第58話 エアロの問いかけ
エアロは学園にいる大勢の学生、つまり冒険者見習いとは違う本物の冒険者だ。
学園の外で、モンスターと命のやり取りを多く行なってきた大人である。俺たちとは戦闘の経験も、人生経験も遥かに違う。
さて、なんて答えるべきだろうか。
「ウィンフィールド君。じゃあ質問を変えるわ。魔王討伐者ってのは、どこまでほんとなの?」
「まあ……全部ほんとです」
「全部ってのは、誰が有名な冒険者が魔王討伐したのをサポートしたとかそういうわけじゃなくてってこと?」
「1から10まで、俺が魔王討伐しました」
俺の冒険者見込みランクが16から10にあがるってことは、このホーエルン魔法学園の冒険者ギルドが魔王討伐の事実を認めたわけ。
ただの一都市の冒険者ギルドと侮っちゃいけない。ホーエルン魔法学園を網羅する冒険者ギルドの規模は世界中で3本の指に入る。
偽情報で彼らが動くことはない。彼らが掴む情報の正確性はばっちりだ。
ホーエルンの冒険者ギルドが本気になれば、俺が隠したかった情報なんて赤子の手を捻るように丸裸にされてしまう。
「魔王討伐の意味はサポート役だったんだろうって私も話半分に聞いていたんだけど……冒険者見込みランクが一気に10へ上がるってことはそういうことよね……」
肩の力を抜くエアロ。
「やっぱり握手してもらっていいかしら」
「それぐらいなら」
ぐっと握手を交わすと。
「本物の魔王討伐者ならこれぐらい余裕よね? えいっ」
「え?」
足を引っ掛けられ、そのまま床に倒されそうになる。
これはエアロ流の挨拶だ。だけど俺には通用しない。
ゲーム知識で知っていた俺は、エアロの挑発を難なく交わす。
「やるじゃない……私と君が本気でやったらどっちが強いかしら」
「冒険者ランクでいったら、俺の方がまだ低いですね」
「今、まだって言った? ……ふふふ、冗談よ」
飲み直しましょとエアロに誘われ、一階に戻る。
生徒をもてなす筈のギルド受付は、今や俺たちだけのパーティ会場。俺が席に着くと、エアロがどこからかワインを持ってきた。ラベルには、ワイン愛好家が好むブランドのロゴが刻まれている。赤ワインは古いほど赤い色素が抜けて明るくなる。ミサキが飲んでいたものよりも遥か高級品。
「飲めるわよね。聞いたこともない国だけど、王子様なんだもん。シャトーの7年物よ。学生諸君らがよく飲んでる安酒とは違うわ」
「まあ……飲めますけど」
「じゃあ、乾杯」
コツンとグラスを合わせて一口。
喉を抜けるフルーティな香り。口をつけると味が長持ち。安物ワインとは違う量より質の一本。俺は量産ワインも味が安定していて好きだけど、たまにはいいかも。
「それで、よ。ウィンフィールド君」
エアロが興味津々な様子。
ずいと身を乗り出して、俺の瞳を覗き込んでくる。
「どうして魔王討伐者ってことを今まで黙ってたの? ウィンフィールド・ピクミンって言えば、劣等生もいいところって評価だったじゃない。あ、悪気はないのよ?」
「まあ、事実ですから……」
そうよね? と言って、対面で足を組み替えるエアロ。妙に艶やかしい。
目のやり場に困るっていうか。
「これまでのウィンフィールド君の振る舞いは、とても魔王討伐者とは思えないわ。もっと堂々としてもいいのに学園ではいっつも暗い顔で、なんだっけ。無口スケルトンとか言われていたわよね」
「よく知ってますね……」
「二年生になったら冒険者パーティが組めずに退学になるんじゃないかって、冒険者ギルドの間でもちょっとした噂になっていたから。でも、そんな風に周りから思われて悔しく無かったのかしら」
「……なくはないですけど」
てかギルドのほうでも噂になっていたのかよ。
でも、それはなあ……ミサキに洗脳されていたからですなんて言えないよな。
ミサキに洗脳されなかったとしても平凡な学生を演じるつもりだったし、そもそも俺は魔王討伐の栄光を故郷の一兵士に押し付けているからな。
「俺が魔王討伐者なんて知られたら、危険な場所に送り込まれるじゃないですか」
「当たり前じゃない。有能な人間は、適した場所へ送り込む。昨今の魔王事情もあって、それが冒険者ギルドの基本方針よ?」
「そんな生活は勘弁したいっていうかですね……」
この学園の生徒は栄誉や、立身出世を求めている。
だけど俺はそんな一般的な生徒とは大きく違う。
名声や栄誉よりは、身の丈にあってのほほんとした生活が一番。
隠れ職業『
「ホーエルン魔法学園の生徒にしたら珍しい考えね」
「でも……それは俺たち同じじゃないですか?」
エアロもそうだ。
実力があってまだまだ若い。
二十代後半なんて脂が乗ってきて、冒険者としては最高の時期だろう。
にも関わらず、前線を引いてホーエルン魔法学園に戻ってきた。そして人気もない16番の冒険者ギルドでギルド職員なんかをやっている。燻っている。
けれど、どこか幸せそうに見えた。
「——私たち、気が合うかもしれないわね」
「俺もそう思ってますよ」
「じゃあ、ウィンフィールド君。何でもない毎日に」
そいて俺たちはもう一度、グラスを合わせる。
「乾杯」
小気味いい音と共に。
16番の冒険者ギルド職員、エアロとの下らない雑談は深夜まで続いた。
翌日、俺にお客様がきたとのことでエアロに起こされた。
自分でも分かっているけれど、俺は朝が弱い。
用事が無ければ平気でお昼まで寝ていることもある。
昨日は深夜までエアロと喋っていたし、俺はもう二年生だ。朝早くから校舎で授業を受けるスタイルから、冒険者ギルドで依頼を受け取って、依頼の達成具合で成績が出るスタイルに変化している。
だから今日ぐらいはお昼まで寝ていてもいい筈だ。
そうやってベッドの中でぐずぐずしていること10分弱。
「……」
部屋の中で妙な雰囲気を感じて、ベッドから顔を出す。
目を覚ました俺の視界に誰かがいた。
「は、話があるんだけど……」
俺の部屋でお尻が痛そうな椅子に座っているのは、学園の人気者。
つまりマリア・ニュートラルさんであった。
……誰が、俺の部屋に入れた?
――――——―――――――———————
ミサキ「……エアロ! どうしてウィンの部屋にあの女を連れてきたの!」
エアロ「え? ダメだった? 昨日、彼が酔いながら友達が少ないって言っていたから」
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