第62話 一言

 日の光は入らず、常闇に支配される場所……


 見上げて見えるのは星空だが、その空も本物か定かでない……


 そんな光景は幻想的にも、寂しげにも見える……


 誰も知らない場所……


 そこに魔王城が存在する。


 五大将軍の一人である『魔導ウィザード支配者マスター』レイブンが管理する闘技場に異形の集団が集合してきていた。闘技場の周囲や闘技場内の至る所に、魔王城を守護する兵士である悪魔兵士デモンソルジャーが警備をする。その数は数千にも及ぶ……。


 だが、現在闘技場へと足を踏み入れている者の中には悪魔兵士デモンソルジャーを凌駕する者の方が多くいる。粘液怪物スライム不死者アンデッド、魔獣、悪魔など千差万別の異形な魔物が闘技場の観客席へと着く。しかし、この魔物も一部でしかない。


 一部……? 

 

 一体……何の……?


 それは――


 五大将軍配下の一部


 闘技場の観客席が異形な魔物で満席になると闘技場内には次々とある者達が入ってくる。


 その姿を見た観客席にいる魔物は言葉を発せられる者は歓声を、言葉を発せられない者は雄叫びを、声が出せない者は足踏みによる音を、とにかく見ている者達は歓喜する入ってきた者達を――いや、自分達の上官を!


 闘技場にある四つの大きな扉から、それぞれ闘技場内へと入ってくる。



 五大将軍の一人、『粘液女王スライムクイーン』サーベラス。


 人間の姿をかたちど粘液怪物スライムの女王。一般的な美的感覚からすれば絶世の美女。赤紫色の長い髪、濃い緑色の瞳、真っ赤な唇、胸元が大きく開いた深紅のドレス姿。サーベラスは優しげな微笑みで優雅に歩いている。しかし、サーベラスに単純な優しさなどない。サーベラスにあるのは欲求のみ。自分が楽しければ、後先を考えない快楽主義者。それがサーベラスだ。


 サーベラスの後に続くのはサーベラスの副官である粘液スライムメイドのポプラ。緑色の長い髪をポニーテールにしている。瞳は深紅色、清楚なメイド服に身を包み、サーベラスの数歩後に付き従う。そのポプラの後ろにも数人の粘液スライムメイドが付き従うように後へと続く。更に後に続くのはバニースーツ姿の人間の少年二人。首輪をつけられて奴隷のような姿だが表情に怯えや恐怖の感情は一切ない。どちらかといえば瞳には意思というものは無く恍惚の表情を浮かべている。



 五大将軍の一人、『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティ。


 二メートルの巨体、漆黒の兜、深紅の外套マント、左右には六本の剣を身につけている不死者アンデッドの騎士。その姿は骸骨そのものだが、左右に腕が三本づつ生え、計六本の腕を持つ。眼窩には目玉はなく紅い球体が怪しげに光る。そんなトリニティの性格は不死者アンデッドとは思えない清々しい性格だ。騎士道を重んじて、常に正々堂々をもっとうに行動する。そのため、融通が利かずに周囲と衝突することが度々あるがトリニティのキャラクターによるものか大きな問題には発展していない。

 

 トリニティの後ろからは黒い靄のようなものに包まれる骸骨姿の不死者アンデッド。トリニティの副官『深淵アビスリーパー』が続く。かつて地上で自然発生した『深淵アビスリーパー』は、たった一体で人間の国一つを壊滅させたことがある。そのため、人間の世界では最強の不死者アンデッドと語り継がれる。トリニティに生みだされた直後は反抗的だったが、圧倒的な実力差を目の当たりにしてからはトリニティへ絶対の忠誠を誓う。名をもらい現在はブレイルと名乗る。ちなみに名をつけたのはレイブンだ。


名前の由来は……


「もともとの素材にしたドラゴンの名前よ。……確かブレイルとかいったわ。まぁ、大して強くもなかったからよく覚えてないけどね……」



 五大将軍の一人、『魔獣王ビーストキング』リガルド。


 三メートルの巨体、顔は獅子、身体は熊の様な体躯に全身を黄金の体毛が覆っている。四本の足に長い尻尾は大蛇の姿。尻尾の大蛇にも意思があるのか「シュルシュル」と舌を出しながら周囲を威嚇する。リガルドの性格は残忍で考えなし。サーベラスと似ている部分もあるが、リガルドは単純だ。後先を考えないというより、思考をそのものを放棄して力任せに物事を進めようとする。


 リガルドの後ろに控えるのは、リガルドの副官である獣人ベルツ。真っ赤な瞳に狼の顔、全身を黒い体毛で覆われている。腰には剣を二本携える。恐ろしい姿とは裏腹に理知的で落ち着いた丁寧な言葉遣い。恐らく五大将軍の副官で一番の常識人で騎士道精神溢れる剣士でもある。故にリガルドの副官として常に悩みが尽きない。恐らく五大将軍の副官で一番不幸な人物だろう。そんなベルツの後ろからは獣人や蟲人インセクトヒューマンなど数人が続く。



 五大将軍の一人、『魔導ウィザード支配者マスター』レイブン。


 漆黒のローブに身を包み、ピエロの様な仮面を常に着けている。その全貌は不明。五大将軍を束ねるリーダーであるユダとは旧友。常に冷静に物事を進める策略家。ただし、自分の大切な者へ危害を加えるなどの行為には烈火の如き怒りを相手にぶつける。その際、相手には耐え難い苦痛を与える残忍な一面もある。……かと思えば、大切なものへは愛情を惜しみなく注ぐ優しい一面もある。


 レイブンのすぐ後ろからは、副官であるリコルが続く。亜人種であるリコルは、レイブンの愛弟子であり魔術師。大きな帽子とカラフルなローブに身を包み、自分の身長と大差のない大きな杖を持っている。魔術師としての才能だけならレイブンをも上回る可能性を秘めているが、現状は実戦経験の乏しさやまだまだ発展途上な部分が強く足元をすくわれることもしばしばある。だが、魔力の高さは本物で小さな街なら一撃で消滅させるほどの魔力を有してる。



 魔王の腹心であり最強の力を持った五人の精鋭である五大将軍の内、四人が闘技場の中央へと歩み寄り顔を合わせる。


「あらあら、全員が揃うなんていつ振りかしらね?」

「ふむ。ふむ。ふむ。この間の報告会で会っていなかったか?」

「馬鹿……。私はその報告会には参加していないでしょう……」

「そんなことはどうでもいい! サーベラス! テメーは一体、何を考えてる!」


 リガルドの怒りにサーベラスは首を傾げて聞き返す。


「何って、何が?」

「テメーの後ろにいる人間のことだ!」

「確かに、確かに、確かに、人間の子供だな……」

「面倒……」


 リガルドの指摘にトリニティは確認をして頷く。レイブンは厄介事と判断して無視をする。しかし、当のサーベラスは笑みを浮かべながら答える。


「人間? 違うわよ。この子達は私の可愛い愛玩動物ペットよ」

「ペットだぁ……」


 サーベラスは楽しげな怪しげな笑みを浮かべながら愛しそうに少年二人を撫でながら説明する。


「そう。愛玩動物ペット……。うふふ。可愛いわよ? 今はこんな姿だけど、最初は反抗的でね。私を殺そうとしてたのよ? 駆け出しの戦士のくせに……。本当は殺そうと思ってたんだけど、可愛かったから連れ帰って教育してあげたの。そうしたら、今ではすっかり懐いちゃってね。ねぇ? ポチにタマ?」

「はい! サーベラス様!」

「なんなりと、ご命令を!」


 サーベラスの問いに二人の少年は頬を上気させながら満面の笑みで媚びるようにサーベラスにすり寄る。その姿には戦士の面影など微塵もない。そんなサーベラスの愛玩動物ペットをリガルドの尻尾である大蛇が襲う。だが、その攻撃はサーベラスの副官であるポプラに防がれる。


「テメー! サーベラスの副官の分際で!」

「申し訳ありません。リガルド様。……ですが、この者達はサーベラス様の所有物。サーベラス様の物をおいそれと破壊されるのを副官として見過ごすわけにはいきません」

「そうかよ! だったら――」

「おやめ下さい。リガルド様」


 怒りのままに行動しようとするリガルドに副官であるベルツが制止を促す。しかし、リガルドはベルツを睨みつけて悪態を吐く。


「テメー! ベルツ! 俺様の副官のくせに指図をする気か!」

「滅相もありません。しかし、で争うのは流石に問題では……?」


 ベルツの言葉にリガルドは一瞬だけ身体を震わせる。いや、リガルドだけでなく。サーベラス、トリニティ、レイブンを始め、他の副官達もベルツの言いたいことを理解して誰ともなく小競り合いを止めて並び出す。そこへ何もない空間から現れる人物がいる。それは――漆黒の鎧と外套マントを身に着けた人物。


 五大将軍を束ねるリーダーである『魔人王デーモンキング』ユダ。


 ユダは観客席にいる有象無象の魔物には目もくれずに、自分以外の五大将軍を一人一人見据えたあとに口を開く。


「全員揃ったか……。では……、聞けー!」


 ユダの叫びに呼応するように、ざわついていた場が静寂に包まれる。


「お前達がここへ召集された理由を理解しているな?」


 ユダの問いに答える者はいないが、その場にいる全員が理解をしている。


「そうだ! 今日、ここで人間共へと戦争を開始することを宣言するからだ!」


 衝撃的な発言。本来なら歓喜や歓声が響いてもおかしくない場面だが、誰も何も発しない。一見すると失礼にもとられかねない。だが、ユダを含めた全員が理解している。今回、招集された理由は戦争の開幕宣言をユダがする――ことがメインではないことを……。


 では、今回のメインとは……?


 それは――


「では……、お言葉をもらうぞ? 心せよ! !」


 ユダの発言にその場にいた全ての存在が息を呑む。魔王からの言葉。それは、この場にいる全ての者達の主人。絶対的支配者からの言葉。


「レイブン!」


 ユダの言葉にレイブンは瞬時に反応する。右手を掲げると上空を覆い尽くすほどの強大な映像を魔力によって展開する。その技術だけでも本来は称賛されるべき力だが、誰もレイブンを称賛することはしない。レイブンを尊敬して敬愛する副官のリコルでさえ何も言わずに映像のある部分に釘付けとなる。


 神々しさを感じさせるような神秘的でおごそかな雰囲気の場所……。


 そんな光景が広がる映像の中央にある玉座に座る存在……。


 魔法による影響か、または何か特殊な力なのか、玉座に映る魔王の姿はぼやけている。魔王の姿はまるでシルエットのようにしか見えない。しかし、そんな不安定な姿を見ても誰一人として魔王の存在を疑う者はいない。なぜなら、映像越しでも魔王のただらぬ存在感と強力な力を誰しもが感じとっていたからだ。


 魔王が動く。


 ゆっくりと右手に持った杖を上げながら口を開く。


 そして、たった一言だけ告げる。


『……滅ぼせ……』


 魔王が杖を下ろした瞬間に映像は強制的に切られる。その瞬間に魔力の余波でレイブンの右手が軽く弾かれるが、そのことには誰も関心を寄せない。その理由はただ一つ、雄叫び 、絶叫、遠吠え、とにかく全ての存在が魔王の言葉を称えていたからだ。

 

 あまりの熱狂に闘技場が、魔王城が揺れたと錯覚するほどだ。そして、その大熱狂の最中にユダが声を張り上げ宣言する。


「聞いたな! 者共! 魔王様のお言葉を! 魔王様のお言葉に従い! 貴様らが地上を蹂躙して来るのだ!」

『うぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!』


 声にもならない歓声が闘技場を包む。その中でユダが五大将軍を見据えて口を開く。


「では! 五大将軍のリーダーとして命令を下す! 戦争の幕開けとなる一番手は――」


 ユダの言葉に多くの魔物が五大将軍へ注目する。魔物の視線を一身に浴びながらユダは全く動じることなく言葉を続ける。


「『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティ! お前だ! お前の不死者アンデッド軍団で勝利を魔王様へと捧げろ! 協力者としてレイブンをつけるが、配下は不死者アンデット軍団のみで行け! そして、戦争開始の地はサイラス! レインベルク王国の地方都市の一つだが、甘くは見るなよ? サイラスは地方都市ではあるが独立した都市でもある。恐らく戦闘能力のみでいうのなら王都に匹敵するか超えるだろう。だが、裏を返せばここを押さえればレインベルク王国の力は半減する。そこから一気に王国へと侵攻するのだ!」


 ユダの言葉にサーベラスはいつも通りの人をくった様な笑顔、リガルドは憮然とした表情、レイブンは仮面の下で面倒そうにため息を漏らす。そして、戦争の一番手を宣言されたトリニティは六本の腕全てを高らかに上げながら吠える。


「無論! 無論! 無論! 友のためにも! そして、何よりも我が主たる偉大なる魔王様のためにも! 必ずや勝利を掴み取ってみせよう!」


 トリニティの勝利宣言を聞いた観客席の魔物は大歓声を上げる。


 こうして、戦争開幕は幕を閉じる。


 指名されなかった残りの五大将軍のサーベラスはトリニティへからかうような激を飛ばす。


「じゃあ、頑張ってね。トリニティ。あなたらしい戦いを期待してるわー。さーってと、暇になったわね。ポチ、タマ。今日は特別に一晩中ベッドで可愛がってあげるわ。さぁ、行きましょう?」


 サーベラスは愛玩動物ペットと称するバニー姿の少年二人を近くに寄せながら去っていく。その後に副官であるポプラを筆頭に粘液スライムメイド達が続く。


 もう一人の指名されなかった五大将軍のリガルドは憎々しい表情で捨て台詞を吐き捨てる。


「けっ! 不死者アンデッド風情が一番手とは……せいぜい恥をかく様な戦いをするんじゃねぇーぞ! 行くぞ! ベルツ!」

「はい。……では、失礼致します。トリニティ様。ご武運を……」


 リガルドに追従する形で、副官のベルツと数人の獣人と蟲人インセクトヒューマンが闘技場から姿を消す。


 観客席を埋め尽くしていた異形な魔物も不死者アンデッドの一団以外は姿を消していく。そして、ユダは残っているトリニティとレイブンに――というよりはレイブンへと作戦の確認をする。(トリニティは作戦を理解ができないとユダは諦めている)


「では、レイブンよ。私の作戦通りに行動しろよ?」

「えぇ、言われなくても、もうすでに動いている。でも、あの作戦は面倒じゃない? 単純に正面から攻めても十分に勝てると思うけど?」

「それは、そうだろう。だが、そんな馬鹿正直な方法はリガルドと同じだぞ? そんな戦法が望みか?」


 リガルドと同じというユダの言葉にレイブンは仮面の下で怪訝な表情になる。


「……それは、不愉快ね……」

「そうだろう? だから、少しでも勝率を上げ損害を減らす策をとった。偶然にもお前が捕らえた貴族のおかげで作戦の成功率も上がるはずだしな……」

「そう上手くいけばいいけどね」

「心配か?」


 ユダの言葉にレイブンは空中へと視線を向けながら、何かを思い出すように話す。


「……作戦なんて上手くいく方が珍しいわよ? 大抵が予期せぬ邪魔や予想外の行動で崩れ去る……」

「まぁ、綺麗に作戦通りとはいかぬだろうが……。だが、上手くいかなかった場合の策も渡してはあるだろう?」

「そうね……。じゃあ、そろそろ行こうかしらね」

「ふふ。では、任せたぞ。レイブン。そして、トリニティよ」


 ユダからの言葉にレイブンは仮面の下で微笑み。トリニティは大袈裟に身体を動かしながら返答をする。


「任せろ! 任せろ! 任せろ! 我が動くのだ! 勝利は約束されている! そして、ユダよ! この戦争が終わった後は貴公との再戦をも――」

『黙れ!!』


 ユダとレイブンの声がハモりトリニティは押し黙る。


 そして、ついに闇の軍勢が本格的に動き出す……。


◇◇◇◇◇◇


 見渡す限り何もない草原地帯。サイラスから五十キロメートル離れたとある場所。ここで野営のためにテントが張られ、多くの人間が周囲を捜索している。何もないように見える草原地帯で何を捜索しているのか……。そのとき、中央のテント周囲の護衛をしている戦士に近づく人影がある。


「サッチ隊長。遅くなりました」

「いや、気にするな。それで、成果はあったか?」


 サッチの言葉に部下は表情を歪ませ声を押さえるように小声で報告する。


「いいえ……。というより、あるわけないですよ。こんな草原地帯を捜索なんて一体何を考えているんですか? あの貴族は?」


 部下の不満にサッチは苦笑いを浮かべて部下を労う。


「そうだろうな……。俺も忠告したんだが……。全く、貴族というのはわがままで困るよ。しかし、文句ばかり言うな。報酬は破格だし、特に危険があるわけでもないだろう?」

「そうかもしれませんけど……。でも、もう夜ですよ? 獣や魔物が活発になります。捜索は日が昇るまで待つべきでは?」

「はぁ……。お前の言う通りだ。こんな闇の中では効率も悪く。下手をすれば、痕跡なども見落とす可能性があると言ったんだがなぁ……」


 サッチの言葉を聞いて部下は理解をする。全て依頼主である貴族の愚かな指示だと。理解した途端に怒りが増してくる。


「ふざけやがって! 何を考えてんだ!」

「落ち着け。向こうも必死なんだろう……。行方が途絶えて三週間以上は経過している。もうすぐ一ヵ月だ……。生存は絶望的だろうからな……」

「くだらないですよ! 捜索理由もただ王都の貴族に恩を売りたいだけでしょう? それに、俺もサイラス剣闘士大会を見てましたが、あの貴族……は最低な男でしたよ! 助ける価値なんてありません! 大方、神様の怒りを買って雷にでも打たれたんですよ!」


 そう、この集団が捜索しているのは王都の貴族デイン家長男であるスターリンとその一行を捜索している。サイラスから王都への道すがら、なぜか忽然と姿を消してしまったスターリン一行を……。そのため、王都にあるデイン家はもちろんだが、サイラスの一部貴族もやっきになってスターリンの捜索をしている。しかし、依然としてスターリンはおろかスターリン一行がトラブルに巻き込まれたような痕跡すら見つからない。


 それも当然。スターリン達を攫ったのは、レイブンとリコルの二人による転移魔法。それほどの魔法を使用され一瞬で攫われることなど、誰も想像だにできない。


「落ち着くんだ! 確かにスターリンという貴族には助ける価値はないのかもしれない。だが、同行している人間も多くいる。その人達のためと思えば、そこまで苦ではないだろう?」


 サッチの言葉に部下は複雑な表情を浮かべながらも小さく頷き、その場をあとにする。一人になったサッチはため息をつきながら考える。


(ふぅー。限界だな……。もともと、何の手がかりもなしにサイラスから王都までの道のりを捜索するということが無謀なことだった……。部下達の疲労……。体力よりも精神的な面が限界だ……。この周辺の捜索が終わったらサイラスへ帰還するしかないな……。もしも、依頼主が拒否をするなら我々だけでも帰還する。前金はもらっているし、部下達も納得はするだろう。……しかし、白銀しろがねの館でいろいろな書類を書かされることにはなるだろうなぁ。できれば、依頼主も了解してくれるといいんだが……)


 そんなことをサッチが考えているとテントから二人の男が出てくる。


「おい! サッチ! スターリン様は見つかったのか!」

「ムスルフ公……。いえ、残念ながら発見には至っていません。しかし、そもそもここにいるのかも不明で――」

「言い訳をするな! 高い金を払って雇っているのは誰だと思っている!」


 サッチの言葉に耳を貸すことなくムスルフは頭ごなしに怒鳴りつける。すると横にいる若い男が口を開く。


「パパ。仕方ないよ。所詮は平民だよ? そんな奴に期待をする方が間違ってるよ」

「うん? それもそうだな。流石は私の息子だ! マールは賢いなぁ」


 サッチはムスルフとマールの二人を見ながら心の中で舌打ちをする。


(チッ! 全く、勝手なことばかり! 何がパパだ。いい歳をした大人が気持ちの悪い! ……いや、こんなことで怒るな。俺は部下の命を背負う立場だ……。俺が、このろくでなし共の愚痴を受けていれば、少なくとも部下にまで飛び火することはあるまい)


ムスルフ・ファモス:金色の髪、頭頂部の頭髪は薄くなり横にある髪で誤魔化している。青い眼のたれ目で口元は常にだらしなく半開き、身体も中年太りを通り越して豚のような容姿である。サイラスにあるファモス家の貴族。公爵の位を持つがヴェルト家には頭が上がらない。


マール・ファモス:金色の髪、髪は肩まで伸びている。青い瞳で父親と同じく垂れ目だ。容姿はそれなりだが、常に人を見下した態度をとり続けるなど性格は破綻している。欲望に忠実で我慢のできない性格。


 心の中では悪態をつくが、依頼主である二人にサッチが謝罪をしようとしていると。周囲から慌ただしい声が聞こえてくる。そのため、サッチ、ムスルフ、マールは声の方へと視線を向ける。


「なんだ? 騒がしいぞ!」

「もしかして、スターリン様が見つかったのかもよ。パパ!」

「何! そうか! 流石は私の息子だ! いい読みだ!」


 楽観的なことを話しているムスルフとマールに対してサッチは鋭い視線で慌ただしい方を凝視する。


「違う……! 魔物だ! 全員! 警戒しろ! あんた達は、ムスルフ公と御子息をお守りしろ! 俺は討って出る!」


 サッチはすぐに状況を理解すると、自分達とは違う元々のムスルフお抱えの護衛に指示を出す。指示を出すとほぼ同時に前線へと赴く。霧が立ち込めている場所で戦っている自分の部下を見つけるとすぐに参戦しながら状況報告をさせる。


「悪い! 遅くなった! それで……? こいつらは? なんで骸骨スケルトンがいるんだ?」


 サッチが霧の中に入ると何十体もの骸骨スケルトンと部下が交戦をしていた。部下に被害はないが、捜索にかりだされていた人間が死んでいる姿も見られる。


「隊長……。よくわかりません。突如として霧が発生したと思ったら、叫び声がして……。その後、すぐに骸骨スケルトンが波を打つように押し寄せてきたんです」


 部下の報告にサッチは怪訝な表情を浮かべる。


「突然だと……? 妙だな……。別に死体が多くあるような場所でもないだろう? この辺りで、戦闘があったということも聞かないしなぁ」

「はい。まぁ、でも! 骸骨スケルトン如きじゃあ俺達の相手には不足ですけどね!」

「フッ! まぁ、そうだが。油断はするなよ?」


 そんな戦闘とは関係のない話をしながらも二人は骸骨スケルトンを次々と打ち倒していく。その時、前方から炎が飛んでくる。その炎を二人はなんなく避ける。


「今のは……」

「『火炎フレイム』か?」

「隊長ー!」


 炎を避けた後、サッチを呼ぶ声が聞こえてくる。そちらに視線をやると五人の男達が駆け寄ってくる。その男達へサッチは応える。


「おぅ! お前達も無事だったようだな」

「へっ! 当然すよ。ただ、少し厄介です。骸骨スケルトンの後方に骸骨スケルトン魔術師ウィザードが複数いるようです」

「何? 後方に? 妙だな……」

「はい……」


 サッチ達は怪訝な表情を浮かべる。理由は単純だ。骸骨スケルトンらしくないからだ。人間には知能がある。そのため、戦士は前衛で魔術師は後衛というように役割分担をする。しかし、下級の不死者アンデッドである骸骨スケルトン骸骨スケルトン魔術師ウィザードにはそんな頭はない。ただ、本能の赴くままに戦闘をするだけの存在だ。そんな骸骨スケルトンらしからぬ行為に疑問はあったが、小さな問題だと疑問を頭の片隅へと追いやる。


「まぁ、いい! ならこっちも全力でいくまでだ! モローやれ!」

「了解!」


 モローと言われた青いローブを着た男性が杖を構え集中する。そして――


火炎フレイム弾丸ブリッド!』

 

火炎フレイム弾丸ブリッド:炎の飛礫つぶてを弾丸のように放つ魔法。威力はそこまで強くないが数が多く避けづらく。また、炎に弱い骸骨スケルトン程度なら容易く倒せる。


 モローの『火炎フレイム弾丸ブリッド』により、残っていた十数体の骸骨スケルトンは一掃される。骸骨スケルトンを全滅させたので、サッチ達は手分けして生存者や怪我をした者がいないかを探そうとする。そのとき、叫び声を上げながらサッチ達の元へと駆け寄る集団がいた。驚いたサッチ達が視線をむけると、それはサッチ達とは違う冒険者達だった。サッチが「どうかしたのか?」と尋ねようとする前に冒険者達の首が次々と飛ばされる。その姿に一瞬だけ意味が理解できなかったが、すぐに我に返り戦闘態勢をとる。しかし、首を飛ばした存在を見たサッチは驚愕する。


「なっ! 嘘だろう……? 骸骨スケルトン戦士ウォリアーだと!?」


骸骨スケルトン戦士ウォリアー:中位の不死者アンデッド骸骨スケルトンとは違い体格も屈強。鎧も装着して、手には戦斧バトルアクスを持つ。そして、不死者アンデッドだがある程度の知能を有している。


「くそっ! 警戒しろ! 骸骨スケルトンとはわけが違うぞ!」

「た、隊長……。どうしますか……?」

「大丈夫だ……。いくら、骸骨スケルトン戦士ウォリアーとはいえ、たったの一体……。俺達であいつを囲むように攻撃をして翻弄する。動きが止まったところにモローの最大魔法をぶつける! それで、終わりだ!」

『了解!』


 サッチの作戦に部下達は声を合わせて同意する。しかし、その作戦を実行することはできなかった……。なぜなら、骸骨スケルトン戦士ウォリアーの後方から新たに三体の骸骨スケルトン戦士ウォリアーが出現したからだ。その姿を確認したサッチは有無を言わさずに叫ぶ。


「こ、後退しろー! 中央のテントまで全速力で後退しろ!」

 

 サッチの声に硬直しかけていた部下達は我に返りすぐに走り出す。そんなサッチ達に気がついた骸骨スケルトン戦士ウォリアーが口を開く。


「ニガサン……コロス……」


 片言のような言葉を口にした後、骸骨スケルトン戦士ウォリアーはサッチ達を追従する。しかし、突然立ち止まると後方に指示を出し始める。そう、後方から近づいてくる百体近い骸骨スケルトンに……。


「キサマラ……ヤツラヲ……カコメ……ワレラガ……ショウメンカラ……セメル!」


 指示を出している骸骨スケルトン戦士ウォリアーを見たサッチは理解をする。先程の骸骨スケルトンの配置を指示したのはこいつらだと。しかし、もはやどうにもならない。サッチ達はなんとか中央のテントまで退却するとムスルフへと叫ぶように指示を出す。


「て、撤退だ! すぐに撤退の指示を出すんだ! 殿しんがりは務めてやるからすぐに撤退してくれ!」


 緊急事態のため、サッチは焦って指示を出したのだが意味を理解していないムスルフは悠長にサッチの言い方を咎める。


「貴様! 平民の分際でなんだ! その口の利き方は! 私は貴様の雇い主で貴族だぞ! もっと丁寧な――」

「今はそれどころじゃない! 命に関わるんだ! いいから、早く逃げてくれ!」


 そんな押し問答が祟り周囲はすっかり骸骨スケルトンに包囲されてしまう。そして、テントへは四体の骸骨スケルトン戦士ウォリアーが悠然とした足取りで近づいてくる。


「隊長……。もう、逃げるのは無理だ……」

「クソ! こうなったら……、やるしかない……」

「で、でも、隊長……。例え、骸骨スケルトン戦士ウォリアーに勝てたとしても……。この骸骨スケルトンの軍勢を突破する余力は……」


 部下の言葉にサッチは険しい表情をする。


(……骸骨スケルトン戦士ウォリアーに勝つ……? 無理だ……。一体ならまだしも四体だぞ? どうやれば勝てる……。あいつ相手に一対一では勝てない。俺達が勝つにはあいつの動きを止めて炎の魔法を当てるしかなかった。正面からでは絶対に防御される……。どうすれば……)


 希望の見えない絶望的状況にサッチが思い悩んでいると骸骨スケルトン戦士ウォリアーが口を開く。


「シヌガイイ……イダイナル……アノオカタ……ノ……クモツニナレ!」


 その言葉を言い放つと同時に四体の骸骨スケルトン戦士ウォリアーがサッチ達へと向かう。サッチ達は覚悟を決めて各々が武器を構える。一方のムスルフと息子のマールは青い顔をしながら尻持ちをついている。そして、骸骨スケルトン戦士ウォリアー戦斧バトルアクスがサッチ達の首へと伸びる――


――その前に突如として戦士が出現する。周囲は百体近い骸骨スケルトンが囲んでいたが、その骸骨スケルトンの一角を一瞬で弾き飛ばしてサッチ達の前へと庇うように戦士は立つ。


 白銀はくぎん全身鎧フルプレートを身に着け、真っ白い外套マントを靡かせる戦士……いや、騎士は骸骨スケルトン戦士ウォリアー戦斧バトルアクスが届く前に一刀で四体全ての骸骨スケルトン戦士ウォリアーの首を跳ね飛ばした。その光景にサッチ達は理解ができずに、ただ口を大きく開けて驚愕する。


 白い騎士は、骸骨スケルトン戦士ウォリアーを倒すとすぐに目にも止まらぬ早さで周囲の骸骨スケルトンへと斬りかかる。そして、一分もかからずに百体近い骸骨スケルトンをも一掃してしまう。驚愕という言葉を通り越した偉業を成し遂げた白い騎士へサッチはお礼を述べる。


「あ、あなたは……。い、いや、それよりも、ありがとうございます! おかげで命拾いをしました!」


 命を助けてもらった感謝を伝えているサッチを押しのけ、突如としてムスルフとマールが割り込んでくる。


「いやー、助かったよ。君! 私はサイラスで公爵の地位を持つ貴族のムスルフ・ファモスだ!」

「僕はマール・ファモス。僕達を助けてくれたことを誇っていいよ! 平民の戦士にしておくにはもったいないね。僕達に雇われないかい?」


 感謝を伝えるには横柄な態度のムスルフとマールを見てサッチは二人に嫌気が差し始める。


(命を救ってもらったんだぞ? 素直に「ありがとう」と言えないのか! 全く……。貴族ってやつは……)


 そんなサッチ、ムスルフ、マールに対して白騎士は右手の手の平を前に出した後、右手を軽く横に振り、右手を握り込み、右手を思い切り右へと払う。その行動の意味が全く理解できない三人は首を傾げるが突如として声が響く。


「『気にしないでいい。私は騎士として当然のことをしたまでだ。それよりも全員が無事でなによりだ』と、シルバー様は仰っています」


 声の方へサッチ、ムスルフ、マールが顔を向ける。そこにはメイド服のような物に身を包んだダークエルフの女性がいた。女性は三人の視線に気がつくとうやうやしくスカートの裾を軽く上げながら頭を下げる。


「初めまして、みなさま。突然にお声をおかけして申し訳ありません。わたくしはシルバー様の従者をしております。クーダと申します」

『クーダ様! クーダ様!』


 クーダというダークエルフが丁寧に挨拶をした後、クーダの肩に乗っていたオウムが喋り出した。クーダはオウムを少し睨みつけながら叱りつける。


「こら! コール! そういうことを言わないの! 私はただの従者なんだから!」

『ごめんなさい。ごめんなさい』

「よし。わかればいいのよ。申し訳ありません……。この子は私のペットでコールというのです。オウムですけど、とっても利口なんですよ? でも、口が悪くて……。ごめんなさい」


 クーダの謝罪を聞いてようやく我に返ったサッチは質問をする。


「あ、あのー。聞いてもいいですか?」

「はい。私でお答えできることであれば」

「あの方……、えーっと。騎士の方がシルバーさんですか?」

「はい。そうです」

「喋らないのには、なにか理由が?」


 サッチの疑問はその場にいた全員の疑問だった。サッチの質問を受けたクーダは少し困った表情でシルバーへ視線を向ける。クーダの視線に気がついたシルバーは軽く頷く。その行動を見たクーダは意を決した様子で口を開く。


「……わかりました。説明します。シルバー様は喋らないのではなく……。喋れないのです。実はシルバー様は以前、恐ろしい不死者アンデッドの騎士と戦い敗れてしまい、その際に声を失ってしまいました――」

『――ッ!』


 喋れないという事実よりも、凄まじい強さのシルバーが敗れたという告白の方が周囲にいる者達を驚愕させる。しかし、クーダの説明は続く。


「――一命を取り留めたシルバー様を私の主人が見つけて介抱したのです。そして、シルバー様は私の主人の元で今は護衛をされていました……。ですが、最近になりシルバー様が恐ろしい出来事が近づいていると訴えたのです……」

「恐ろしい出来事……?」

「はい……。シルバー様は声を失いましたが、ジェスチャーで意思を伝えてくれます。私はシルバー様の意思を代弁するように主人に命を受けて同行しています。そんなシルバー様が言うには……、自分を倒した恐ろしい不死者アンデッドの騎士が動き始めようとしていると……」

「なっ! なんで、そんなことが?」


 サッチの疑問にシルバーは拳を握り天に掲げる。その姿を見たクーダは伝える。


「『理屈ではないが、私にはわかるのだ。奴は動き出した。今回はきっと大がかりな不死者アンデッドの軍勢が攻めてくる』と、仰っています」

「そ、そんな……」


 シルバーとクーダの説明にサッチが驚愕しているとクーダが懇願する。


「お願いします! 私達はその悲劇を食い止めるために動いています! シルバー様の予感が確かなら、不死者アンデッドの軍勢が攻めてくるのはサイラスというところです。みなさまのお力をお貸し頂けないでしょうか?」

『貸してくれ! 貸してくれ!』


 シルバーは頷き、クーダは懇願、コールは単語を繰り返す。そんな二人と一匹を見たサッチは大きく頷く。


「わかった……。俺からサイラスの上層部に掛けあってみる」

「ちょっと、待った! サッチ君。君では力不足だろう?」

「ムスルフ公……。ですが、サイラスの危機かも知れないんですよ? 手をこまねいていては――」

「当然だろう! だから、ここは君のような平民ではなく。僕のような貴族の出番さ!」

「その通り! 流石は私の息子だ!」

「当然さ。パパ。クーダさん。ご安心して下さい。この僕がサイラスの上層部へと掛けあってあげますよ。君のためにね」


 下心が透けて見える言い回しのマールの言葉にクーダは疑いもせず素直に感謝を伝える。


「本当ですか! ありがとうございます! えーっと。マール様! ムスルフ様! サッチ様! 感謝致します!」

『感謝してやる! 感謝してやる!』


 シルバーは成行きを見守る。クーダは三人へ心からの感謝を伝える。コールは偉そうな物言いをする。


 こうして、シルバー、クーダ、コールの二人と一匹がサイラスへ危険が迫っていることを伝える。


 このことが、後に大事件を引き起こすことになることをまだ誰も知らない……

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