第74話 奥義!

 前線での戦い、『深淵アビスリーパー』ブレイルを相手にフィッツとオウカロウが善戦する。しかし、ブレイル自身がモルザから受けた『ゴッド息吹ブレス』からの追加効果『まといし風』の特性に気がつく。魔法が使用できないのではなく。身体に纏わりつく風が魔法を放つと魔力を霧散させているのだと。つまり、接触型の魔法なら自由に扱えると確信する。


 フィッツは意識を保っているが、吹き飛ばされてしまって未だに立ち上がれない。残ったオウカロウは両手に気を込めて大きく息を吸いながらブレイルと対峙する。そして、ブレイルはオウカロウを睨みながらゆっくりと近づいて行く。


「ふん……。まだ、あの槍使いの魔法による効果が残っている……。そのせいで、動くことも困難だ。だが、この効果……、弱まりつつあるぞ? いいのか? あの人間の死が無駄に終わるぞ? いや……、元より無駄死にだったな。命を懸けて使った魔法も我に傷一つ負わせることはできなかったのだからな!」


 安い挑発。誰もが理解している。だが、挑発と理解していても許せない発言にオウカロウも……倒れているフィッツも我慢がならなかった。そして、一番重要なこと。モルザが命を懸けてまで使用した魔法の効果が切れてしまうことだけは避けたかった。効果が切れる前にブレイルを倒さなければ、モルザの死は本当に無駄になってしまうと思いオウカロウはブレイルへと単身で突撃する。


「うおぉぉぉーーーーーーーーーーー!」

「馬鹿が……」


 気を込めたオウカロウの張り手がブレイルを直撃する。しかし、攻撃を受けたのはわざとだった。動きを制限されているブレイルは攻撃を避けることは不可能と判断してあえて攻撃を受けて、攻撃してきたオウカロウの右手を掴み魔法を放つ。


ブラッド爆弾ボム!』


 モルザに致命傷を負わせた魔法でオウカロウにも致命傷を負わせる。


「愚かな男だ……。我が自由に動けぬのなら逃げるのが最善であろうに……。我に戦いを挑んだことが貴様の運命を決定づけたのだ! さてと、次は――」

「おい……。骨! まだ、終わっとらんぞ!」

「――ッ! がぁ! な、なに!? 馬鹿な! なぜ、生きている?」


 そう、オウカロウは生きていた。『ブラッド爆弾ボム』の直撃を受けたにも関らず生きていたのだ。そのことにブレイルは混乱する。しかし、考えることを止めてすぐに魔法を放つ。再度、『ブラッド爆弾ボム』を……。


『ブ、ブラッド爆弾ボム!』

「それが……、なんじゃい!」

「そ、そんな、馬鹿な!?」


 再度『ブラッド爆弾ボム』の直撃を受けたオウカロウだが、身体には特に変化はない。それどころか、気を込めた両手でブレイルを握り潰そうと躍起になっている。ブレイルは潰されないようにしながらも意味が分からないと困惑しながらも考える。


(どういうことだ!? 『ブラッド爆弾ボム』を受けているのに……。なぜ、死なぬのだ? いや、死なぬにしてもほとんど損傷ダメージも負っていないのはどういうことだ? 少なくとも全身の血管が破れて血塗れになるはずだ。……うん? こいつの身体……。先程までと色が違う?)


 オウカロウが『ブラッド爆弾ボム』で致命傷を負わない理由は、オウカロウの技である呼吸気法の効果だ。呼吸気法は空気を体内へと取り込むことで、身体能力の強化。主には防御力を上げる技だ。そのおかげで血管自体の強度が高まり『ブラッド爆弾ボム』による効果を防いだ。しかし、オウカロウが呼吸気法を使用したのは『ブラッド爆弾ボム』を防ぐことが目的ではない。オウカロウは、ただ全力を出してブレイルを倒そうとしていた。その結果、たまたま相手の魔法を防いだに過ぎない。


「潰れろーーーーーーー!」

「ぬぅーーーーーーーー! き、貴様……」


 両手に気を込めてオウカロウはブレイルを握りつぶそうと全力で抑え込む。そんなオウカロウの力にブレイルも抵抗するが力ではオウカロウには勝てないため、「ミシミシ」と嫌な音が全身の骨から聞こえてくる。


(くっ! この……、馬鹿力め……。だが、こいつ……理解しているのか? 密着しているのだぞ? 我が使用できる魔法はまだある!)


 ブレイルは潰されかけながらもオウカロウへ魔法を放つ。それは……。


カース火炎フレイム!』


 魔法を唱えられるとオウカロウの身体を漆黒の炎が覆う。身体を焼かれる激痛がオウカロウを襲う。


「ぐうわぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

「お、オウカロウーーーーーーーーーーーー!」


 損傷ダメージを負いながらも、ようやく立ち上がったフィッツが目にしたのは漆黒の炎に包まれているオウカロウの姿だった。だが、漆黒の炎に包まれているオウカロウは苦痛に塗れた絶叫を上げながらもブレイルを離さず、それどころか更に力を込めて握り込んでいる。


「なっ!? ど、どういうことだ! 『カース火炎フレイム』を受けてなぜ、そんな力が……」


カース火炎フレイム:呪いの炎で相手を包む。接触していなければ使用できないが、この炎は現実の炎ではなく使用した相手の精神を燃やす魔法。つまり、実際には肉体に損傷ダメージはない。だが、精神を焼き尽くされているため、苦痛自体は直接感じる。また、全ての精神を焼き尽くされた場合は確実に死亡する。


◇◇◇◇◇◇


 オウカロウが黒い炎に包まれている姿を目撃したクリエはすぐに指示を出す。


「不味いわ! 『カース火炎フレイム』を受けたのね! ダムス! 神官に解呪かいじゅをさせて! 呪いを解いて!」


 クリエからの指示を受けたダムスは表情を歪ませながら首を横に振る。


「……申し訳ありませんが無理です」

「はぁ!? 何を言ってんの! あれは呪いの炎よ? あれを消すのは神官じゃないと無理でしょう!」

「それは理解しています。私が無理と言ったのは……、現状では敵の妨害で転移が不可能となっています。ですが、解呪かいじゅするには呪いを受けた者の近くへ行かなければ行けません」

「だから何よ!」


 一刻を争う事態のため、クリエは苛立ちの感情的を隠さずにダムスへと言い返す。一方のダムスは目を強く閉じながら淡々と説明を続ける。


「つまり、あそこまでの距離を走るか飛行するしかないのですよ……。我々のような神官は一部の例外を除き近接戦闘能力が低いのです。前線へ行くにしてもフォローが必要です」

「そんなことは分かってるわよ! アルベインさん! ついて行ってあげて!」

「了解した!」

「これで問題ないでしょう!」


 クリエの行動に間違いはないが、ダムスは首を横に振り再度否定をする。


「無理です……。前線を見て下さい。数は減りましたが、まだ不死者アンデッドとの戦闘が続いています。それに、最前線にはドラゴンゾンビがいるんですよ? どうやっても間に合うはずが――」

「ふざけないで!」

『――ッ!』


 突然恫喝したクリエの声にダムスだけでなく周囲の人間が驚く。


「……間に合わないなんて……、やってみなくちゃわからないでしょう! 彼らは無謀ともいえる戦いをかって出たのよ? だったら、私達が勝手に諦めるなんてできるわけがないでしょう!」


 その場を静寂が一瞬支配する。しかし、次の瞬間には全員が決意を新たに動き出す。


「……そうですね。行きましょう! アルベインさん。私が行きます。警護をお願いします」

「あぁ、任せろ! だが、離れるなよ!」

「はい!」


 そして、ナーブが魔術師や神官へ指示を出す。


「みなさん! 最前線の助けになるようにアルベインさんとダムスさんの進行を邪魔しそうな不死者アンデッドを優先して排除して下さい!」

『はっ!』


 魔術師と神官部隊があらん限りの魔法を放ち前線の不死者アンデッドを駆逐していく。前線で戦っている兵士達も奮戦しているため、不死者アンデッド部隊はほとんど瓦解寸前となっている。しかし、ドラゴンゾンビだけは多くの魔法をその身に喰らいながらも未だに存在して暴れている。


「グギャアァァァーーーーーーーーーーー!」


 断末魔のような咆哮を上げながら猛毒と腐食のブレスをまき散らすドラゴンゾンビへアルベインとダムスが近づいていく。迂回することも可能だが、オウカロウへと最短で向かうには避けては通れなかった。アルベインは十二メートルもあるドラゴンゾンビを見ながら躊躇する。


(全く……。こんな化け物をカイ君とリディアさんは、たったの一撃で倒したのか……。だが、今回は倒す必要はない。私の役目はダムス殿をオウカロウ殿の元へと無事に送ること。それだけだ!)


「ダムス殿……。後方からの魔法が奴に当たり怯んだところで横を抜ける……。覚悟はいいな?」

「……はい」


 そんなことを二人が話していると後方から無数の雷がドラゴンゾンビへと降り注ぐ。ドラゴンゾンビの意識が魔法に向かったと判断してアルベインとダムスはドラゴンゾンビの脇を走り抜ける。――が、ダムスは走り抜けている最中に変形した地面につまづく。ドラゴンゾンビに意識を向けすぎて移動する際の最低限の注意を怠ってしまう。そして、ドラゴンゾンビがダムスに気が付き襲いかかる。


「ギャァァォォーーーーーーーー!」

「し、しまった!」

「ちっ! ダムス殿!」


 アルベインが割って入り、ドラゴンゾンビの一撃を受け止める。そんなアルベインとダムスに本隊にいるクリエ達も気が付くが距離が近すぎるために攻撃魔法を放つことができない。そうこうしている間にドラゴンゾンビはアルベインとダムスへ攻撃を繰り返す。


(くそ! 時間がない時に!)


 焦りながらもアルベインがドラゴンゾンビと相対している。一方の最前線では、膠着状態が続いていた。


◇◇◇◇◇◇


 漆黒の炎にその身を焼かれながらもオウカロウはブレイルを掴み潰そうと奮闘する。しかし、ブレイルもオウカロウの力に抗い潰されないように抵抗を続ける。


「ふん……。人間にしては大した力だ……。我は魔術師だが……、並みの人間……。いや、大抵の人間よりも力があるのだがな……」


 そう、『深淵アビスリーパー』であるブレイルは魔術師だが、単純な力に関しても尋常ではない力を有している。人間程度の頭蓋骨なら卵を割るように握り潰すほどだ。しかし、オウカロウの筋力はブレイルの力を凌駕している。だが、限界は近づいていた。いくら気力で奮闘しようが全身を覆う漆黒の炎がオウカロウの身体を精神を……そして、生命いのちを確実に蝕んでいる。


「……まだじゃ……。ワシは負けんぞ……」


 オウカロウは薄れゆく意識を気合いで我慢して見ていたふらつきながらも立ち上がり、こちらに近づいてくるフィッツを……。そう、オウカロウは全てをフィッツに託そうとしていた。そのための捨石になる覚悟だった。そんな決死のオウカロウは、自分の過去を思い出しながら自虐的な笑みを浮かべる。


(……つくづく、不器用な男じゃのう……。じゃが、ワシはこれでいいんじゃ……。そうじゃろう、先生……)


◇◇◇◇◇◇


 両親も知らず、生まれも知らない。オウカロウはリディアと同じような境遇の孤児として孤児院で育ち生活していた。だが、リディアと違う点をあげるならオウカロウは身体は普通の人より大きいだけの泣き虫な臆病者だった。不器用で何をするにも周囲の人よりも劣る。そのため、周囲からいじめられるようになる。幼いオウカロウは毎日のように泣いて過ごすが、孤児院の院長を務めるオウカロウにとっての父であり、恩師であるダンがオウカロウをいつも守ってくれていた。


「また、泣いとるんか?」

「……先生」

「今日はどうしたんじゃ?」

「……いつもと、同じだよ……。みんな僕のこと身体が大きいだけの弱虫だって……」


 そういうとオウカロウはまた泣きそうになる。そんなオウカロウを見てダンは笑いながら励ます。


「気にするな!」

「……気にするよ……。だって、僕は本当に泣き虫で……、弱虫なんだもん……。身体が大きいだけだし……」

「良かったのう!」

「何が!」


 ダンの言葉にオウカロウは子供ながらに意味がわらかずに突っ込む。しかし、ダンは笑いながらオウカロウへ自論を伝える。


「えぇか? オウカロウ。身体が大きいだけと言うとるが、それはすごいことじゃぞ? お前は身体が大きい。なら、他のもんよりも強くなれる!」

「……無理だよ。先生。僕……弱虫だもん」

「わはははははは。今すぐ強くならなくてもえぇんじゃよ。……ただ、お前は強くなれるとワシは信じとるぞ? オウカロウ。強くなれ! その大きな身体は他の人を守るための身体じゃ! ワシがいつでも応援しとる!」

「……先生の話し方って……変わってるよね……」

「そうかのう? ワシの生まれた村では普通じゃったがのう!」

「……先生」

「なんじゃ?」

「僕も……先生みたいに……なれかな……?」


 遠慮がちに質問するオウカロウにダンは満面の笑顔で答える。


「わははははっははははは! 馬鹿を言うな! お前ならワシ以上の強い男になるわ!」

「……本当?」

「当然じゃあ! ワシが嘘を言うたことがあるか?」

「……ううん。ない。……じゃあ、先生。僕も先生と同じ風に喋ってもいいの?」

「うん? あぁ! 好きにすればえぇ! わははははははっはははは!」

「……わははははははは――」


 信頼する恩師であるダンの言葉を信じたオウカロウは強くなることを決心する。そして、自分を鍛え強さを磨く。そうして現在の強さをオウカロウは手に入れる。孤児院を出てからは旅をしながら、街から村へ、村から街へ、街から街へと転々と旅を続ける。旅先で困っている人がいれば率先して助けた。それは、かつての弱かった自分を強くしてくれた恩師へのため、何より恩師からの言葉を実践したかったからだ。


『オウカロウ。強くなれ! その大きな身体は他の人を守るための身体じゃ!』


 自分の強さは……自分の大きな身体は、他の人を……他者を助けるためのものだと証明するために……。オウカロウは恩師であるダンの意思を言葉を実践する。


◇◇◇◇◇◇


 過去を思い出しながら、オウカロウは自分にできることを実践する。そして、オウカロウは最後の力を振り絞り、フィッツへと声を張り上げる。


「フィッツーーーーーーーー! やれーーーー! お前の力をみせてやれーーーー!」


 その言葉に満身創痍のフィッツと動きを封じられているブレイルが驚く。フィッツは、オウカロウが攻撃を自分へと託したことに驚く。


(オウカロウ……。お前……。ボロボロのくせに……。死にかけのくせに……)


 一方のブレイルは『ウィンドウ爆弾ボム』でしばらくは動けないと思っていたフィッツが近づいていきていることに焦る。


(な、なんだと! まだ、動けたのか!? この人間共は……、どこまでもふざけた身体の構造をしおってぇーーーー!)


 ブレイルは、漆黒の炎に包まれているオウカロウへ駄目押しの魔法を放つことを決意する。


(仕方がない……。我も少々は損傷ダメージを喰らうことになるが……、こいつを早く処理すべきだ)


 そう、ブレイルはオウカロウを殺すために決断する。ゼロ距離で自分が使用できる最大の魔法を放つと……。『残滅爆撃カタストロフ』を放とうと集中する。ブレイルの両手に放電にも似た魔力の力場が生まれる。その様子を見て本隊にいるクリエが驚愕する。



「あいつ! ゼロ距離で『残滅爆撃カタストロフ』を撃つ気なの!?」

「せ、先生! ど、どうすれば……」

「くっ!」


 ナーブの問いにクリエは表情を歪ませる。その理由は……、防ぐ手段が思い浮かばなかったからだ。


(恐らく『まといし風』が威力を殺すから……、フィッツ君は大丈夫だけど……。密着しているオウカロウさんは確実に死ぬ。せめて……転移が使えれば……、魔法を放つ瞬間にあいつだけを転移させる方法もとれる。もしくわ、私があの場にいれば……、なんとかできるけど……。この距離じゃあ打つ手がない……。無力だわ……。なんて無力なの……)


 クリエが打開策のない現状を悔やんでいる最中にもブレイルは『残滅爆撃カタストロフ』を放とうとしている。


◇◇◇◇◇◇


「終わりだな……。死ね!」


 オウカロウに掴まれ潰されそうになりながらも、ブレイルはゼロ距離で『残滅爆撃カタストロフ』を放つ。そして、破滅的な破壊の力がオウカロウとブレイルを襲う――。


 『残滅爆撃カタストロフ』がゼロ距離で放たれると両手が無残にも粉々に砕け散る。そのため、粉々になった両手の持ち主が絶叫をあげる。


「なっ! ば、馬鹿なぁーーーーーーーーーーー!!!! なぜ、我の両手が!」


 そう、吹き飛ばされ粉々に散ったのはブレイルの両手のみだ。オウカロウには傷一つなかった。ブレイルが『残滅爆撃カタストロフ』を放とうとして両手をオウカロウへと添えたはずだったが、突如として風がブレイルの両手に巻きつき邪魔をする。結果として『残滅爆撃カタストロフ』は暴発をしてブレイルの両手を粉々にする。しかし、そうなった理由が理解できないブレイルが混乱する。


「何が……、一体……」


 混乱するブレイルを尻目にフィッツとオウカロウは理解する。そして、この状況を作り出した者へと感謝を口にする。


「……モルザ……。お前……、まだ……」

「……感謝するぞい! モルザ! その想いはワシが……ワシとフィッツが受け取ったー! 今じゃー! やれー! フィッツーーーーーーーーーーーー!」


 オウカロウの言葉に応えるようにフィッツは右拳に最大限の気を練り込む。


(あぁ……、やってやる……。やってやるぜ! モルザ! オウカロウ! そして、師匠! 見ててくれ! これが、今の俺の力だぁーーーーーーーーーーーー!)


 フィッツは過去を師との修業を思い出す。


◇◇◇◇◇◇


 フィッツの師が大岩を粉砕する。その姿を見た幼いフィッツは感嘆の言葉を漏らす。


「すげぇー……」

「ふむ。よし! フィッツ。次はお前だ。隣の大岩を粉砕せい!」

「えぇーーーーーーーー! 無茶を言うなよ! 師匠! こんな大岩を壊せるわけねーよ!」


 師からの言葉にフィッツは口を尖らせながら反発する。すると、フィッツの師匠は怒鳴りつける。


「お前は何を見ていた! ワシが大岩を粉砕するのを見ていたろうが! 同じようにやってみろ!」

「あぁ! そっか! 師匠の奥義を使えばいいんだな! よーし!」


 そういうとフィッツは拳に気を集中させて大岩を殴りつける。すると大岩は見事に破壊される。大岩を破壊したフィッツは得意気な表情で師を見る。


「よっしゃー! どうだ! 師匠!」

「駄目だ! それはただの気を使った拳だ。ワシが見せた奥義ではない」

「えー! 畜生ー! ……でも、次こそは奥義を――」

「馬鹿者! 今のお前に奥義ができるか!」


 師からの言葉にフィッツは目を見開き驚く。


「はぁーーーーー!? 何言ってんだ? 師匠がやってみろって言ったんだろうが! それに、できないと思ってるなら最初から見せんなよ!」

「話はちゃんと聞け! お前にはできんと言ったのだ!」


 師の言葉にフィッツは首を傾げる。そんなフィッツへ師は説明する。


「……いいか。フィッツ。ワシがお前に習得できないような奥義を見せているのは、今はできなくとも将来のお前にならできると信じているからだ。時期が来ればお前にならきっとできる。だから、この技の一つ一つを忘れずに心に刻め……」


 信頼する師からの期待する言葉にフィッツは笑顔を見せるが、同時に疑問も浮かぶ。


「……でもさー。だったら、もっと俺が強くなってから教えてくれよー」


 フィッツの言葉に師は少し遠くを見ながら口を開く。


「……それができるかは……わからん……」

「うん? どういう意味だ?」

「……気にするな。それよりも! ちゃんと修業をして強くなれ! ワシもよりも……誰よりもだ」

「おう! 任せろ! 師匠! 俺がすぐに師匠を超えてやるよ!」

「ふん! 生意気を言いおって。……そうだ。一つだけ助言をしてやる。いつも言っていることだが、己の力を己の身のみのために使うのでは、いつまでも半人前だぞ。力は誰かを守るために使う時こそ真の力を発揮する。忘れるなよ……?」

「おう! よくわかんねぇーけど! 俺に任せとけ!」


 無邪気な笑顔のフィッツに苦笑をしながらも師は満面の笑顔を見せる。


◇◇◇◇◇◇


 まさにフィッツが自身の拳を……力を……自分のためでなく。亡き友であるモルザの……今まさに命を削る友のオウカロウ……二人のために気を込めた拳をブレイルへと打ち込む。


「き、貴様等ぁーーーーーーーー!」

「やれーーー! フィッツーーーーーーーーーーー!」

「おう! 行くぞーーー! フリード流気闘拳奥義『爆崩拳ばくほうけん!』」


 気を込めたフィッツの拳がブレイルに直撃する。そして、一瞬の静寂が訪れると次の瞬間に笑い声が響く。


「……く、くっくくく! ははははははは! 何が奥義だ! 脅かしおって! 全く効かぬぞ? これであれば、先程まで打っていた打撃の方がマシであったぞ? まぁ、所詮は人間だな。次はこちらか……ら……ん? な、……なん……だ……?」


 勝ち誇っていたブレイルの口から余裕が消え骨の身体が震えだす。その姿を見ていたフィッツとオウカロウは笑顔でそれぞれ口を開く。


「……ようやったのう……」

「あぁ……。お前と……モルザの……二人のおかげだ……。ありがとよ……」

「な……に……を……」


 動くことはおろかまともに話をすることもできないブレイルへフィッツが言い放つ。


「へっ! 終わりだよ! 最後だ。教えてやる。フリード流気闘拳奥義『爆崩拳ばくほうけん』は大量の気を相手に叩きこむ。そして、叩きこまれた気は相手の中を駆け巡り……最後に大爆発をする」

「――ッ!」

「師匠には、生き物に使うときは注意しろって言われてたな……。何せ、生き物に使うと爆発した後、血塗れで身体が汚れるって……。でも、テメーみてぇな不死者アンデッドには関係ねぇーよな? 元々が骨だ! 吹き飛びやがれ!」


 フィッツの言葉に応えるようにブレイルの身体が震えだすと骨の胴体付近が突然膨張する。膨張した胴体は内部から大爆発を起こしてブレイルを吹き飛ばす。その姿を見たフィッツとオウカロウは勝利を確信する。粉々になったブレイルの頭部は薄れゆく意識の中で考える。


(……ま、負けた……。我が……『深淵アビスリーパー』である我が……たかだか人間如きに……。いいだろう……、敗北は認めてやる……。だが! ただでは滅びんぞ! 最後に残った魔力を暴発させて……貴様等だけでも……道連れだぁー!)


 頭部だけのブレイルは、残った魔力を頭部へと集中させて暴発させようとする。頭部が暴発する魔力の影響で光出す。その光景を見てフィッツは口元をにやけさせる。


「へっ……。悪あがきしやがって……。まぁ、いいさ。悪いけど……、後始末は任せたわ……。カイ……。それから、リディアさん……」


 その言葉が合図のように、暴走し始めていた魔力の中心になっているブレイルの頭部へ二つの剣閃が走る。そして、ブレイルの頭部はクロスされたように切断される。


「なぁーーーーーー!? ……ば、馬鹿な……!」 


 断末魔を残してブレイルの頭部は塵になって消えていく。


「はぁ、はぁ、はぁ、……フィッツ、モルザさん、オウカロウさん。三人の勝利です……」

「あぁ、よくやった」


 息を切らせながらもカイは高速移動でブレイルを……、リディアはいつも通りの余裕さで……、ブレイルの頭部を斬り裂いた。そして、フィッツ、モルザ、オウカロウの三人の勝利を称える。そして、遅れてアルベインとダムスがフィッツ達の元へ到着する。


 途中にいたドラゴンゾンビは、前線へと向かっていたカイとリディアによって滅ぼされる。ダムスは急いでオウカロウの元へ向かい解呪かいじゅと回復を行おうとするが、突如として動きを止める。その姿を見たアルベインが声をかける。


「どうした? 早く治療を! 手遅れになる!」

「いや……、か、彼は……もう……」

「いいんだ……。アルベインさん……。オウカロウは……もう……、死んでる……」

『――ッ!!!』


 フィッツの言葉にカイ、リディア、アルベインが驚く。フィッツは死しても立っているオウカロウへと近づき感謝を伝える。


「ありがとう……。お前のおかげで……いや、のおかげで俺達は勝ったんだ! ……お前達のおかげで……。だから、ゆっくり休んでくれ……。モルザ、オウカロウ……」


 死体すら残っていないモルザ、死ぬ寸前まで立ち向かったオウカロウ、二人の強者が命懸けで戦ったおかげで伝説にもなっている不死者アンデッド深淵アビスリーパー』に勝利した。そして、戦いは終結していく。


 『深淵アビスリーパー』、ドラゴンゾンビ三体を失った不死者アンデッドの軍団はもはや烏合の衆と化していた。的確な指示を出すことのできる者がいないため、ただ愚直に攻撃をしてくるだけだ。そんな集団など、クリエが統括するサイラスの兵士、魔術師、神官にとって敵ではない。不死者アンデッドは最後の一体まで滅ぼされる。


 数千の不死者アンデッド、ドラゴンゾンビ三体、伝説の不死者アンデッド深淵アビスリーパー』を相手に考えれば奇跡に近い大勝利と言っても過言ではないが、モルザ、オウカロウを始め、数百人という尊い命が失われた事実はクリエを始め、カイ、リディア、フィッツ、アルベインなどに暗い影を落とす。しかし、クリエは総指揮官としての責任を果たすために『ウィング』を唱えて空に浮き『反響エコーストーン』を使用して全員へ語りかける。


「……みんな聞いて。多くの仲間が死んだわ。でも、その死は乗り越えなくてはいけないものよ! 勿論、死んだ仲間達の想いを私達は忘れない! そして、もっとも大事な……。この戦い――」


 言葉を切り、全員を見渡した後にクリエが宣言する。


「――この戦いは私達の勝利よ!」

『わぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!』


 サイラス軍 対 不死者アンデッド軍、第一陣との戦い。


 サイラス軍の勝利!

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