第40話 フィッツ対スターリン

 多くの観客が見守る中、サイラス剣闘士大会の本戦が開始されている。一回戦、第一試合はカイがクリエに勝利した。そして、一回戦、第二試合フィッツ対スターリンの試合が間もなく始まろうとしていた。すでにフィッツ、スターリンの両者は闘技場の中央まで赴いている。両者は向かい合いながら睨み合い、試合開始の合図を待ちわびていた。そんな二人をカイは不安な様子で見ていた。


「フィッツ……」

「心配か? カイ君」

「……はい。フィッツの強さは知っていますが、相手は……」


 カイはスターリンを見て表情を険しくする。その理由は、スターリンの実力をカイも理解しているからだ。そして、フィッツとスターリンではどちらが有利かもカイは理解していた。


「大丈夫だ。……と言いたいが、相手が相手だ。軽率な言葉は控えよう。だが、フィッツ君も強い。私の見立てでは、二人はほぼ互角と考えている」

「……はい」


 アルベインの見解を聞いても、カイの表情は晴れやかにはならない。そんなカイにアルベインは尋ねる。


「カイ君。君はどうみるんだ? あの二人の試合を?」

「……恐らくですけど、フィッツが不利です……」

「何? それは――」

「その通りだ。カイ」

『えっ?』


 カイとアルベインの会話に突然エルが割り込んできた。カイとアルベインは驚いて声を上げるが、エルはそんなことにはお構いなしに話を続ける。


「確かにアルベインの言う通り、実力的にはフィッツとあのスターリンという男は互角だろう。だが、どちらが有利かと言えば間違いなくスターリンが有利だ」

「どういうことですか? リ、……ではなく。エル殿。実力が互角ならば、一方が有利となるのはおかしいのでは?」

「それは単純に実力しか見ていないからだ。フィッツとスターリンでは戦い方がまるで違う。私の予想では短期の戦闘で勝負がつくならフィッツ、長期の戦闘ならスターリンが勝利するだろう」


 エルの見解を理解しているカイは大きく頷く。一方で理解しきれていないアルベインは疑問を口にする。


「それは、一体――」

『では! お待ちかねの一回戦、第二試合! フィッツ選手対スターリン選手の試合開始!』


 アルベインの疑問は、司会者が高らかに宣言した試合開始の合図にかき消され、フィッツ対スターリンの戦いが始まる。


「おらー!」


 フィッツは掛け声と共にスターリンへと一直線に突撃する。その踏み込みの速度はスターリンの予想よりも速くスターリンは驚愕する。だが、焦ることなく冷静に対処する。スターリンは模擬もぎ刺突剣レイピアで目にも止まらぬ三連撃をフィッツへと繰り出す。攻撃が直撃せずとも速度を殺して懐まで入れない作戦だ。しかし、フィッツはスターリンの三連撃を拳で軽く防ぎながら速度を殺すことなく突進してきた。


「なっ! 馬鹿な!」

「へっ! もらったー!」


 目を見開き驚愕するスターリンを尻目にフィッツは右拳のストレートをおみまいする。フィッツが放った一撃はスターリンの身体をかすめる程度で留まった。辛くも攻撃を避けたスターリンはフィッツから急いで距離をとる。そして、表情を歪めながら呟くように疑問を口にする。


「……どういうことだ? こっちは模擬とはいえ刺突剣レイピアだぞ? なんで生身の拳であんな簡単に弾かれる……」


 そんなスターリンの疑問を聞いたフィッツは勝ち誇った顔で説明をする。


「へっ! わかんねぇーだろう? これを見ろよ!」


 フィッツはそういうと自分の拳で地面を思い切り殴りつける。その衝撃で地面には均一な円の窪みができる。それは通常ではありえない現象だった。拳で地面を攻撃してもフィッツが作ったような綺麗な円の窪みではなく、普通は地面が割れるか歪な窪みが出来るものだ。しかし、フィッツは拳で均一な円の窪みを作ってみせた。そんなフィッツにスターリンは視線を鋭くさせて疑問をぶつける。


「……なぜ、そんな綺麗なクレーターができる? 魔法でも使っているのか?」


 そう、魔法による攻撃ならフィッツが作ったような円の窪みはできる。しかし、ただの拳による打撃ではあのような円の窪みはありえない。そのため、スターリンはフィッツが魔法を使っていると疑う。だが、フィッツはスターリンの答えを即座に否定する。


「残念だけど大外れだ! 俺は魔法なんて使えねー。……でもな、死んだ師匠からの使い方を教わってるんだよ!」

「き……? なんだ、それは?」

「へっ! 悪いな。俺は頭が悪くて上手く説明はできねぇーが、簡単に言えば体力を攻撃力に上乗せするみたいな感じだな!」


気:生物が持つ生命エネルギーを攻撃力や防御力などへと転化させる技術。これを上手く行えば、生身の肉体を鋼鉄以上の鎧。または、拳を鋼鉄以上の武器へと変化させることが可能。しかし、習得にはたゆまぬ努力とたぐいまれな才能が必要ともいわれる。


 ◇


「あれは、何なんだ?」

「フィッツはき……って言っているけど。それって……」

「なるほど。気の使い手だったか」

「えっ! ししょ……じゃなくて。エルさんはフィッツのやっていることがわかるんですか?」

「あぁ、昔だが似たような技を使う者と戦ったことがある。気とは生命エネルギーを拳や身体に流すことで、攻撃力や防御力を強化する技術だ。まぁ、魔法と似ているといえば似ているが詠唱などは必要としない。それから魔力も必要としない」


 カイとアルベインはエルの説明を聞いて気の力に驚愕する。しかし、エルは気についてメリット以外のデメリットも説明する。


「だが、生命力を攻撃や防御に転嫁しているのだ。余程の手練れでなくては通常の攻撃よりも体力を消費する。フィッツはかなりタフだとは思うが……まだ若い。気の技術を完璧には習得してはいないだろう。恐らくだが、多用すればすぐにバテるぞ……」


 ◇


 スターリンは面白くないという表情でフィッツを見ている。気の技術について理解はできないが、フィッツの特殊な攻撃方法を危険と考えて距離を保ちながら攻撃に転じようとする。しかし、その行動を邪魔するかの如くフィッツがスターリンへと再度突進してきた。


「行くぞ!」

「チッ!」


 フィッツの突進を嫌ったスターリンは突きによる牽制をしながら避けようとするが、先程のように攻撃はフィッツの拳に軽く弾かれてしまう。そして、フィッツの攻撃がスターリンの右肩に当たった。というよりは、攻撃を避けられないと悟ったスターリンが肩で攻撃を受けたという方が正解だ。


「くっ!」

「よっしゃあー!」


 攻撃を受けたスターリンは苦悶の表情を浮かべ、対照的にフィッツは満面の笑みを浮かべる。


(くそ! なんだ、こいつの攻撃は? 拳の一撃を受けただけで肩が痺れる……。まともに攻撃をもらうとまずいな……。どうする?)


 スターリンは予想外のフィッツの力に焦りを覚えていた。一方のフィッツは勝利を確信する。


(いける! こいつの攻撃は速いが、弾くことはできる! でも、あいつは俺の攻撃を避けきれていない。このまま押し切ってやる!)


 ◇


「どうやら、フィッツ君が有利のようですね」

「……それは、まだわかりません」


 アルベインの言葉にカイは懐疑的な返答をする。そんなカイにアルベインは訝しげな表情で聞き返す。


「そうか? 見た通り、フィッツ君が押している。このまま試合を決めるはずだ」

「その考えは甘いな」

「エル殿……。あなたも、カイ君と同じ意見だと?」

「あぁ、一見するとフィッツが押しているように見えるが、実際はフィッツの方が追いこまれている」

「なっ! どうしてですか!」

「簡単だ。フィッツの攻撃を受けたスターリンが行う次の行動は、恐らく避けるに徹するからだ」

「避ける……。つまりは逃げですよね? それなら追いこんでいる証拠では?」


 アルベインの疑問にエルでなくカイが答える。


「……いいえ。それは違います。スターリンさんが逃げに徹すれば、気付かれてしまうんです……」

「気付かれる? 何に?」

「……フィッツの致命的な弱点にです」


 ◇


 フィッツは勝利を確信してスターリンへ三度みたび突進をする。フィッツの突進を見たスターリンは険しい表情であることを決断する。


(……チッ! 屈辱だが……。仕方がない。今は避けるしかないな)


 攻撃をせずに避けることを決断したスターリンは、大きく右へと移動してフィッツの突進を避ける。当然フィッツは追いすがると読んでいるスターリンは、さらに左右へと移動を繰り返してフィッツに的を絞らせないようにする。しかし、スターリンは予想外なことに気がつく。フィッツの追撃が遅かった。先程までの見事な突進に比べ、追撃は全くといっていいほど精彩に欠ける動きだった。


(なんだ? わざとか? 隙を作ってカウンターでも狙っているのか? ……いや、まさか。こいつ……)


 スターリンは確認をするため、左右への移動を繰り返しながらヒットアンドアウェイで攻撃を行う。するとスターリンの攻撃は全てがフィッツへと見事に当たり、逆にフィッツの攻撃はことごとく空を切る。その状況でスターリンは確信をした。


(あぁ……。そういうことか……。こいつ……。突進ほど左右の動きがとれないのか)


 フィッツの弱点を確信したスターリンは口を歪め笑っていた。


 ◇


 カイ、アルベイン、エルは戦いを観戦して表情を曇らせる。カイとエルが危惧していたことが現実になってしまったからだ。そう、フィッツの弱点がスターリンへと露呈してしまった。


「そういうことか……。フィッツ君は……」

「はい……。フィッツは、直線の動きに比べて左右への切り返す動きが極端に遅いんです。初めて会った時、それから昨日の予選を見ていて気がつきました……」

「そうだ。そして、直線的な動きのみが脅威なら、直線的な動きをさせないように戦えばフィッツの攻撃は封じられる」


 ◇


 ここからの戦いは――いや、もはや戦いのていを成していない。行われていたのは、一方的に攻撃を受け続けるフィッツの姿だけだ。絶えず攻撃を受け続けているはずのフィッツは諦めることなくスターリンへと追いすがり距離を詰めようとする。だが、左右へと距離を取られ尚且つスターリンの攻撃は一瞬のみ。攻撃をしては距離をとるヒットアンドアウェイを行なっている。そんなスターリンの動きに、フィッツは全くついていくことが出来なかった。


「くそー!」


 フィッツは苛立ち声を上げるが、状況は一向に好転しない。スターリンの攻撃を受け続けるフィッツは徐々にだが確実に体力を削られ損傷ダメージを受け続ける。苛立つフィッツの一方でスターリンは余裕の笑みで攻撃を繰り返す。そんなスターリンを見てフィッツは怒りを燃え上がらせる。


(負けるかよ! こんな奴に負けるかー!)


 気合を入れ直してフィッツが進撃しようとするが、ある異変がフィッツを襲う。


「なっ!」


 フィッツの右腕が自分の意思とは無関係に力なく垂れ下がる。その状況にフィッツは困惑するが、スターリンは嘆息しながら言い放つ。


「ふぅー。ようやくか……。全くタフというよりも鈍いんじゃないのか? 普通の人間ならとっくに右腕は上がらないはずなんだけどね」

「なんだと……? どういうことだ! 何をしやがった!」

「フン。まだ、わからないのかい? 僕がさっきから攻撃していたのは君を倒すためじゃない。君の攻撃を封じるために右腕の関節だけを執拗に攻撃していたんだよ」


 スターリンの説明を聞いてフィッツは理解した。スターリンの掌の上で踊らされていたことを……。しかし、フィッツは歯ぎしりしながら吠える。


「右腕が使えないからなんだ! まだ左腕が残ってんだよ! テメーなんぞは左腕一本で十分だー!」


 フィッツから根拠のない言葉を聞いたスターリンは意外にも笑顔でいた。スターリンは、そんな笑顔のままフィッツへ宣言する。


「あぁ、そうだった。忘れていたよ。じゃあ、次は左腕をもらうよ? その次は右脚、そして左脚。……君は僕の前で無力に這いつくばることになるんだよ!」

「抜かしやがれ!」


 怒りのままにフィッツはスターリンへと突進する。しかし、フィッツの攻撃が当たることはなかった。逆にスターリンの宣言通りにフィッツは攻撃を受け続ける。


 五分後、フィッツの左腕が自分の意思とは無関係に力なく垂れ下がる。まるで先程の右腕が動かなくなるリプレイを見ているようだった。フィッツは悔しさのあまり一瞬だけ下を向いた。しかし、すぐに顔を上げてスターリンを睨み怒鳴りつける。


「これで勝ったと思ってんのか? まだだ! 俺は負けてねぇー! 俺は負けねぇー!」


 そういうとフィッツは無謀にも正面から右脚で蹴りを入れた。その無謀な行動を冷めた視線で見ながら、スターリンは攻撃してきた右脚の蹴りを避け、そのまま右脚の付け根に渾身の剣撃を入れる。


 すると周囲に卵か何かが潰れたような嫌な音が響いた。その音が響いた後、フィッツは絶叫を上げる。


「ぐわぁぁぁーーーーー!」


 スターリンの一撃をくらい、フィッツは勢いそのままで地面に倒れる。豪快に倒れたフィッツを見降ろしながらスターリンが言い放つ。


「馬鹿か貴様は? そんな隙だらけの蹴りが僕に当たるとでも思っていたのか? ……まぁ、でも良くやったと思うよ。君は……。田舎者の平民がここまで僕と戦えたんだ。もう満足しただろう? 負けを認めろ。このままなぶり続けてもいいが、僕も疲れるからね。それに、もう飽きた……」


 ◇


「フィッツ……。もういい……。負けを認めろ……」

「……残念だが」

「そうだな。勝負ありだ」


 カイ、アルベイン、エルはフィッツの敗北を悟り受容していた。一方、観客席のルーア達は――


「あの単細胞! 何してやがる! そんな奴に負けてんじゃねー!」

「る、ルーア君。お、落ち着いて……。で、でも、もうフィッツさん……」

「えぇ……。私も勝っては欲しいですが……。このままではフィッツさんのお身体が……」


 ルーアは興奮気味に怒鳴り散らす。一方のムーとアリアはフィッツの身を案じた言葉を口々に話す。しかし、アリアはルーア、ムー、スーの三人へ語る様に話す。


「そうね。ルーア君の気持ちもわかる。ムーとスーの心配もわかる。……でも、一番大事なのはフィッツ君がどうするかよ――」


 アリアの言葉にルーア、ムー、スーが耳を傾ける。


「――辛いかもしれない。でも、フィッツ君はまだ諦めていないわ。私達はフィッツ君を最後まで見守って応援してあげましょう!」


 アリアの言葉にルーア、ムー、スーが大きく頷き、フィッツを応援する。


 ◇


 フィッツが地面に倒れ考えていたことは、どうやって試合に勝つのかではなく。自分自身のこと。そして、一人の少女についてだった。


(……情けねぇ! 俺はなんだ? こんな奴に負けるのか? こんな……。人間を奴隷にするようなクソ野郎に! ……いや、それは俺もだ……。……最初はあの子を助けようとした……。なのに、あの子が白人狼ホワイトアニマのハーフってわかったら……、掌を返して距離をとった……。それだけじゃねぇ……。自分の身勝手な感情で、あの子を見捨てようとした。……どんだけのクソ野郎だ……。俺は……。俺は最低だ……。すまねぇ……。師匠……。あんたに教わったことを忘れてた……。あんたに助けてもらったことを忘れてた……。あんたから受け継いだのは、力じゃねぇ! あんたの意志だ! それを……、俺は……、本当にすまねぇ……! でも、あの子を助けたいっていう気持ちに嘘はねぇ!)


「おい! 返事ぐらいしろよ! それとも、痛みのあまり声も出せないのか? これだから――」

「おい! あれ!」「まさか……」「立つのか?」


 スターリンが倒れているフィッツへ怒鳴り散らしていたが、その言葉は観客からの驚愕の声で掻き消える。いや、スターリンも目を見張っていた。


 ありえなかった。スターリンから渾身の一撃を受けたことで、フィッツの右脚は動かせるはずはなかった。幸い骨は折れていないが、筋肉と靭帯に甚大な損傷ダメージを受けていた。動かすだけで激痛が走り、常人ならとうに気絶していてもおかしくない。つまり、フィッツは右脚を使って立つことはできないはずだった。そんな状況でフィッツは両脚で立ち上がった。


『おーっと! フィッツ選手! スターリン選手からの度重なる攻撃で、もう敗北決定かと思われていたが立ち上がったぞー! ここから奇跡の大逆転はあるのかー!』


 そんな司会者の声に呼応するかのように観客からは大声援がフィッツへと降り注ぐ。


 ◇


「フィッツ! 無茶だ!」

「あれだけの攻撃を受けて立ち上がるのか……?」

「……精神が肉体を凌駕したな。……だが、何がフィッツをそこまで駆り立てる?」


 カイ、アルベイン、エルもフィッツが立ち上がったことに驚愕する。それと同時に心配していた。勝敗よりもフィッツの身を……。


 ◇


 立ち上がったフィッツを見たスターリンは怪訝な表情を浮かべる。


(……立っただと? どういうことだ……? 立てるはずがないだろう? 僕の一撃をまともに受けたんだぞ? 骨が折れてもおかしくないほどの手応えがあったはずだぞ……! チッ! 田舎者は身体の構造から違うのか! 全く面倒だ!)


 スターリンは驚愕する一方でフィッツに対して怒りが湧いていた。スターリンはフィッツを一瞥すると挑発をするのように皮肉を言い放つ。


「フン……。立ったか。それで、どうする? そんな状況で立ち上がって何をする気だ? 教えてくれないか?」


 立っているのが精一杯なボロボロのフィッツがスターリンからの言葉に当然という口調で反論する。


「……何をするって……? 決まってるだろう……。テメーをぶっ飛ばすんだよ!」


 フィッツの言葉にスターリンは怒りを通り越して大笑いをする。


「フッフフフフフ。アハハハハハハハハハハ。なんだって? 僕をぶっ飛ばす? そんな立っているだけでふらついている状態でかい? しかも、両腕は使えないのにどうやってぶっ飛ばすっていうんだ? ……しかし、そうまでして僕に戦いを挑むのはなぜなんだい? 貴族への怒りか? それとも男の意地というやつか? 良ければ教えてくれよ? 君を気絶させる前にね……」

「……お前をぶっ飛ばす理由は――」


 フィッツは言葉を一度切ると観客席に目をやる。すると、すぐに目的の人物を見つける。服は汚れ、身体のあちこちに生傷があり、意思のない瞳をしている。人間と白人狼ホワイトアニマのハーフであり、奴隷となっている少女だ。その少女を確認するとフィッツはスターリンへ不敵な笑みを浮かべて吐き捨てた。


「――あの子を……お前が奴隷にしている。……あの少女を助けるためだ!」


 ◇


「フィッツ……」

「フィッツ君」

「どうやら、自分の気持ちに整理はつけたようだな。……しかし、状況は圧倒的に不利だぞ?」


 フィッツの心からの叫びにカイ達は目を奪われる。三人は心配をする一方でフィッツを誇らしく見ていた。


 ◇

 

 フィッツの言葉にスターリンは首を軽く傾げながら質問をする。


「あの少女……? 奴隷五号のことか? フーン。君といい。次に戦う予定の田舎者といい。奴隷五号は田舎者に人気があるんだなぁ。あんなうす汚い獣人のハーフになぜ惹かれるのか、僕には全く理解ができないよ。まぁ、確かに見た目はそれなりだし。身体の発育はいい方だが――」

「そんなんじゃねぇーよ!」


 スターリンの言葉を遮りフィッツは話を始める。少女を助けたい本当の理由を……。


「あの子を助けるのは……。俺の義務なんだよ……。なにせ……、俺も――」


 フィッツは覚悟を決めたように、忘れ去りたい過去の自分を口にする。


「――俺も……、元は奴隷だからな」

「……なに?」


 ◇


『――ッ!!!!!!!』


 フィッツの言葉にカイ、アルベイン、エル。そして、観客席にいる。ルーア、アリア、スー、ムーといった。フィッツを知っている人間は一様に驚愕する。


 しかし、フィッツは不敵な笑みを浮かべ過去を思い出していた。

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