第54話 大賢者は嘘をつく

 戦いの代償。

 額に浮かんでいた汗をぬぐうと、その場にしゃがみこんだ。

 はあ……やっぱ魔王はきついわ。油断した瞬間に、死ぬかもしれないってスリルがたまんないよな。これを楽しめれば、俺も職業『狂人』の補正をゲット出来たかもだけど、こればっかりは無理だ。


「ホーエルン魔法学園で魔王との戦闘が発生する。考えたくもないけれど、その時に備えて幾つか候補地を探しとくか。はあー、こんな住宅街で戦争とか……建物を1つ壊した位でも数千万ゴールドの賠償金が発生するだろうし、洒落にならんなあ」


 魔王との戦いは、戦争と呼んでも過言ではない。

 あいつら魔王との戦いはなんていうか、周囲に及ぼす影響が半端ないんだ。


 俺とミサキが前住んでいた場所は、学園内の僻地だった。あそこで魔王との決戦場としてはギリギリ。

 だから、とてもじゃないが魔王と住宅街の中で戦うなんて気にはならない。

 街中で戦うのは、それこそ人質を取られたりとか最後の手段だった。


「今回、人質を取られたのは驚いたけど、大魔王からの刺客が話の分かる奴で良かったな……」


 でもさっきの魔王のように、話が分かる奴ばかりじゃない。

 むしろ魔王フェニタンは例外中の例外だ。

 あいつは多分、元々俺を殺す気が無かった。同族は同族の中で生きるべきって考え方があるし、ミサキのこれまでを憐れんでいた様子だった。


「酒店童子の補正なんて、めったに使わないけど……条件だけ達成しといてよかったなぁ。こういうときだけは、疫病神ゴーストの効果をありがたく思うよ。昔の俺よくがんばった。よく、酒店童子の条件をクリアした」


 職業『酒呑童子』の補正は、守りの力。


 あれと同レベルに強力な補正を持つ職業を、俺はあと数個持っている。

 でも強力な職業補正の中には、俺の見た目すら変えてしまうものがある。だから、幾つかの特別な職業補正を使っている姿が見られたら、さすがに言い訳のしようがなくなってしまう。諸刃の剣みたいなもんなんだよなぁ。


 はぁ、なんかいろいろ考えたらお腹が空いてきた。

 ミサキのお土産用になんか買って帰ろうかな。この辺りは良い店が沢山あるし……。


「——ウィンフィールドさん! 大丈夫!? ギルド職員を連れてきましたわ!もう大丈夫ですわよ!」


 あ、きた。

 倉庫に響くハイディ先輩の声に思考を打ち切った。


 魔王フェニタンがホーエルンの空に消えて、数十秒後。

 ハイディ先輩がやってくる。ぞろぞろと引き連れてきたのは三人。その中に、冒険者ランク4がいるらしいが、顔を見ればああ納得したよ。あいつか。


「おいおい、何だこりゃあ。倉庫の中のガラクタが全部溶けてるじゃねえか!」


 サラが教えてくれた、めっちゃ強い人。

 誰かと思えば、12番冒険者ギルドの大男、ヨアハか。確かにこのおっさんなら魔王とも対等に渡り合えるだろう。

 まあ、戦いには相性がある。魔王フェニタンと戦ったら負けるだろうけど。


「……ウィンフィールド、こんな場所にいた」


 ハイディ先輩がヨアハを連れてきた理由はわかるけど、こっちはなんで?

 理由は分からないけど、マリアとズレータもいた。マリアは俺と目が合うと、慌てて目を逸らした。あいつにしては珍しい反応。


 ハイディ先輩が連れてきた三人はしげしげと倉庫の中を眺めて、ズレータが口を開いた。


「なあ、ハイディ先輩。誰もいねえんだけど……あんたが言っていた三つ目の男なんてどこにいるの?」

「あ、あれ!? あの男がいない!? ウィンフィールドさん! 何があったの!? あいつはどこへ行ったの!?」


 悪い、ハイディ先輩。


「……え? ――別に何も無かったけど? なんの話ですか?」


 俺は魔王関連については、何も喋るつもりもないんだ。

 


 その後。

 ハイディ先輩は、必死にこの場にいたモンスターの存在を必死で語っていた 


「——ちがう! 違いますわ! ウィンフィールドさんは嘘をついていますわ! 本当にいたの! ここに三つ目の人間……じゃなくて、炎を操るモンスターが! 証拠は、ほら! 全部、溶けてる!」


 俺はそんな彼らをしゃがみ込みながら、見つめている。

 職業『酒呑童子』、鬼シリーズの中でもピカイチの攻撃力と防御力を誇る職業。やっぱり上位職業って言われているのを使うと、しんどいなあ。


「本当よ! 水の洞窟で出会ったモンスターとは比べ物にならない奴がいたんですわ! 桁違いの魔力と深淵を見透かすみたいなあの三つ目!」


「んー、だがなあ……この場にいた当の本人であるウィンフィールドが何も無かったって言っている以上はな……」


「——ウィンフィールドさん! 貴方、どうして嘘をつくんですのよ!」

 

 それは貴方達を守るためです。

 なんて言ったら、彼らは何て言うだろうか。



――――——―――――――————————

ズレータ「すっげえな。どれだけの温度で熱せられたら倉庫中の金属が液体になるんだよ。なぁ、マリア」

マリア「……」

ズレータ「やっぱりお前、ウィンフィールド絡みになると可笑しくなるな。はぁ、ウィンフィールのやつも何も言わねえし。何を隠そうとしてやがるんだ?」


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