーロは驚いた様子でクリエに注目する。話をしたルーも首を傾げながらクリエを見る。


「要するに、依頼中はサイラスから離れないってことでしょう? だったら、私達も協力して依頼を解決すればいいのよ! それでリディアさんも心置きなく王都へと旅立てるでしょう!」


 あまりにも単純なクリエの言葉にルーとナーブは口を小さく開けて唖然とする。そう、ある程度の常識を持っている者ならルーの話を聞けば、リディアが王都へ行かない理由は事件がどうの、依頼がどうのということではなく。単に王都へ行きたくないから色々な理由をつけていることを理解したはずだ。しかし、クリエは良い意味でも悪い意味でも子供だった。ルーからの話を聞いて表面上のことだけを鵜呑みにしていたのだ。そのことをいち早く察したナーブがクリエに説明をしようとする――が、その前に精神的に追い詰められていた横の男が口を開く。


「な、なるほど! 事件を解決すればいいのですね!」

「そうよ! 善は急げよ! 私達は私達で事件を洗いましょう!」

「そうですね! 行きましょう!」

「えっ!? ちょ、ちょっと、せ、先生?」

「ほら! ナーブも早く!」

「ま、待って下さい! クリエちゃん! リディアさんが言いたいのは――」


 ナーブとルーがクリエと我を忘れているアーロを止めようとするが、二人はもう止まらなかった。クリエは話を聞かず一方的に宣言する。


「あっ! そうだ! ルーさん。リディアさん達が来たら伝えておいてね!」

「伝える? 何をですか?」

「リディアさん! 私が事件を解決させてみせるわ! そうなったら、リディアさんには王都まで一緒に行ってもらうからね! 楽しみにしててね!」


 クリエは子供らしい無邪気な笑顔でウィンクをしながらルーへと告げる。するとルーからの返事を待たずに駆け出してしまう。そんなクリエに毒されたアーロと慌てた様子でクリエを追いかけるナーブ。


 こうして、クリエ、ナーブ、アーロの三人は独自にサイラス殺人事件の捜査に乗り出す。


◇◇◇◇◇◇


「――というわけでして……。すみません。説明しようとはしたんですが……。クリエちゃん。話を聞いてくれなくて……」


 申し訳なさそうにルーがカイ達へと謝罪をする。一方のカイ達はというと。頭を抱えていた。


 カイは沈痛な面持ちで、ルーアは面倒そうな表情で、パフは口を大きく開けて可愛らしい子供のようにポカンとしている。最後にリディアは、表情に大きな変化はないが何かを考え込む。


「そ、そうですか……」

「はい……」

「けっ! アホらしい! もう勝手にさせとけよ。面倒臭え!」

「で、でも……、ルーアさん……。クリエさん達だけに任せるのも……」

「大丈夫だろう。眼鏡ちびはガキだけど、魔術師としては一流なんだ。大抵のことは自分でなんとかするだろうよ」

「そうじゃないよ。ルーア」

「何がだよ?」

「アルベインさんの話を聞いてただろう? 今回の被害者のこと……」


 カイの問いかけにルーアがあることを思い出して顔を歪める。いや、ルーアだけでなくその場の誰もが表情を変える。そう、アルベインのから受けた事件の詳細。カイ、リディア、ルーア、パフは直接聞いている。ルーに至っては以前より情報として伝えられていたので知っている。すると、今まで黙っていたリディアが提案する。


「仕方ない……。とにかく、クリエ達と合流する。面倒なことが起きる前にな……」


 リディアからの提案に全員が頷く。こうしてカイ達も事件を解決させるために動き出す。去り際にルーから「クリエちゃんのことをお願いします」と頼まれる。


 カイ達が白銀しろがねの館を出る頃には夕暮れとなっていた。もうすぐ日が暮れ夜の闇に街は包まれるだろう。その光景にカイ達の心は焦りを覚える。殺人が行われているのは夜間だからだ。


◇◇◇◇◇◇


 日が落ち始めたこともあり、人の姿はまばらになる。歩いている多くの人間は仕事を終えて家路に着く者、中には夜の仕事や酒を飲みに歩く者もいる。しかし、それは表通りの話で裏通りには人の影すら見られない。そんな裏通りに一つの影がある。それは、王都から来た貴族のアーロだ。


 アーロは不安な気持ちを胸に抱きながらも裏通りをひたすら歩く。


(……どうして、こうなったんだ……。貴族の私がこんな……になるなんて……)


 おとり……。


 そう、アーロはまさに囮となっている。なぜ、そうなったかというと……


 少し時間を遡る。



「いい! 犯人はこれまで裏通りで犯行を行っているわ! つまり! 今日も現れるなら必ず裏通りに出るはず! この裏通りで張り込みして出て来たところを捕えるのよ!」


 クリエのシンプルな作戦にナーブ、アーロは呆然とする。


「うん? どうしたの? あぁ、私の完璧な作戦に開いた口が塞がらないのね。まぁ、無理もないわね。この方法なら確実に犯人を――」


 クリエが満足げな表情で自分の作戦を称賛しているが、その言葉を遮るようにナーブが割って入る。


「あの……、先生……」

「――何よ? ナーブ」

「その作戦はもっともだと思うんですが……。裏通りと言いましても、このサイラスの裏通りは数え切れないほどあるのですが? ここを選んだ理由はなんですか?」


 そう、サイラスは小さな町ではない。多くの人々が行き交い、多くの人間が住む、物流の拠点とも言われる街だ。当然だが広大な面積に加えて多くの建物がごった返しているので、裏通りと言っても一つや二つではなく裏通りは数十、数百にも及んでいる。そんな数多くある裏通りのどこに殺人犯が出現するかなど予想できるはずがない。そのため、十年にも渡り犯人は捕まっていないとも言える。


「理由? 特にないけど?」

『えっ!』


 理由などないとナーブの質問を斬って捨てたクリエの言葉にナーブとアーロは驚愕する。だが、クリエは意味深な笑みを浮かべながら話を続ける。


「大丈夫よ。ちゃんと犯人をおびき出す作戦も考えてるから」

「そうなんですか? 先生」

「当然よ! 私を誰だと思ってるの!」

「流石は先生!」

「それで、クリエ殿。その作戦とは?」


 ナーブとアーロの急かすような言葉にクリエは邪悪な視線をアーロに送りながら答える。


「アーロ! あなたが犯人をおびき出す餌になりなさい! 要するに囮になって!」


 唐突なクリエの囮になれ発言にアーロだけでなくナーブも意味を理解できずに停止する。しかし、クリエの発した言葉の意味を理解すると大声を上げる。


「はぁーーーーー!?」

「せ、先生!? ほ、本気ですか? こ、この人は――」


 ナーブがクリエに確認をとろうとしている最中にアーロが非難を上げる。


「じょ、冗談じゃない! 私は貴族だぞ! しかも、こんなサイラスのような田舎ではなく王都の貴族なんだぞ! その私がなんで囮なんぞをしなければいかんのだ!」


 当たり前のようにアーロが喚き散らすが、クリエはアーロの言葉にすぐ反論をする。


「何でって。私やナーブは魔術師よ? 囮になって襲われたら危ないでしょう? あんたは貴族だけど、戦士の端くれでしょう? それに王都へリディアさんを連れて行かないと一番困るのはあんたでしょう? だったら、あんたが率先してやりないよ!」

「そ、それは……、いや! そうだとしても貴族の私が――」


ウィンドウ爆弾ボム


 風の塊がアーロの足元付近にあった木箱を粉々にする。アーロはゆっくりと粉々になった木箱を確認する。そんなアーロにたった今、『ウィンドウ爆弾ボム』を放った少女姿の魔術師クリエが満面の笑みで伝える。


「やりなさい」

「……はい。やらせて頂きます……」


 一連の光景を見ていたナーブは大きなため息を吐きながら頭を抱える。


 こうして、アーロは自ら率先して(クリエに脅されて)囮となる。



 囮としてアーロが裏通りを歩いている後方十メートル程の距離からクリエとナーブが物陰に潜みながら後を付ける。日がほとんど陰り夜の闇が訪れるまで最早数分というところだ。後をつけていたナーブがクリエに注意をする。


「先生。アーロさんへの『ウィンドウ爆弾ボム』は手加減して放っていましたが、あまりサイラスの街中で派手な魔法を使用しては駄目ですよ!」

「わかってるわよ。あんまり派手な魔法を使うとあのに呼び出しをくらうからでしょう」


 クリエの「くそ爺」発言にナーブが焦りながら訂正を促す。


「せ、先生! エルダーにそのような呼び方は――」

「いいのよ。本当にくそ爺なんだから。……そういえば、おかしいと思わない? ナーブ」

「えっ? 何がですか?」


 突如として真面目な表情と口調で話すクリエにナーブが疑問を持つ。


「……サイラスで連続殺人事件が起きているのよ? なんで、エルダーの奴が介入しないのよ? いや、介入しないというよりも……。なんで、あいつが気づかないの?」

「あっ……。た、確かに……」

「あのサイラスに対して異様に固執してるエルダーが……。こんな事件を放置するなんておかしくない? 普通なら有無を言わさずに犯人を消滅させてもおかしくないじゃない?」

「そ、それは、言いすぎでは……?」

「本当にそう思うの……?」

「……いえ、……エルダーが本気で怒れば、犯人は跡形も残らないでしょうね……」

「そうでしょう? ……それにもう一つ。エルダーが気づかないにしても、常にサイラスを監視しているも気づかないのは不可解じゃない?」

「……そうですね。ですが、あの方々の監視対象は過剰な魔力を街中で使用した時やサイラスに魔物が侵入した場合の監視ではなかったですか?」

「そうなんだけどね……。今回の事件って普通の事件じゃないでしょう? さっき聞きこみした時にも兵士の人が言ってたわよね? 殺され方が異様だって……。恐らく魔法を使用したか、魔物の仕業じゃないかって……」

「……聞きこみ……? 先生……。あれは聞きこみとは言いません……。兵士の方に『催眠ヒュプノス』をかけて無理矢理に聞き出したんじゃないですか……」


催眠ヒュプノス:その名の通りに対象を催眠状態にして意のままに操る魔法。便利な魔法ではあるが、相手の精神力が強固な場合、使用者よりも相手の方が魔力の高い場合は効果がない。大抵は自分よりも劣る者か精神的に未熟な者にしか効果がない。


「だってー。兵士の人達の口が堅いんだもん! 私達も捜査の手伝いをするって言ってるのに!」

「はぁー……。先生……。本当に気をつけて下さいよ? あんまり度が過ぎると天罰が下りますよ?」

「相変わらず大げさねー。天罰ねー。天罰はごめんだわ。……でも、神様がいるなら一度は会ってみたいと思わない?」


 全く反省のないクリエにナーブは困った様子で首を何度も横に振る。クリエは無邪気な笑顔を浮かべながらも心の片隅には疑問が燻り続けている。


(……それにしても、サイラスで連続殺人をする奴を何でエルダーは放置しているの? 殺し方も恐らくは魔法を使用しているか魔物を使役しているはずだっていう情報がある……。本当にそうなら監視に引っ掛かるはずなのに……、なんで引っ掛からないの? それとも魔法も使用されていなければ、魔物も使役されていない? でも、それなら異様な殺され方は――)


 そう、今回の事件に関してクリエとナーブには疑問ばかりだった。理由は単純。一般市民……いや、白銀はくぎんの塔に所属していない者には意味のわからない会話だが、白銀はくぎんの塔に所属してある程度の地位にいる者は全員が知っている。白銀はくぎんの塔、最高の魔術師であるエルダーはサイラスを愛している。いや、愛しているというよりも溺愛している。しかし、それはサイラスに住む者をという意味ではなく。サイラスそのものを溺愛しているのだ。故にサイラスを汚す者、サイラスの害となる者には苛烈な制裁を自己の判断で行っている。当然そのことは一般人には知られていない。エルダーによる勝手な自己正義だ。しかし、処断するのはあまりにも目に余る行為のみには留まっている。エルダーは、人間だが長い時を生きている。そのため、人間が愚かということをよく理解している。そのため、完璧は求めてはいない。ただの喧嘩、不慮の事故、衝動的な殺人、一部の貴族や商人が行っているある程度の不正などには介入しない。だが、今回の殺人事件に介入しないのはあり得ないとクリエとナーブは確信している。尚且つ、サイラスを監視しているも異常に気付いていないことがクリエには納得がいかない。


 そんなことを二人が考えている間もアーロは愚直に裏通りを何度も往復して囮を行っている。しかし、どれだけ歩いていても襲われる気配は全くない。それどころか、裏通りで人通りが少ないとはいえ人はいる。何度も同じ場所を徘徊しているようにしか見えないアーロに怪訝な視線を飛ばす者が増えてくる。そんな視線に気がつきながらもアーロは我慢して囮を続ける。


 囮開始から一時間。


「……来ないわねー……。今日は休みかしら?」

「休みって……。先生。別に仕事じゃないんですから……」

「そう? 殺人者にとってはお仕事みたいなもんじゃないの?」

「まぁ……、殺人者の方のことを存じませんので強く否定もできませんが……。仕事ではないと思いますよ?」

「ふーん」


 あまりに変化のない状況にクリエとナーブも関係のない話を始める。そんなとき、アーロが誰かに呼び止められて会話をしている。


「あっ! 見て! ナーブ! 誰かが話しかけてる! ついに来たわね! 犯人よ! じゃあ! 私の魔法で!」

「せ、先生! 待った! いや、待って下さい! よく見て下さい! 話している人を! あの人。ダムスさんですよ!」

「えっ? ダムス?」


 そう、アーロに話しかけていたのは神殿に所属する神官長補佐のダムスだ。アーロとダムスの話は揉め始めてしまっている様子だ。仕方ないので、クリエとナーブが二人の元へと向かう。


「ちょっと! 何やってんのよ!」

「あの……何かありましたか? ダムスさん」


 突如として現れたクリエとナーブを見てダムスは驚いた表情になる。しかし、すぐに状況を説明する。


「どうもこうもありません。最近、夜間の裏通りは物騒だというのにこの人が用事もないのに裏通りをうろうろとしていたので忠告をしていたのです」

「だから何度も言っているだろう! これには深い事情があるのだと! それに私は王都の貴族だぞ!」

「あなたが貴族かどうかなど関係ありません! 危険だから不用意に裏通りを歩かないよう忠告しているのです!」


 二人の話を聞いていたナーブは状況を理解する。しかし、ナーブは困ってしまう。


(……不味いな。ダムスさんにどういって誤魔化せば……。殺人事件の捜査をしているなんて言えませんし……。とはいえ、変に誤魔化しても疑われてしまいますし……)


 ナーブがどのように話をしようか苦慮しているとクリエが何も考えずに目的を言ってしまう。


「大丈夫。大丈夫。私達は、裏通りで起こってる殺人事件の捜査をしているのよ。これは囮作戦よ!」

『なっ!?』

「殺人事件の捜査……? 囮作戦……?」


 クリエの発言にナーブとアーロは驚愕してクリエとダムスを何度も見返す。一方のダムスは眉間にしわを寄せてクリエが言った衝撃的な言葉を繰り返す。だが、当のクリエは特に気にした様子もなく胸を張って答える。


「そうよ! 私達三人で事件を解決させてみせるわ!」

「……はっ! 何を言うかと思えば! あなたの実力は認めますが、それは魔術師としてです! 殺人事件を解決するのにあなたのようなハーフエルフに何ができるんですか! 邪魔になるので帰ってもらえませんか!?」


 ダムスが強い言葉でクリエを牽制する。だが、クリエにとってはダムスが言ったある言葉に目くじらを立てる。


「あんたねぇー! そういう言い方は止めなさいよね!」

「そういう言い方?」

「ハーフエルフだからって言い方よ! ハーフエルフの何が悪いのよ! そうやって生まれだけで人を判断する奴って大っ嫌いなのよ!」


 クリエからの言葉にナーブも頷く。アーロはクリエの言葉に何かを感じている。しかし、ダムスはクリエからの言葉を受けても怯むことはない。


「嫌いで結構です! 僕は種族統一されていない者を認めない! 認めてはならないんだ!」

「何でよ!」

「それは、そのせいでマザーが……いや、何でもありません――」


 何かを訴えかけたダムスだったが、突然トーンダウンしてクリエ達に対して背を向ける。


「――忠告はしました……。捜査をするのはご自由ですが、何があっても知りませんからね!」


 忠告を終えるとダムスは振り向くことなく急ぎ足でその場を後にする。残ったクリエ、ナーブ、アーロはダムスの去った方向に視線を向け続ける。すると誰ともなく動き出した人物がいた。それはアーロだ。


「あれ? アーロ? どうしたの?」

「アーロさん?」

「どうもこうもないでしょう? 邪魔者が消えたんです。作戦を続けましょう」

「アーロ……。あんた」

「アーロさん……」

「さぁ! 二人とも持ち場について下さい! 大人数でいたら犯人が恐れて襲って来ませんよ!」


 アーロの言葉に少し笑顔を見せたクリエとナーブは元の位置に戻る。アーロの後方十メートルの位置へと。なんとなくだが、クリエとナーブは、自分達をアーロが気遣っていることが理解できたので嬉しかった。


 そこから三十分間は何も変化のない状況が続く。「流石に今日はもう現れない」とクリエ、ナーブが思った矢先に突如として気配が出現する。


 作戦通り!


 とは、いかなかった……。なぜなら、気配が出現したのは囮としたアーロにではなく。クリエとナーブの真後ろに出現したからだ。


『――ッ!!』


 突然出現した気配に驚愕するクリエとナーブだったが、二人ともすぐに反応する。そのため、相手から攻撃される前に行動を起こす。


転移ワープ!!』


 クリエとナーブの声が重なる。二人は後方を確認せずにとにかく『転移ワープ』を使用してアーロの位置まで退く。場合によってはアーロを連れて逃げることも考慮していた。しかし、出現した気配の正体を目にした三人は驚愕する。


「はぁ!?」

「せ、先生……。あれは……」

「天使……様……?」


 そう、突如として出現した気配の正体は白い純白の羽を携え、頭部に天の輪を浮かばせ、神々しく存在する天使だ。大きさは約二メートル程、姿は人のそれだが、全身が白い光を放つ鎧のような物に覆われて、表情というものは存在せずに人であれば本来は顔がある部分に白い光のみが投影されている。


 そんな天使の存在にナーブとアーロは心を奪われる。そのため、背後にいるもう一人の存在に気がつけない。


『……ホーリーなる落雷ライジング……』


 後方に出現した第三者の魔法によりクリエ達三人がいた場所を雷が襲う。無防備で受けてしまえば絶命する程の雷が降り注ぐ。しかし、その場所にはすでに誰もいない。ナーブとアーロは第三者の存在に気がつくことはできなかったが、クリエは後方に出現した存在にもしっかりと気がついていた。そのため、ナーブとアーロを連れて『転移ワープ』で近くの建物にある屋上へ避難する。


「ふぅー……。危なかったぁ……」

「た、助かりました……。先生。ありがとうございます……」

「えっ……。あれ? 一体……何が?」


 一息つくクリエ、感謝するナーブ、状況を把握できないアーロと。三者三様の模様だが、クリエは間髪入れずに作戦を考える。


(……さてと、どうするか? 天使ねぇ……。まさか、私に天罰を与えるために天から遣わされたんじゃないでしょうね? なーんてね……。あれは、文献通りなら……そこまで大した相手じゃないはず……。問題はよくわからないね……)


 クリエは屋上から天使と第三者である黒ずくめを見る。


(何よ……。あの格好……。あれじゃあ……、男か女かもわからない……。でも、あいつが連続殺人の犯人でしょうね。異様な殺され方……、魔物の使役じゃなくて、天使を使役してたなんて……、罰あたりもいいところね……)


 相手を見据えていたクリエ。黒づくめはクリエ達を探しているのか周囲を見渡すように頭を動かしている。すると、突如として黒ずくめが上を見上げる。クリエと黒ずくめの視線が合う。もっとも黒づくめは仮面も装着しているために表情も視線もわからない。だが、クリエは確信する。


(やばっ! 気づかれた! ……しょうがない!)


 居場所がばれたと判断したクリエはすぐに動き出す。


「ナーブ! アーロをお願い! 危ないと思ったら二人は逃げて! 私があの天使と黒づくめをやるから!」

「せ、先生! 無茶です!」


 ナーブがクリエの身を案じて声をかけるが、クリエは構わずに屋上から飛び降りていた。屋上から飛び降りたクリエを認識した黒づくめは天使に向かい命令をする。


『……やれ! 殺せ!』


 黒づくめの言葉に従うように天使は甲高い音のようなものを鳴らしながら真っ直ぐにクリエへと向かう。対するクリエは焦ることなく対処する。


(……正面から? 舐めすぎよ!)


 クリエと天使が肉薄する。両者ともに武器などは持っていないが、天使の方は両腕を広げると指と思われる部位が伸びる。その指先は鋭利に尖っている。クリエを串刺しにするつもりだ。


(成程ね……。あの爪みたいなところで被害者を引き裂いたのね。でも、私はそう簡単にやられないわよ!)


 天使がクリエに襲いかかろうとするが、その前にクリエが魔法を唱える。


照明イルミライト


照明イルミライト:本来は暗い場所を明るく照らす魔法。洞窟や暗い部屋で使われる。だが、魔力量を調節すれば相手の眼を眩ませる程の強い光を放つことが可能。


 天使の顔らしき部分を狙い全力の照明イルミライトをクリエは放つ。あまりの光に朝日が昇ったのかと勘違いするほどの光だ。そのため、天使は甲高い音が響かせながら顔を押さえて暴れている。


(よし! これで、あいつはしばらく動けないはず! あいつは所詮、召喚されただけ……。要するに狙うなら……。召喚主!)


 クリエは天使の横をすり抜けながら黒づくめへと肉薄する。だが、黒づくめもクリエの行動を読んでいたようで、冷静にクリエに右手を掲げ魔法を放とうとする。


『……馬鹿が……』

「馬鹿は……どっちかしらね!」


転移ワープ


 クリエは正面から突撃すると見せかけて、途中に『転移ワープ』で相手の背後に回り込む。するとすかさず次の魔法を放つ。


魔力マジック拘束レストレント


 魔力による鎖を生み出したクリエは黒づくめを捕える。かと思われたが、黒づくめを捕える魔力の鎖が光の壁に阻まれてしまい届かない。


「くっ! ……読んでたの?」

『……それはそうだろう? ……白銀はくぎんの塔のクリエを相手にするのだ……。この程度の保険はかけるさ……』


(ちっ! 事前に『魔力障壁マジックバリア』を張ってたのね。面倒な奴……)


 思いがけない相手の行動によりクリエの意識が黒づくめだけに向いてしまう。そのことを理解した黒づくめはチャンスとばかりに声を張り上げる。


『今だ! 上の二人を捕えろ!』

「なっ! まさか!」


 上を見たクリエは驚愕する。クリエが足止めした天使と姿形が同じ天使がもう一体出現していることに……。


『……終わりだ……。私の勝ちだ……。彼らの命が惜しければ……素直に罪を償え……』

「罪……? 償う……? どういうことかしら?」

『……つまり……死を受け入れろということだ!』

「そんな簡単に死にたくないんだけどね……」

『では……見殺しにするか……? あの二人を……?』

「……どっちも嫌!」

『……そうか……。では……、まずは上の二人――』


 黒づくめの言葉は途中だったが突如としてナーブとアーロを襲っていた天使が甲高い音を立てながら吹き飛ばれる。突然のことに驚いたクリエと黒づくめは同時に上を見る。天使は吹き飛ばされているだけでなく両断されていた。その姿に黒づくめは驚愕するが、クリエは満面の笑みを浮かべて天使を斬り裂いた戦士を見る。その戦士は金色の髪を靡かせ、紅い鎧を身に纏い、漆黒の剣を持つ女戦士。サイラスが誇る女勇者リディアだ。


「リディアさん!」

「遅くなった。クリエ。大丈夫か?」

「えぇ。私はね。それよりも、ナーブとアーロは?」

「大丈夫だ。二人にはカイがついている。あの程度の相手なら何十体で襲いかかろうがカイの相手にはならん。……それよりも、こいつが殺人犯か?」

「そうだと思うわ」


 リディアとクリエを前にした黒づくめは二人を交互に見るように仮面を付けた顔を向ける。するとこれ見よがしに舌打ちをする。


『……ちっ……。無理だな……来い!』


 黒づくめが叫ぶと、クリエの魔法で動きを止められていた天使が黒づくめを抱えるようにして空を飛び遠ざかる。その姿を見たクリエが怒鳴りつける。


「あー! 逃げるのー! 卑怯者ー!」

『……邪魔が入り過ぎだ……。だが、いずれ殺す……咎人とがにんめ……己が罪を自覚しろ……』


 黒づくめは捨て台詞を残して天使と共に姿が消える。怒りの収まらないクリエだが、リディアがある事実を告げる。


「……クリエ」

「うん? あ、リディアさん。ありがとうね! おかげで助かったわ! ごめんなさい。迷惑かけちゃった……」

「それは構わない。それよりも大丈夫か?」


 リディアからの言葉にクリエは首を傾げる。


「うん? 何で? 私は大丈夫よ? そもそも囮は私じゃなかったのよ。それなのになぜか私が――」


 自分で言っていてクリエはあることに気がつく。そう、囮はアーロのはずだった。しかし、戦いが始まる前も襲われてからも狙われたのはアーロやナーブでなく。クリエ自身であったことに気がつく。


「――どういうこと……? あいつ……、私を狙ってたの?」

「少し違う。クリエ。お前が狙われた理由はお前が今までの被害者と同じだからだ」

「……被害者と同じ? みんな魔術師だったの? いや……、魔術ならナーブも狙われるか……。女魔術師?」


 クリエの言葉にリディアは首を横に振りながら否定する。


「違う。今までの被害者は全て――」


 リディアは白銀しろがねの館の会議室でアルベインに言われた時のことを思い出す。


◇◇◇◇◇◇


「――被害者は全員がハーフなんです。つまりハーフエルフやハーフ獣人。……パフちゃんやクリエ殿のような……」


◇◇◇◇◇◇


「――全ての被害者は人間と他種族の間に生まれた者だ」


 リディアの言葉を受けたクリエは一瞬何を言われたのかわからない表情になる。しかし、言われた意味を理解すると。悔しそうな表情と言葉にならないが口だけは動いた。


「……また……それなの……?」


 声は発せられていないが、クリエの口はそう言っている……。

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