第73話 纏いし風
伝説にも数えられる魔法である『
「そうか! わかったわ! あいつの正体! 『
「『
「えぇ……、かつて百万人以上を有した大国をたったの一体で滅ぼしたといわれている
クリエとナーブが『
最後の瞬間まで戦った友であるモルザを見てアルベインは涙を流すと同時にモルザを誇りに思う。
(モルザ……。ありがとう……。お前の覚悟も……想いも俺が受け継ぐ! ……だから、ゆっくり休め……)
そう、アルベインが思っていた矢先にブレイルが凶行に出る。
「ふん! 人間が! この我を苛立たせおって! 目障りだ! 消えろ!」
ブレイルの言葉にアルベイン、フィッツ、オウカロウなど、多くの者が嫌な予感を感じて口々に騒ぎ始める。
「おい……。ちょっと待てよ! テメー! モルザに何する気だ!」
「死者を愚弄するきか!」
「待て……。やめろ……。やめてくれー!」
三人からの抗議を全く意に介さずにブレイルは死亡したモルザに触れながら魔法を放つ。
『
多くの者が見ている前で、モルザの死体が黒い塵となり跡形もなく消失する。残ったのはモルザが使用していた魔槍のみとなる。その魔槍はブレイルの腹部に刺さった状態だ。ブレイルの凶行にアルベインを始め多くの者が悲しみと怒りを感じていた。特にアルベインは親友を殺されただけでなく、死体すらも跡形もなく消されたことで我を忘れてブレイルへと向かおうとする――。
――だが、その瞬間……、アルベインにだけある声が届く。
≪……アルベイン君……≫
「――ッ! も、モルザ……?」
直接頭の中に響くような声だが、声の主はモルザだとアルベインはすぐに理解する。しかし、周囲を見渡してもモルザの姿は影も形もない。そんな困惑するアルベインへモルザが伝える。
≪……大丈夫……。僕は……これからもアルベイン君と一緒に戦うから……。それから、今ならあいつを倒せるはず……。みんなに教えてあげて……今ならあいつは――≫
幻聴のようなモルザからの言葉にアルベインは困惑するが、モルザから告げられた最後の言葉に驚愕と同時にモルザに感謝を伝える。
「……そうか、ありがとう……。モルザ……」
不思議な体験をしたアルベインが動くよりも早く、弾かれたようにブレイルへ向かって行く二人の影があった。それは一番ブレイルから近いフィッツとオウカロウだ。
「この! クソ野郎がぁーーーーーーーーーーーー!」
「許さんぞ! 骨ぇーーーーーーーーーーーーーー!」
無謀ともとれる二人の突撃を見た本隊のクリエ達は慌てながら二人を止めようと動く。『
≪フィッツ君! オウカロウさん! 怒るのはわかるけど、落ち着いて! そんな真正面からの攻撃じゃあ、あなた達が――≫
「うるせぇー! モルザの敵だ! ここで俺が!」
「いんや! ワシが! ぶっ潰す!」
怒りに我を忘れてフィッツもオウカロウもクリエの忠告に全く耳を貸そうとしない。クリエは二人が危険と判断して最後の手段としてカイとリディアへと視線を移すが……。頭を大きく横に振り自分が考えた提案を否定する。
(……駄目よ! 確かに……、カイ君とリディアさんを前線へと送れば、『
情報がまとまっていない中でも、クリエが最善の方法を模索しようと思案している時にアルベインが本隊のクリエ達へと近づき進言をする。
「待ってくれ! あの二人は止めなくてもいい! それよりも支援を! 今なら、あの化け物を倒せる!」
突如としてアルベインが乱入して、『
「アルベイン……。落ち着くんだ。友が殺され、あのような仕打ちを受けて怒る気持ちは分かるが――」
「いいえ! キーン兵士長。俺はモルザからメッセージを受け取りました。あいつからの最後のメッセージを……」
「モルザ君から?」
モルザからのメッセージという、アルベインの言葉にクリエが首を傾げながら聞き返す。アルベインは大きく頷きながら説明する。
「はい。モルザは言いました。今なら、あの化け物を倒せると……。そう、今ならあいつは――」
一方のブレイルは、自身に突き刺さっていた魔槍を引き抜き捨てる。そして、自分へと向かってくる二人の人間……フィッツとオウカロウを見て嘲る。
「くくく……。愚かな……。仲間が殺されて逆上か? だが、安心しろ……。貴様等も今から奴の元へと行くのだからな!」
高らかに宣言をしながらブレイルは右手をかざして魔法を唱える。
『
ブレイルが魔法を放ち百にも及ぶ酸の槍がフィッツとオウカロウを襲う――
――そう、本来ならそうなるはずだ。しかし、実際には魔法は発動せずにフィッツとオウカロウは速度を緩めることなくブレイルの元へと一直線に進む。
「なっ! なぜ!? な、ならば! 『
新しい魔法を唱えるが魔法は効果を発揮しない。そのことにブレイルが驚愕しながらもフィッツとオウカロウが近づき過ぎていたので、とにかく距離をとろうと大きく後方へと逃げる――
――いや、逃げようとはしたが、ブレイルの足が動くことはなかった。その事実がさらにブレイルを困惑させる。
(なっ! ば、馬鹿な……。一体、何が?)
その隙にフィッツとオウカロウがブレイルへ渾身の拳と張り手を喰らわす。まともに攻撃を受けたブレイルは吹き飛ばされて地面に転がるように倒れこむ。ただの拳や張り手の攻撃だったので、ブレイルに
(な、なんなのだ……? 我の身に何が起こっている!?)
◇◇◇◇◇◇
数十キロメートルも遠くからレイブン、トリニティ、リコルがブレイルの戦いを監視魔法で見ていた。ブレイルの困惑を余所にレイブンは状況を理解している。しかし、トリニティは意味がわからずに首を傾げ、リコルも不思議そうに戦いを見ている。そのため、レイブンが口を開く。
「ふん。馬鹿な奴……。自分が受けた魔法の効果も知らないのね……。魔法を防ぐことができるからといって油断しすぎよ」
「レイブン様……。レイブン様は何が起こっているのか、理解されているのですか?」
「当然よ。いい機会ね……。リコル。教えておいてあげる。さっき、あの槍使いの人間が使用した『
「追加効果ですか?」
首を傾げながらも興味深げに聞き返すリコルにレイブンが説明を続ける。
「そう。あの魔法にはね。相手の自由を奪う効果があるのよ」
「自由を奪う効果……ですか?」
「えぇ、『
「そ、それじゃあ……。あいつはもう……」
レイブンの説明を聞いたリコルは『
「大丈夫よ」
「えっ?」
「確かに『
遠くの戦いを眺めてレイブンはフィッツとオウカロウの敗北を確信する。
◇◇◇◇◇◇
本隊のクリエ達にアルベインはモルザから聞いた内容を伝える。
「モルザは俺に言ったんです――」
『――みんなに教えてあげて……今ならあいつは自由に魔法を使うことも、動くこともできないから……。でも、長くは持たない……。急いでアルベイン君!』
「――だから、今のうちにあいつを――」
「そうか! わかったわ! 『
クリエが思い出したかのように叫ぶと周囲の人間が説明を求めるようにクリエに注目する。しかし、クリエは思考をフル活動させて『
「あー! 詳しく説明してあげたいけど、それは後よ! 簡単に言えば、今ならあいつは弱体化してるってことよ! カイ君! リディアさん! お願い! 追撃して! フィッツ君とオウカロウさんをフォローしてあげて!」
「はい!」
「わかった」
クリエからの嘆願をカイとリディアは二つ返事で了承する。そして、クリエが二人をブレイルの元へ転移させようとする。
だが、その前にブレイルが最後の策を発動させる。
◇◇◇◇◇◇
フィッツとオウカロウからの攻撃を受け続けているブレイルだが、二人の攻撃はただの打撃のために効果はほとんどない。殴れら、蹴られ、吹き飛ばされてはいるが、
(ふん……。どうやらこいつらは魔力を持たんらしいな……。ならば、我に
自由の効かない身体でも、少しづつ動きを取り戻してきていることに気がついたブレイルは自分の手を何度も握りながら動きを確認する。そのとき、何度目かのフィッツとオウカロウの攻撃が放たれる。
(ふん! 学習しない。愚か者め! 見ていろ! 身体の自由を取り戻せば、貴様等な――)
「ぐはぁーーーー!」
余裕で攻撃を受けたブレイルだが、突如として
「な、なぜ? ただの攻撃が……我に……通るはずが……!? ぐっ!」
疑問の声を上げている間にも、フィッツが拳をブレイルの顎へと入れる。するとブレイルが空中へ浮き上がる。そこにオウカロウが張り手を叩きこむ。ブレイルはピンポン玉のように弾き飛ばされ
(あ、……ありえん……。最高位の
確実に
(……くそ! こうなったら……)
ブレイルは立ち上がると大声を張り上げる。
「出でよ! ドラゴンゾンビ!」
その言葉に従うように、突如としてブレイルの足元が盛り上がる。そして、そこからドラゴンゾンビが出現する。十二メートルはあろうかという巨体の背にブレイルは乗る。そのため、フィッツとオウカロウも迂闊に追撃が行うことができなくなる。
「くそ! 悪あがきしやがって!」
「おんどれがぁー! 降りてこんかい!」
フィッツとオウカロウの悪態には耳を貸さずにブレイルは、自分の状態とフィッツ、オウカロウの攻撃方法を分析し始める。
(……これで、すぐには攻撃できまい……。しかし、我の魔法が封じられている理由と自由に動くことができないのは、あの忌々しい槍使いの魔法が影響しているのだろうが……。奴らの攻撃が我に通るのは、一体どういうことなのだ? ……原因が分からぬ以上、接近戦は不味い……。ドラゴンゾンビを使い我の自由が戻るまでは時間稼ぎを……。だが、他の人間どもが来ると厄介か……。仕方がないな……。出し惜しみはなしだ!)
「ドラゴンゾンビ! サイラスを滅ぼせ!」
ドラゴゾンビの背に乗りながらブレイルがサイラスの攻撃を指示した。しかし、ドラゴンゾンビはサイラスには向かわずにフィッツとオウカロウへ前爪や牙で攻撃を繰り返している。意味が分からない様子のフィッツとオウカロウ。そして、本隊のクリエ達も疑問を感じていると……。中央門から数キロメートルは離れている左右の部隊から『
≪く、クリエ様!≫
≪うん? 何? どうかしたの?≫
≪は、はい! こちら東門の部隊ですが……、と、突然、大地からドラゴンゾンビと千体程の
≪なっ! 東門に!?≫
クリエが驚愕していると西門からも同様の内容が届く。そして、クリエは理解する。先程、ブレイルが出した命令は目の前にいるドラゴンゾンビにではなく。左右の門へ配置していたドラゴンゾンビ達にした命令だと。
(そういうことね……。敵も……、伏兵を用意していたのね。しかし、不味いわね……。左右にも部隊は配置しているけど、ドラゴンゾンビを倒せるかはわからない。……こうなったら!)
意を決してクリエは指示を出す。
「カイ君! リディアさん! あなた達をそれぞれ左右へ送ります。あなた達でドラゴンゾンビを倒して! 倒し終わったら、すぐにフィッツ君とオウカロウさんの元へと転移してもらいフォローへ行って!」
「……わかりました」
「了解した。カイ。ドラゴンゾンビとは初めて戦うだろうが、今の君なら問題なく倒せるはずだ。特に君の持つ聖剣は
「はい! 師匠! ……あっ! ルーア! お前は危ないからクリエさん達とここにいろ!」
「けっ! しゃーねぇーな! ……カイ、リディア。気をつけろよ」
珍しく心配そうなルーアの言葉にカイとリディアは笑顔を見せて頷く。そして、カイ、リディアは左右へと転移して、ドラゴンゾンビと戦闘を繰り広げることになる。
◇◇◇◇◇◇
ドラゴンゾンビと
「あ、あなたは……、カイさん」
「はい。あれが、ドラゴンゾンビ……」
「は、はい……。申し訳ありませんが、我々の魔法では歯が立ちません」
ドラゴンゾンビを睨みつけるように観察するとカイはおもむろに剣を抜く。
「わかりました……。俺が行きます。すぐに戻ってきますので、転移の準備をお願いします!」
「えっ……?」
カイは必要なことを言うとすぐにドラゴンゾンビの元へと高速移動で突撃する。
◇◇◇◇◇◇
一方の西門でも、同様のことが起こっている。リディアが転移されると西門の指揮官が状況を説明に来る。そして、説明を聞き終えたリディアはおむむろに剣を抜き指示をする。
「わかった。私が行く。すぐに戻るから、転移の準備をしておけ!」
「えっ……?」
リディアは必要なことを言うとすぐにドラゴンゾンビの元へと高速移動で突撃する。
◇◇◇◇◇◇
ドラゴンゾンビが近づいてくるカイに気がつくと口から猛毒と腐食性のある
『――ッ!!!!』
あまりにも一瞬のことに多くの者が驚愕する。しかし、首を切断されたドラゴンゾンビは塵になって消滅していく。その光景をカイは見向きもせずに東門の……自分が出発した場所へ急いで戻る。西門のリディアもカイと同様に一撃でドラゴンゾンビを撃破してすぐに元の場所へと戻る。そして、二人は同じ言葉を口にする。
「前線に転移をお願いします!」
「前線へと転移させろ!」
その言葉で我に返り魔術師がカイとリディアを前線へと転移する……。いや、したはずだったが、その転移に待ったをかける事態が起こる。
「……えっ? て、転移が発動しない……?」
魔術師の言葉にカイとリディアが驚愕していると。クリエから『
≪やられた! くそ! 転移阻害をされてるわ! 二人ともごめん……。転移は無理……。だから――≫
クリエの言葉を最後まで聞かずとも状況を理解した二人は高速移動で駆け出していた。前線へと……フィッツとオウカロウの元へと。
◇◇◇◇◇◇
監視魔法でカイとリディアが一撃でドラゴンゾンビを滅ぼす様を見ていたレイブンは、瞬時にサイラス一帯へ転移阻害の魔法をかけていた。傍観するだけのつもりだったが、レイブンにとっても予想外のことが起きたこともありブレイルを支援する。
「予想以上ね……。ドラゴンゾンビをたったの一撃で……。まぁ、カイ君の場合は聖剣『
そう、カイとリディアの違いは使用している剣にある。カイは聖剣『
「す、すごい……、人間ですね……。レイブン様」
「えぇ、リコル……。あのまま放置していたら、魔法の使用できない『
レイブンにとって『
一方、この場にいるもう一人の強者……『
◇◇◇◇◇◇
前線で戦いを続けるフィッツとオウカロウは、『
「ちくしょうが! 邪魔くせぇー!」
「おのれが……、骨を降ろさんかー!」
焦っている二人へ援護となる魔法が後方より放たれる。ドラゴンゾンビへと無数の雷が打ちつける。
『
『
「き、貴様……、くそ!」
ブレイルがドラゴンゾンビから離れるとフィッツがすかさず攻撃を繰り出す。
「おりゃぁーーーーーー!」
「くっ……」
息つく暇のないフィッツの猛攻にブレイルは
(……ま、不味い……。もはや……、これまで、……か……)
絶え間ない攻撃を受けたブレイルは敗北を覚悟する。そして、最後に悪あがきとして手がフィッツの胸に当たる。その瞬間に無駄と思いながらも魔法を放つ。
『
魔法が放たれるとフィッツは空中へと浮いた感覚を残して数十メートルは吹き飛ばされる。その光景にオウカロウは驚きと同時にフィッツを心配する。
「ふぃ、フィッツ! 大丈夫かぁ!」
「ごはぁ……! だ、大丈夫……だ……。そ、それより……気をつけろ……」
オウカロウはフィッツの無事を確認するとブレイルへとすぐに視線を戻す。そして、ブレイルは自分の手を見てあることを確信する。
(こ、これは……? あぁ! そういうことか! 魔法が使えぬわけではないのか! 外部へと魔力を放とうとすると、我を取り巻くこの風が魔力を出さないように妨害するのだ! だから、あの槍使いを塵にした時も魔法が使えたのか! そうであれば……、接触型の魔法なら問題はないな……。『
ブレイルは『
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