第53話 完全無効化

 ついに五大将軍である『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティが動き出した。戦闘という名の殺し合いをするにも関わらず、トリニティは武器を持ち警戒する十二人の護衛へ無防備の状態で悠然とした足取りで近づいて行く。その姿に護衛は逆に警戒を強める。


「……おい。わかってるな……」

「あぁ、俺達は左側からぶつかる……。お前らは――」

「おう! 右側から行く!」


 そういうと前衛の六人が三人づつ左右へと展開する。護衛のとった作戦はシンプルだった。トリニティの実力は群を抜いている。一対一では勝つことはおろか動きを止めることも不可能だ。ならば、数で押すのみという考えだ。また、トリニティは六本の腕と剣を持っていることから一つの腕、一つの剣に対して護衛一人をぶつける作戦をとったのだ。その作戦は悪くはないが、トリニティ相手に通じるとは見ている者だけでなく。戦おうとしている当の護衛本人も無謀と理解していた。しかし、護衛の目的はトリニティを倒すことではなく、時間を稼ぎスターリンとメイドを逃がすことだけだった。そのための捨て石になる覚悟なのだ。


 そして、トリニティが六人の護衛へ歩み寄ると六人の護衛は一斉に動き出す。


『おりゃーーーーーーーーー!』


 武器を持った護衛の一斉攻撃を受けるトリニティ……。人間ならひとたまりもないであろう攻撃を受けたが、トリニティは何事もなかったかの如くただ立っていた。護衛の攻撃はトリニティに当たってはいたが、防ぐこともしていない骨の身体に傷の一つもつけられない。


「なっ!」「馬鹿な……。当たってんだろう……」「く、くそ……」


 護衛の悲痛な声が周囲に響く。だが、トリニティは攻撃をするわけでもなく小刻みに震えだす。その姿を見た護衛の一人が叫ぶ。


「は、離れろ! 何かをする気だ!」


 叫び声に反応した護衛はトリニティから即座に距離をとる。当のトリニティは震えた身体を大きく動かすと口を開く。


「素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしい! 貴公等はまさに戦士だ! 我に勝てぬことがわかっていながら! 我に戦いを挑む! それも全ては仲間のために時間を稼ぐことが目的であろう? 我は感動したぞ! そう! 戦士とはそうでなければいかん! 先程の侮辱に関しては水に流そう。全ては、その愚か者による行為だからな――」


 言いながらトリニティはスターリンを指さしながら睨みつける。だが、話は続く。


「――しかし、今のままでは我に傷をつけることは叶わんぞ? 死に物狂いでくるがよい! 時間が必要なようであるから、少し待とうではないか。全力でくるのだ! 我に貴公等の全力を見せてくれ!」


 トリニティの思いもよらない言動に動揺したのは人間だけではなかった。上空に浮かび戦いを見守っていたレイブンとリコルにも予定外の言動だった。そのため、リコルは狼狽して、レイブンにいたってはトリニティへ抗議する。


「トリニティ! 何を勝手なことを――」

「まぁ、まぁ、まぁ、落ち着け。我が友レイブンよ。我は負けぬよ? どのような条件であれな……。しかし、戦うのであれば悔いを残したくはないのだよ? 彼らの……戦士の気持ちを汲んでやって欲しい」

「……ちっ! 勝手にしなさい! でも、見逃すなんて馬鹿な真似は許さないわよ」

「うむ、うむ、うむ、理解しているぞ。レイブン。……さてと、そちらの魔術師よ。やるべきことがあるなら早く済ませることだ。我の気は長いが、友であるレイブンは気が短いぞ?」


 意外な提案をされたウェルド達は驚愕するが、このチャンスをウェルドは逃すつもりはなかった。


(何のつもりかは知らんが……。これなら……)


「スターリン様! こちらへ、お前達もこっちへ来い!」


 ウェルドはスターリンとメイド二名を所定の位置へと誘導する。そのとき、誰にも気が付かれないように『通信テレパス』を行う。相手は……


 ≪……アイウェルン……≫

「……えっ?」


 突然の声にメイドのアイウェルンは声を出す。その姿を見た隣にいるもう一人のメイドが心配をする。


「どうしたの?」

「あ、あの――」


 ≪アイウェルン! 余計なことは言うな! 何でもない風を装え!≫


(これって……、ウェルド様の魔法……? なんで私だけに……? でも、ウェルド様のことだから、何か深い意味があるはず……)


「……だ、大丈夫です。ちょっと、緊張して……」

「そうよね……。大丈夫よ。ウェルド様を信じましょう!」


 アイウェルンはウェルドを信じてメイドの質問を誤魔化す。そのすぐ後にウェルドはアイウェルンへと指示を出す。


 ≪……アイウェルン……。私の横を通る時にお前の服の中にを転移させる。だから、驚くなよ……?≫

 ≪……あるもの……、大事なものですか?≫


 二人のメイドがウェルドの横を通ったとき、ウェルドはを転移させる。転移を成功させたことでウェルドは安堵する。そして、スターリンと二人のメイドが所定の位置に着いたのを確認したウェルドは魔法を唱え始める。 


 ≪……すぐにわかる……。それから、スターリン様ともう一人のメイドは王都へと飛ばすが、お前は違う場所に転移させる≫

 ≪えっ!≫

 ≪安心しろ。安全な場所だ。時間がないので詳しくは言えないが……。そこに行けば全てがわかる……。では、飛ばすぞ!≫


転移ワープ


 ウェルドの魔法により、スターリンと二人のメイドは光に包まれ姿を消す――はずだったが、実際はスターリンも二人のメイドも何事もなかったかのように同じ場所に存在した。その事実を認識したウェルドはひどく狼狽する。


「何!」


 一連の動作を窺っていた護衛もざわつき、困惑する。スターリンや二人のメイドも自分達の身体を見るなど動揺していた。しかし、もっとも動揺していたのは魔法を使用したウェルドだった。


(……馬鹿な! なぜ転移できなかった? 魔力不足? 距離の関係? いや、ありえない! そもそも、この転移は事前に準備をしていたものだ! 私の魔力などほとんど使用していない! 距離も関係がない!)


 ウェルドが激しく動揺しているのには理由があった。実はスターリンとメイドを王都へと飛ばすための転移は非常用として事前に準備をしていた方法だったからだ。ウェルドは王都のある地点に魔力による儀式を行い緊急時に転移できるように準備をしていた。それは、アイウェルンを飛ばそうとした場所も同様だ。そのため、転移が失敗したことが全く理解できなかった。


「ふふふ。わからないようね?」


 動揺しているウェルドへレイブンの冷静な声が響く。その口調でウェルドは確信をする。何かをされたと。


「……何をした……?」

「心外ね。私は何もしていないわよ」

「……ならば」

「僕でもないよ」

「……それなら」


 そういってトリニティを見るが首を傾げる姿を見たウェルドは「違う」と理解する。


(……では、誰が邪魔をしたというのだ……?)


「教えてあげる。あなたの転移を妨害したのは魔王様よ」

「――ッ!」


 レイブンの言葉にウェルドは衝撃を受けた。名前しか出ていないが、レイブン以上の存在であろう魔王が自分の邪魔をしたということに絶望する。しかし、レイブンはウェルドの気持ちに配慮することなく説明を続ける。


「まぁ、正確にいうなら直接魔王様が手を下されたわけじゃない。さっきも言ったけど、ここは魔王城よ? 入ることは勿論だけど、出ることもそう簡単にはできないのよ。この城には魔王様が特別な呪法をかけているの。そのため、自由に転移するには魔王様の祝福を受けるか、魔王様の張っている呪法を打ち破るほどの魔力を有するか、ある地点……ようするに緊急用の転移が自由にできる場所へと移動してからの転移しか不可能なのよ。理解したかしら? つまり、あなた達が転移をしたければ魔王様の張った呪法を打ち破るほどの力が必要だけど……。まぁ、無理よね。だから、転移は諦めなさい。魔王様の力を打ち破るよりは、私達を倒す方が現実的かもよ?」


 レイブンの説明を聞き終えたウェルドは理解する。打つ手はないと……。


(……そうか……。手詰まりだ……。だが、せめて最後まで足掻こう……。守るべきものを守るために……)


 心配そうな視線を送ってくる護衛にウェルドは声を上げる。


「私も戦いに加わる。全員の強化をする。その後に魔法を奴に叩きこむ。いくぞ!」

『了解!』


 護衛の力強い返事を受けたウェルドは戦場へと足を向ける。その前にアイウェルンの横を通る時、彼女にだけ聞こえるように呟く。


「すまない……」

「えっ……?」


 疑問の声には答えずにウェルドは戦いへと赴く。歩きながら呪文を次々と唱え護衛へとかけていく。


筋力増強マッスルストレング

速力強化スピードフォース

ホーリーなる加護ブレシング


速力強化スピードフォース:対象の速度を強化する魔法


ホーリーなる加護ブレシング:対象に聖なる力の加護を与える。相手の負の力に対する抵抗力の強化と攻撃時に聖なる力を付与する。


(とりあえず、補助はこの程度が限度だな……。あとは不死者アンデッドへ有効な魔法を当てるだけだ!)


 強化された護衛は武器を握りしめると戦闘態勢をとる。その姿を見ていたトリニティは歓喜による震えを押さえられずにいた。そして、歓喜に震える身体を大げさに動かしながら吠える。


「よいぞ! よいぞ! よいぞ! 来るがよい! 戦士達よ!」

「かかれー!」


 一人の護衛の掛け声を合図に前衛の六名が一斉に攻撃を開始する。魔法の強化により、先程よりも動きは数段に速く攻撃も鋭い。その攻撃をトリニティは――自分の剣を抜きなんなく受け止める。そして、瞬きするほどの一瞬で護衛六人の首を跳ね飛ばす。


 最早、その結果を見ても誰も驚かなかった。いや、そうなると斬りかかった当人達も理解をしていた。自分達は斬り殺されると。それでも、勇気を振り絞って向かっていったのには理由があった。それは……


(今だ!)


爆裂火炎メガフレイム


 護衛六人を斬り殺して動きの止まったトリニティへ、ウェルドは魔法を放った。その魔法は一直線にトリニティへと向かい直撃する。『爆裂火炎メガフレイム』の直撃により、爆音と熱波が周囲へ拡散する。魔法による爆発が起こると同時に残った護衛からは歓喜の声が飛ぶ。


「やった!」「さすがはウェルド様!」「……あいつらも浮かばれるぜ……」


(よし! 直撃だ! さすがの奴も無防備に『爆裂火炎メガフレイム』を受ければひとたまりもあるまい! ……残るは!)


 ウェルドは上空に浮かぶレイブンとリコルへ視線を移す。視線を感じたレイブンとリコルはウェルドを不思議そうに眺める。


「うん? レイブン様。あいつは、なんでこっちを見ているんですか?」

「さぁ? ……あぁ、多分だけど。あれでトリニティを倒したつもりでいるのかもね」

「えっ!? あれぐらいの攻撃魔法でトリニティ様を倒したと思っているんですか?」

「……何……だと……?」


 レイブンとリコルの会話を聞いたウェルドは『爆裂火炎メガフレイム』を放った方へと視線を移す。『爆裂火炎メガフレイム』の影響で煙が立ち込めているため、視界が悪く状況が全くわからなかったが煙の中から声が聞こえてくる。


「見事、見事、見事、上手く連携がとれている。今の攻撃は知らぬ者が見れば六人の仲間を見殺しにしたと非難を浴びかねぬ行為にも見えるが……。我にはわかっているぞ! あの六人は死を覚悟していた! しかし、自分達が死んだ後に貴公の魔法によって我を倒すと信じていた。そのため、あの者達は命をかけて我に向かって来たのだ! その想いに応えるために貴公は躊躇せずに魔法を放った。実に見事! ……だが! あれでは我を倒すことはできぬ!」


 トリニティは炎の中から何事もなかったかのように無傷で出てくる。トリニティの姿を見た者は一様に驚愕する。トリニティの言っていることは事実だが、そんなことよりも『爆裂火炎メガフレイム』を直撃して無傷という事実がウェルドと護衛を絶句させていた。しかし、ウェルドはすぐに気持ちを切り替えて分析を始める。


(……馬鹿な……。無傷だと……? 直撃だぞ……? しかも、不死者アンデッドの弱点である炎の魔法だぞ! それを直撃させて無傷……? なぜなんだ? 奴は不死者アンデッドだが、炎に対する完全耐性でも有しているのか?)


 困惑しているウェルドに厳しい事実を伝える声が届く。


「理解できないようね?」


 レイブンの声にウェルドは考えることを中断して顔を向ける。その表情を見たレイブンは仮面の下で軽く微笑みながら説明を続ける。


「教えてあげる。別にあなたの魔法が弱かったわけじゃないわ。まぁ、どのみち『爆裂火炎メガフレイム』程度では、トリニティを倒すことはできなかったでしょうけど……。トリニティにあなたの魔法が通じなかったのはトリニティの身につけている外套マントのせいよ」

「……外套マントだと……?」


 外套マントと言われて、ウェルドはトリニティが身につけている深紅の外套マントを凝視する。そして、気がついた妙な気配に……。


「……まさか……、その外套マントは……呪われている?」

「ご名答。その外套マント、正式名称は『血濡ブラッドウェットれの外套マント』といって呪われているわ。装着者には、猛毒、麻痺、盲目、狂人化バーサク、混乱、身体能力低下などのあらゆる状態異常が付与されるわ。ただし――」

「そいつは不死者アンデッドだから、状態異常は受け付けない。と言いたいのだろう?」

「――ふふ。ご明察通り。まぁ、そこまでわかっているなら話しが早いわ。そこまでの呪いがある道具アイテムよ? 当然メリットもある。その『血濡ブラッドウェットれの外套マント』はね……生き物の血液を吸収するのよ。吸収することにより外套マントは深紅へと色を変える。そして、完全な深紅になった『血濡ブラッドウェットれの外套マント』は魔法の完全無効化という能力を装備者に与える」


 レイブンの一言にウェルドは目を見開いて驚愕した。もう、驚くことなどないと思っていた矢先に次々と未知の状況が押し寄せウェルドの精神も限界を迎えそうだった。


「……ま、魔法の……完全無効化……だと……?」

「そうよ――」

「その通り! その通り! その通り! これは、我が主である魔王様が我に与えて下さった道具アイテムである! 我は騎士! いついかなる時でも戦おう! だが……我にも不安があった……。我は騎士だ……。戦いに敗れる気は毛頭ないが敗北もあるだろう……。その敗北が魔法によっての敗北は我慢がならなかった! 魔法をないがしろにするつもりはないが、我は敗れるのであれば魔法ではなく剣などの戦いによって敗れたいのだ! そうでなければ死んでも死にきれぬ! そんな我の想いに魔王様が応え、与えて下さった道具アイテムなのだ!」

「……話が長い! 魔王様が下さった道具アイテムだけで十分よ。この馬鹿! それにあんたは不死者アンデッドでしょう! とっくに死んでるのよ!」

「そうか、そうか、そうか、すまなかったな、レイブンよ。次からは気をつけるとしよう」


 レイブンとトリニティの言い合いは、すでにウェルドの耳には届いていなかった。魔術師であるウェルドにとって、先程の情報はそれほどの衝撃だった。


(……魔法に対する……完全耐性……ということか……? では……、私は……何も……できないのか……)


 ウェルドが無力感に打ちひしがれようとしていた時、レイブンが補足をする。


「安心しなさい。魔法を完全に無効化するとはいったけど、絶対に効果がないわけじゃないわ」

「……なんだと……?」

「所詮は道具アイテムによる防御、穴はあるのよ。とはいえ、簡単ではないけどね。密着状態からゼロ距離の魔法攻撃、魔剣や魔法剣など武器に付与した魔力、そういったものは無効化できないから試してみたら?」


 レイブンは『血濡ブラッドウェットれの外套マント』の弱点を簡単に伝えるがウェルドにはわかっていた。今、提示された弱点は弱点になっていないと。


(……ゼロ距離だと……? どうやって、あの化け物の懐に入るというのだ? 近接戦闘に長けた護衛ですら数人がかりで攻撃を当てることもできないのだぞ? 魔剣や魔法剣にしても……、所持している者が少ない魔剣、扱うことが困難な魔法剣など都合よくあるはずがない。……何より、魔剣にしろ魔法剣にしろ結局は奴の剣技を上回る必要がある。つまり、弱点はない……)


 勝つことができないと結論をして、戦意を失いかけたウェルドに声がかかる。


「ウェルド様! まだですよ!」

「……何だと?」

「俺達はまだ生きてます。……最後まで力を貸してもらえませんか?」

「お前ら……」

「やってやりましょうぜ! 倒すことができなくても、せめて一泡は吹かせましょうぜ!」


 護衛の声にウェルドは応える。そのため、立ち上がり魔法の準備をする。そんな光景を見て歓喜するのは……トリニティだった。


「よいぞ! よいぞ! よいぞ! それでこそ戦士だ! 戦い甲斐がいがあるというものだ!」


 吠えると同時にトリニティは我慢ができなくなり、ウェルド達へと向かっていく。近づくトリニティを迎え撃とうと護衛は武器を構える。そこへ、ウェルドが魔法で援護する。


大地泥状化アースマッド


 ウェルドの魔法によってトリニティの足元が泥沼と化した。そのため、トリニティは足をとられて動きが鈍る。そして、ウェルドは間髪いれずに次の魔法を放つ。


大地石化アースミネラゼーション


 ウェルドが続けて放った魔法でトリニティの足は大地ごと石化して動きを止められる。トリニティ自体を石化させることは不可能だが、足元の大地そのものを石化させることでウェルドはトリニティの動きを封じた。


(なんと、なんと、なんと。我の動きをこのような手段で止めるとは……、実に面白い!)


大地泥状化アースマッド:大地を泥状にする。効果範囲は使用者の魔力次第。


大地石化アースミネラゼーション:大地を石化させる。石化させる箇所に生物や異物がある場合、その生物や異物を石化させることはできない。しかし、生物や異物があったとしても周囲の大地は石化してしまう。つまり、蟻や土竜が石化させる大地に潜っていた場合。蟻や土竜は石化しないが、周囲の大地は石化する。そのため、石の中に閉じ込められてしまう。


(よし! 思った通りだ! 『大地泥状化アースマッド』や『大地石化アースミネラゼーション』は直接相手にぶつける魔法ではないため、無効化されない!)


「あいつ! あんな方法でトリニティ様に魔法を!」

「思っていたよりも頭が切れるわね。私が言ったことをしっかりと理解して応用している」


 ウェルドの魔法に対して、トリニティは歓喜、リコルは驚愕、レイブンは関心。それぞれの反応を見せるが護衛はこの隙を逃さなかった。動くことのできなくなったトリニティへ全員で襲いかかる。


『どりゃぁぁぁーーーー!』

「よし! やれ!」


 攻撃を受ける直前にトリニティは動いた。一番上の右腕に持った剣を石化した地面へと思い切り突き立てる。その衝撃で石化していた地面は粉々に破壊される。そのため、石化した地面に動きを止められていたトリニティの両脚も解放される。そして、そのまま残った五本の腕からの剣撃で護衛五人の首を斬り落とす。しかし、六人目の護衛には攻撃ができなかった。すでに六本の腕を全て使用しているためだ。


「もらったぁーーーーーーーー!」


 最後に残った護衛が無防備のトリニティへ渾身の一撃を放つ。全ての想いを乗せた護衛の攻撃は――


 ――むなしく空を斬っていた。トリニティは攻撃してきた護衛の背後へ信じられない速度で移動していた。その事実を受け入れられずに護衛は声を震わせ抗議する。


「……ど、どういうことだよ……。さっきまで……そんな……速度じゃなかったろう……」

「許せ、許せ、許せ。我は全力の貴公等と戦いたかった。そのため、あえて本気を出さずに戦っていた。しかし、今の攻撃は本気を出さねば躱せなかったので、本気を出せてもらった。誇るがよい! 一瞬とはいえ、我に本気を出させた。貴公等の戦いは実に見事であった!」

「……ちくしょう……!」


 護衛がトリニティへと向き直った瞬間、トリニティは躊躇ためらうことなく振り向いた護衛の首を斬り落とす。十二人の護衛全てがトリニティに斬り殺された。


(……負けだ……。ここまでとはな……化け物だと理解していたつもりだったが……甘かった……。想像の遥か上の化け物だ……。……万策尽きた……)


 ウェルドは敗北を認め呆然自失となる。そのとき、ある人物から怒声が飛ぶ。


「全く! 役立たずどもが!」


 死んだ護衛に対して暴言を浴びせているのは、当然スターリンだった。そんなスターリンをレイブン、リコル、トリニティは不快気に睨む。特にトリニティは骸骨の眼窩にある赤い球体をギラつかせるように睨みスターリンを問い詰める。


「待て! 待て! 待て! 貴様……。今、なんと言った? まさかとは思うが、我と勇敢に戦い散った戦士達を侮辱したのか?」

「フン! 勇敢だ? 貴様のような不死者アンデッドを倒すことはおろか、全く損傷ダメージを与えることもできない屑を役立たずと言って何が悪い! 全く。わざわざ、この僕が直々に貴様のような不死者アンデッドを討伐しなければならないとはな! おい! ウェルド! ぼさっとするな! この僕に強化魔法をかけろ! そうすれば、あんな不死者アンデッドは一瞬で排除してやる!」

 

 スターリンの言葉にウェルドは呆れていた。それは上空で見ていたレイブンとリコルも同様だった。


(……排除する……? あの化け物を……? ふ、ふふふふ。……鹿と思ってはいたが……ここまでとは……。……いいさ。好きにすればいい……)


 精根尽きかけているウェルドは無言でスターリンへと魔法をかける。


筋力増強マッスルストレング

速力強化スピードフォース

ホーリーなる加護ブレシング


 強化されたことを実感したスターリンはトリニティへと近づき勝ち誇ったような口調で言い放つ。


「これで終わりだ! 魔法で強化された僕はかつての勇者をも超えた! お前のような不死者アンデッドが勝てると思うなよ!」


 スターリンの言葉を受けてもトリニティは無言を貫き微動だにせずにいた。そんなトリニティへスターリンはさらに詰め寄る。


「フン! 言葉もでないのか? まぁ、いいさ。では、行くぞ? 勇者の力を思いし――」


 突然、高速で風を切る音が響く。その音の後、地面に何かが落ちた。そして、少し遅れて血しぶきと絶叫が響き渡る。地面に落ちたのはスターリンの右腕だった。トリニティが恐ろしい速度でスターリンの右腕を斬り落とした。


「あぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

氷結フリーズ


 血しぶきが飛び散りスターリンが絶叫するなか、レイブンがスターリンの傷を魔法で凍らせる。そのおかげで出血は止まったが、『氷結フリーズ』による痛みや寒さがスターリンを襲う。


「ぐわぁーーーーーーー! き、貴様ぁーーーーー!」

「ふふふ。失血死なんて許さない。お前は私の手で死よりも辛い絶望を味わうのよ? 本来なら痛みを与えずに血を止めることもできるけど……。お前のようなゴミにはもったいないから『氷結フリーズ』にしておいたわ」

「くそ! ウェルド! 治療しろ! それから援護を――」


 スターリンの言葉が終わる前にスターリンは無様にも地面へと倒れ込む。原因はスターリンの両脚が切断されたせいだった。それは、トリニティが両脚を目にも止まらぬ速さの剣撃でスターリンの両脚を斬り落としたことが原因だ。


「がぁ! そ、そんな……!」

氷結フリーズ


 両脚からの出血を阻止するためにレイブンが両脚の傷も氷結させる。そのため、スターリンの身体から体温が失われ奪われてきた。右腕と両脚を斬られた痛み、氷結による凍えからスターリンの意識は遠のき始める。しかし、それでもスターリンは喚いていた。


「……うぇ……ウェルド! ち、治療……しろ……。ぼ、僕を……た、たす……け……」


 そう言いながら残った左腕をウェルドのいる方へ伸ばしていた。しかし、助けを求めていた左腕を無慈悲に踏みつぶされる。それを行っていたのはトリニティだった。トリニティは無言でスターリンの左腕を踏みつけると足へ徐々に力を込めていった。そのため、徐々に激痛がスターリンを襲う。


「うがあぁぁぁーーーーーーーー! や、止めろーーーーーーーーーーー!」


 スターリンの抗議を全く受け付けずにトリニティは足に力を込め続ける。その結果、スターリンの左腕は筋肉や骨ごと無残にも踏み潰される。左腕が踏みつぶされる瞬間にレイブンが左腕の傷も『氷結フリーズ』で覆う。度重なる激痛と『氷結フリーズ』による寒さでスターリンの意識は途絶えそうになる。そんなスターリンへトリニティは吐き捨てる様に告げる。


「馬鹿め! 馬鹿め! 馬鹿め! 貴様のような愚物が勇者だと? 恥を知るがいい! 貴様よりも先程、我に戦いを挑み散った戦士達の方がよほど勇敢であったわ! 本来ならここで殺すところだが! 友との約束だ! 貴様の処分は友であるレイブンへと委ねる! 死を迎えるまでに戦士達へ謝罪しておけ! この愚物が!」


 思いのたけを言い放つとトリニティはスターリンから離れ、魂の抜けたような状態のウェルドへと近づいていく。上空ではボロ雑巾のようなありさまになったスターリンを死なせないようにレイブンが『睡眠治癒スリーピングヒール』をかける。そして、そのまま『転移ワープ』をかけてスターリンを研究室へと移動させた。


「やりましたね! レイブン様!」

「えぇ。あとはトリニティに任せましょう」


 死を告げる不死者アンデッドの騎士が目前に迫って来ていたが、ウェルドは逃げ出そうとも反撃しようともせずにただ項垂うなだれていた。そんなウェルドを見てトリニティは残念そうに呟く。


「ふむ、ふむ、ふむ、戦意を失ったか? 貴公には期待していたのだが……。仕方がない……。せめてもの情け! 苦しまなぬように――」


 最後の言葉をトリニティが告げている時、トリニティの邪魔をする者が現れる。

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