第二十九話 最果ての地
翌朝、オリバが村の入り口に着くと人だかりができていた。
「オリバ様!! 行かないでください!」
「オリバ様! みんなに筋トレを教えてくださいませ!」
「オリバ兄貴!! ご武運をお祈りしますぜ!」
みんな口々にオリバに別れの挨拶をする。
オリバの出発を見届けるために集まったのだ。
「やっと来たわねっ! もうっ、待ってたんだから!」
ルナが人だかりの中から現れた。
ルナの右肩には妖精がふたり乗っている。
小さくて蝶みたいな羽が生えている以外は人間の少女みたいだ。
ふたりの妖精はルナの肩から飛び立ち、オリバの周りをくるくると飛びまわる。
「初めて妖精を見ました。こんなに綺麗で可愛いんですね」
オリバは跳びまわっている妖精たちを眺める。
「そりゃ、そうでしょ。妖精が中肉中背の悪臭を放つちっさいおっさんだったら嫌でしょ!?」
「た、たしかに……」
オリバは妙に納得する。
「今からふたりにあんたを紹介するわ」
ルナは妖精に向かって何やら話始めた。
ルナの口がパクパクと動いているが音は聞こえない。
妖精たちもルナのほうを向いて口を動かしている。
やはり何も聞こえない。
「あんたのことは紹介したわ。ふたりとも最果ての地まで一緒に行ってくれるって。あんたからもふたりに何か言ってちょうだい。私が翻訳してあげるから」
ルナはオリバのほうを向く。
「何も聞こえなかったんですが、本当に話してたんですか?」
「失礼ね! 話してたわよ! 人間には聞こえない音域で話してたの。この長い耳のおかげで人間より聞き取れる音域が広いのよ」
ルナは得意そうに長い耳を動かす。
「オリバ・ラインハルトです。案内ありがとうございます! 必ず大魔王を倒します!」
オリバは頭を下げる。
ルナは口をパクパク動かしてオリバの言葉を妖精の言葉に翻訳する。
ふたりの妖精はニッコリ笑い、オリバの周りをクルクルと飛び回った。
「よしっ! 準備完了ね! んじゃ最果ての地へ行くわよ! 森魔法! ウッド・アント!!」
ルナは杖を地面につける。
地面が揺れだす。
地面から木製の巨大アリが現れた。
「これが私の馬車よ! すっごく早いんだから!」
ルナは巨大アリの背中に飛び乗る。
ルナの右肩には妖精たちが座っている。
「あんたも乗りなさい、オリバ! これなら昼には最果ての地に着くはずよ」
「ありがとうございます!」
オリバは巨大アリの背中に飛び乗る。
木製なのにアリの背中は柔らかく、暖かい。
まるで生きているみたいだ。
「オリバさん! 頑張ってね! 一緒に旅ができて楽しかったよ!」
オリバが振り返ると、人だかりの中でリックが手を振っている。
その隣にはミーシャが恍惚とした表情でオリバを見つめている。
「オリバちゃん。帰ってきたらエルフの色んなこと教えてあげる……。楽しみにしててね」
ミーシャはオリバにウィンクした。
「リック、ミーシャさん! ありがとうございました! 大魔王を倒したらまたこの村に来ます!」
オリバはふたりに大きく手を振る。
「それじゃ、しゅっぱーつっ!!」
ルナは杖を前に突き出す。
防御壁の槍が左右に動き、大きな穴が槍の防御壁にできる。
ルナは振り返って村のみんなに手を振る。
みんなも手を振り返す。
「進め!!」
ルナは前を向き巨大アリに命じる。
巨大アリは動きだし、槍の防御壁にできた穴をすごい勢いで通り抜ける。
オリバは後ろを振り返る。
もう防御壁の穴は塞がっている。
村人たちの姿はみえない。
見えるのは無数の槍でできた防御壁だけだった。
◇◆◇◆◇◆◇
巨大アリは森の中を猛スピードで駆け抜ける。
一直線に目的地へ向かって爆走する。
木々を
巨大アリが近づくと木のほうが幹を反らして
「すごいでしょ!? 私は森の守護者たるエルフの長よ! 私が進むと木々が道を空けてくれるの! エッヘンッ!!」
ルナは巨大アリの上で仁王立ちし、腰に手をやって胸をはる。
「あいたっ!!」
ルナのおでこに木の枝が当たる。
ルナはしゃがんでおでこを両手でおさえる。
目には涙が滲んでいる。
ルナの右肩に乗っているふたりの妖精は爆笑している。
「ル……ルナ様は森の守護者たるエルフの長なんですよね!?」
オリバは笑いを抑え、声を震わせながら聞く。
「う、うるさいわね!! これはアレよ! 木々の調子を調べていたのよ! 元気に育っているかなって。私は森の守護者だからねっ!!」
ルナは顔を赤くして慌てる。
「ルナ様はおでこを使って木々の調子を調べるんですね。というか、おでこで木の枝を折っていましたよ!?」
オリバはニヤニヤする。
「あーっ、もう、うるさいわね!! ここから叩き落すわよ! この無賃乗車常習犯!!」
「いや、『あなたも乗りなさい、オリバ!』って言ったじゃないですか!? たしかにお金は払ってないですけど……」
「ってか、いつまで『ルナ様』とか言ってるわけ? あんた十七歳でしょ!? 私も同い年よ! ルナでいいわ!」
「そっかっ! んじゃ、ルナ! 改めてよろしくな!」
「フ、フンッ!」
ルナは顔を赤くして顔を背ける。
「私は魔力を回復するために少し寝るわ。ウッド・アントは魔力を消費するのよ。ここは私たちエルフの森だから大丈夫だと思うけど、念のためみんなに防御魔法をかけておくわ。何かあったら起こしてちょうだい」
ルナは全員に防御魔法をかけたあと、巨大アリの上に横になって毛布にくるまった。
巨大アリはなおも爆走し続ける。
…………。
「んっ……ダメ……行かないで……。私も戦えるから……だから行かないで……」
眠っているルナが突然うなされ始めた。
オリバはルナのもとに駆け寄る。
「お父さん、お母さん、行かないで……。私をひとりにしないで……。何もできなかった、あのときの私とは違うから……だから戻ってきて……」
ルナの瞳から涙が流れる。
悲しい夢をみているようだ。
「ルナ! 大丈夫かっ!?」
オリバはルナの肩を掴んで揺り動かす。
ルナはぼんやりと目を開ける。
「……お父さん。お父さんなの? 私、頑張ったんだよ……」
「俺だ! オリバだ! しっかりしろっ!!」
「……なーんだ。あんたか……」
ルナはつまらなそうに言う。
「『なんだ』とはなんだ! 突然うなされだしたから心配したんだぞ!」
「……心配かけて悪かったわね。でも放っておいて。寝るといつもみる悪夢なの……。魔法でも悪夢は消せない。じゃあ私はまた寝るわ」
ルナは涙を拭き、目を閉じて横になった。
◇◆◇◆◇◆◇
何時間経っただろうか。
辺り一面、木々しかなく、ずっと同じ場所を走っている感覚になる。
オリバがそんなことを考えていると視界が突然切り替わった。
見渡す限りの荒野。
草一本生えていない。
真っ赤な大地が永遠と続いている。
オリバは眠っているルナを起こす。
「ここが最果ての地よ。ここは昔、肥沃な大地だったの。樹木が生い茂り、動物もたくさんいたらしわ。でも……数百年前に不毛の大地になってしまった。あの大戦のせいでね……」
延々と続く不毛の大地をルナは寝ぼけた顔で眺める。
「大戦? 何があったんだ?」
「人間は何にも知らないのね! あんな大戦があったのに! ドラゴンの王・暗黒竜と奈落の王・閻魔が世界最強をかけて戦ったの。魔王ベルゼブブだって彼らには手を出せなかったわ」
「そ、そんな強い奴がこの世界にいるのか……」
「いるのよ。でもあいつらは他の種族を侵略しない。だから今まで問題なかったの。でも、どっちが世界最強か決めるために戦った。結局、決着はつかずお互いに干渉しないという契約になったのよ。暗黒竜の炎のせいで大地は焼け、川は干上がった。閻魔の毒で大地は深層まで汚染された。数百年も前の話だけど、今でもここには草一本育たないわ。ここの土は高熱で毒まで含んでるから素手で触らないでね」
「わ、わかったよ……」
オリバは唾をのむ。
巨大アリは最果ての地を突き進む。
ルナは妖精たちと話しながら、巨大アリに指示を出す。
見渡す限り何もない大地を右や左に曲がりながらも突き進む。
目印もなく、自分がどこにいるのかさえもう分からない。
「止まれっ!!」
ルナが突然叫ぶ。
「この先のずっと向こう側に何かいるわ! 魔力を感じる!」
ルナが鋭い目つきで遠くを睨む。
「俺には何にも見えないけど……」
オリバもルナが睨んでいる先に目をやるが地平線が見えるだけだ。
「私だってまだ見えないわよ。でも、邪悪な魔力を感じる……。エルフは人間より感覚が鋭いの。敵の可能性が高いわ! 出でよ! ゴーレム!」
ルナは巨大アリから飛び降り、大地の上に立つ。
杖を地面に着け、魔法を唱える。
地面が盛り上がり四つの大きな山が出現した。
山は人型の形に変形し、四体の巨大ゴーレムが現れる。
「これが本当のゴーレムよ! 人間の魔法使いが作った中途半端なものとはわけが違うから! 攻撃力も防御力もハンパじゃないわよっ!」
ルナは巨大アリの背中に戻る。
ゴーレム四体を巨大アリの前に横一列に並べる。
「この陣形で前に進むわ。敵に攻撃されてもゴーレムが守ってくれる」
ルナは巨大アリとゴーレムを前進させる。
どんどん前に進む。
遠くのほうに何かが見える。
「弓矢よ!! ゴーレム、防いで!」
ルナが叫んだ。
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