第49話 剣闘士大会閉幕 新しい一歩

 多くの人々の想いがぶつかり、多くの人々が戦いを繰り広げた。サイラス剣闘士大会はリディアの優勝で幕を下ろした。しかし、予想以上の激しい戦闘により、準優勝のカイ、三位のスターリン、アルベインともにまだ意識が回復していない。そのため、表彰されたのは優勝したリディア一人だった。とはいえ、リディアの規格外の強さを目の当たりにした多くの観客はリディアを称えて歓喜する。優勝したリディアには大会主催者のスレイ・ケーネスから優勝賞金と副賞の聖剣『ホーリーなるソウルセイバー』を授与される。


 ◇◇◇◇◇◇


「……あれ……? ここは……?」

「あっ! か、カイさん! 目が覚めましたか?」

「えっ……? あ……、パフ……?」

「良かったー……。なかなか目を覚まさないので心配しました」


 パフはカイが目覚めて喜んでいる。そのため、頭から生えている大きな耳がくるくると動き、臀部から生えている尻尾が大きく左右へと動いていた。カイは記憶を辿りここがどこか思い至ると他の声が聞こえてきた。


「おっ! ようやく目が覚めたのかよ?」

「あら、お目覚めね。カイ君」

「ルーア……。ハルルさん……。そうか……、ここは医務室か……」


 カイの言葉にルーアは呆れ顔、ハルルは微笑み、パフは心配そうにカイを見て尋ねる。


「カイさん! もしかして、記憶がなくなちゃったんですか! 私のこと忘れてませんよね?」

「えっ? あぁ、ごめん! パフ。そういう意味で言ったんじゃないよ。ちょっと混乱してたから、この場所がどこか確認する意味を込めて口に出しただけだよ。大丈夫、ちゃんとパフのことは覚えているから……」

「そ、そうだったんですね……。良かった……。あっ……。すみません。カイさんの心配をしなきゃいけないのに自分のことを……」


 パフが謝罪しているとカイはベッドから起き上がりパフの頭を優しく撫でながら話しかける。


「……いいんだ。パフはまだ子供なんだからそんな心配はしなくていいんだよ?」

「……ありがとうございます」


 カイに頭をなでられながらパフは気恥かしそうにしながらもとても嬉しそうだった。頭を撫でられるのは母親が死んでから初めてのことだったこともあり、とても懐かしく心地よいと感じていた。そこへ別の声が聞こえてくる。


「えっ? カイ君の目が覚めたの?」

「お姉ちゃん! 押さないで下さい!」

「あわわわ! アリアお姉ちゃん! スーお姉ちゃん! ちょっと、待ってよー!」


 そんな声が聞こえると隣のカーテンが開きムーがカイのベッドへと倒れ込むように飛び込んでくる。カイが隣のベッドを見るとアルベインが休んでいた。アリア、スー、ムーはアルベインの様子を見てたが、アリアとスーがカイの方へと方向を変える際にムーを押しのけたようだ。そのため、ムーは押し込まれてカイのベッドへ倒れ込んでしまった。


「痛た……。あっ! カイさん。ごめんなさい!」

「……いや、ムーの方こそ、大丈夫?」


 カイの言葉にムーは苦笑いをする。するとアリアがムーを押しのけるようにしてカイへ突進しようとする。しかし、その行動を見越していたスーがそうはさせじとアリアを押さえる。


「ちょっと、何よ! スー。邪魔しないでよ!」

「お姉ちゃんこそいい加減にして下さい! カイさんはまだ病み上がりなんです! 余計なことをしないで下さい!」

「余計なこととは何よ! 私はただカイ君と添い寝をしようと――」

「それが余計なことだって言ってるんだろうが!」


 アリアの発言の途中でスーは我慢の限界を超えて怒鳴り散らした。そんな状況をカイは乾いた笑いで見守る。ムーは恥ずかしそうに俯く。ルーアは欠伸をしながら眺める。ハルルはアリアを冷たい視線で見ていた。そのとき声が響く。


「やめて下さい!」


 その声にその場にいた全員の視線が集まる。発言したのはパフだった。パフはアリアとスーを見て言葉を続ける。


「ここは医務室です。カイさんに迷惑です。静かにして下さい!」


 至極真っ当な意見をぶつけられアリアとスーは恥ずかしくなり小さくなる。パフの発言を聞いていた周囲の者は一様に頷くなどしてパフを褒めた。特にハルルがパフの意見に付け加える。


「その通りね。パフちゃん。よく言ってくれたわ。アリア。これ以上騒ぐのならここから出ていってもらうわよ? スーちゃんはアリアを止めようとしたから大目にみるけど、静かにすること。いいわね?」

「えーっ! ハルルさんの意地悪ぅー。わかったわよ。大人しくしてますぅー……」

「すみません……。ハルルさん。姉を止めるためとはいえ、ご迷惑をかけてしまいました。……パフさんも申し訳ありません」


 アリアは拗ねたように謝罪するが、反省はしている様子だった。スーはいつも通りの丁寧な口調でハルルとパフへ謝罪する。スーの謝罪にハルルは片手を軽く上げて気にしないように伝える。パフは「こちこそ、偉そうなことを言ってすみません」と丁寧なお辞儀をしてスーへ返答する。そんな様子を見ていたカイは思った。


(……なんか。スーとパフって少し似てる? 丁寧なところとか……。まぁ、スーは接客業で鍛えられているからわかるけど……。パフは……。あぁ……、パフは接客というよりは丁寧な態度や言葉遣いをしていなきゃいけなかったんだ……)


 そう考えるとカイの表情が少し暗くなってしまう。その表情の変化に気が付いたパフが心配そうにカイへ尋ねる。


「カイさん? 大丈夫ですか? 顔色が優れませんけど?」

「うん? あぁ、いや、大丈夫……。ありがとう。パフ」


 カイはパフを安心させてから、またパフの頭を優しく撫でながらある決意を固めた。そのとき、医務室の扉が開く。入ってきたのはフィッツ、兵士長のキーン、クリエ、ナーブ。そして、リディアだった。


「あっ! 師匠! フィッツ! クリエさん、ナーブさん。それに、えーっと、確かキーンさん」

「おう! カイ。目が覚めたのか! 惜しかったな、あと三十分ぐらい早ければ表彰式には間に合ったのによ!」

「表彰式……?」

「なんだよ。忘れちまったのか? お前はこの大会の準優勝者なんだぜ?」

「あぁ、そっか……。あれ……? ということは、師匠の表彰式が終わったってこと!」


 カイが残念に感じていたのは自分自身の表彰についてよりも、リディアの優勝した表彰式が見れなかったことを悔いていた。


「あぁ、終わっちまったよ。まぁ、詳しくは後でリディアさんに聞いてくれよ」

「くそー」

「それにしても、この医務室になんでこんなに人が集まるのよ? カイ君……。人気あり過ぎじゃない?」

「いえ……。俺の人気ではなく――」


 カイが反論しようとしているとリディアが話を始める。


「カイ」

「あ、はい! 師匠」

「……すまなかった」

「えっ?」


 リディアはカイに向かって軽く頭を下げて謝罪をする。しかし、カイには謝罪されるような心当たりが全くないので困惑していた。カイの困惑を余所にリディアは謝罪を続ける。


「そして、アリア、スー。二人にも迷惑をかけた。すまない」

『えっ?』


 アリアとスーもカイと同様に全く身に覚えがなく困惑する。アリアとスーはお互いに顔を見合わせて確認するがリディアから謝罪をされる見当がつかなかった。しかし、リディアは構わずに話を続ける。


「ここにいる者達にもだな。すまなかった」

『えっ?』


 続け様にリディアは謝罪をする。だが、その場にいる誰もリディアの謝罪に心当たりがなかった。そんな空気の中でリディアは衝撃の発言をする。


「皆を騙すつもりはなかった。しかし、正体を隠してとして大会に参加したのには深いわけがある。だが、どんな理由があろうが皆を騙したことには違いない本当にすまなかった!」


 リディアは全員に頭を下げて謝罪する。しかし、その場にいたほとんどの者が思っていた。


≪……どうしよう……≫


 リディアが謝罪しているのは、謎の戦士エルとして出場をして仲間を欺いたことを言っている。しかし、カイを始めほとんどの者がエルの正体がリディアだと最初からわかっていた。そのため、謝罪をされても非難や怒りの感情など微塵も沸いてこなかった。逆にリディアへなんと返答すればいいかわからずにいた。そんなときに、一人が驚愕の発言をする。


「本当よ! まさか、謎の戦士であるエル選手の正体がリディアさんだったなんて、本当にびっくりしたわ! でも、私は全然気にしてないわよ。それにしても完璧な変装だったわね!」

「そうか、ありがとう。まぁ、確かにあの変装は完璧であったと自負している!」

『はぁーーーーーーーーーーーーー!?』


 クリエの発言にカイ、ルーア、フィッツ、アリア、スー、ムーといったリディアをよく知る者は目を見開きながらクリエを見て声を上げてしまった。一人だけ、ナーブはクリエのことをよく理解しているたので頭を抱えていた。ちなみに、ハルル、パフ、キーンに関してはリディアについてよく知らないため、話の内容自体がわかっていなかった。


「うん? 何よ? みんな? 素っ頓狂な声を出して?」

「お、おい! メガネちび! オメー、本気で言ってるのか?」

「何を? ルーア君」

「お、オメーはば――」

「ルーア! あ、ははっははは……。す、すみません。クリエさん。師匠。話の腰を折ってしまって……。あの……、どうぞ、お話を続けて下さい……」

「そう? それでリディアさん。あのマスクなんだけど――」

「うむ。なるほど。そういう方法があるのか――」


 カイはルーアが暴言を吐きそうだったので、口を無理矢理に押さえて止める。クリエとリディアが話をしている間にカイ、ルーア、フィッツ、アリア、スー、ムーは集合して声を殺して話し合いを始める。


「テメー! カイ! 人の口を無理矢理に押さえやがって!」

「悪かったよ。でも、今はそんな話をしている暇はない。……クリエさんは本気で話しているのかな? それとも師匠に気をつかって?」

「ど、どうなんでしょう? 演技には見えませんが……」

「う、うん。本気に見えます……」

「うーん。でも、クリエちゃんって見た目は子供だけど、この中じゃあ一番長生きしてるのよね?」

「あぁー! そういえば、司会者の奴が九十九歳って連呼してたっけ!」


 そのときクリエの方から小さな玉のような物が投げつけられた。それがフィッツの口に入り、フィッツは思わず飲みこんでしまう。


「おぇ! な、なんだ、今の……? ……うん……? ちょっと……、待て……。うっ……、わ、悪い! ちょっと、行ってくる!」

「えっ! フィッツ!」


 フィッツはカイの制止も聞かずに医務室から全速力で姿を消す。そのときにクリエが恨みがましそうに言い放つ。


「あー、ごめんねぇ。なんかについて聞こえた気がしたから……。思わず投げちゃった……」

「……何をですか……?」

「うん? 私の開発した超強力な下剤だけど? カイ君も味わいたい?」

「……いいえ、滅相もございません……」


 その場にいた全員は無言で頷き心に決めた。


(クリエの年齢については金輪際触れないようにしよう)


 少し話が脱線しかけていたとき、カイ達の話しにナーブがこっそりと加わる。


「あのー、みなさん」

「あれ? ナーブさん。どうしました?」

「えーっと、恐らく先生の言動についてお話されているんですよね?」

 

 ナーブの言葉にカイ達は全員が頷く。ナーブは小さくため息をついて先程よりもさらに小さな声で伝える。


「あの……、先生は本気です……。リディアさんの変装には本当に気がついていなかったんです」


 ナーブの言葉に全員が絶句していた。その気持ちを察したナーブは話を続ける。


「先生はですね。……あのー、何と言いますか……。やはり、子供という一面もあるんです。確かに僕たちの誰よりも長く生きていますが……。ハーフエルフにとっては、まだまだ成長段階。人間でいうところの十代前半何です。もちろん、知識も考えも素晴らしいです! あの若さで白銀はくぎんの塔で並ぶ者がいないほどの実力者でもあります! 僕は先生を本当に尊敬して――」

「おい! その話はいい! ようするにどういうことだ!」


 ナーブの話が脱線しかかっていたので、ルーアが有無を言わさずに注意する。指摘されたナーブは顔を赤らめ、小さく先払いをしてから話を続ける。


「コホン……。つ、つまりですね。先生はリディアさんのことに全く気がついていなかったからあのように言っているんです。冗談とか、リディアさんの話しに合わせているとかではありません」

「な、なるほど……。わかりました。ありがとうございます。ナーブさん」


 ナーブはカイ達へ小さく会釈してクリエの近くへと戻る。


「けっ! 所詮はガキってことだな」

「ルーア……。言い方」

「そうよ。ルーア君。そういう言い方してると、女の子にもてないわよ?」

「けっ! 知るか!」

「でも、どうしましょう? 私達はリディアさんの正体を最初からわかっていました。なんて言えませんし……」


 カイ達は頭を捻り悩むが、そこへムーがある一言を放つ。


「あ、あのー、クリエさんの話に便乗すればいいんじゃないですか?」

『えっ?』


 ムーの意見にカイ達は注目する。ムーは注目を集めて気恥かしそうに頬を赤らめ、モジモジと足踏みをしながら説明をする。


「え、えーっと、ぼ、ぼく達はリディアさんのことを知っていましたから、リディアさんへどういう態度をとるのかわからなかったわけじゃないですか? で、でも、クリエさんは本当に知らなかったわけですから、クリエさんの言動がリディアさんの求めている反応だと思うんです……。だ、だから――」


 ムーの話は途中だったが、最後まで聞かずとも言いたいことは全員に伝わった。そのため、カイはムーの頭を撫で、ルーアはムーとハイタッチ、アリアはムーに軽くハグをする、スーはムーの近くで声をかける。


「ムー。成長したわね」


 みんなから褒められたことを実感したムーは頬を上気させ満面の笑みで後に続いた。カイ達はムーの提案に賛同して、クリエの話しに便乗した。そうして、リディアとの会話はごく自然に解決する。


 話も落ち着き始めたころにフィッツがふらふらとした足取りで医務室へと戻ってきた。少し顔色が悪く頬が若干こけているようにみえるが、誰もそこは追及せずに労いの言葉をフィッツへかける。周囲が笑顔でいる中、神妙な顔つきでリディアがカイの元へ静かに歩み寄る。カイは少し不思議そうにリディアを見る。


「師匠?」

「カイ。君に渡したい物がある」

「渡したい物ですか?」

「あぁ、これだ」


 そういうとリディアは一振りの剣をカイへと進呈する。しかし、その剣を見たカイは驚いて声を上げる。周囲にいた全員も息を呑んだ。リディアがカイへ進呈すると言って差し出した剣は剣闘士大会の優勝者へと送られた聖剣『ホーリーなるソウルセイバー』だったからだ。


「そ、そんな! それは……、う、受け取れません……。その剣は師匠が――」

「私は本来出場するはずではなかった」


 カイの言葉を遮る様にリディアが話し始める。


「私が今回、この剣闘士大会へと出場したのは君の力を測るためと君が驕らないようにといらぬ心配をしてしまったからだ。……だが、それは私の杞憂だった。君は私が出場せずとも、驕らず己を高めるように成長したはずだ。結果として私は君の優勝を邪魔したのだ。だから、この剣は君が受け取るべきだ。本来なら君が優勝していたはずなのだから」


 リディアの迷いのない言葉にカイは気押されるが、なんとか負けないように言い返す。


「そ、そんなことはありません! 確かに、今回は俺が準優勝でした。でも、師匠が出場していなくても誰かに決勝で負けた可能性は十分にあります! ……それに、たらればなんて言い出したらきりがありません。ですから、優勝した師匠がその剣を持つべきです!」


 カイもリディアに負けないように気持ちを込めて言い返した。しかし、そんなカイの答えをリディアは予想していたように少し笑みを浮かべて言い直す。


「ふふふ。……なるほど、確かにそうだ。たらればを言っていたらきりがない。では、この剣は私の物としよう」

「は、はい! その剣は師匠が――」

「ならば、私はこの剣を弟子の君に託そう。君が準優勝をした褒美と思ってくれて構わない」

「――ッ!」


 リディアの切り返しにカイは言葉を失い困惑する。そんなカイに気付いたリディアはカイへ語りかける。


「カイ。君の気持ちはわかっている。だが、君なら私の気持ちもわかっているだろう? 私は君を信頼している。君ならこの聖剣を使いこなしてくれると。それとも、私の目が曇っていると思うか? 私の身贔屓なのか?」

「……そんな言い方はずるいです……。師匠」


 カイは少し拗ねたような表情で呟く。そんなカイを見てリディアは笑顔だった。カイは少し目を閉じると立ち上がり片膝をついた。そして、両手を差し出し剣を受け取るための姿勢をとる。リディアはそれ以上は何も言わずにゆっくりとカイへ聖剣を渡した。聖剣を受け取ったカイが思ったこと。


(……重い……。なんて重いんだ……)


 聖剣の重量ではなく。聖剣に託されたリディアからの信頼という重さがカイには実感できた。カイは渡された聖剣を握り心に固く誓う。


(……絶対に……絶対に……師匠の気持ちに応えてみせます! 師匠の信頼を裏切らないと誓います!)


 一連の行動を見ていた周囲の人間は自然と拍手をしていた。ここにいる全員、カイが聖剣を持つに相応しい人物だと認めていたからだ。


 医務室内でいろいろな出来事が起きたが、そろそろ解散しようとしていた。そのとき、部屋にいたサイラス兵士長のキーンが口を開く。


「……そろそろいいかな……」

「うん? おっちゃん。なんか言ったか?」


 キーンの独り言のような呟きを耳にしたルーアがいつも通りの不作法な呼び方でキーンに尋ねる。しかし、キーンはルーアの態度を全く気にすることなく話をする。


「あぁ、すまないが少しいいかな?」


 キーンの問いにその場にいた全員が注目する。全員の視線を感じながらキーンは重要な件を話し始める。


「要件は他でもない。パフ君の処遇についてだ」


 キーンの言葉にパフは顔を上げてキーンを見つめる。他の者はパフとキーンに注目する。


「パフの処遇って……」

「うむ。まずは、カイ君。君にはお礼を言わせてもらう。本来、パフ君のように不当な扱いを受けている者を救うのはサイラスの治安を預かる我々兵士の役目だった。それを、法律との矛盾により手を出すことができなかった。全く情けない話だ……」


 悲しげな表情で語るキーンに同情の視線が集まる。そんな視線を感じたキーンは頭を軽く振り話を続ける。


「……すまない。私などより、パフ君の方がよほど辛い目にあっていはずなんだ。……パフ君。君は自由だ。だが、まだ幼い。一人で生きてゆくには何かと不便もあろう? だから、提案がある君さえよければ私が責任を持って君を大事に育ててくれる里親を見つけようと思うが……、どうだね?」


 キーンの提案にパフは目を見開いて驚いた表情で聞き返す。


「……里親……?」

「あぁ、約束しよう。君の母親が天国で安心できるような、里親を探してみせると。だから、私に任せてくれないか?」

「……わ、私は……」


 そのとき、部屋にいたある人物が声を上げる。


「ちょっと、待ってよ! だったら、私達のところに来なさいよ!」

『えっ!?』


 提案したのはアリアだった。突然の提案にスーとムーは驚きの声を同時に上げ、アリアへ問いただす。


「ちょっと、お姉ちゃん! 無責任なことを言わないで下さい! パフさんの人生がかかっているんですよ!」

「そ、そうだよ。お姉ちゃん。お、思いつきで言ったら駄目だよ……」


 スーとムーの反論にアリアは唇を尖らせて文句を言う。


「ぶー! 失礼ね! 思いつきなんかじゃないわよ! だって、パフちゃん可愛いし、礼儀正しいじゃない。これなら、うちで売り子をやってもらえば人気出るわよ? それに、パフちゃんだって少しは事情を知っている人の方が安心できると思わない?」

「そ、それは、そうかもしれないけど……」

「はぁ……。お姉ちゃん。言いたいことはわかりました。では、パフさんに聞いてみましょう」

「えっ?」


 アリア達の提案にパフが驚いていると、また声が上がる。


「あー! だったら、私のところで面倒をみるわ!」


 手を上げながらクリエが小さく跳ねながらアピールする。クリエの行動にナーブが頭を押さえながら質問をする。


「……せ、先生。ど、どういうことですか……?」

「うん? どういうことって?」

「パフさんを引きとるなんて話は聞いていませんが?」

「それはそうでしょう? 今、初めて言ったんだから」 


 クリエの当然でしょうという表情を見たナーブは大きなため息を上げて忠告する。


「先生。勝手なことをしていると。また、エルダーに――」

「いいじゃない! 人助けなんだし! それに、あの子は白人狼ホワイトアニマのハーフよ? 普通の人間じゃあちゃんと受け入れてくれるか心配なのよ。……でも、私はハーフエルフだから、あの子を白人狼ホワイトアニマのハーフとしてじゃなくて、パフとしてみてあげる自信があるわ! だから、どう? パフ。白銀はくぎんの塔で私の助手をやらない? 大丈夫よ! 生活に関してはちゃんとナーブが面倒をみてくれるから!」

「……それは別に構わないのですが、先生は面倒をみないのですか?」

「私? 無理無理! 私もナーブに面倒をみてもらってるのにパフの面倒をみてあげられるわけないじゃない!」

「……そんな、胸を張って言われても……」

「あ、あの……」


 パフが口を開きかけると、またまた声が上がる。しかし、先程までのアリアやクリエとは違い静かな口調だった。


「あの……。俺が……、俺にパフを引きとらせてくれませんか!」


 静かな口調ではあったが、自信を持ちパフを引きとりたいという決意を胸に秘めてカイは声を上げた。そんなカイをパフは見つめる。


「俺は……みなさんと違ってたいした経済力も知識も持っていません。でも、パフが嫌でなければ面倒をみてあげたいんです!」

「……カイさん……」

「なるほど。……では、パフ君に決めてもらおう」

「えっ?」

「そうね。パフちゃんが決めてくれていいわよ」

「賛成! 自分のことなんだから後悔しないように決めなさい。別に全員が嫌なら嫌って言ってもいいのよ? だって、あなたはもう自由なんだから!」


 パフは周囲を見渡す。全員の顔を見ながら、パフは思い出していた。母親から言われた最後の言葉を……。そして、心の中で母親に報告をする。


(……お母さん……。見てる……? ……見ていて欲しい……。お母さんの言っていた通りだったよ……? 私のことを考えてくれる人が……友達が……いっぱいできたよ。……お母さん……。見てるかな……?)


 パフは目をこすりながら、自分の意思をはっきりと言葉に出す。


「……キーンさん。ありがとうございます。……でも、私はあなたの提案には乗れません」

「そうか。わかった。……だけど、困ったことがあれば頼って欲しい。あまり頼りにならん年寄りだが、できることも少しはあるはずだからね」

「はい。ありがとうございます!」


 次にパフはアリアへ視線を移して伝える。


「……アリアさん。お店の売り子って楽しそうですけど。ごめんなさい。私はあなたとも暮らせません」

「そっかー。残念。でも、遊びには来てね! いろいろとサービスしてあげるから!」

「はい!」


 パフが次に口を開いたのは、ハーフエルフであるクリエにだった。


「……クリエさん。いろいろと心配をしてくれて感謝しています。……でも、私はあなたの助手はできません。すみません」

「それが、あなたの意思なんでしょう? だったら謝らなくていいわよ。自分の意思をちゃんと伝えなさい」


 クリエの言葉にパフはしっかりと頷く。そして、最後にパフはカイを見つめる。


「……カイさん。私……、カイさんにご迷惑ばかりかけました。……私は何もできません……。何のお役にも立てないかもしれません……。……それでも……、それでも……」


 パフの目からは自然と涙が流れていた。しかし、言葉を止めることなく自分自身の偽りのない気持ちをカイへと伝える。


「……それでも、私はカイさんと一緒にいたいです……! カイさんと一緒に暮らしたいです! だから、私からお願いをさせて下さい! お願いします! 一生懸命にお役に立てるように努力します! ですから、カイさん! 私を……私を――」


 言葉を最後まで聞かなくても気持ちは十分に伝えわっていた。だから、カイは気持ちを一生懸命に伝えていた少女を抱きしめて返事をする。


「……うん。一緒に暮らそう? 俺一人じゃない。師匠とルーアもいる。四人で暮らそう? パフも一緒に……」

「う……うぅ……。あ、ありがとう……ございます……。うわぁぁーーーーーー!」


 少女は涙を流す。それは悲しみの涙ではなく歓喜の涙。母親と死別してから誰にも心を開くことのなかった少女が唯一心を開いた青年と共に暮らすことが叶ったことへの感謝の涙だった。


 そんな少女――パフを全員が暖かい眼差しで見守っていた。


 今日、カイに新しい仲間――いや、家族ができた。人間と白人狼ホワイトアニマのハーフである少女のパフだ。

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