第36話 謎の戦士、その名はエル!

 サイラス剣闘士大会、最終予選Hグループ。試合開始になるまさにその時、闘技場内に声が響き試合開始の合図を止める。その声の主を全員が見る。そこには仮面をつけた戦士の姿があった。


 ◇◇◇◇◇◇


 魔王城、レイブンの自室内では水の音が響いている。そこへリコルが飛び込むように入ってきた。


「レイブン様ー!」

「うん? リコル? ノックもなしに入ってくるなんて……。何か緊急事態なの?」


 そんな質問をするレイブンの姿は、いつもの仮面をつけてはいたが服を脱ぎ布切れ一枚というあられのない姿だった。その姿を見たリコルは顔を真っ赤にしてレイブンに背を向け謝罪をする。


「す、すみません! レイブン様! ぼ、僕はそんなつもりじゃあ!」

「別にいいわよ。それよりも、何の用なの? 緊急なんでしょう?」

「い、いえ! い、いや、はい! いや、……というより、レイブン様がいたから、もう――」

「リコル! 落ち着きなさい」

「す、すみません!」


 そういうとリコルは深呼吸をして心を落ち着ける。気持ちを落ち着けたリコルがことの経緯を話し始める。リコルはレイブンが前日に剣闘士大会へ出場するという言葉に不安を覚えて、レイブンを探していたことを伝える。その話を聞いたレイブンは笑いながら返答する。


「ふふふ。可笑しな子ね。私は冗談って言ったのに真に受けていたの?」

「で、ですけど……、レイブン様は剣闘士大会を確認すると仰っていました。……ですが、大会が開始されても見に来ないものですから……。てっきり……」


 リコルの不安を理解したレイブンは説明する。


「そういうことか……。あなたの部屋へ行かなかった理由は単純よ。野暮用を頼まれたのよ。ユダの奴にね。まぁ、急ぎではなかったけど、後にするのも面倒だったから先に済ませたの。……それから今日は予選でしょう? そこまで真剣に見ることもないと思ったのよ。それに記録はしているでしょう?」

「あ、はい。もちろんです! レイブン様が望まれるのでしたら、いつでも再生できます!」

「なら問題はないわ。……ところで、リコル。私はシャワーを浴びてもいいのかしら?」

「あっ! も、申し訳ありません! た、直ちに部屋から出ます!」


 リコルは急いで部屋から出ようとするが、レイブンがリコルへ声をかける。


「ふふ。別に出て行かなくてもいいわよ? ……せっかくだし、リコルも一緒にシャワーを浴びる? 気持ちいいわよ?」


 レイブンの提案を受けたリコルは真っ赤な顔をさらに真っ赤にさせて早口で答える。


「いいえ! ぼ、僕は自分の部屋に戻ります! し、失礼しましたー!」


 リコルは足早にレイブンの部屋から出て行った。


「ふふふ。からかい過ぎたわね」


 一人になったレイブンは仮面を外してシャワーを浴びる。仮面を外したレイブンの耳は特徴的に尖っていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 カイは驚愕する。仮面をつけた戦士をカイは知っていたからだ。


 金色の髪をなびかせ、純白の外套マントを纏い。そして、バタフライ仮面マスクをつけた戦士がいる。カイは確信する。あの戦士はリディアだと。


(な、なんで? なんで師匠が試合に出てるの?)


 カイは驚愕のあまり声が出なかった。しかし、周囲は驚いてはいたが、各々が意見を出し合っていた。


「えっ? あれって……」

「……リディアさん?」

「あ、あれ? に、似てるけど、違うのかな?」

「いやー、どうみても……」

「リディア殿だと思うが……」


 全員が確信をもてずにいたが、ルーアはムーの腕から飛び上がり大声を出してツッコミを入れる。


「あのペチャパイ! 何を考えてんだ!」


 しかし、発言のすぐ後に小石がルーアの眉間にぶつかる。その衝撃でルーアは短く『ぐわっ!』と言いながら倒れる。ムーが落ちてきたルーアを見事にキャッチした。


「……や、やっぱり、師匠だ……。でも、なんで……?」


 カイの疑問に答える者はいなかった。


 一方のリディアは、自分の変装に自信を持っていた。


(ふん。あの羽虫め。また、私の悪口を言ったな? なぜか悪口はすぐに察知できる。第六感というやつか? しかし、この変装は完璧だな! これなら私の正体に気がつく者は誰もいまい!)


 そんなことをリディアが考えていると、司会者が声を上げる。


『おーっと! Aグループに続き、またしても乱入か? ――おっと、ここで情報がきたぞー! えー、なんでも彼女は飛び込みの参加者らしく。名前は――』


 なぜか、司会者は名前を言うことを躊躇とまどう。しかし、覚悟を決めて名前を発表する。


『な、なんと、彼女は! その名もエルだー!』


 司会者の言葉に観客席がどよめく。それもそのはず、謎というのは自己申告ではなく。呼ぶ側、つまり他人が判断すること。そのはずなのに情報を持っている司会者が謎と呼ぶことに違和感があったのだ。そのことを司会者も理解していたが、それに関しては流して試合を進行させる。


『では! 最終予選Hグループの試合開始!』


 最終予選Hグループ、試合開始の合図が出た。しかし、このグループの戦いは今までの戦いと明らかに違う点があった。


 参加者の数? 違う。


 強者の数? 違う。


 職種の数? 違う。


 違う点は一つだけ、リディアという存在だ。


 試合開始を宣言後にリディアはすぐに動いた。多くの人間の間を縫うように動く。傍から見るとただ通り過ぎただけだ。そして、リディアが闘技場に立っている参加者の全員と交差する。その後、リディアはおもむろに振り向く。すると今度は、ゆっくりと入ってきた入口へと歩いて戻っていく。だが、その歩みを止める者はいない。なぜならリディアが通り過ぎた後、闘技場に立っている者はいなかったからだ。時間にして一分も経っていないが、リディアは全ての参加者を気絶させていた。そのあまりの光景に、見ていた観客も司会者も他の予選通過者すらも声を上げることすらできなかった。唯一、リディアと行動をともにしている。カイとルーアだけは笑いながらリディアを見て思っていた。


(ははは。流石は師匠。やっぱり、すごいや!)

(やり過ぎだっての。あの馬鹿。ホント、不器用な奴)


 リディアが闘技場を後にしてようやく司会者が我に返り声を上げた。


『――あっ! あ、な、な、なんとー! 謎の戦士エル! 一瞬で! まさに! 一瞬で試合を決めたー! 最終予選Hグループ! 勝者は謎の戦士エルだー!』


 司会者の絶叫にも似た宣言の後、観客からは今日一番の大歓声が上がった。


 こうして、サイラス剣闘士大会の予選は幕を閉じた。次は本戦、明日を待つばかりだ。


 カイ達は闘技場を後にするが、入り口周囲でリディアが出てくるのを待っていた。理由はリディアと合流するため、それからリディアが正体を偽ってまで剣闘士大会へ参加した理由を聞くためだ。そのときリディアが外へと出てきた。いつもと変わらない様にもみえるが違う点もある。リディアは純白の外套マントと顔を隠すような、バタフライ仮面マスクをつけていた。リディアが来たので、カイはまず予選通過の報告とリディアの勝利を称えようとする。しかし、カイが言葉を発する前にリディアから予想外の言葉が放たれた。


「君がカイだな。お初にお目にかかる。私はエル! 謎の戦士エルだ!」

『……えっ?』


 その場にいた、カイを含めた全員の目が点になる。しかし、リディア――いや謎の戦士エルは構わずに話を続ける。


「私は君の師であるリディアと一度だけ戦ったことがある。残念ながら、そのとき決着をつけることは叶わなかった。そのため、今回の大会で君を倒すことで、その雪辱を晴らすとしよう! なかなかいい腕だが、まだ私に勝てるとは思えん。油断せずに挑んでくるんだな!」


 謎の戦士エルは言いたいことだけ言うと、外套マントを靡かせカイに背を向けて去ろうとする。そんなリディアの行動に驚いたカイは慌てたように声をかける。


「あ、あの、し、師匠……?」

「なんだ?」


 カイの問いかけに謎の戦士エルは普通に振り向く。しかし、すぐに訂正をする。


「オホン! 違う! 私は謎の戦士エルだ! 間違えるな!」

「えっ! あ、は、はい。す、すみません……」

「いや、わかればいい。では!」

「あー! ちょっと待って下さい! し、――じゃなくて、え、エルさん……」

「うん? どうした?」


 カイは困惑しながらも、とりあえず報告だけはしようと話を始める。


「えーっと。し、……ではなく。り、リディアさんのおかげで俺は予選を通過できました。だ、だから、俺は負けません! そ、それから、予選通過おめでとうございます。すごい戦いでした!」


 カイの報告を聞いた謎の戦士エルは嬉しそうに微笑む。


「そうか。……よくやった。カイ。だが、本番は明日だ。油断はするなよ?」

「は、はい! 師匠!」

「うむ。では、さらばだ!」


 そういうと謎の戦士エルは去っていく。だが、その後に思い出したかのように後ろを振り向き告げる。


「間違えるな! 私はエル! 謎の戦士エルだ!」


 謎の戦士エルが去った後、カイを含めた全員が顔を見合わせる。そして話し合いが始まる。


「ねぇ。カイ君。リディアさんって、人前に顔を出すのが苦手なの?」

「いえ、アリアさん。確かに師匠は目立つことは好きではありませんが、意味もなく変装をするなんてことはしないはずです」

「あのー、思ったのですが……。他の参加者にリディアさんを知る人がいて、その人に正体がバレない様にしているのでは?」

「そりゃあ、ねぇーだろう。だったら、そもそも大会に出なきゃいいんだからよ。全く何を考えてやがんだ。あいつは?」

「じゃ、じゃあ、ルーア君。こ、こういうのは? 師匠であるリディアさんが、カイさんと戦うために正体を隠して感動の戦いを――」

「ん? それって、なんか聞いたことあるぞ?」

「……それは私が以前、ムーへプレゼントした本の内容ではないのか?」

「は、はい! アルベインさん! あのときは、ありがとうございました!」

「でも、そんなことを師匠が……。うん? どうした? ルーア? 顔色が悪いけど?」


 カイの言葉で全員がルーアに注目する。よく見るとルーアの全身からは汗が吹き出て、顔面が青く変化していた。そんな状態のルーアが全員に向かって言葉を発する。


「……えっ? 何が? 僕はいつも通りだよ? それよりも、もう考えてもわからないから、この話はおしまいにしようよ! ねぇ?」


 全員が確信を持つルーアは何かを知っている。そして、そのことを隠そうとしていると。カイはムーからルーアを取り上げる。ムーは少し寂しそうな表情になるが、そのことには構わずにカイはルーアへ追及をする。


「……おい。何を隠してる?」

「な、何の話? 僕は何にも知らないよ?」


 明らかにおかしいルーアに業を煮やしたカイは最後の手段に出る。


「……何が僕だよ。全く。……本当に何も知らないのか?」

「……知らない……」


 全く目を合わせようとしないルーアへカイは告げる。


「……わかった。じゃあ、これからの食事はおかずなし。白飯のみでいいな?」

「何! なんでだよ!」

「それが嫌なら知っていることを正直に話せ!」

「き、汚ねー! テメー! そういう手でくるか!」

「うるさい! で? どうする?」


 カイの脅しにルーアは白旗を上げる。すると観念したように話を始める。


「じ、実は、カイと修行中にリディアに質問したことがあるんだよ」

「質問? 何を?」

「実際にカイは剣闘士大会で勝てそうなのかって……」

「それが? 別に普通の話じゃないか?」

「……そんときに、さっきムーが言ってた本の話をリディアへ話しちまったんだ……。そう、あれは――」


 ◇◇◇◇◇◇


 剣闘士大会の二週間前、サイラス近郊の草原。


 カイは剣闘士大会へ向けて修行を行っていた。今は高速移動の持続時間を延ばすため、下肢の筋力トレーニングを行っている。リディアとルーアは少し離れたところでカイの様子を見ていた。


「へー! 結構、長い時間を動けるようになったんじゃねぇーか?」

「あぁ、カイは順調に成長している」

「ふーん。……なぁ、聞いていいか?」

「なんだ?」

「正直なところ、カイは剣闘士大会で勝てそうなのか?」


 ルーアの問いにリディアは少し困った表情をする。その表情を見たルーアは思った。


(難しいのか……。だったら、あいつを慰める言葉も考えておくかなぁ……)


 しかし、リディアからの答えはルーアの予想を裏切る答えだった。


「……前にも言ったが、カイは予想を超える程の成長をしている。とりわけ、マナの協力があったとはいえ、ブラスト・デーモンを一人で倒したのだ。もはや普通の戦士――いや、アルベイン級の戦士でもカイに勝つことは困難だろう。私の予想通りなら、カイは確実に優勝するだろう」


 リディアの言葉にルーアは表情を綻ばせる。しかし、疑問があったので再度質問をする。


「なんだよ。じゃあ、安心だ。……でもよう。だったら、なんで、そんな難しい顔をすんだよ?」

「……カイにはあり得ないと思いたいが……。人は増長する」

「あん?」

「初めこそ謙虚で誠実で真面目な者も、力をつけると虐げられていた側から虐げる側へと変わってしまう者も多くいる……。私はカイにそうなって欲しくない。……世界は広い。カイ以上の実力……。いや、私以上の強者もきっといるはずだ。だから、増長などせずに常に前を……上を見ていく姿勢をカイには持っていて欲しい……」


 リディアの言葉にルーアは納得した。


「……確かにな。人間っていうのは心が弱いからな……。でも、カイはそんな奴じゃねぇーと思うぜ?」

「それは、わかっている。……だが優勝ともなると、どういう心境の変化が起こるか想像がつかん」


 リディアの言葉にルーアは思う。


(けっ! 要するに心配なだけだろうが。まぁ、こいつの杞憂だと思うけどなぁ……。カイの野郎が増長するなんて想像できねぇーけど。……うん? そういえば、前にムーの奴から聞いた話があったような……?)


 ルーアはあることを思い出してリディアへ提案をする。


「じゃあ、オメーも剣闘士大会へ出ろよ!」

「何? 私が出てどうする? それで、カイの優勝を阻止しろとでもいうのか?」

「まぁ、簡単に言えばそうなんだけど。普通に出るんじゃなくて変装して、オメーだってわからないように出るんだよ!」

「変装? 私は変身魔法が使えない」

「アホか! そんな大がかりにする必要ねぇーよ。例えば、外套マントをつけたり、兜をつけたり、仮面をつけたり、とにかく簡単な変装でいいんだよ!」

「それは変装か? 扮装の間違いだろう? それに、そんなものはすぐにバレる」


 リディアの言葉にルーアは人差し指を左右に揺らしながら否定をする。


「チッチッチ! 甘いな! ところが、そうはならねぇーんだよ!」

「なぜだ?」

「それは、お約束って奴だ!」

「お約束?」

「おう! 弟子のことを想う師が変装をすると、なぜだか正体がわからない不思議な現象が起こるんだよ!」

「……本当か?」

「あぁ、間違いねぇ! 本に書いてあるらしいからな。しかも、その師と弟子は決勝で戦うことになる。そして戦いが終わると、師と弟子の絆はより強固なものになるらしいぜ!」

「師と弟子の絆が強固に……。つまり、私とカイの絆が……」

「そういうことだ! だから、オメーも出ろよ! それで賞金をがっぽり――」


 ルーアの話は途中だったが、カイから声がかかる。


「おーい! ルーア! ちょっと、来てくれー! 手伝って欲しいんだ!」

「ん? あー、わかったー!」


 ルーアはカイの元へと向かう。しかし、一人残ったリディアは呟いていた。


「絆……私とカイの絆……より強固……」

 

 リディアはこのときにあることを決心する。つまり剣闘士大会への出場を決心した。


 ◇◇◇◇◇◇


「――というわけだ……。多分、あいつはそれを真に受けて……」


 ルーアの話を聞き終えた一同は理解する。


「えーっと。つまり、ルーア君がリディアさんへムーの持っている本の内容を教えた」

「そして、その本の内容では多少の変装で正体は決してバレないことになっている」

「う、うん。そうだよ! アリアお姉ちゃん。スーお姉ちゃん。そ、それから、戦いの後がすごい感動的なんだよ!」

「いや……、それは置いておいて。だからリディアさんはカイと戦うために大会へ出た」

「それは自分のためではなく。カイ君のためにか……」

「……師匠……」


(そうか……。師匠は俺のために……。俺のことを真剣に考えてくれて……)


 ルーアの話を聞き終えたカイは、全員にある頼みごとをする。


「……すみませんが、みんなにお願いしたいことがあります!」


 全員が視線をカイへと向ける。


「申し訳ないんですが、師匠が自分から正体を言わない限りは、師匠のことを謎の戦士エルさんとして接して下さい! お願いします!」


 カイは頭を下げて懇願する。その姿を見たルーアも頭を掻きながら、カイの近くへ行き頭を下げる。


「ちっ! こうなったのは俺様のせいでもある。だから俺様からも頼む!」


 全員がカイとルーアを見る。すると、全員が当然という感じで返答する。


「やめろよ。カイ。お前が頭を下げることじゃねぇよ。ただ謎の戦士エルと普通に接するだけだろう? 当たり前のことじゃんか!」


 フィッツの言葉にアリア、スー、ムー、アルベインが大きく頷く。


「そうそう。話すときはエルさんとして話せばいいんでしょう? 任せてよ!」

「リディアさんのお気持ちは理解できました。私もお力になります」

「ぼ、ぼくも頑張ります!」

「私もだ。……しかし、リディア殿と互角の戦士が出ると聞いていたが、まさにその通りかもしれんな……。腕が鳴る」


 全員の言葉を受けてカイは感謝を伝える。


「……みんな。ありがとうございます!」


 そんなカイを全員が笑顔で見ていた。そこへ、リディアが姿を現した。先程までとは違い、いつもの深紅の鎧をつけていたが、外套マントやマスクはつけていない。


「すまない。野暮用があって、なかなか戻ることができなかった。……うん? どうかしたのか? カイ?」

「あ、エルさ……じゃなかった。師匠。いえ、なんでもないです!」

「そうか? ならいいが。しかし、予選は見事だったぞ。修行の成果がよく出ていた。この調子で明日の本戦も頑張れよ!」

「はい! 師匠!」


 カイとリディアが互いを叱咤激励していると、アリアがあることを尋ねる。


「ところでー? カイ君達って、今夜は前夜祭に出るんでしょう? ゆっくりしてるけどいいの?」

「えっ? 前夜祭?」


 カイは聞き慣れない言葉に疑問を口にする。


「あー、カイ君は知らなかったのか? 本戦出場の選手は今夜、主催者が集まるパーティーへ招待されているんだよ。まぁ、強制ではないが出ておいて損はないと思うよ? 食事も出るしね」

「何! それって、タダで食えるのか! アルベイン!」


 食事と聞いたルーアが目を輝かせて尋ねる。そんなルーアに笑顔でアルベインは肯定する。


「あぁ、無料だ。ちなみに会場は私の家だ。良ければ、このまま行って正装用の服は貸し出そうか?」

「えっ? い、いいんですか?」

「あぁ、問題ない」

「た、助かります……。正直、パーティーなんて出たことないし。服もほとんど持っていないもので……」


 カイがアルベインへ感謝を伝えていると、横からフィッツも懇願する。


「あ、アルベインさん! 俺も! 俺も頼む! 旅ばっかりで金もほとんどねぇーし。服なんかに金はかけてねぇーんだ。頼む!」

「あぁ、了解だ」


 アルベインは笑顔で頷く。そして、アリア達へも提案する。


「アリア。お前もスーちゃんやムーを連れて来たらどうだ?」

「あれ? 私達も参加していいの?」

「まぁ、私の知り合い。もしくは、本戦出場者の付き添いということにすれば、問題なく入れる」

「へー。じゃあ、私はカイ君の恋人ってことで入るー! ――ぎゃん!」


 アリアがカイに抱きつこうとした瞬間に、スーがハリセンでアリアを叩いた。


「この馬鹿姉が! ……アルベインさん。パーティーへのお誘い、ありがとうございます。しかし、ご迷惑ではありませんか?」

 

 スーの言葉にムーも横で小さく頷く。そんな二人にアルベインは優しい笑顔で話す。


「とんでもない。それに、アリアは置いておいて。スーちゃんとムーには、いつもお世話になっているからね。こういう時に、恩返しをさせてもらえないかな?」


 アルベインの言葉に二人は満面の笑顔で喜んだ。そして、地面に倒れているアリアは意地悪く突っ込む。


「そうね。いつもアルベインのお世話をしてあげているんだし。たまには、お世話になってやろうかしら」

「……お前の世話になった覚えはない」

「あはははは。気にしない。気にしない」


 こうして、カイ達は全員でアルベインの自宅である。ヴェルト家の屋敷へと向かう。


 屋敷に到着すると一人の老執事が丁寧に挨拶をしてくる。


「お帰りなさいませ、アルベイン様。そして、予選勝利おめでとうございます。私も心から祝福させて頂きます」

「なんだ、クロード。知っていたのか?」

「はい。旦那さまから聞き及んでおります」

「……そうか。父上が。あー、それよりも、紹介したい方々がいる。こちらは――」 


 アルベインがカイ達を紹介しようとするとアリアがクロードへ手を振りながら挨拶する。


「やっほー! クロードさん。久しぶりー!」

「おや、お久しぶりでございます。アリア様。大変お美しくなられて」

「えー! やっぱりー! クロードさんは見る目があるわねー! アルベインなんて、私のこと何にも褒めないのよー!」


 アリアは笑顔で喜んだあとに、頬を膨らませて抗議をする。そこへアルベインが口を挟む。


「アリア! 今はそんな話はいい。クロード。彼らは私の友人達だ。そして、予選を勝ち抜いた今回のパーティーの参加者でもある。急ですまないが、彼らに似合うパーティー用の服を選んでくれ」


 アルベインの指示を受けたクロードは頭を下げ、すぐに行動へ移す。


「畏まりました。そして、お初にお目にかかります。私はヴェルト家に仕える執事長。名をクロードと申します。以後お見知りおきを」


 クロードの丁寧な挨拶を聞いた、カイ達もそれぞれが自己紹介をする。それが一通り終わるとクロードはすぐに動く。


「では、僭越ながら私共が皆さまの御召し物を選ばせて頂きます」


 クロードは言い終えると、胸ポケットから小さな鈴を取り出し鳴らす。すると、各部屋からメイドや執事が出てきた。クロードはそれぞれに指示を出す。すると、すぐに男性陣と女性陣に分かれて、部屋へと案内される。


 準備が終わるとそれぞれ順番に部屋から出てくる。


 まずは、男性陣。


 カイ、黒のタキシードを着ている。着なれていないためか、カイは動きづらそうに肩を回したり、屈伸をしている。


 ルーア、意外にもルーアの正装も行ってくれた。緑を基調とした服で吟遊詩人のような出で立ちにも見える。また、首回りなどをスカーフなどの小物で飾っている。ルーアも着なれない服に少々窮屈そうにしていた。


 フィッツ、締め付けられるのが嫌なため、シャツを出し腕もまくっている。しかし、そこはだらしないというより、ワイルドに見せるようにコーディネートされ下品に見えない様に調整されていた。それでも、フィッツは肩がこるようで首を回している。


 ムー、青を基調とした服装。男の子の服装だが、ところどころにフリルがつきムーの可愛らしさをより引き立てている。蝶ネクタイがくすぐったいのか首回りを気にしている。


 アルベイン、普段から見につけているのか自然に着こなしていた。青と黒を基調とした、煌びやかな服装で佇まいも落ち着いている。


「へー、流石はアルベインだな。何ていうか着慣れている感じだ」

「ははは。ありがとう。ルーア君。まぁ、一応は貴族だからね。あまり好きではないが、パーティーへも顔を出さなければいけない時もあったんだよ」

「あ、そうだ。アルベインさん。俺の服だけじゃなく。ルーアの服まで本当にありがとうございます」

「いや、気にしないでくれ。それと、良ければ君達が着ている服は差し上げよう。また、こういう機会があるかもしれないからね」


 アルベインの提案にカイは両手と首を横に振って遠慮をする。


「そんな、お世話になったばかりで服までもらうわけにはいきませんよ」

「構わないよ。貴族というのは、着ることもしない服を何十着と持っているのさ。……本来なら、貧しい者へ還元すればいいものを……。……あー、すまない。愚痴になってしまった。だから、いいんだ。必要な人に使ってもらった方が服も喜んでくれる」

「……アルベインさん。ありがとうございます。……でも、本当にいいんですか? 特にルーアの服って魔法道具マジックアイテムじゃあ?」


 そう、ルーアの着ている服は元々人間の子供服ほどの大きさだった。しかし、魔法道具マジックアイテムは見に付ける者のサイズへと自動的に変化する。そのため、ルーアにぴったりのサイズへ自動的に調整された。カイの指摘にアルベインは苦笑いを浮かべて答える。


「あぁ、確かにルーア君の見につけているものは全て魔法道具マジックアイテムだが、特に問題はない。というのも、その魔法道具マジックアイテムには一つ欠点というか欠陥というか、問題があるんだ」

「えっ? そうなんですか?」

「おいおい! まさか、呪われてるとか言うんじゃねぇーだろうな!」


 アルベインの言葉にルーアが不安そうに尋ねる。しかし、アルベインは笑いながら否定する。


「違う違う。呪いとかではない。その服は確かに魔法道具マジックアイテムだが、装備するには条件があるんだ」

「条件?」

「あぁ、身長百三十センチメートル以内という制約がある。それ以上の大きさには、変化できないというよりは装備ができない」

「そういうものも、あるんですか?」

「まぁ、よくは知らないが。元々は子供のために作られた魔法道具マジックアイテムらしくて、大人は想定していなかったようなんだ。それに、たいした特殊能力もなかった気がする。ただ、雨と雪を防ぐらしいが魔法による水や氷は無効化できない。あー。でも、その手袋には確か特殊能力が付加されていた。えーっと、『悪戯ミスチ盗人シーフ』だったと思う」


悪戯ミスチ盗人シーフ:盗みたい物を使用者が識別するとその物を盗む際には通常の倍以上の速度で動くことが可能。ただし、盗む時だけで攻撃したいときや逃げるときに速度は上がらない。しかし、所有者が相手の爪を剥ぐではなく。相手の爪を盗むと認識して行動すれば速度は上がる。つまり、使用者の使い方によっては戦闘などにも流用可能。


「へー。でも、それって使えんのか?」

「まぁ、盗人シーフでもない限りは、有効活用は難しいかもしれないが。単純にアクセサリーや着替えとでも思ってくれ」

「そうだな。まぁ、あんがとな。アルベイン」

「つーか。そろそろ、会場に行きませんか? ただでさえ窮屈なのに止まってると余計に窮屈さを感じますよ……」


 フィッツが抗議の声を上げるが、カイとムーが異論を唱える。


「駄目だろう! まだ、師匠達の準備ができてないんだから」

「そ、そうですよ。お姉ちゃん達を待たないと」

「あー、そっか。女の着替えは長いんだった……」

「そうだな。だが、うちのメイドは慣れているはずだから、そろそろ――」


 アルベインが話している途中に声が聞こえてきた。


「みんなー! お待たせー!」


 女性陣が姿を現した。

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