第三十四話 魔王城の門番 その三


 バリンが右腕を空高く上げ、ルナめがけてその拳を振り下ろした。


 間に合わない――


 オリバはルナのもとに走りながらそう悟る。


 オリバでさえもダメージを受けるバリンの拳。

 ルナが受ければ絶命は避けられない。


 バリンの拳が地面まで到達する。

 地面は真っ二つに割れ、周囲は砂ぼこりで包まれた。


 オリバはルナが立っていた場所に着く。

 ルナを探す。


 ルナの姿はどこにも見当たらない。


 冷たい風が吹く。


「久しぶりじゃのう、オリバ。わらわの将来の夫よ」


 聞き覚えのある声にオリバは顔を上げた。


 エレナがアイスドラゴンに乗って空に浮いていた。

 その隣には氷でできた大きなツバメが飛んでいる。

 くちばしにはルナがぶら下がっている。


「エレナ!! 助かったぞ、ありがとう! ルナ、無事か!?」


 オリバはツバメのくちばしにぶら下がっているルナに話しかける。


「大丈夫よっ! ってか早く降ろしなさいよ、この氷女こおりおんな!」


 ルナはくちばしにぶら下がりながら手足をバタバタさせて叫ぶ。


「助けてもらったのに、相変わらず口の利き方がなっておらんのう。小さいのはその胸だけでなく、脳みそもかのう……」


 エレナは首を左右にふり、肩をすくめる。


「い……いいい、言ったわねっ! 絶対に言ってはいけないことを、今ハッキリと言ったわねっ!! この年増!!」


 ルナは両腕で自分の胸を隠し、顔を赤らめながらエレナを睨みつける。


「わらわはまだ十九じゃ! そなたとふたつしか変わらぬ。むしろ、大人の魅力が溢れ出ていようぞっ!!」


 エレナは胸を突き出し、その豊かな胸を強調する。


「ふたりとも! そんなことやってる場合じゃないぞ! 敵は筋肉魔人王だ!!」


 オリバがふたりの会話をさえぎる。


「それもそうじゃのう。あれほどの魔人はわらわも見たことがない。ルナよ、まずはあいつを倒し、そのあとゆっくり語り合おうではないか?」


 エレナはルナに顔を向ける。


「わ、わかったわよっ! でも……私の胸をとやかく言ったこと、覚えてなさいっ!!」


 ルナはエレナを指さす。


「それはそうと、ほれ、回復薬じゃ。最高グレートのものじゃ。これでそなたの魔力も回復するじゃろう」


 エレナはルナに回復薬の入った小瓶を投げる。


 ルナは受け取る。


「……あ、ありがとう」


 ルナは目を伏せて小さく呟き、回復薬を飲んだ。


 エレナとルナも地上に降り立ち、オリバと横一列に並ぶ。

 戦闘態勢に入る。


 筋肉魔人王も構える。


「俺は真ん中のバリンを倒す。あいつは魔法無効特性があるから俺しか倒せない」


 オリバがふたりにささやく。


「わらわは右側の赤い魔人を倒そうかの。あやつは火魔法使いじゃろう。水魔法使いのわらわは有利じゃ」


 エレナはロイシンを見つめほくそ笑む。


「待って! 右側の赤い奴は私が倒す!! あいつはお父さんとお母さんのかたきなの!」


 ルナはハッキリとした口調で言った。


「本気で言っておるのか? そなたは森魔法使い。火魔法が一番苦手じゃろうに?」


「わかってるわよ、そんなこと! それでも私はあいつを倒す。今の私ならあいつを倒せる! 十年前の私とは違うのよっ!」


 ルナの瞳には確固たる意志が宿っている。


 エレナはルナの瞳を見た瞬間、説得を諦めた。


「……そうか。それほどの決意ならばしょうがないの。よかろう、わらわが左側の青い魔人を攻撃しよう。そなたは赤い魔人を倒せ。そこまで言った以上、ぬかるでないぞ」


 エレナはルナに向かって不敵に笑う。


「……ありがとう。任せて」


 ルナは呟く。


 小さい声だったがそれで十分だった。

 ルナの覚悟がその声には宿っていた。


「準備はいいな!? いくぞっ!!」


 オリバが真ん中のバリンに飛び掛かる。


 バリンは左拳をまっすぐにオリバに叩き込む。

 オリバはその拳を横に飛んで避ける。


 すぐにバリンの右拳も飛んでくる。

 これも華麗に横に飛んで避ける。


 バリンがパンチを何度打ち込んでもオリバは左右に飛んで避ける。

 オリバの回避スキル『ヒラメの社交ダンス』だ。


 オリバの発達したふくらはぎはヒラメのようだ。

 ヒラメが左右に高速で舞い踊る。


 業を煮やしたバリンが両腕を大きく上に振りかぶり、オリバめがけて打ち下ろす。

 オリバはその隙を見逃さない。


「スキル! 肩メロン・タックル!!」


 バリンの拳がオリバに到達する前に、オリバはバリンの左胸にタックルをくらわせた。


「あがっ……」


 声にならない声を発し、バリンは首を垂れた。

 バリンの分厚い左胸にはメロン型の凹みができている。


「よそ見するでない。そなたの相手はわらわじゃ。これが本当の寒さよ! アイスブレス!!」


 エレナはアイスドラゴンに乗ったままリシンの前に躍り出る。

 アイスドラゴンは口から氷の炎を吐く。


「ふん。小娘が! これが本当の水魔法だ! 水流波すいりゅうは!!」


 リシンは両手からレーザーのような水を噴射する。


 ふたつの魔法がぶつかり合う。


 アイスブレスがリシンの魔法をどんどん凍らせてゆく。


 氷は瞬く間に進行し、リシンの手から全身に広がる。

 リシンの体が凍り、頭も凍る。


「水魔法使いが凍らされてしまうとは情けないのう」


 エレナは凍りついているリシンを満足気に眺める。


「残すはあんただけね、ロイシン! 十年前の借りを返させてもらうわっ!!」


 ルナはロイシンと対峙する。


「フン。何もできず、指をくわえ震えていた小娘がよくいうわ! 十年前は貴様の両親のせいで仕留めそこなった。今度はそうはいかんぞ!!」


 ロイシンは両手を開いて魔法を唱える。

 両手に真っ赤な魔力が集まり、大きな炎となる。


「今の私は昔と違う!! あのときはお父さんとお母さんが必死で戦ってるのを見守ることしかできなかった……。でも今は違う! 今の私はあの頃とは違うっ!!」


 ルナは魔法を唱え、大きな木製の弓と矢を魔法陣から取り出す。


「愚かだな、エルフの娘よ。俺は火魔法使い。森魔法使いのお前が勝てるわけなかろう。貴様の両親が十年前に証明したのにもう忘れたか。だが安心しろ、すぐに両親のもとに送ってやるぞ」


 ロイシンはにやりと笑う。


「この弓と矢はね、十年前にあんたがなぎ倒したエルフの樹からできているのよ。この魔法は術者の思いが強ければ強いほど威力を増す。私はあんたを絶対に許さない! ここであんたを倒し、十年前の過去とはおさらばするのっ!! 攻撃魔法! 裁きの矢!!」


 ルナは矢を弓につがえて、弓を引き絞る。

 矢が緑色の光を放ち始める。


 ルナは真っ直ぐロイシンを見つめる。


 ロイシンは炎を放つ。

 燃え盛る炎が凄まじいスピードでルナに襲いかかる。


 ルナは微動だにしない。

 その瞳には強い意志が映っている。


 ルナは静かに左手を離し、矢を放った。


 光り輝く一本の矢はロイシンの炎に飲み込まれる。


「フハハハッ!! 言っただろう! 森魔法は火魔法に勝てないとな。そのまま燃え尽きよ!」


 ロイシンが勝ち誇った瞬間――


 炎が弾け散り、その中から一本の矢がロイシンに向かって真っ直ぐ飛んでゆく。


 そのままロイシンの左胸に突き刺さる。


「グッ……ばか……な……火魔法が森魔法に負けるなど……」


 ロイシンは体を小さく震わせ、独り言のようにつぶやく。


「言ったでしょ。今の私は昔と違うって。これが私の思いよ! 大切な樹々をなぎ倒され燃やされた怒りよ! お父さんとお母さんを奪われた私の怒りよ!!」


「くっ……だが……俺たちを倒したくらいでいい気になるなよ……。大魔王様は桁外れに強い。あのおかたにしてみれば、我ら筋肉魔人王なぞ道端みちばたで飛び跳ねているコオロギみたいなものだ……。貴様らが大魔王様に敗亡している姿が目に浮かぶ……」


 ロイシンはニヤリと笑い、絶命した。


 筋肉魔人王の体から黒い煙が立ちのぼる。

 次第に体が透明になっていく。


 ついに筋肉魔人王を倒したのだ。


 ルナは無言でその光景をじっと眺めている。


「ルナ! やったなっ!! ついに筋肉魔人王を倒し――」


 オリバがルナに声をかけようとした瞬間――


 ルナは膝を地面につき、両手で顔を覆った。

 涙が両手をしたたり落ちる。


「お父さん……お母さん……私……筋肉魔人をやっつけたよ……。復讐なんて望んでないのはわかってる。あいつを倒しても、お父さんとお母さんは帰ってこない。でも……それでも私、頑張ったんだよ……。十年前は何にもできなかったけど、今度は頑張ってやっつけたんだよ……」


 ルナは肩を小さく震わせながら、誰に聞かせるでもなく小声で呟く。


「……ルナ。お前はよく頑張ったよ……」


 オリバはルナを抱きしめる。


 オリバにできることは何もない。

 それでも、少しでもルナの力になりたくて、オリバはルナを抱きしめた。


 …………。


「……ありがとう。嫌な夢、もう見なくて済むかも……。私、自分のこと、好きになれるかも……」


 ルナがボソッと呟く。


「えっ!? よく聞こえなかった!? 今何て――」


 オリバが聞き返そうとした瞬間――


「って、いつまで抱きついてるのよっ!! この人肌依存症オバケ! ど、どさくさに紛れてひとの体を触ってんじゃないわよっ!!」


 ルナは顔を真っ赤にしてオリバを突き放す。


「ほうほう、これは興味深いのう。あのルナ様が、殿方に抱きしめられて耳まで真っ赤にするとはのう。これは一体全体どうしたことじゃのう!?」


 エレナはニヤニヤしながらルナに詰め寄る。


「ううう、うるさいわねっ!! あんたには関係ないでしょ! そんな暇があったら、あんたはアンチエイジングのしわ伸ばしでもしてなさいっ!」


「しわなどないわ! わららはまだ十九だと言ったろう! まあ、誰かさんと違って肩は凝ってしょうがないがのぉ~。胸の小さい、だ・れ・か・さんと違ってのう!?」


 エレナは腕を組み、自分の胸を強調する。


「ぐぬぬっ……。む、むかし、学校で習ったわ! 胸の大きい人は胸に栄養を取られちゃうから、脳まで栄養が行かないんだってっ!!」


「つまらぬ嘘をつくでない!」


「ふたりとも! 喧嘩はやめようぜ。今から歴代最強の大魔王と戦うんだぞ! ところで、ふたりは前から知り合いなのか?」


 オリバは喧嘩を止めるため話題をそらした。


「……まあね。前に一度、会ったことがあるのよ。エルフの村と氷の国で平和条約を結んだときにね。そのときから馬が合わない女だと思ってたわっ!」


 ルナは腕を組んで憎らしげに言う。


「それはわらわのセリフじゃ。その生意気な態度、微塵も改善しておらぬの!」


 エレナも言い返す。


 ふたりはにらみ合う。


 オリバはため息をつく。


「喧嘩は終わりだ。その扉を見てみろ」


 オリバは魔王城の大きな扉を指さす。

 扉の隙間から漆黒の魔力が滲みだしている。



 大魔王は強い――



 誰もが心の中で呟く。


「みんな、準備はいいな!? 扉を開けるぞ」


 オリバは今まで獲得してきた神器を装着しながらふたりに念を押す。


 ふたりとも緊張した面持ちで頷く。


 オリバは魔王城の大きく重厚な扉をゆっくり開けた。



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