第61話 荷物持ち
日が沈み、夕闇が舞い降りたサイラス共同墓地にいくつもの人影が見える。共同墓地の聖なる結界を管理する神官、墓地の悪意など負の力を利用して
「遅えー!」
「落ち着けよ。ルーア。別に集合時間を正確には決めてなかっただろう?」
「けっ! 試験なんだから五分前行動が原則だろうが!」
「よく言うよ……。試験なんか受けたことないくせに……。お前……。そういう言葉をどこで覚えてくるんだ?」
「ムーの奴が持ってる本だ」
「なるほどね……」
ルーアの答えにカイは納得する。一方でカイは姿を見せないパフが心配でもあった。
(どうしたんだろう……? ルーアのいうように早く来る必要はないと思うけど……。遅すぎる気も……何かあったのかな?)
そんなことをカイが心配をしていると神官が近づいて声をかけてくる。
「あのー……、すみません。日も完全に落ちましたので……。そろそろ、結界を解いても大丈夫でしょうか?」
「えっ!? いや……、その――」
カイが口ごもっていると横にいるリディアが口を開く。
「駄目だ。まだ、こちらの準備はできていない」
「えっ? でも、お二人はリディアさんとカイさんですよね? この間の剣闘士大会で優勝と準優勝した? でしたら、低級の
「今回の我々は付き添いだ。無論、不測の事態が起こった場合は手を出すが……。基本的にはいないものと考えてもらおう」
「はぁ……? よくはわかりませんが……、わかりました。では、準備ができたら声をかけて下さい。私も、それから
「あぁ、すまない」
神官は「いえいえ」と笑顔を残して離れて行く。すると、神官が離れてからすぐに声が聞こえてくる。
「す、すみませーん!」
その声の方へカイ、リディア、ルーアが視線を向ける。声を出しながら近づいてくるのは、頭からは犬の様な耳が、臀部から尻尾を生やした
「遅せーぞ! もっと、早く来いよ!」
「ご、ごめんなさい……」
謝るパフを庇うように後からついて来たフィッツが謝罪する。
「悪りぃ! 悪りぃ! 教えるのに夢中になっちまった! パフは悪くねぇよ。俺のせいだ」
「い、いえ! フィッツさんは私のために――」
「それぐらいでいい。別に時間を特に決めていなかった。それよりも――準備はできているな?」
リディアの言葉にパフは緊張した面持ちになるが覚悟を決めて答える。
「はい……、大丈夫です!」
「わかった……。では、私は神官に声をかけてくる。いつでも始めることができるように準備を整えておけ」
そういうとリディアは神官の方へと歩いて行く。カイはパフを見ながら心配そうに声をかける。
「パフ……。大丈夫? 緊張してない? 不安はない?」
「カイさん……。ありがとうございます。でも、大丈夫です! 私、頑張ります!」
「へっ! カイ! 俺が指導したんだぜ! 完璧だって!」
「いや……、フィッツが教えたとしてもパフは小さな女の子で――」
心配するカイの言葉を聞いていたフィッツは不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「甘いな。パフを舐めない方がいいと思うぜ?」
「えっ?」
「あん? それって、どういう――」
カイとルーアが疑問を口にした次の瞬間に周囲に硝子が砕けたような音と共に眩い光が一瞬だけ灯る。そして、少し離れていた神官の声が響く。
「結界を解きましたー! すぐに
神官の声を聞いたカイ、ルーア、フィッツはパフを見る。視線を感じながらもパフは墓地のある箇所に視線やる。そこからは不自然な霧が出現している。その霧の中から、
ゾンビ:死体が偽りの生命を得て動き出す。知能はほとんどなく。本能で動く。
「あ、師匠。お帰りなさい」
「あぁ。……では、パフ。君の力を見せてくれ。あと、評価をするフィッツが危険だと判断した場合はすぐに介入する。その時点でパフには戦闘から離脱してもらうから、そのつもりでいるように」
「はい! わかりました!」
「よし、頑張って来い!」
「パフ! 頑張ってね!」
「行ってこい! ガキんちょ!」
「はい!」
カイ達からの激励を受けたパフは返事をした後、ダッシュで
◇
「大丈夫だよ。カイ。パフはお前が思ってるよりも全然――」
フィッツがカイへ説明している最中に鈍い音ともに二体の
「――強い!」
予想だにしないパフの身のこなしや攻撃を見たカイ、リディア、ルーアは感嘆の声を上げる。
「パ、パフ……。すごい……」
「ふむ。あの身のこなしはまるで野生動物のようだな……」
「ガキんちょのくせにやるじゃねぇーか!」
◇
八体の
◇
パフのことを見守っていたカイ、リディアはパフを見てあることを確信する。
それは……
「師匠……。パフってもしかして……」
「あぁ、恐らくだが。そうだろう」
「あん? なんだよ? パフがどうかしたのか?」
カイとリディアの意図を読み取れないルーアが疑問を口にする。そんなルーアにフィッツが答える。
「へっ! 気がついたようだなカイ。それにリディアさん――」
フィッツの言葉にカイ、リディア、ルーアの視線が集まる。
「――間違いないですよ。パフは気を使ってます」
フィッツの言葉にカイとリディアは理解しているかのように大きく頷く。しかし、ルーアは疑問を口にする。
「気って……、確かお前の技だろう? この短時間でパフに教えたのかよ?」
「違げぇーよ! 確かに一通りのことを教えたあとに冗談半分に気を見せてやった。そうしたらパフの奴――」
◇◇◇◇◇◇
フィッツはパフに戦いにおける注意点、主に防御を中心に教えるが……。もともと、フィッツは防御が苦手なため、基本的なことしか教えなかった。それよりも、戦いの中で相手が嫌がること。また、パフの小さな身体で有効な戦法を教える。
「――と、こんな感じかなぁ。他になんか聞いておきたいことはあるか?」
「えーっと……。戦い方に関しては、とてもわかりやすかったんですけど……。防御に関しては本当にこれでいいんですか……?」
「うん? あぁ! 問題ない! さっきも言ったが自分が敵わない危険だとおもったら全力で逃げろ! それが一番自分の身を守るのに必要だし、周りにも迷惑をかけないからな!」
「はぁ……」
少し不安なパフを目にしたフィッツは、元気づけるためにもパフの優れた部分を説明する。
「安心しろよ。パフ。お前は自分が思っているよりも全然凄いぞ? 身のこなしもそうだが、一度教えただけで俺の格闘術をほとんど覚えちまった。お前には格闘の才能があるよ」
「ありがとうございます! でも、それはフィッツさんの教え方が良かったからです!」
「へっ! 嬉しいことを言ってくれるぜ! じゃあ、せっかくだから俺のとっておきを見せてやる!」
「とっておきですか?」
「あぁ、見てな!」
そういうと、フィッツは一人で大岩へ歩み寄る。目を閉じて少しだけ集中すると拳に気を練り込み大岩を殴りつける。フィッツが殴りつけた大岩は大きな音を立てながら崩れ去る。その一連の行動を見ていたパフは驚嘆する。
「すごい……。あんな大きな岩を……」
「へっ! どんなもんだっての! これが俺の気の力だぜ!」
「気……。それって、使ってもいいんですか?」
「あん? どういう意味だ?」
「いえ、ですから気って生命力の力ですよね?」
「あぁ、そうだけど?」
「攻撃に使うと体力を消費するから使ってもいいのかなぁーって……」
パフの心配にフィッツは笑顔を浮かべる。
「まぁ、確かに使い過ぎは良くないが自分の体力と相談しながら使うならなんの問題もねぇよ」
「そうなんですね……。わかりました! じゃあ、私も気の力を使って戦いますね!」
「うん? あぁー、そうだな。パフが気の力を覚えた時はそうすればいいよ」
フィッツの言葉にパフは首を傾げる。
「えーっと……。フィッツさん?」
「なんだ?」
「私。気は使えますよ?」
「うん? あぁ、そうなのか? そっか、パフは気を使えるの……はぁっ!?」
フィッツの驚愕の声にパフは身体を跳ねさせて驚く。しかし、フィッツはパフ以上に驚いていた。そのため、パフに詰め寄る様に確認をとる。
「ぱ、パフ? お前、今なんて言った?」
「えっ? ですから、気なら使えますと……」
「ま、マジで……?」
「はい。小さい頃に父から教わりましたから。なんで、そんなに驚いているんですか?」
父から教わったと簡単に言うパフの言葉にフィッツは言葉を失う。実際にパフに気を使わせた攻撃を見せてもらったフィッツは確信をする。パフは気を使いこなしていると。
◇◇◇◇◇◇
フィッツの話を聞き終えたカイ、リディア、ルーアは一様に驚くがリディアはなんとなくだが理解したことを話し始める。
「ふむ。恐らくとしか言えないが、パフの父親が幼いパフに教えたことからも獣人もしくわ
リディアの言葉にカイ達が頷きながら戦っているパフを見つめている。パフは休むことなく出現する
◇
迫りくる最後のゾンビを蹴り倒すと、ようやく
(……頑張れ……。もう少し……。もう少しよ! この試験をクリアして、私もカイさん達と一緒に行くんだ!)
決意を新たにしていたパフだったが、得も知れぬ気配を感じてその場から瞬時に離れる。パフが離れた少しあとにパフのいた空間を何かが切り裂く。
「グルルルゥゥゥゥーーーーーーー!」
突如として現れた存在にパフは警戒を強める。それはゾンビのような風貌だが、獣のような真っ赤な血走った
◇◇◇◇◇◇
一方、離れて見ていたカイ、リディア、ルーア、フィッツは
「なっ! あれって?」
「
「あぁ、そうだ! 俺様と同じと思われるのは癪だがあいつは一応悪魔の分類だ。つっても知能ってもんがねぇ。獣みてえな奴だけどな」
「いや! そんなことより、
カイ達が驚愕していると神官が走りながらカイ達へ近づいてくる。
「はぁ、はぁ……。み、みなさん……。あれは違います……」
「違う?」
「は、はい……。あれは……、こちらが、……いえ、
「なんだと? 自然発生? なぜだ? 管理していたのではないのか?」
リディアの言葉に神官が少しだけ罰の悪い顔になる。
「じ、実は前回の依頼は行われていないんです……」
「何だと? どういうことだ!」
「す、すみません……。どうしても、
「神殿の……お前達の中だけのことで済ませたのか?」
「は、はい……。正確には神殿上層部にも伝えていません……。我々現場の判断で……」
神官の言葉にリディアは呆れる。しかし、カイはそれよりもパフを心配して声を上げる。
「じゃ、じゃあ、師匠! あいつは!」
「あぁ、今回の依頼とは全く関係のない。ただの魔物だ!」
◇◇◇◇◇◇
「グルゥワァーーーーーー!」
雄叫びのような声を上げながら
「つぅっ! うっ……、な、何が……」
「ガルワァーーーー!」
怒りのような叫びを上げて
「くっ、ま、まだ……」
「グルワァーーーーーーーーーーーー!」
体勢を立て直そうとしているパフへ無慈悲にも
――ことはなく。
パフが攻撃を受ける前にカイは高速移動からパフの前方に回り込む。その動きは速すぎてパフも
カイの攻撃を受けた
「パフ……。頑張ったね」
「カイさん……。ありがとうございます。……でも、……私……」
カイに助けてもらえたことで笑顔を覗かせたパフだが、すぐに表情は暗くなる。そんなパフを見てカイは心配になる。
「どうしたの? パフ。どこか痛むの?」
「……違います……。でも、……私……、試験……に失敗……しちゃいました……」
そういうとパフは悔しそうな悲しそうな表情になり、目に涙を浮かべる。
「私……、みなさんと……カイさんと……一緒に……いたいのに……」
そう言って涙を流すパフへ声がかかる。
「何を言っている?」
突如として掛けられた声にパフは顔を上げる。顔を上げるといつの間にか、リディア、ルーア、フィッツが近くに来ていた。そして、リディアが話を続ける。
「お前は失敗と言っているが、それを決めるのはお前ではなくフィッツだ。それで、フィッツよ。パフはどうだ? 荷物持ちとして、これからの魔物討伐や冒険に連れて行くことに何か問題はあるか?」
リディアの言葉にフィッツは呆れたような表情で答える。
「いやいやいや、荷物持ちって……。パフの力はリディアさんも見たでしょう? 正直、荷物持ちなんてもったいないぐらいですよ。だから、当然ですけど試験は――」
フィッツの言葉をパフは聞き逃さないように頭の耳を大きく張りながら待つ。そして――
「――合格ですよ! というか、これで合格にしない奴なんていますか?」
そう言いながらフィッツはパフが倒した
合格という言葉に嬉しさが込み上げてくるパフへ嬉しい言葉が投げかけられる。
「おめでとう。パフ。……それから、これからよろしくね! パフ!」
「あっ……。は、はい! はい! 頑張ります! 私、みなさんにご迷惑をかけないように立派な荷物持ちをしてみせます!」
パフの荷物持ち宣言に周囲からは「荷物持ちかー? これで?」「ふむ。そのうち、前線に出してもいいが、まずは荷物持ちだ」「豪華な荷物持ちですよね。というかルーアよりも強いですよ?」「んだとー! フィッツ! テメー!」
そんな会話を聞きながらパフは涙を流しながら喜び笑っていた。
余談だが、前回神官が契約を正しく履行しなかったことが公になり、現場の神官達は神殿より指導と謹慎処分。
◇◇◇◇◇◇
数日後、
「じゃあ。いってくるね!」
「はい。気をつけて下さいね。カイさん、リディアさん、ルーアさん、――パフさん」
「はい! いってきます!」
パフは自分の身体と同じくらいの大きな荷物を抱えながらも満面の笑顔でスーへと挨拶を交わす。傍目から見ると小さな少女が大きな荷物を持たされているようにしか見えないが、カイ達のことを知っているサイラスの住民は理解している。今回からパフが自ら望んでカイ達と一緒に冒険に出かけるということを。そして、多くの住民がパフに激励や暖かい視線で見送る。
その状況にパフは心の底から感謝する。
少し前まで奴隷であった自分……。
生きることを諦めていた自分……。
そんな状況を変えてくれた。
救ってくれた。
新しい家族である。
カイに心から感謝をする。
パフは何気なく空を見上げる。突き抜けるような青い空……。雲ひとつなくどこまでも続く様な青い空を見て自然と笑顔になる。
「パフ? どうしたの?」
「大丈夫か? 荷物が重かったか?」
「おい? 早くしろよ! 日が暮れちまうぞー!」
「……はい! 今、行きまーす!」
カイ達に新しい冒険の仲間ができた。仲間であり、家族であり、大切な存在。
荷物持ちのパフ。
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