第51話 激昂

 光に包まれ強制転移を受けたスターリン一行は『魔導ウィザード支配者マスター』レイブン、レイブンの副官であるリコルと対峙していた。リコルの魔力を感じ取ったウェルドは只者でないことを理解して警戒する。だが、レイブンを見た次の瞬間にはウェルドは己の死を覚悟する。


 ウェルドは小さな村の出身だ。特に特徴のない平凡な人間だった。しかし、あるとき自分には魔法を使える才能があることを認識する。それから、ウェルドの人生は変化する。魔法を使用してはぐれてきた獣や小さな魔物から村を守るようになる。村を守る存在……そんな自分にウェルドは満足していた。だが、その時間は呆気なく崩壊することになる。ある日、村が野盗に襲われてしまう。ウェルドは村を守ろうとしたが力及ばず、ウェルド以外の全ての村人が野盗に殺されてしまう。当のウェルドはというと……。


 野盗に捕まってしまう。魔法が使えるということでウェルドは生かされ、野盗のために働くように強制される。当初は拒んだウェルドも野盗のに諦めて協力することになる。しかし、野盗にとっても意外だったのはウェルドは自分の立場をすぐに受け入れたことだ。ウェルドは野盗に従い働き続けた。その期間は約五年間……。


 五年の間にウェルドも成長していた。魔力は高まり、魔法の技術も上がり、魔術師としての実力は以前とは比べ物にならないほどだった。そのため、ウェルドは野盗でもかなりの地位に立っていた。そんな日々が続いたある日……。ウェルドのいた野盗集団は全員が殺される。殺したのはウェルドだった。


 ウェルドが野盗に従っていたのは全てはこのため……。自分の大切な人、場所、思い出、全てを奪った者達へ復讐するためにウェルドは憎いはずの野盗へと身を落として力をつけたのだ。そんな経験もあり、ウェルドは裏の家業で生計を立てるようになる。当然だが裏稼業ということもあり、殺し、破壊工作、盗み、など……まともとは程遠い仕事をこなしていた。しかし、そんな仕事をこなしていくことでウェルドの名は裏の世界で瞬く間に高まり、魔術師としてもかなりの実力者となる。ウェルド自身も実力だけなら、優秀な魔術師を多く輩出している白銀はくぎんの塔にいる魔術師にも引けを取らないと自負していた。


 そんなウェルドだったが、レイブンを前にすると自分の存在がいかにちっぽけであるかを認識させられていた。


(……化け物……。そんな単純な言葉で表すことのできる存在ではないが……。どう表現すればいいかもわからない存在だ……。ケタが違うというレベルではない……。次元が違う! 一体、奴は何者なのだ!?)


 ウェルドの内心の動揺を余所に周囲の護衛はウェルドに訴えかける。


「……ウェルド様? どうかしましたか?」「ウェルド様! 戦闘許可を!」


『ウェルド様!』


(ちっ! ゆっくりと考えることもできないのか……。だが、どうする? ……戦ったところで……。いや、と戦うだと? 馬鹿な……。あんな化け物と戦うぐらいなら、ドラゴンの群れに戦いを挑む方が百倍マシだ!)


 どの選択を取るべきかウェルドが悩んでいる時、リコルが焦れたように話し始める。


「おい! レイブン様を前に失礼なことを言うな! お前らみたいな下等な人間がレイブン様に勝てるわけがないだろう!」


 そんなリコルの怒りに反応したのはウェルドや周囲の護衛ではなくレイブンだった。レイブンはリコルに優しく注意をする。


「落ち着きなさい。リコル。人間達は……いえ、あの魔術師はわかっているのよ。私達に勝つことなど不可能だと。でも、周りの馬鹿な人間にはそれが理解できない。それが悩ましくて押し黙っているのよ」

「あー! そうなんですか! って、レイブン様の実力も理解できないんですか? あの人間達は?」

「そうよ。まぁ、魔力系統でない者が多数みたいだから、仕方のないことかもしれないけど……。本当に人間は愚かな生き物ね」


 レイブンとリコルの会話を聞いていたウェルドは頭をフル回転させて情報を分析する。一方、護衛はレイブンの言葉に少なからず動揺した。自分達を馬鹿にした事実ではなく。自分達が信頼している強者であるウェルドが敵わないと理解しているという言葉に驚愕していた。そのため、護衛はウェルドへ視線を送る。そんな視線にウェルドは気がついていたが構っている余裕など微塵もなかった。


(レイブン……リコル……。それがあの二人の名前か……。まぁ、予想はしていたが、あの仮面の女……レイブンという者が主人か。そして、あの子供が部下というところか? ……なら、話をするなら!)


 ウェルドは視線と身体の向きをレイブンへと向ける。レイブンはウェルドの視線に気がつき仮面の下からウェルドへと視線を向ける。その視線を受けたウェルドは未だ感じたことのない寒気を感じる。


(……くっ! 落ち着け……。まずは奴らの目的を知るのだ……。そうしなければ何も始まらん!)


 覚悟を決めたウェルドは、レイブンへ一礼をして話しかける。


「初めまして、レイブン殿。私はある貴族の護衛を束ねる者。名をウェルドといいます。申し訳ありませんが、少しだけお時間を貰えませんか?」


 ウェルドの自己紹介にレイブンもリコルも何も感じなかった。というよりは、「なぜ、自己紹介をする?」と疑問を持っていた。しかし、レイブンは少し考えた後に口を開く。


「……そう、特に興味はないけど。何か言いたいことでもあるの?」

「はい。可能であればですが。あなたの目的を教えてはもらえないでしょうか?」

「なぜ?」

「話し合いで解決できることならばそうしたい。……先程、あなたが仰ったように私達ではあなた達に勝つことなど不可能。ならば、手段はこれしかないと考えています」


 ウェルドの言葉に護衛は明らかにざわつき動揺する。ウェルドは認めたのだ。レイブンとリコルに「勝つことは不可能」だと。そんな護衛には目もくれずにウェルドはレイブンの返答を待つ。


「まぁ、そうでしょうね。いいわ。私達の目的を教えてあげる。目的はそこにいる人間よ」


 レイブンは言いながら右手人差指である人物を指す。指された人物は、今まさに馬車から下りてきていたスターリンだった。両脇からメイドが押し戻そうとしていたが、スターリンは構わずに馬車を降りてレイブンを睨みつける。そんな姿を見たウェルドは激しく動揺した。


(ば……、馬鹿な! 降りてくるなとあれほど……。くっ! ……どうにかしなければ……、何を置いてもなんとかしなければ……)


「こいつか、ウェルド。この僕にちょっかいを出した愚か者は!」


 スターリンの言葉にリコルは眉を吊り上げると不機嫌になる。


「今……、何て言った……? 人間風情がレイブン様に!」

「落ち着きなさい。リコル」


 今まさにスターリンへ攻撃魔法を放とうとしていたリコルは、レイブンの言葉に従い魔力と感情を押さえる。しかし、リコルの怒りは収まっていない。そんなリコルへレイブンは語りかける。


「気にしなくていいわ。あんなゴミの言葉は私に響かない。……それよりも、アレをこの後に苦しめることがより一層楽しみになったわ」


 レイブンの言葉にリコルも同意とばかりに頷き屈託のない笑顔を見せる。その様子を見ていたウェルドは焦る。


(……まずい。こうなると、スターリン様は……)


 状況をコントロールしようと躍起になっているウェルドはスターリンへ『通信テレパス』を使用してスターリンへ自分に任せるように指示を出そうとするが、ウェルドが『通信テレパス』を行う前にスターリンは暴走する。


「なんだと! この僕をゴミと言ったのか! ふざけた奴らだ! ……決めたぞ! お前らを捕らえて奴隷にする! ちょうどいい。あいつのかわりにたっぷりとかわいがってやる!」


 そんなスターリンの軽率な発言は、レイブンとリコルの逆鱗に触れることになる。リコルは拳を強く握り歯ぎしりしていた。レイブンは仮面の下で殺意を込めた冷たい視線をスターリンへと向けていた。そして、レイブンは宣言する。そのとき、比喩ではなく周囲の温度が急激に下がった……。


「……本当に馬鹿な人間……。自らの過ちに気がつかずに同じことを繰り返す……。典型的な馬鹿……、もともと許すつもりなんて微塵もなかったけど再確認できた。あなたには死よりも辛い絶望を与える!」


 この宣言を受けたスターリンはもちろん。その場にいた全てが得体の知れない恐怖に襲われる。馬車を引いている馬の何頭かが騒ぎだしながら次々と倒れ息絶える。戦闘経験のないメイドの何人かは知らないうちに失禁して、その場にへたりこみ理由もわからず泣きじゃくり始める。そんな異様な状況に護衛はうろたえる。唯一、死を覚悟していたウェルドは動じなかった。あと一人、何も理解はしていないが自尊心の塊のようなスターリンは恐怖という感情を感じながらも認めたくないという一心で虚勢を張る。


(……何だこれは……? 僕が震えている……? まさか、恐怖して怯えている? ……いいや! 違う! これは、武者震い。それか奴らを奴隷にしたあとにどうやって料理するかが、今から待ち遠しいための歓喜の震えだ! そうだ! 断じて恐怖など。貴族たる僕がするはずがない!)


 レイブンが動こうとした時、ウェルドが声を上げる。


「お待ちを! レイブン殿!」

「……何! これ以上、私を不快にさせるき?」


 気分を害したレイブンはウェルドにも殺意を込めた視線で睨みつける。普通の人間なら、その視線に当てられ何もできなくなるほどの殺意だった。しかし、ウェルドはすでに死を覚悟しているため、躊躇することなく言葉を続ける。


「いいえ。私の主人たるスターリンがあなたを不快にさせたことは謝罪します。このような謝罪で許されるとは思いません。しかし、話だけでも聞いてくれませんか? お願いいたします!」

「……ふ、ふふふ。あはははははははは――」


 突如として笑い出したレイブンにリコルも含め全員が目を丸くする。しばらくの間、その場にはレイブンの笑い声だけが響き渡る。そんなレイブンをウェルドは決意を込めた瞳で見つめた。そして、笑うことを止めたレイブンがウェルドを観察する。


「いいわよ。聞いてあげる。あなたの勇気に免じてね。ただ、聞くだけよ? あなたの提案を受け入れるかどうかは別問題よ?」

「……構いません。感謝いたします」

「いいから、早く話しなさいよ。無駄な時間は好きじゃないの」

「はい。その前に確認をさせて下さい」

「何?」

「あなた方の狙いはスターリン様個人ということで間違いはありませんか?」

「えぇ、私達の狙いはそのゴミだけ。言ってしまえば、あなた達はついでに捕まえただけよ。そのゴミが一人になるまで待っても良かったけど、こちらにも事情があってね。あまり時間をかけてもいられないの。それに、なるべく騒ぎにはしたくなかったからよ。街からさらうよりも、道中に行方不明の方が事故や魔物に襲われたと勘違いするだろうから」


 レイブンの話を聞きながら、ウェルドはある程度のことを理解した。しかし、どうしても納得いかないことがあったので再度質問をする。


「なるほど、理解しました。……ですが、この場所を選んだ理由はなぜですか? わざわざサイラスの闘技場に我々を送るとは……。それとも、あなた方の拠点はサイラスなのですか?」


 ウェルドの質問にレイブンは仮面の下で軽く眉間にシワを寄せる。そのあと、仮面の下で微笑を浮かべる。リコルはウェルドの言葉を聞いて一瞬意味を理解できなかったが、意味を理解した途端に大笑いをする。


「はははははははははははは! 馬鹿じゃないの! ここがサイラス? 人間の街だと思ってたの?」

「ふふふ。馬鹿にするのは止めなさい、リコル。その人間はそれなりの魔術師よ。ただ、常識にとらわれ過ぎているところはあるけれど……」


 レイブンとリコルの発言にウェルドだけでなく周囲の人間全てが困惑する。


(……どういうことだ……? まさか! この闘技場は……サイラスではない……?)


 ウェルドはあり得ないと思いながらも、周囲を注意深かく観察する。すると、すぐに理解した。この闘技場はサイラスの闘技場ではないと。


(……そうだ……。サイラスの闘技場に、あんな悪魔の像はなかった。……くそ! 闘技場ということで、勝手にサイラスと思いこんでいた……。そうだ。相手はケタ違いの化け物なんだ! 広範囲の転移で距離はたかが知れていると勝手に判断したが、奴らなら世界の果てだろうが我々を飛ばせるはずだ)


「ふふ。どうやら理解したようね。そう、ここはサイラスなんてところじゃない。ここは、私が管理している闘技場よ」

「……そうですか。それは失礼をしました……」

「ふふふ。いいえ。気にしないでいいわよ。少し面白かったしね」


 レイブンは楽しそうに笑い。ウェルドは状況がさらに悪化していることを実感して表情が険しくなる。しかし、希望を捨てずにレイブンへ進言をする。


「……レイブン殿。あなたがスターリン様を捕らえるというのであれば、我々は護衛として抵抗せざるを得ない。……例え、死ぬことになろうとも――」


 「死ぬ」という言葉を聞いた護衛やメイドは絶望する。ウェルドの実力を知っているがゆえ、ウェルドが弱音を吐いていることの重大性を全員が理解していたからだ。唯一、理解していないのはスターリンだけだった。スターリンはこの状況でもウェルドが言ってることは何かの作戦だと都合の良い解釈をしている。


「――ですが! ここには非戦闘員であるメイドもいます。是非とも彼女ら、それから彼女らの護衛に数人と馬車を二台ほど元の場所へと戻して下さいませんか? お願いいたします」


 ウェルドの唯一できることは、レイブンへ願うことだけだった。せめて救うべき命を救おうとしていた。もっとも、ウェルドにとって本当の理由は違うところにあったが……。ウェルドの嘆願に対するレイブンの返答は早かった。


 それは――


「駄目よ」


 明確な拒否だった。


 その言葉に周囲の人間が表情を曇らせる。ウェルドからすれば駄目もとで言った願いであり、叶わないことも覚悟していたので表情に変化はない。


「勘違いしないでもらえる? 確かに目的は、そこのゴミだけど私は人間自体が嫌いなのよ。殺す理由はないけど、生かす理由もない。……まぁ、好き好んで殺そうとも思わないけど……」


 そういうとレイブンは腕を組んで少しだけ思案する。


「……いいわ。あなたの願いに少しだけ譲歩をしてあげる」


 「譲歩」という言葉に希望が見えたメイドや護衛は表情が明るくなる。しかし、次にレイブンが発する言葉を聞いて唖然とする。


「チャンスは一度、苦しみたくない人間は今すぐ前に出てきなさい。私が苦しまないように殺してあげるから……安心しなさい。眠りの魔法を強くかけるだけで痛みも苦しみも感じない。ただ眠って永遠に起きないだけだから」

「さっすが、レイブン様! お優しいです!」


 レイブンの提案にリコルだけは絶賛するが、当事者の人間は言われた意味がわからずに唖然とする。そして、その言葉の意味を理解すると口々に不満を爆発させる。


「ふ、ふざけんな! それのどこが譲歩だ!」

「そ、そうよ! 要するに死ねってことじゃない!」

「全くだ! 慈悲ってもんがないのか!」「この悪魔が!」


 口々に非難が飛ぶ中、レイブンは呆れたように口を開く。


「よく言うわね……。あなた達だって、そのゴミが罪のない人間や奴隷を殺すところを見てきたんでしょう? そのときに今のように非難したの?」

 

 レイブンの言葉を受けて全員が顔を見合わせ言葉を詰まらせる。


「それが答えね。まぁ、自分が生き残るために仕方なかったのかもしれないけど、それは最低の行為。それだけでも、罰を受けるべきなのよ。それに、私は提案をしているだけ、嫌なら戦えばいい。自分の命が大事なら死に物狂いで抵抗することね」


 言うべきことを言ったレイブンは動き出し、リコルにだけわかるように指示を出す。それを受けたリコルは杖を大きく振りかぶる。すると闘技場内にある四つの扉全てが大きな音を立てながら開き始める。状況のわからないウェルド達は警戒をする。三つの扉から現れたのは多数の骸骨スケルトンだった。


 骸骨スケルトンはおぼつかない足取りで進み、立ち留まるとそれぞれが手に持っていた太鼓や笛を軽快に鳴らし出す。肺のない骸骨スケルトンが笛を吹くという奇妙な現象ではあったが、それ以上に奇妙なのは行動だった。音楽を軽快に鳴らす行動の意味がわからずウェルドを始め多くの人間が困惑する。しかし、困惑していたのはレイブンも同様だった。一連の行動を見て仮面の下の表情は呆然としていた。そのまま、ゆっくりとリコルへと視線を移して質問をする。


「……リコル……。これはどういうこと……?」

「えっ……? どういうことって? 指示された通りですけど……? ……も、もしかして……、レイブン様は知らなかったんですか!?」


 レイブンの質問を受けてリコルはこの行動はレイブンの預かり知らぬところでの指示だったことを知る。リコルの答えにレイブンは吐き捨てる様に呟く。


「……あの、……馬鹿は……」


 その呟きの直後に四つ目、最後の扉から出てくる者がいた。何かが重なり合うような音を立てながら悠然とその者は歩いてくる。その姿を見たウェルド達は目を見張る。漆黒の兜、深紅の外套マント、左右の腰にそれぞれ三本の剣、合計六本の剣を腰に携え、身長二メートルはあろうかという、六本腕の不死者アンデッド、『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティが姿を現した。


「やぁ、やぁ、やぁ、貴公らか? 我と戦いを所望する戦士達は? この我と戦おうという勇気には感服する!」


 トリニティは外套マントを翻しながら大仰に身体を動かす。そのまま全ての腕を天に掲げて吠える。


「よかろう! よかろう! よかろう! 我は貴公ら全てと正々堂々と戦うことをここに宣言しようではないか!」

 

 トリニティの宣言が終了と同時に音楽も鳴りやんだ。そんな一連の動作を見ていた者達の大多数が感じたことは疑問だった。


「これはなんだ……?」「もしかして……、これまでの全ては冗談なのか?」

「ただの笑劇に付き合わされた……?」「意味がわからない……」


 トリニティの登場シーンを見ていたレイブンは頭を抱えていた。


(……あんな馬鹿に頼むんじゃなかった。暇だろうからと、声をかけてやったっていうのに……。なんなの? 勇者ごっこでもしているの? 全く……! ……まぁ、いいわ……。人間達は困惑するでしょうけど……。トリニティの実力をみればすぐに思い知るでしょう。絶望を……)


「おや? おや? おや? 皆、一様に驚愕しているな? 声も出ぬのか? ……うん? 待てよ? そうか! 失敬した! 名を名乗っていなかったな! これは迂闊であった!」


 トリニティは一人で疑問を持ち、一人で納得する。すると、また外套マントを翻しながら身体を大きく動かして高らかに宣言する。


「聞け! 聞け! 聞け! 我こそは偉大なる魔王様にお仕えし! 魔王様に剣を捧げし最強の騎士! 魔王様より五大将軍の地位を頂いた我は『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティである!」


 衝撃的な宣言を芝居臭く宣言するため、見ていた人間のほとんどは信じなかった。しかし、ウェルドはトリニティの言葉の「魔王」という言葉に驚愕する。


(ば、馬鹿な! 魔王だと!? 魔王は百年前に勇者に……。いや、魔王の配下……。それも、五大将軍……といったか? 恐らくは……あのレイブンという者も……。そうならば、逆に納得ができる……。あんな化け物……。奴が魔王と言っても信じてしまうほどだ……)


 そんなウェルドとは対照的に、愚かな行動をとる男がいた。それは当然スターリンだった。スターリンは、突如として大声で笑い始める。その行動に全員が注目する。


(何? 狂ったの? そうだとすると困ったわね。絶望を与える前に精神が崩壊してしまうなんて……。さすがに精神崩壊した者を治すのは骨が折れるわ)


 レイブンが心配していたのはスターリンの身ではなく。これからスターリンへ行う絶望をスターリンに味あわせることができないかもしれないことへの心配だった。事前に準備をしていれば精神崩壊を防ぐことは可能だった。しかし、この状況で精神崩壊をしてしまうとレイブンといえど治すのは至難のわざだった。精神を元に戻すことはできても、記憶を失ってしまう可能性が高い。記憶を失ってしまえば、それは見た目が同じだが中身の違う別人と同じのため、苦しませることの意味がなくなってしまうからだ。だが、レイブンの心配は徒労だった。スターリンという人間はレイブンの予想を遥かに超える愚か者だからだ。


「ハハハハハハハハハ! 聞いたか、お前ら? 魔王の配下だと! クッククク! 馬鹿らしい、とんだ茶番だ! こんなくだらないことに僕を付き合わせるなんてな! おい! お前! お前も魔王とやらの配下なのか?」


 スターリンは小馬鹿にしたようにレイブンへ問いかける。スターリンの問いにレイブンは仮面の下で馬鹿を見る視線で睨みつける。馬鹿の相手をこれ以上したくなかったレイブンは正式に名乗ることにした。


「そうよ……。私は魔王様に仕える五大将軍の一人『魔導ウィザード支配者マスター』レイブン。そこにいるトリニティと同等の地位を持つわ。ついでに言うなら、ここは魔王城の中にある闘技場よ。だから、あなた達は逃げることはできない。……理解したかしらね?」


 レイブンの発言を聞いたスターリンは笑みを強めて護衛へ向けて言いきる。


「聞いたか? これが全てだ。何が魔王の配下だ。馬鹿らしい。魔王は滅んだ! 百年も前にだ!」

「……で、ですけど、こいつらは……」

「ただのフェイクだ! お前達のようにインパクトで動揺させる作戦なんだよ! 大体見てみろ! 魔王の配下というのに、周りにいるのは骸骨スケルトンだけだろう? 大方、あいつは死霊魔術師ネクロマンサーなんだろう。それで、骸骨スケルトンを召喚したんだ」

「で、では、あのトリニティという者は……?」

「フン! 骸骨スケルトンの亜種か複数の骸骨スケルトンを合成でもしたんだろうよ。見てみろ? ただでかいだけの骸骨スケルトンだろうが? 大きさや腕が多少あることにびびるんじゃない! 馬鹿者が!」

「な、なるほど! さすがはスターリン様!」


 スターリンの言動を見ていたウェルドは頭を抱える。同時にレイブンとリコルはスターリンを憐れみと嘲笑の視線で見ていた。一方のトリニティは微動だにしなかった。


(はぁ……。この状況で、そんな戯言を言えるとは……。ある意味、さすがはスターリン様だ……。護衛にしてみれば……、少しでも希望にすがりたいというところか……)


「おい! お前!」

「は? わ、私ですか?」


 スターリンは近くにいた護衛に向かって、ありえない命令をする。


「いい加減に目ざわりだ! その骸骨スケルトンを排除しろ!」

「――ッ!」


 その言葉に驚いたのは命令された護衛ではなくウェルドだった。この状況でこちらから戦いを仕掛けるような真似をするなんて正気の沙汰ではないと驚愕する。


「お、お待ちを! スターリン様! この状況で――」

「下の方は任せておけ! ウェルド! お前は上にいる死霊魔術師ネクロマンサーに注意を払え! さぁ! やれ!」

「わ、わかりました! おい! お前らも来い!」

『おう!』

 

 ウェルドの意見を最後まで聞きもせずにスターリンは独自に動き出す。そんなスターリンの命令を受けた一部の護衛がトリニティへ近づいて行く。護衛は警戒していたが、近づいても一向に動こうとしないトリニティに拍子抜けする。


「なんだ? 動かないじゃないか?」

「ってことは……。やっぱり、スターリン様の言う通り上の奴らが操ってたんじゃねーか?」

「……で、でもよ……? ウェルド様は敵わないって……」

「いや、それはブラフだろう? スターリン様と示し合わせてたんだよ。相手の正体を見極めるために……。ウェルド様も人が悪いぜ。……じゃあ、こいつをさっさとぶち殺すぞ!」


 そういった護衛の一人が剣を振りかぶりトリニティへ斬りかかる。次の瞬間、斬りかかった男の上半身は無くなり、トリニティと他の護衛達の前には男の下半身だけが残っていた。


 上半身を失った下半身から鮮血が飛び出した瞬間、絶叫が鳴り響く。


「きゃぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 一人のメイドが悲鳴を上げる。トリニティの近くにいた護衛達は意味がわからず動揺していた。そして、何もできずにもの言わぬ肉塊になる。護衛を殺したのは当然だが目の前にいる『不死者アンデッド聖騎士パラディン』トリニティだった。では、どのように殺したのか……。


 一人目が斬りかかってきたが、トリニティは目にも止まらぬ剣で男を横斬りした。そのため、上半身は下半身から切断される。そこまでは剣技だった。しかし、その後、トリニティは斬り伏せた上半身を一番上の右拳で殴りつけた。上半身は消えたのではなく殴られ闘技場の壁に叩きつけられ潰れていた。残りの護衛も乱暴に殴りつけ踏みつぶして殺した。その光景を見て誰よりも驚いたのはレイブンとリコルだった。二人はトリニティの戦い方を何度も見てきたが、トリニティが戦いにおいて殴りつける、踏みつぶすといった行動を見たことがなかった。それ故に二人は困惑していたが、レイブンはなんとなくトリニティの行動を理解する。


(……あいつ……、怒ってるわね……)


「……クソが……、クソが! クソがぁーーーーー! 我を、我を侮辱するだけなら許そう! それは我の問題だ。我に貴様等を納得させられるだけの威厳も実力もなかっただけだ! だが! 貴様等は! 我だけでなく! 友であるレイブンを! そして、我が主たる魔王様を愚弄した! 許さん! 絶対に許さんぞ! 本来なら騎士たる誇りにかけて、戦いでむやみに殴るなどということはせんが! 貴様等は別だ! 騎士としてではなく! 魔物として貴様等を屠ってくれる!」


 烈火の如き怒りを露わにさせたトリニティは、目のない眼窩に赤い灯を爛々らんらんと輝かせた。そんな赤く輝く眼をギラつかせてウェルド達へと歩み寄り始める。ウェルドは覚悟を決めて指示を出そうとするが、そこへレイブンの声が響き渡る。


「待ちなさい! トリニティ!」


 その言葉でトリニティは動きを止めて上空にいるレイブンへと視線を移す。


「なんだ。なんだ。なんだ。レイブンよ? 我を止める気か?」

「そんなわけないでしょう。あなたにお願いをしたのは私よ? でも、あなた私のお願いをちゃんと覚えてる?」


 レイブンの問いにトリニティは首を傾げる。その様子を見たレイブンはため息を漏らす。


「……やっぱり……、人間共を殺すのはいいけど。そこにいる人間を殺しては駄目! そいつが、死なんていう一瞬の苦しみで解放されるなんて私は許さない。そのゴミには永遠の苦しみを与えるのだから」


 レイブンが指さしたのはスターリンだ。スターリンを睨みつけたトリニティは吐き捨てる。


「……失敬、失敬、失敬、失念していた。我としたことが……。だが、その人間こそ我が殺したい人間なのだがな……」

「殺すのは駄目よ! ……でも、腕や脚ぐらいなら好きにしていいわよ?」

「なんと! なんと! なんと! よいのか? レイブンよ? 下手をすると失血死するかもしれぬが?」

「大丈夫よ。そうなる前に魔法で処置をするから、ようは殺さなければいい。半殺し程度なら許容するわ。あなたも馬鹿にされて頭にきているようだしね」

「すまぬ、すまぬ、すまぬ。感謝するぞ、レイブン」


 そんな会話をしていた時、一部の護衛達が勝手な行動をとり始める。あろうことか、その場からの逃走を図ったのだ。その行動を見たスターリンは怒りの声を上げる。逆にウェルドは危険だと諭す。


「貴様等! どこに行く!」

「う、うるさい! ここで、あんな化け物に殺されてたまるか!」

「そうだ! しかも、狙われてるのはあんただけだ! 俺達は関係ねぇ!」

「待て! 危険だ! ここがどこかわかっているのか? 魔王の城なんだぞ!」


 護衛達はスターリンの怒号とウェルドの制止の声を振り切り、それぞれトリニティのいない空いた扉へと向かう。扉の前には骸骨スケルトンがいたが、楽器を持っているだけの骸骨スケルトンなど護衛達の相手にはならなかった。そうして、数十名の護衛と数名のメイドが闘技場から姿を消した。その愚かな行動をレイブン、リコル、トリニティは黙って見ていた。


「あーあー、馬鹿な奴ら。レイブン様。罠を発動させて闘技場へ戻しますか?」

「別にいいわ。どうせ、誰かに見つかって殺されるだけよ。私達と違って乱暴な奴らが多いというのに……。あぁ、そうだ。せっかくだし、あなた達には見せてあげるわ。逃げた人間がどう死ぬかを」


 そういうとレイブンは空中に映像を映し出す。そこに映し出されたのは先程まで闘技場にいた護衛八人とメイド三人だった。全員が後ろを警戒しながら全速力で走っていた。そのとき、前方に光が見える。護衛とメイドは「出口」と願い光の中へと飛び込む。すると、そこは鬱蒼うっそうとした森の様な場所だった。

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