第四十話 大魔王 その六


 大好きだよ、オリバ――


 私のエルフの樹――



 ルナはゆっくりと目を閉じ、床に崩れ落ちた。



「な、何だこれはっ!? 魔法陣は同時にひとつしか生み出せないハズだろう!?」


 自分を取り囲んでいる無数の魔法陣を見つめ、ケロンデウスが取り乱す。


 無数の魔法陣から真っ白な樹が飛び出しケロンデウスに絡みつく。


 無数の樹は何重にもなってケロンデウスを覆いつくし、真っ白な球体を形作った。

 ケロンデウスは球体の中に閉じ込められる。


 それでも魔法は止まらない。

 真っ白な樹は絶え間なくその球体に絡みつき、どんどん大きくなる。


 すぐに直径10メートルほどの球になる。


「ルナ!! 大丈夫かっ!?」


 オリバがルナに向かって叫ぶ。


「馬鹿者っ! 早くそのスキルを発動させるのじゃ!! ルナの意志を無駄にするでない!」


 エレナが叫ぶ。


 オリバはルナのほうを心配そうに見つめたあと、すぐに前を向き筋肉の名前を呼び始めた。


「ありがとう、大腿二頭筋だいたいにとうきん。ありがとう、ヒラメ筋」


 オリバの太もも裏側が青白く光り、次にふくらはぎが光る。


 オリバは筋肉の名前を一つひとつ呼んでいく。


「邪魔をするなぁぁぁ!! すべて燃やし尽くしてやる! 火魔法! 暗黒竜の憤怒!!」


 ケロンデウスの叫び声が球体の中から聞こえた。

 その途端、球体が炎に包まれる。


 魔法陣から白い樹が絶え間なく生え続け、球体に絡みつくがすぐに燃えて灰になる。

 球体はどんどん小さくなってゆく。


 エレナはオリバを見る。

 オリバの体にはまだ光っていない筋肉がたくさん残っている。


「くっ……このままではオリバがスキルを発動する前にケロンデウスが禁忌魔法を破ってしまう……」


 エレナが苦悶くもんの表情を浮かべる。


 エレナはオリバをじっと見つめたあと、床に倒れているルナに視線を移す。

 そして大きなため息をついた。


「こうなった以上、気乗りはせんがしょうがないのう……。サティよ、今度こそ抱きしめ返させてもらうぞ……」


 エレナは左手首に付けている花のブレスレットを優しくなでた。

 ルナの前で膝をつき、顔をルナに近づける。


「勇敢なエルフの長、ルナ・バレンタインよ。そなたのことは結構好きじゃったぞ。そなたの犠牲は無駄にせぬ。来世で生まれ変わったら良き友達になりたいものじゃ……。わらわも今からそちらに行くぞ」


 エレナはルナの髪を優しくなでる。

 立ち上がり、オリバのほうを向く。


 エレナはネックレスを首から外し、ルナから託された指輪と一緒に小さな革袋に入れた。


「オリバ! わらわが時間を稼ぐ! この革袋はそなたに託す。指輪とネックレスが入っておる。エルフの村の長の証と氷の国の指導者の証じゃ!」


 エレナは革袋を高々と掲げる。


 エレナはオリバをじっと見つめ、不敵に微笑みこう言った。


「あとは頼んだぞ! 達者でなっ! 生まれ変わってもまた、そなたに会いたいものじゃ……。禁忌魔法! 永遠とわの氷!!」


 エレナの体が青白く光り始める。

 氷の民の生命力が輝いている。


 エレナの生命力は体から離れ、燃え盛る球体の上に巨大な青色の魔法陣を作る。


 エレナの体はさらに半透明になり、そのまま床に倒れた。


 巨大な魔法陣は強烈な光を発し、砕け散った。


 巨大な氷の柱が出現し、球体を柱の内に閉じ込める。

 球体を包んでいた炎がかき消された。


 オリバは必死に筋肉の名前を呼び続ける。


「くそがぁぁぁぁあ!! 閻魔の裁き!! 暗黒竜の憤怒!!」


 ケロンデウスの怒鳴り声とともに漆黒の液体と灼熱の炎が入り混じったドス黒い炎に氷の柱は包まれた。


 氷の柱と白い球体はみるみる溶けてゆく。


 白い球体が溶け、ケロンデウスの上半身が現れる。


 すぐに全身があらわになる。

 氷の柱ももうほとんど残っていない。


 氷が完全に溶け、ケロンデウスがオリバに飛び掛かろうとした瞬間――


「ありがとう、母指球筋ぼしきゅうきん


 オリバは最後の筋肉に呼びかけた。


 オリバの両手が光る。

 全身が完全に光に包まれた。

 輝きが一層強くなる。


 オリバの体が勝手に動く。

 両手を広げ、前に突き出す。


 体を覆っている光がオリバの両手に集まってくる。


「くっ……間に合わなかったかっ! ならば迎え撃つのみだ!! ボクの究極魔法でそのスキルを打ち消してくれるっ!!」


 ケロンデウスは右手で閻魔の裁きを生みだし、左手で暗黒竜の憤怒を生みだす。

 両手を合わせてふたつの魔法を合体させる。


 ドス黒い炎が生まれる。


 ケロンデウスは口を大きく開けた。


「水魔法! 溺死できし!!」


 ケロンデウスは両手に抱えているドス黒い炎にスライムのような青い液体を吐きかけた。

 青い液体はドス黒い炎と混ざり合い、漆黒の丸い球体となった。


「これが究極魔法『滅び』だ!!」


 ケロンデウスは両手を突き出し、漆黒の球体をオリバに打ち放つ。


「究極スキル! マッスル・プロテイン波!!」


 オリバの両手から光り輝くプロテインの粉がレーザーのように放たれた。


 究極魔法『滅び』とマッスル・プロテイン波が正面から激突し、力比べになる。


「人間ごときがぁ!! 消え失せろぉぉぉ!!」


 ケロンデウスは魔法の出力をさらに強める。


 マッスル・プロテイン波が押し戻される。

 『滅び』がじりじりとオリバに近づいて来る。


 オリバは全力で『滅び』を押し返そうとする。


 しかし、押し返せない。


 オリバの腕はいたるところから血が噴き出す。

 マッスル・プロテイン波のあまりの威力にオリバの体が耐えられなくなってきている。


 オリバは倒れているルナとエレナに目をやる。

 ふたりの最期の姿が脳裏に浮かんでくる。


 ルナはほっとしたような少し寂しそうな表情をして倒れていった。


 エレナは不敵に微笑み倒れていった。


 ふたりともその身を犠牲にしてまで、オリバを信じ、オリバに全てを託したのだ。


「……負けない。俺は負けられないっ!! お前とは背負っているものが違うっ!!」


 オリバは最後の力を振り絞る。

 全身の筋肉を収縮させ、おのれのすべてをマッスル・プロテイン波に込めた。


 マッスル・プロテイン波は勢いを増し、『滅び』を一気に押し返す。


 ケロンデウスの視界にマッスル・プロテイン波が広がる。


 「ば、バカな……」


 ケロンデウスは呟き、マッスル・プロテイン派に飲み込まれた。


 あたり一面が煙に包まれる。


 ケロンデウスの姿はどこにも見えない。



 「やったか!?」



 オリバはこの世界で絶対に言ってはならない言葉を呟いていた……。



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