第三十一話 穴の中
「それじゃ、『せーのっ!』でこの穴に飛び込むわよっ!」
ルナが掛け声をかける。
ふたりは手をつないだまま、穴の中に飛び込んだ。
…………。
穴の中は真っ暗で何もみえない。
オリバはルナのほうを振り返る。
ルナの体は魔法の淡い光で輝いている。
オリバの体も淡く光っている。
この穴の中に光は存在しないみたいだ。
何も見えない。
何も聞こえない。
ふたりはトロトロした真っ黒な液体の中を下へ下へ落ちていく。
堕ちていく。
…………。
ふたりは落ち続ける。
…………。
「何か来るわよっ!」
数時間は落ち続けただろうか。
突然、ルナがささやいた。
オリバは全神経を集中させる。
もの凄く大きなものがふたりの前をゆっくり横切っている。
それが何かは分からない。
ただ目の間を通り過ぎている。
ふたりの存在に気づいていないみたいだ。
オリバたちは息を殺してそれが通り過ぎるのを待つ。
…………。
下へ下へ落ち続けながら、それが通り過ぎるのを辛抱強く待つ。
…………。
「……どっかへいったみたいだな」
オリバがささやく。
「ええ。あれは魔物だろうけど、こんな水の中で戦うのは避けたいわ」
ルナは息を吐いて安堵する。
ふたりはなおもどんどん底へ沈んでいく。
岩みたいにごつごつしたものの上にふたりは降り立った。
「穴の底に着いたのかしら?」
ルナが周りをキョロキョロする。
「かもな。でも、周りは真っ暗で何も見えないし、これからどうするか……」
「待って! 何か変よ! 魔物の気配を感じるっ!! こんな暗闇であたりを照らせば私たちの存在がバレて危険だけど……それでもやるわよ!」
ルナは魔法を唱え、杖の先端から強烈な光を発する。
あたり一面が照らされる。
オリバは上を見上げた。
そこには巨大は歯が規則正しく何層にも並んでいた。
足元にも目を向ける。
オリバたちは巨大な歯の上に立っていた。
「まずいわっ! ここは魔物の口の中よ! 歯が下りてくる!! 魔法は間に合わないっ! オリバ、防いで!」
ルナが怒鳴る。
オリバは魔物の歯を両手で受け止める。
魔物はオリバを噛みちぎろうと、さらに噛む力を強める。
オリバの体がどんどん沈んでいく。
オリバの尻が魔物の下の歯に着きそうになる。
「うおぉぉぉおーー!!」
オリバは向こう側の筋肉を総動員させる。
魔物の歯を少しずつ押し返し、オリバの膝も伸び始める。
しかし、オリバは魔物の歯を完全には押し返さずに、またしゃがみ込んだ。
そしてもう一度、魔物の歯を押し返す。
「オリバ! 何やってるのよ!? こいつは私たちを食べるつもりよ! 早く逃げるのっ!!」
「わかってるっ! でも……こいつの噛む力は脚のトレーニングにちょうどいいんだ! 今日は脚の筋トレ日だ。しゃがんで立ち上がるこのトレーニングがスクワットって種目だ!」
オリバは目を輝かせながらスクワットを続ける。
「アホかっ!! 命の危険が迫ってるのよ? 私が魔法でやっつけるわっ!」
ルナは杖を前にだした。
「あっ、ちょっと待ってくれ! あともう1セットだけ……」
オリバが言い終えないうちにルナは魔法を発動する。
「催眠魔法! ネムリープ!!」
ルナの杖から光が発せられる。
魔物は口を大きく開いたまま動かなくなった。
「ぐっすり眠ったみたいね。ほら、さっさとここから抜け出すわよ」
ルナはそう言い、ふたりは魔物の口から抜け出す。
魔物の正体は目がない大きなウナギのような怪物だった。
口を開けてぐっすり眠っている。
「キモっ! これがさっき私たちの前を横切ったやつの正体ね。私たちに気づいてたのね」
ルナが苦々しく言った。
「でも俺たちは無事だし、脚のトレーニングもできたし、まあいいじゃん。先を急ごうぜ」
オリバは元気よく言い、ふたりはさらに水の底へ沈んでいく。
ほどなくして、白く光る穴が見えてきた。
真っ暗な世界にぽっかりと光る穴が空いている。
「あれが出口よ!! あそこから邪悪な魔力が流れ出てるわっ!」
ルナは光る穴に向かって泳いでいく。
オリバもルナと手を繋いだままルナについて行く。
穴から光が溢れ出ており、眩しくて穴の向こう側は見えない。
ふたりは手を繋いだままその穴の中に入る。
…………。
穴をくぐり抜けると、ふたりは大地の上に立っていた。
もう水の中ではない。
空はドス黒い雲で覆われ、稲妻が雷鳴とともに地上に降り注いでいる。
ふたりの目の前には漆黒の巨大な城がそびえ立っていた。
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