第54話 魔法

 まさにウェルドへ死の剣が降りようとする時、トリニティの漆黒の兜に小石が当たる。その小石は小さな音を立て地面へと落ちる。小さな音だったが周囲が静まりかえっていることのせいか辺りに音が響く。ウェルド、トリニティ、レイブン、リコルの視線が小石を投げた者へと集まる。小石を投げた人物は、メイドであるアイウェルンだった。アイウェルンは今にも泣き出しそうな表情と震える身体で懸命にトリニティを睨みつける。そんなアイウェルンを残ったもう一人のメイドが必死の形相で止める様に訴える。


「な、何してるの! に、逃げるのよ!」

「……逃げて下さい……。私は……逃げません!」

「な、何を……」


 そんなメイドのやり取りを見ていたトリニティは六本腕の一つで困ったように頭を掻く。腕を組み少しだけ思案すると、身体の向きをウェルドからメイドへと変えて近づいて行く。その光景にウェルドは驚き、ようやく声を上げる。


「なっ! ど、どこへ行く!」


 その問いには一切答えることなくトリニティは歩を進める。


「くっ! お前達! 逃げろ! 逃げるんだ! アイウェルン!」

「嫌です!」

「馬鹿なことを言っている場合か! 早く逃げろ!」

「……私は……私が、少しでも……時間を稼ぎます! ウェルド様はお逃げ下さい!」

「――ッ!」


 アイウェルンの言葉でウェルドは理解した。なぜ、無謀にもトリニティへ石など投げつけたのかを……。全てはウェルドを救うためだった。そして、トリニティは二人のメイドの眼前へ到着する。骨の眼窩に紅く光る球体はメイドを……というよりはアイウェルンを見つめていた。


「……困った、困った、困った。我は騎士。正直、汝らの様な戦う力を持たぬ者を殺すのは本意ではない。本来なら情けをかけるべきなのだが……。許せ……。友との約束で見逃すことはできぬ。せめて、最後に苦痛なく殺そうと決めていたが……。汝は……、あの者を守ろうというのだな?」


 問いかけられたメイドのアイウェルンは、恐ろしさで震える自分の身体を抱くようにしながらも堂々と答える。


「……そうです! 私はウェルド様へ恩があります! ですから! あなたの邪魔をします!」

「……そうか、そうか、そうか。汝の眼を見ればわかる。その意思を砕くことはできぬと。……汝の意思を理解したからこそ、あの者を殺すのを中断してここへ来たのだ。よいのだな? 死ぬぞ……?」

「私は……私は……! 最後まで抗います!」


 アイウェルンの言葉を受けて、トリニティは無言で剣を振りかぶる。もう一人のメイドは青い顔をして一歩も動けないでいた。無慈悲にもトリニティの剣が二人のメイドへと襲いかかる。


転移ワープ


 悲鳴を上げる間もなくメイドの命は尽きた。トリニティの刃によって一瞬で命が奪われる。しかし、アイウェルンはトリニティの後方へと移動していた。いや、アイウェルンが移動したのではなくウェルドの手によって救われ移動していたのだ。


「ふむ、ふむ、ふむ。今のは予想外であった。しかし、何も変わらぬぞ? 時間稼ぎにしかならぬ」

「……わかっている! だが、この者を殺させるわけにはいかん!」

「うぇ、ウェルド様……?」

「……馬鹿者が……。私を守る? 恩だと? そんなものはない! あんな無茶をするとは……誰に似たんだか……」

「そ、それよりも、あの娘は……」

「すまんが……。もう一人は無理だった……」

「そ、そんな! で、でしたら、私ではなくあの娘を助けて――」


 抗議をしていたアイウェルンは絶句する。気がついたのだ。ウェルドに抱きかかえられてはいたが、ウェルドの右腕が肩から無くなり血が滴り落ちていることに……。


 先程、トリニティの剣からアイウェルンを助けるためにウェルドは『転移ワープ』でアイウェルンの元へと飛んだ後、すぐに『転移ワープ』を使用して逃げた。しかし、その際にトリニティの剣で右腕を断ち斬られていた。


「……うぇ、ウェルド様! み、右腕は……」

「気にするな……。あの化け物からお前を救った代償が腕一本なら成功といえる」

「そんな……、嘘……」


 動揺するアイウェルンを余所に上空のリコルはウェルドの行動に驚きを隠せないでいる。


「なんで? あいつ『転移ワープ』を……、魔王様の呪法を破ったのか?」

「違うわよ。リコル」

「えっ?」

「魔王様の呪法はあくまでも城への出入りにしか反応しないのよ。城内部や今のような短距離での転移に関しては制限をかけるようなことはしていないのよ。だから、あの人間は『転移ワープ』を使用できた」

「そういうことですか……。でも、あのメイドをあそこまでして助けたのはなんでですか?」

「さぁ? そればかりは、あの男に聞くしかないわね。……でも、もう終わりね」


 レイブン達の言う通りだった。状況は全く好転していない。むしろウェルドが怪我を負ったことで状況はさらに悪化している。ウェルドは怪我を負い、戦闘で魔法を連続で使用しているため、魔力も限界を迎えようとしていた。アイウェルンは無傷で体力も残っているが、元々戦闘などしたことのない一般の女性。戦力にはならない。いや、正確に言えば戦闘においてアイウェルンは足手まといにしかならない。一方のトリニティは何の損傷ダメージも受けずに悠然と立っていた。そして、トリニティはウェルドとアイウェルンの元へとゆっくりと移動を開始する。


(……どうする……? ……いや、どうもこうもない……。終わりだ……。何もできず……、私もアイウェルンも殺される。……思えば……、私は何も守れなかったな……。村を滅ぼされた……。父、母、弟、妹、友、そして、愛していた妻を……アイシャを殺され……娘も失った……。……本当に情けない男だ……)


 ウェルドは全てを諦め絶望しかけた。そのとき、ウェルドはあることを思い出す。


『単純です。……その子が、助けられる距離にいるからです!』


(……あの青年は……どんな気持ちだった……? どんな気持ちで……あの子を……パフを助けたんだ? 無謀な行為のはずだった……。しかし、やり遂げた……。それに……、あの子は……パフは……奴隷から解放されるまで……地獄を生き抜いた。……そして……)


『私の……この命は……お母さんにもらった命! 守ってもらった命! だから、私は簡単に死ぬことなんてしない! これから、どんな困難があっても! どんな理不尽なことがあっても! 力の限り生き抜いてみせる!』


(……答えを見出していた……。……あの子の母親は……娘を助けるため、迷うことなく己が命を差し出した……。……なら……、私は……なんだ……? 私は……)


 ウェルドは心配そうな表情のアイウェルンを見た後、首にかけたロケット型のペンダントを残った左手で握りしめる。そして、ある決意をする。


 ウェルドは切断された右腕の傷を回復魔法である程度止血すると立ち上がり、トリニティへと視線を向ける。ウェルドの眼を見たトリニティは動きを止める。


(なんだ、なんだ、なんだ。違う……。先程までとは……眼が違う。何があった?)


 疑問を感じているトリニティへウェルドは宣言をする。


「……私の名はウェルド! 今はなきシーム村の出身!」


 ウェルドの宣言を聞いたトリニティ、アイウェルン、そして、上空にいるレイブンとリコルは疑問を浮かべるが、構わずにウェルドは話を続ける。


「あなたが来る前にレイブン殿には名乗っていたが、『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティ殿! あなたには名乗ってはいなかった。遅れたが名乗らせてもらった!」

「そうか、そうか、そうか、我を騎士と認める言葉には感謝をしよう。……だが、命乞いなら無駄だぞ?」

「命乞い……。少し違います。私はこれからあなたを出し抜き、後ろにいるメイド……アイウェルンを救います! そこで、あなたにお願いがあります!」

「ふむ、ふむ、ふむ、何を願う?」

「騎士たるあなたなら信じられる……。私が見事にあなたを出し抜き、アイウェルンを救った暁には……。アイウェルンを見逃して欲しい。それが願いです!」


 ウェルドの言葉にアイウェルンは驚き、レイブンとリコルは怪訝な表情を浮かべる。願われた当のトリニティは理解ができずに首を傾げている。その理由はレイブンとリコルにも理解ができた。


「レイブン様……。あいつ、何を言ってるんですか?」

「そうね。意味がわからない。トリニティを出し抜いてあのメイドを助ける。まぁ、無理でしょうけどそこまでは理解できる。……でも、そのあとにトリニティへ見逃して欲しいと嘆願するのはなぜ? 不可能だとは思うけど、あの男はトリニティを出し抜いてメイドを助けると言っている……。それは、トリニティを倒すということでしょう……。つまり、あの男が頼むのならトリニティにではなく。私かリコルに嘆願するのが筋なはず? なのに倒すべき相手に嘆願するなんて……。一体、どういうつもり……?」

「あまりの恐怖に気が触れたんじゃないですか?」

「……そう考えるのが妥当かしらね……」


 レイブンとリコルが疑問を話し合っていたが、答えは出ずにいた。一方、トリニティの混乱も続いていた。ウェルドの訴えた意味をトリニティは理解ができなかったからだ。そのため、腕を組みながら首を傾げて身体を捩じる様に考え込む。しかし、答えはでない。仕方なくトリニティは聞き返した。


「すまぬ、すまぬ、すまぬ、我は頭が良くないのだ。戦闘に関してならすぐに理解できるのだが……。貴公が告げた言葉の真意が我にはわからぬ」

「……大丈夫です。私がこれから行うことを見てくれさえすれば全てわかるはずです。……それで、どうですか? 約束をしてくれますか? 『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティ殿」


 トリニティは思案するが考えてもわからないことだと結論付ける。そのため、騎士らしく素直に返答することに決める。


「よかろう! よかろう! よかろう! この『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティ! その願いを聞き届けよう!」

「……感謝します。トリニティ殿」

「うぇ、ウェルド様……。何を……?」


 アイウェルンの言葉にウェルドは軽く視線を向けて微笑む。そして、トリニティを見据えながら集中する。最後の力を振り絞り……。


「はぁぁぁぁーーーーーーーー!」


(……頼む! 私に力を貸してくれ、アイシャ!)


 魔力を極限まで高めるためにウェルドは命をかける。それは……。


「あれは……? あぁ、そういうこと」

「レイブン様? あいつが何をしているかわかったんですか?」

「えぇ、わかったわ。あいつは、命を……生命力を魔力に変換しているのよ」

「生命力をですか? でも、それって……」

「そうよ。当然だけど生命力を魔力に変換すれば自分の命が危険になる。とはいえ、魔力を限界以上に引き上げるには最適かもね。ただ、残念ながら……。意味がないわよ?」


 レイブンは冷静に分析してウェルドが行っていることは無謀だと結論付ける。


(そう。意味がない。いくら魔力を高めてもゼロ距離でもない限りトリニティは倒せない。けれど、人間の魔術師如きがトリニティと接近戦をするなんて不可能。つまりは無駄骨、犬死にね……。まぁ、他に手段もないのでしょうけれど、愚かな選択をしたわね)


 上空ではレイブンとリコルが、地上ではトリニティとアイウェルンがウェルドへと視線を向けている。そのなかで、アイウェルンはウェルドを心の底から心配していた。そんな視線にウェルドは勇気づけられる。


(……安心しろ……。絶対にお前を助けて見せる! 限界を超えて生命力を魔力へと変換する。例え命を失うことになろうともだ!)


 ウェルドは魔力を高め続ける。しかし、無情にもレイブンの計算通り、魔力は不足していた。ウェルドが想定している魔力に全く届いていなかった。そして、生命力を魔力へと変換し続けたウェルドにも限界が近づいていた。


(ま、まずい……。意識が遠のく……。だが……、まだ……まだ……、届いて……いない……。もっと……魔力を……もっと……変換……しなけ……れ……ば……)


「終わりね……」


 上空で観察していたレイブンはウェルドの限界を察した。そして、ウェルドの意識も闇へと消える……。


 意識が消え……、命の灯も消える……。そのとき、声が届いた。


「ウェルド様ーーーーーーーーーーーー!」

「――ッ!」


(……アイ……ウェルン……? ……いかん……意識を失いかけたのか……。……まだだ。まだ、何も成していない! 私は、私は限界を超えてはいない!)


 意識を持ち直し、再度魔力を高めた時……。今までに感じたことのない力がウェルドを駆け巡る。その力が何かをウェルドには理解することができなかったが、確信できたことがある。それは……。


(……これは……? この力は……、なんだ? ……いや! 何でもいい! これならやれる!)


 ウェルドは左手をかざす。そして、身体の向きをトリニティからアイウェルンへと向け。叫ぶように唱える。


転移ワープ!』


 ◇◇◇◇◇◇


 着いた先は夜の帳に包まれた場所。聞こえてくるのは虫の鳴き声と静かな風音。周囲には誰もいない。恐ろしい不死者アンデッドの騎士も仮面をつけた魔術師も……。そして、信頼していた魔術師のウェルドも……。そこにいるのは、メイド姿の女性――アイウェルンただ一人だった。


「……えっ……? ウェルド……様……?」


 誰も答えることはないとわかっていたが、アイウェルンは一言だけ呟いた。


 アイウェルンは魔王城から地上へと生きて帰還を果たした。


 ◇◇◇◇◇◇


 一方、魔王城の闘技場も静寂に包まれる。誰もが信じらない光景を見せられ驚愕していた。その静寂を破ったのはリコルの絶叫だった。


「はっ? はぁーーーーーーー!? 『転移ワープ』を成功させた? ど、どこへ? ま、魔王城のどこに……」


 うろたえるように騒ぐリコルにレイブンは静かに答える。しかし、レイブンもまた動揺していた。ただ、レイブンは同時に理解もしていた。ウェルドの行ったことを……。


「……落ち着きなさい! リコル。『転移ワープ』の先は魔王城の内部じゃないわ。転移先は地上よ。……そう、魔王城からまんまと逃がしたのよ。私達の眼前から、あの娘を……」

「そ、そんな……。どうやって……。魔王様の呪法を破るなんて……。あの程度の魔力でなんで……」

「簡単よ……。あいつは……あいつは……、を使ったのよ……」


 レイブンの言葉にリコルは意味がわからずに聞き返す。


「えっ? そ、それはわかっています……。あいつは『転移ワープ』の魔法を――」

「違う! そうじゃない! ……リコル。教えておいてあげる……。私達の使ってるのは、正確には魔法じゃないのよ」

「えっ?」

「私達が使っているのは魔術……。今でこそ魔法も魔術も同じように言われているけど、実際は違うのよ。魔術は魔力があれば誰でも使うことのできる技術よ。……でも、魔法は……。いえ、は魔力なんて必要としない。技術も必要ない。それは、奇跡の力……。いえ、奇跡そのもの……それが魔法よ。この力の前では……、どんなに高い魔力の魔術や呪法も役には立たない。魔術師が追い求めている最後の到達するべき場所にあるものが魔法……、つまり魔法使いと言われる存在よ」


 レイブンの説明にリコルは驚愕する。魔法と魔術の違い。なにより、レイブンが奇跡の力と呼んだ魔法を人間が使用した事実が信じられなかった。二人が驚愕しているなか、闘技場に大声が響き渡る。


「なるほど! なるほど! なるほど! 理解したぞ! 我を出し抜くとはそういうことか! 騙された! てっきり我を倒すという意味と受け取っていたが、あの娘を地上へ逃がすことが真の目的であったか! いやいや、見事と褒めることしかできぬ! はははははははははははははははははははははははは!」


 出し抜かれたことを理解してもトリニティは微塵も怒ることはなかった。むしろ、格上である自分を含めたレイブン、リコルをも出し抜いたウェルドを褒め称える。


「しかし、しかし、しかし、残念だぞ? できることなら貴公とは最後まで戦ってみたかったものだ……。魔術師であるが貴公は戦士だったよ……。その信念……見事である。自らの命を捧げてまで、あの娘を守るとは……。我も見習わねばならぬかもな……」


 眼前に立つ人間の魔術師――ウェルド。自らの命を燃やし尽くして、守るべきものを守った。最後の最後、ウェルドは『転移ワープ』を成功させたことを確信した。そのため、死んだその表情には満足そうな微笑みが浮かんでいる。


「リコル」

「あ、はい。レイブン様」

「あの娘を探すわよ。私達のことを知り過ぎている放置はできない」

「わかりました! すぐに追跡トレースの魔法で――」

「無駄よ。追跡トレースはできない」

「えっ?」

「言ったでしょう? さっきのは魔術じゃなくて魔法なの……。あの力で転移させたのだから、魔術で追うのは不可能よ。信じられないなら試してみなさい?」


 レイブンの言葉に従い。リコルは追跡トレースの魔法を使用するが、アイウェルンの居場所は追跡トレースすることはできなかった。


「ほ、本当だ……。追跡トレースできない……。で、でも、レイブン様……。そうなると、どのようにしてあの人間を?」

「面倒だけど……。地道に探すしかないわ……。この戦闘は記録しているわよね?」

「はい。最初から記録しています」

「なら、あの娘の生体反応と魔力の波長を分析して、そこから探しましょう」

「あ、はい。……ですが、その方法ですと……」

「えぇ、かなり時間がかかるでしょうね。あの娘が特徴的な魔力でも有していれば簡単なんだけど……。特に特徴がない人間の娘だからね。運が悪ければ一年以上はかかるかもしれない。けれど、運が良ければ一ヵ月もかからずに見つかる可能性もある。とにかく探すわよ」

「了解です! では、さっそく――」


 リコルが動き出そうとしたとき、突然リコルが攻撃を受ける。


防護障壁プロテクションバリア


防護障壁プロテクションバリア:魔力による障壁を生みだす魔法。使用する魔力の高さで障壁の強度は変化する。


 攻撃がリコルへと直撃する前にレイブンが『防護障壁プロテクションバリア』で攻撃を防御する。攻撃は剣圧を飛ばした鎌鼬かまいたちの一種だった。レイブンはリコルを攻撃した者を仮面の下から怒りの視線で睨みつける。それは、五大将軍の一人である『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティだった。


「……トリニティ……。どういうつもり? 今のは冗談では済まさないわよ?」

「と、トリニティ様……。ぼ、僕……、何かトリニティ様を怒らせるような無礼をしましたか……?」

「違う、違う、違う。我が攻撃をしたのは傷つけることが目的ではない。ただの警告だ」

「警告……? 意味がわからないわ。あなたに警告されるようなことは何もしていないけど?」


 レイブンの口調は穏やかであるが、怒りの感情が透けてみてとれた。一方のトリニティはいつものように大仰に身体を動かして説明をする。


「それは、それは、それは、違うぞ? レイブンよ。お前は、あの男が命を賭してまで助けた娘を探し出し殺そうとしていたではないか。それを見逃すわけにはいかんのだ! 我はあの男と約束をした! 我を出し抜いた場合には、あの娘を見逃すと! それ故に我は警告をしたのだ!」


 トリニティの説明を聞いたリコルは驚愕する。一方のレイブンは仮面に隠れているため、表情は読み取れない。しかし、レイブンは楽しそうな様子で肩を震わせながら笑っている。


「ふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。あははははははははははははははははは。なるほどね……。ねぇ、……トリニティ……?」

「なんだ? なんだ? なんだ?  レイブン」

「死ね!」


爆炎輪舞エクスプロード・ロンド


爆炎輪舞エクスプロード・ロンド爆裂火炎メガフレイム級の炎の塊を複数同時に放つ魔法。威力は使用者によって変化するが、最低でも小さな村なら消し炭にしてしまうほどの破壊力。


 複数の巨大な炎の塊が無慈悲に眼下に降り注ぐ。その影響で闘技場内は一瞬で灼熱地獄のような光景になる。リコルは突然の魔法に驚き自分の身を守るのが精一杯だった。しかし、レイブンはトリニティを倒せていないことを確信しているため、次の一手に移る。


 炎に包まれた闘技場だったが、その炎を切り裂く者が炎の中にいた。それは、当然トリニティだった。トリニティは『血濡ブラッドウェットれの外套マント』で自身だけでなくウェルドの亡骸なきがらも炎から守っていた。そのおかげで、ウェルドの亡骸なきがらには焦げ一つなかった。トリニティが炎に焼かれた大地の中を悠然と闊歩していると、背後から気配を捉える。その気配の正体は飛行しながら高速で向かってきたレイブンだった。トリニティは身を翻しながら剣でレイブンを斬り刻んだ。すると、斬られたレイブンは霧のように霞んで消えていく。


(やはり、やはり、やはり、魔法による分身体か……。レイブンにしてはつまらぬ戦法だな)


 そんなことを考えていると次は前方の煙が動くのを視界に捉える。前方からは炎の塊が向かってきた。『血濡ブラッドウェットれの外套マント』を装着しているため、避けずとも損傷ダメージはないがトリニティはあえて避ける。理由は炎が爆発することで一瞬とはいえ視界が狭まることを嫌ったからだ。トリニティは軽やかに炎を避ける。そして、炎はトリニティの横を通り過ぎる。その時、レイブンの声が響く。


破裂ブレッシュ!」


 レイブンの力ある言葉に呼応するように炎の塊が破裂する。そのため、周囲は爆炎と煙が包み込む。トリニティに損傷ダメージはないが煙により視界が狭まる。


(……さすが、さすが、さすが、レイブンめ……。我の嫌がることをしてくるな……。ん……?)


 そのとき、トリニティは気配を感知する。その気配に向かい剣を突き刺した。


(うむ、うむ、うむ。手応えアリ。……しかし、これは……)


 煙が晴れてくるとトリニティが突き刺した存在が見えてきた。それは『魔導ウィザード支配者マスター』レイブンだった。その光景を上空から見たリコルは絶叫する。


「れ、レイブン様ーーーーーーーーーーーーー!」


 だが、トリニティはすぐに気付く。


(違う! 違う! 違う! これはレイブンではない!)


 トリニティはレイブンの姿をした者から剣を引き抜こうとするが、剣を突き刺したレイブンの姿をした者が剣を掴みながらトリニティへと肉薄してきた。近づくレイブンの姿をした者は、近づくにつれ身体の表面が徐々に剥がれていく。それはレイブンの作りだした土人形ゴーレムだった。


 土人形ゴーレムはトリニティに首を、腕を、脚を次々に斬られながらも身体を再生させながら近づいてくる。そして、ほとんど身体が重なるところで突如として光り出して大爆発を起こした。


 大爆発後、辺りは静寂に包まれる。そんな静寂を破るように上空から冷静な声がかかる。


「どう? 思い知った? これ以上、つまらない戯言を言うなら本当に殺すわよ?」


 爆発した煙の中から悠然とした足取りでトリニティが姿を現す。ほぼゼロ距離の魔力爆発であるため、『血濡ブラッドウェットれの外套マント』でも完全に無効化することはできなかった。しかし、トリニティはいつものように平然と答える。


「ふむ、ふむ、ふむ。戯言とは手厳しい。……だが、レイブンよ。我の意思は変わらぬよ? 騎士の言葉に二言はない! 我は約束を果たす! その邪魔をするのであれば……レイブン。友である汝を我は斬らねばならぬ……」


 トリニティの言葉を聞き終えたレイブンは大きなため息をつく。そして、おもむろに仮面を外して吐き捨てる様に口を開く。


「馬鹿とは思っていたけど、これほどとはね……。じゃあ、消してあげる! この世からかけらも残らないように!」

「れ、レイブン様!」


 怒りに身を任せるレイブンにリコルは驚愕する。しかし、レイブンはもう止まる気はなかった。今まで抑制していた魔力を解放し始める……。


「……魔力抑制解除……。……封印術式解除……。……禁術封印解除……」


(ま、まずい! レイブン様は本気だ! 本気でトリニティ様をこの世から消し去る気だ!)


 そんなレイブンをトリニティは眼窩にある紅い球体で油断なく見つめていた。


「……ふむ、ふむ、ふむ。どうやら、本気のようだな。……仕方がない。我も本気を出すか!」


 トリニティは六本の剣を高らかに掲げるようにすると力ある言葉を告げる。


「ゆくぞ! ゆくぞ! ゆくぞ! !」


 その言葉でトリニティの持つ六本の剣が真の姿を現した。その光景を見たレイブンは心の中で舌打ちをする。


(ちっ! トリニティの奴! を全て解放する気ね! ……本気ってわけね……)


 レイブン、トリニティともに全力を出す準備を整える。


 そして、闘技場に爆音が響き渡る。

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