第35話 サイラス剣闘士大会 予選開始

 サイラス剣闘士大会が開始される。そのため、リコルはサイラスの街を魔王城の中から遠視魔法を使用して眺めていた。しかし、リコルはあることが気がかりだった。


(おかしいなぁ? レイブン様はどうしたんだろう? ……まさか、前日に言っていたことは冗談じゃなくて……)


 ◇◇◇◇◇◇


 前日、リコルがレイブンへサイラス剣闘士大会のことを伝えるとレイブンは呟くように言った。


「ふふ。面白そうね……。私も出場してみようかしら?」

「えっ! れ、レイブン様! そ、それは、無茶ですよ! この間の、僕の失敗もあってユダ様はかなり神経質になっています。こんな人間の主催するような大会への出場なんて……。しかも、五大将軍であるレイブン様の出場なんて許可されません!」


 レイブンの言葉に驚いたリコルは、レイブンを説得するように意見をぶつける。しかし、当のレイブンはというと。


「別に許可を得ようなんて思っていないわ。勝手に行けばいいだけでしょう?」

「そ、そんなことをすれば、ユダ様のお怒りを買いますよ!」

「そうかもね……。まぁ、ユダと喧嘩をするのも、たまにはいいかもね」

「そ、そんなぁー……」


 レイブンの説得は不可能とリコルが諦めかけると、レイブンは仮面の下で悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「……ふふ。なーんてね。冗談よ、冗談。この時期に、わざわざそんな危険を犯したりはしないわ。それに、ユダに迷惑をかけるのは私の本意ではない」 


 そんなレイブンの言葉にリコルは胸を撫で下ろす。


 ◇◇◇◇◇◇


(昨日は冗談って言っていたけど……。まさか、本当は……。れ、レイブン様ぁーーーーーーーーーー!)


 リコルは心の中で絶叫した。


 ◇◇◇◇◇◇


 場面は変わり、サイラス。


 サイラス剣闘士大会を待つ戦士達の前に、大会運営者達が姿を現す。そして、短い棒のような物を持った人物が参加者を見降ろせる台へと昇る。


『あー! あー! みなさん! 聞こえますかー?』


 台の上に立った男の声は、剣闘士大会参加者全員の耳に届いていた。しかし、奇妙な音の反響を感じた一部の参加者はざわつく。それはカイとフィッツも同様だった。


「あれ? なんか、音っていうか声が反響してる?」

「あぁ。カイもそう感じたか? 俺もだ。変わった声だなぁ」


 カイとフィッツの言葉にルーアは手で顔を覆う。そこへアルベインが苦笑いを浮かべながら二人へ説明をする。


「違うよ。カイ君、フィッツ君。あれは、反響石エコーストーンという石の効果だよ」

「エコー?」

「ストーン?」


 アルベインの説明にカイとフィッツは首を傾げる。


反響石エコーストーン:あらゆる音を増幅して拡大することのできる石。魔力を送ることで音の大小調整も可能。


 アルベインから反響石エコーストーンの説明を受けた二人は感心する。


「すごいなぁー。そんな、石があるのか」

「全くだ。結構貴重なんだろうな」


 カイとフィッツが関心している横でアルベインは微妙な表情でいる。しかし、ルーアが二人を馬鹿にしたような表情で見ながら話す。


「……アホか。お前ら……。あんなの、普通に売ってるぞ」

『えっ?』


 カイとフィッツの声がハモる。


「というより、妖精の木漏れ日にも売ってたぞ? なんで、気がつかねぇーんだ?」

「そ、そうなの? ……でも、なんでルーアが知ってるんだ?」

「けっ! 別にどうでもよかったけど。暇をしているときに、ムーの奴が教えてきたんだよ。なんでも、パーティーとか行事ではよく使ってる道具だってよ。……全く。俺様は興味ねぇって言ってるのに、嬉しそうに説明しやがってよ」


 ルーアは面倒そうな言い方ではあったが、その表情や仕草でカイは気づく。ルーアがムーを大事に想っていることを……。


(へぇー。いつも文句しか言ってないと思っていたけど、ムーとは上手く付き合ってるみたいだな)


 そんなことをしている間も、大会についての説明は続いている。大まかにはこうだった。


 まずは予選を行うが予選は八グループへと別れて行われる。そして、グループの中で一人が勝ち抜けるまで戦い続けるバトルロイヤルだと。


 本戦は予選を通過した八名によるトーナメント形式で行われる。予選を本日行い、本戦は明日となる。つまり、計二日間の戦いになること。


 大事なことは試合では予選、本戦ともに真剣など本物の……いわゆる殺傷能力が高い武器の使用は原則禁止とする。防具も基本的には使用しないこと。ただし、防具その物を武器とする場合は可とする。基本的には模擬武器を使用すること。模擬武器に関しては、大会側が全ての武器を用意している。ただし、特殊な武器。いわゆるオリジナルの武器に関しては扱っていない。そして、格闘家などの素手による攻撃を行うことも有効。魔法の使用も許されるが、攻撃魔法を対戦相手へと直接ぶつけることは禁止。ただし、相手の武器を破壊することは許される。だが、その際に魔法の余波で相手に損傷ダメージを与えた場合も失格とする。


 そして、全てにおいて守るべきことがある。それは、相手を故意に殺害することを禁止とする。勿論、戦いの中で不慮の事故等で亡くなることはあり得ると大会側も了承している。そのため、参加者には参加前に死亡する可能性があることを書き記した同意書へのサインを求めている。とはいえ、大会での殺害行為に関しては許容していないことを何度も念を押して説明された。その理由は、前回大会の決勝戦でスターリンが対戦相手を殺害したことが大きな原因だ。大半の者はスターリンが相手を故意に殺害したと認定していたが、貴族であるスターリンを庇う者もいた。そのため、結局は失格ではなく反則負けという結果になった。しかし、当のスターリンは、その結果にも不満を持ち準優勝辞退という前代未聞の結果で前回大会は終了した。


 説明の終了後に司会者と思われる男性が声を張り上げる。


『では! ここにサイラス剣闘士大会の開催を宣言しまーす!』


 司会者の宣言に参加者は雄叫びを上げた。


『おぉぉぉぉーーーーーーーーーーー!!!!』


 まるで、地鳴りや雪崩のような揺れを錯覚させる雄叫びの後、参加者は動き出す。全員が八のグループへと別れるため、それぞれが箱から小さな紙をとる。そこには、A、B、C、D、E、F、G、Hの文字が書かれている。そして、グループ分けが終了する。


 カイはBグループ、フィッツはCグループ、アルベインはEグループと全員が別のグループとなった。


「良かったー。予選はみんなと当たることはないや」

「おう! そうみたいだな!」

「あぁ、では、全員で本戦へ行こう!」


 カイ、フィッツ、アルベインはお互いの健闘を祈る。そして、予選開始まで少し時間があるため、応援に来ている人へ挨拶に行くことになる。闘技場の中に入り、カイ達はみんなを探す。


「あれー? カイ君達だ―!」

「あ、本当です」

「ど、どうも。み、皆さん」


 そこには、アリア、スー、ムーの姿があった。カイ達は挨拶を済ませると予選のグループが全員バラバラだったことを報告する。


「へぇー。良かったわね。これで、みんな予選通過は間違いなしってやつ?」

「アリア。そんな簡単に言うな。この大会はレベルが高い。そんなきやす――」

「あー、アルベインは前回一回戦負けだったもんねー」

「うぐっ!」


 アリアの一言にアルベインはぐうの音も出なかった。横ではスーとムーがカイとフィッツへ声をかけていた。


「頑張って下さい! カイさん! フィッツさん!」

「お、応援しています!」

「うん! ありがとう! スー。ムー。」

「任せてくれ! 俺の優勝だぜ!」


 フィッツの言葉を聞いたルーアは言い返す。


「馬鹿を言うな! 優勝はカイに決まってんだろう! そんで優勝賞金の――」

「あー、そうだ。ムー。試合中のルーアの世話をお願いしていい?」

「はい! お任せ下さい! カイさん!」


 ルーアが欲望全開で喚くと判断したカイは、ルーアの話が終わる前にムーへルーアを託す。託されたムーは普段の弱々しく、大人しいムーではなかった。鼻息荒く、目を輝かせてカイの依頼を力強く快諾する。そして、すぐにルーアを嬉しそうに抱きしめる。


「だぁー! いちいち、抱きかかえるんじゃねぇー!」

「うふふふ。大丈夫だよ。ルーア君。全然重くないよ」

「そんな心配なんかしてねぇー!」


(よし! これで、ルーアは大丈夫だ! ……あれ? そういえば……)


「あのー、すみませんが。師匠を知りませんか?」


 カイの一言に全員が顔を見合わせる。そして、全員が首を横に振る。


「そういえば、見てないわ。スー。ムー。知ってる?」

「いいえ。私は存じません」

「ぼ、ぼくも今日は会っていません」

「けっ! 道にでも迷ったんじゃねぇーのか?」

「そんなわけがないだろう」


 ルーアが悪態をつくとすぐ後にリディアは答える。いつの間にか、リディアはカイ達のすぐ近くまで来ていた。リディアを見たカイは笑顔で報告をする。


「師匠! 予選のグループが決まりました。俺はBグループで、フィッツはCグループ、アルベインさんはEグループです!」


 カイの報告を受けたリディアは頷くが表情が険しかった。そんなリディアに違和感を覚えてカイは尋ねる。


「……師匠。何かあったんですか?」

「……あぁ、実はこの大会に私と互角の者が出場している……」

「えっ! し、師匠と互角の人が?」


 リディアの言葉にカイだけでなく、ルーア、フィッツ、アルベインが驚愕する。リディアの実力を知る者からすれば、リディアと互角ということが、どれほど規格外の強さかはすぐに理解できたからだ。


「実は以前、一度だけ戦ったことがある……。しかし、決着はつかなかった。全くの互角だった。……いや、今はあちらが勝っている可能性も……」

「そ、そんな人が……」

「お、おい! そいつは、どんな奴なんだ?」


 ルーアの問いに珍しくリディアは歯切れ悪く答える。


「うん? あー、えーっと。……仮面……」

「仮面……?」

「そう! 仮面だ! 仮面をつけていた!」

「仮面ですか? フィッツ、アルベインさん。さっき、会場で気がつきましたか?」

「いや、俺は気がつかなかった……。アルベインさんは?」

「すまないが、私もだ。しかし、リディア殿と互角の者とは……。最大限に警戒をする必要があるな」


 アルベインの言葉に全員が強く頷いた。その時、闘技場内に声が響いた。


『さぁー! サイラス剣闘士大会! 予選開始だー! 参加選手は控室へ集合してくれ! あー! ただし、観客席から飛び降りての参加も飛び入り参加もOKだ! でも! 目立つから、それで負けると格好が悪いぜぇー!』


 司会者の言葉に観客の一部からは笑い声が漏れる。


 カイ、フィッツ、アルベインは控室へと移動を開始する。


「じゃあ、行ってきます!」

「腕が鳴るぜ!」

「全力を尽くそう」


 三人が戦いへと赴く。その向かう背中に応援の声が次々とかかる。


「頑張ってねー! カイ君! もし、負けてもお姉さんが慰めてあげるからねー!」

「お姉ちゃん! 縁起でもないことを言わない! カイさん! フィッツさん。アルベインさん。頑張って下さい!」

「み、みなさん。け、怪我をしないように頑張って下さーい!」

「カイー! 優勝だからなぁー! 予選なんかで負けんじゃねぇーぞ!」


 三人はすぐに姿が見えなくなる。アリア達は観客席に座って予選開始を待つことにする。しかし、あることにスーが気がつく。


「……あれ? そういえば、リディアさんはどちらへ?」

「あれー? さっきまでいたのに?」

「ど、どうしたんでしょう?」

「けっ! トイレだろう! ほっとけよ! ガキじゃねぇーんだから」


 全員は少し腑に落ちなかったが問題はないと判断する。しかし、リディアがとっている行動が後々に全員を混乱させる事態になることを、……まだ誰も知らない。


 予選会場控室


 まずは、Aグループから開始となるため、カイ達は選手のみが観戦できる場所へと移動する。


「さてと、今回の参加者の実力はどうかな……」

「……そういえば、以前の大会でも予選はバトルロイヤルだったんですか?」

「あぁ、前回もそうだった。予選は大人数が一度に戦う。グループの中に、強者がいるとすぐに終わるが……。実力差が僅差だと長引くことが多かった」

「なるほどね。じゃあ、予選を見れば、ある程度の実力はわかるってことか」

「そういうことだ」


 カイ、フィッツ、アルベインは真剣な視線でAグループの参加者に目を向けていた。そろそろ予選開始となる。しかし、そこへ場違いな声が響いた。


「ちょっーーーーーと、待ったーーーーーーーーー!」


 観客席のある場所から、可愛らしい少女の声が響く。それは、見た感じは十歳ほどだろう。大きめの白衣を着て、桃色の髪のツインテールと頭の上にある眼鏡と長い耳が特徴的なクリエだった。クリエは観客席と闘技場の淵に立ちながら叫んでいる。


「この大会! 私も参加させてもらうわ!」


 その言葉に、会場からはどよめきが起こる。それもそのはず、クリエの実年齢は九十九歳だが、知らない人間からはただの子供にしか見えないからだ。しかし、司会者へとクリエの情報がすぐに渡り司会者から実況が入る。


『えー、ただいま入りました情報によりますと。彼女の名前はクリエ。見た目は幼いが、このサイラスの誇る白銀はくぎんの塔で最高の魔術師の一人だそうです!』


 司会者の説明に会場からは、あちこちから驚嘆の声が漏れる。


『ちなみに年齢は……。えっ! 九十九歳! 嘘だろう! 詐欺だ!』

「なんですってー! 誰が詐欺よ!」

「せ、先生! お、落ち着いて下さい!」


 司会者の言葉に怒ったクリエを横からナーブがなだめる。


「……まぁ、いいわ。とにかく! 私も出場するから! とぅ!」


 そういうと、クリエは観客席から飛び出し闘技場へと降り立つ。そして、一言。


「……あ、足がしびれた……」


 クリエは両足を抱えるような形でうずくまる。華麗に飛び出したが、クリエの身体はひ弱だった。足をさすりながら、クリエはウィングの魔法を使用しなかったことを心の底から後悔していた。


 闘技場内にいた選手のみならず、見ていた全ての人間が思った。


 ≪大丈夫か?≫


 しかし、司会者は気持ちを切り替えて実況を再開する。


『で、では! 気を取り直して! 予選Aグループ試合開始でーす!』


 試合が開始されるとすぐにあちこちから、武器のぶつかり合う音、戦いに敗れて倒れる者、逃げまどう者など場は混沌とする。そして、当然のようにクリエを狙う者も現れる。


「へへ、悪いな。お嬢ちゃん? 倒させてもらうぜ!」


 そんな男の余裕な態度はすぐに変化することになる。クリエは口元を緩める。すると、丸い球体を右手に持ち抱え上げて叫んだ。


変形合体トランスフォーム!」


 クリエの右手に持っている掌に納まっていた球体がクリエの言葉に反応するように輝き出す。すると、球体から白く丸い光が出てきてクリエを包み込む。そんな丸い球体から大きな腕や脚が生えてくる。その光景にクリエを攻撃しようとした人間だけでなく闘技場内……いや、会場全体にいる全ての者が視線を飛ばす。白く丸い球体は闘技場内を見渡すように立ち上がる。大きさは三メートルを超えるのではないかとも思える巨体。しかし、そんな巨体から発せられる声は可愛い少女のような声――クリエの声だった。


「さーてと! じゃあ、戦いましょう!」


 クリエの可愛らしい声とは裏腹に巨体から繰り出されるパンチやキックで一度に数人が数メートルは吹き飛ばされて気絶する。そして、数分後に闘技場で立っている者は誰もいなかった。丸い球体姿のクリエ以外は……。


 Aグループ 勝者クリエ

 

 だが、協議が入る。その理由は単純だった。「これは、許されるのか?」「反則では?」といった疑問があったからだ。しかし、協議の結果。クリエの戦闘はルールの範囲内と認定される。理由は、クリエが戦った方法はクリエが作成した魔法道具マジックアイテムではあったが、殺傷能力は決して高くはなく。誰も死んでいなかったこと。そして、クリエから事前に大会上層部へは、能力を実演していたことが大きかった。


 観客は少し動揺したが、見た目のインパクトと派手な攻撃がうけて大盛況で幕を下ろす。しかし、試合を見ていたカイは開いた口が塞がらなかった。


(く、クリエさん……。何てものを……。というより、あれは一体?)


「……あれ? ありなんだな? どうやって、倒すんだ……?」

「……わからんが……。戦って確かめるしかないだろうな……」


 カイだけでなくフィッツとアルベインも動揺していた。しかし、カイには動揺している時間はなかった。なぜなら、次の試合は――。


『では、続いて。Bグループの予選を開始しまーす! 参加する選手は闘技場へ入って下さーい!』

「あ、出番だ」


 カイは闘技場へ向かう。そこへ、声がかかる。


「おい! カイ! 負けんなよ!」

「君の力。見せてもらう」


 フィッツとアルベインの言葉にカイは右手を上げて応える。


 予選 Bグループ


 先程のクリエのような乱入者はなく。静かに試合が開始となる。


『では! 予選Bグループの試合開始!』


 試合が始まると多くの人間が入り乱れての乱戦となる。この場合は、一対一とも多対一ともなる。そのため、常に周囲に気を配らなければならない。傍から見ているよりも、集中力と体力が必要となる。そんな中で、観客はある現象に目を奪われていた。いや、観客だけでなく。それは、戦っている選手も同様だった。その理由は、ある地点に足を踏み入れた人間が突如として倒れる現象が起こっているからだ。その地点とは、ある選手が剣を構えている半径二メートル以内に入ると起こった。その選手はもちろんカイだった。


「な、なんだ?」「魔法じゃないのか?」「……いや、違う……」「こ、これって?」


 選手や観客が驚きや疑問を投げかけていると司会者が声を上げる。


『こ、これはー! け、剣の結界だー!』


剣の結界:正式な名称ではないが、要するにカイは自分の間合いに入った瞬間に攻撃を繰り出すという行動をとっていた。しかし、ただの攻撃ではなく。常人では見ることが困難な高速の一撃を放っていた。


 司会者からの説明を聞いた観客から次々と声が上がる。


「……す、すげー……」「うん。……すごい!」「おー! これだよ! これ!」


 観客は、普段では決して見ることができない戦いに歓声を上げる。Aグループの勝者である。クリエの様な派手さはないが、その技術の高さは誰が見ても明らかだった。その技術に驚いているのは観客だけでなかった。


「すげー。カイの奴。やっぱり、すげー!」

「……信じられない。私と戦ってから、一年も経っていないというのに……。これほどの成長を?」


 フィッツとアルベインは自然と声が漏れていた。


 そうこうしていると、闘技場内に残っているのはカイともう三人程だった。カイは構えたまま動こうとしない。それは残った三人も同様だった。三人はある結論を出していた。カイの戦法はカウンターだ。つまり、自分達から攻撃をしなければ負けることはない。そう考えた。しかし、その考えが間違っていることを三人は思い知る。自分達の敗北と引き換えに……。


 一瞬だった。カイの姿が消えた後、カイは三人の後方へと移動していた。そして、剣を鞘へと収める。すると三人は同時に倒れる。その瞬間、闘技場内で立っているのはカイ一人となった。


 Bグループ 勝者カイ


 文句なしの勝利だった。カイはフィッツとアルベインを激励したあと、そのまま観客席にいるであろうリディアへ報告をしにいく。しかし、そこにリディアの姿はなく出迎えたのはルーア、アリア、スー、ムーの四人だった。


「あー! カイ君。お疲れ様ー! すごいのねー! 正直、凄すぎて全然わからなかったけど」

「お姉ちゃん! ……ですが、私も全く見えませんでした。ですが、予選通過おめでとうございます! カイさん!」

「お、おめでとうございまーす!」

「へっ! カイならあれくらい当然だぜ! 毎日、リディアみたいな化け物と修行してんだぞ!」

「みんな、ありがとう。……ところで、師匠は?」


 カイの質問に全員が一度顔を見合わせる。


「それが……」

「リディアさんは……」

「えーっと……」

「……あいつ、予選が始まってから姿を見てねぇー。多分、便秘だな」


 カイはルーアのどうしようもない返答を無視して考える。


(……どうしたんだろう? もしかして、師匠と互角っていう人となにか因縁が……。まさか、師匠が負けた……。いやいや、そんなことない! 師匠が負けるなんてありえない!)


「カイ君? 大丈夫?」

「えっ? あ、す、すみません……」


 カイが考え込んでいると、心配そうにアリア、スー、ムーが見ていた。しかし、ルーアだけはカイの気持ちがわかっていたので注意をする。


「……カイ。落ち着けよ。あいつが、そんな簡単に何かあると思うのか? 子供じゃねぇーんだから、少し待っていよーぜ」

「……ルーア。そうだな……。うん。今はフィッツとアルベインさんの応援をしよう」


 カイの言葉にルーアはいつもの笑顔を向けた。


 予選 Cグループ


 フィッツの出番が来た。戦いが始まると同時にフィッツは人が多くいる中へと突撃していく。そして、問答無用で近い選手から殴り倒していく。もはや、乱闘か喧嘩のような状態だ。しかし、その乱戦でもフィッツは臆することなく攻撃を繰り出して、そのまま最後まで見事に勝ち残る。豪快な戦いぶりに、観客からは割れんばかりの拍手と惜しみない声援が降り注いだ。


 Cグループ 勝者フィッツ


「よし! フィッツ。やった!」


 フィッツの勝利にカイを始め全員が喜んだ。その後、フィッツも観客席のカイ達と合流をして次の試合を観戦することになる。次の試合には、あの男がいた。


 予選 Dグループ


 Dグループには、デイン家の貴族で前大会の準優勝者であるスターリンが参戦していた。予選が開始されると戦いはスターリンが圧倒していた。前回の準優勝者ということもあり、多くの出場者から狙われていたがカイも顔負けの目にも止まらぬ剣撃で、近づく者を寄せ付けなかった。その圧倒的な実力と女性にも劣らぬ美貌に女性の観客も大いに沸いた。そんなスターリンをカイは複雑な胸中で見ている。


(……速いな……。確かにアルベインさんを倒しただけのことはある。……でも、この人のことは認められない……。いや、認めたくない……)


 Dグループ 勝者スターリン


 スターリンの勝利にカイ達は複雑な気持ちだった。


「ふん! 勝ち残りやがったか……。クソ貴族が!」

「……実力は確かだよ……」

「あぁ、わかってる……。でも……」

「うん……。わかってる。フィッツ……」


 カイとフィッツは、スターリンの実力を理解している。しかし、性格の悪さがあるため、認めることがどうしてもできなかった。二人ともそのやりきれない気持ちを理解していた。


 予選 Eグループ


 アルベインの出番だ。アルベインは堅実な戦い方で、時には乱戦の中に身を投じ、時には距離をとる。そんな戦いをしていた。そのため、全体的に今までの戦いと比べてしまうと地味となり、観客もつまらなそうに見ていた。しかし、闘技場内にいる人数が十人程に減ると。アルベインは突如として相手選手達から大きく距離をとり、斧槍ハルバードを前傾姿勢で構える。そして、そのまま十人の人間に向かい突撃する。その圧倒的な突進力で残っていた十人全てを吹き飛ばす。その光景を目の当たりにした観客からは、息を吹き返したような大歓声が起きる。


 Eグループ 勝者アルベイン


「アルベインさん……。流石に戦い方が上手いな……。敵が減るまで、実力を隠していたんだ……」

「あー、確かに……。でも、俺はあんな頭を使う戦い方は苦手だなぁ」


 カイとフィッツはアルベインの経験を活かした戦いを称賛するが、そこへアリアが話に割り込む。


「二人とも、気にしすぎよ。あいつは昔から、心配性なのよ。だから、慎重な戦い方をするだけ」


 アリアはアルベインの戦い方に文句を言うが、アリアの表情はとても嬉しそうに見えた。


 試合終了後はアルベインも観客席へ合流して、他の試合を全員で観戦する。


 予選 Fグループ


 予選Fグループでは、槍使いのモルザが他を寄せ付けない戦いで勝利した。


 予選 Gグループ


 予選Gグループでは、二メートルを超える巨漢のオウカロウが力に任せた豪快な戦いで勝利した。


 そして、次は最後の予選Hグループの開始だ。しかし、その前にカイはあることを思い出す。


「あれ?」

「ん? どうしたよ? カイ?」


 カイの驚いたような声にフィッツが聞き返す。カイは疑問を口に出す。


「いや、師匠が言ってた人……。師匠と互角の実力を持つっていう、仮面の人って……。まだ、出てきてないよね?」


 カイの言葉に全員が反応する。


「あー、そういえば……」

「そうですね。今まで仮面をつけた人なんていませんでした」

「も、もしかして、負けちゃったとか……?」

「アホか! リディアの奴と互角なんだぞ! 負けるわけねぇーだろう!」

「リディアさんと互角……」

「正直、リディア殿の勘違いと思いたい……」


 それぞれが意見を言った後に、カイはもう一つの疑問を口にする。


「……あと、師匠はどこに行ったんだろう?」


 その疑問を聞いた全員がまた顔を見合わせ首を傾げる。


 そんなことをカイ達が話しているうちに、予選Hグループの試合が開始になろうとしていた。しかし、リディアの言っていた仮面をつけた人物は見当たらなかった。


(おかしいな……。本当に負けたのか? それとも、師匠の見間違いか?)


 カイは考え込むが答えは出ない。そして、試合が開始される。


『えーでは、予選最後のHグループ試合かい――』

「待て!」


 試合開始の合図を止めるように声が響いた。その声に観客と闘技場内の選手全ての目がいく。そこには、仮面をつけた人物がいた。そして、その人物の姿を見たカイは絶句する。

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