第二十二話 エルフの村長
「キモッ! 筋肉キモッ!! あんただれ? 今すぐ出て行きなさい!」
真ん中に座り腕組みしているエルフの娘が口を開いた。
か、可愛い……。
オリバはエルフの娘にみとれ、息をのんだ。
エルフの女性はみな美しい。
しかしそこに座っている娘は特別に美しかった。
歳は十七前後だろう。
美しさだけでなく可愛さまで兼ね備えている。
緑がかった金色の髪は腰のあたりまで真っ直ぐ伸びる。
薄緑の瞳。
細くしなやかなその体は陶器のようになめらかな肌に包まれている。
「ちょっと! ボケっとしてないで答えなさい! 忙しいんだから!」
オリバがその娘の美しさに見とれていると、娘は苛立った口調でそう言った。
「あっ、すみません。 俺はオリバです。大魔王を倒すためこの村に来ました」
オリバはこれまでの経緯を話し始める。
氷の女王エレナを倒したと言ったとき――
「嘘よ! あんたなんかにあいつが倒せるわけないじゃない!」
娘がオリバの話を遮る。
「ルナ様、落ち着いてください。はるばるこの村に来て頂いたのに失礼ですよ。真偽の程は簡単に確かめられます。オリバさん、私はエルメンと申します。村長ルナ・バレンタイン様の補佐官をしております」
テーブルの右に座っている二十代前半の青年はオリバに軽く会釈した。
どうやら真ん中に座っている美少女が村長のようだ。
「ふん! そうね。あいつが嘘つきか簡単に確かめられるわ。じいや、スキル『過去の目』を発動してくださる?」
ルナは左隣に座っている老人に声をかける。
老人には髪がなく、真っ白な長い髭をはやしている。
瞳は白く目が見えないようだ。
老人の肩には一匹の深緑色のカラスが止まっている。
「よかろう。オリバ殿、わしはルナの祖父・デュークじゃ。今からスキルを発動するがお前さんに害はない。安心しておくれ」
デュークは杖をつきフラフラしながらテーブルから立ち上がる。
目が見えないのにオリバに的確に近づいてくる。
デュークの肩の上でカラスが小さく鳴いている。
「わしは特殊なスキルの代償として視力を失ってしまってのう。代わりにこのカラスがわしの目となってくれておるのじゃ。この森にしか生息していない魔力を秘めたカラスじゃ」
デュークはオリバの目の前に立つ。
右手をオリバの肩にそっと乗せた。
「スキル・過去の目!」
デュークの白い目が緑色の光を発し始める。
オリバは走馬灯のようにこれまでの冒険を思い出す。
勝手に頭の中に浮かんでくる。
その時の音やニオイまで鮮明に蘇る。
デュークは右手をオリバから放した。
デュークの目が白目に戻る。
オリバの頭の中の走馬灯もピタッと止まる。
「ルナよ、オリバ殿は氷の女王エレナを倒しておるぞ。犠牲者もだしておらん。たまげたのう」
デュークはルナのほうを振り向く。
「そ、そんな……。あいつは私と同等の魔力を保持してるのよ! あいつが倒されるなんて信じられない! きっと何か卑怯な手でも使ったんだわっ!」
ルナは思わず立ち上がり、両手でテーブルを叩いた。
「オリバ殿は正々堂々戦ったぞ。わしはこの目でその戦いを見たのじゃ。お前もわしのスキルは知っておろう」
「で、でも……」
「たまげたのはその戦い方じゃ。千年にひとりの天才と言われたあの大魔法使いエレナを、魔法を使わないで倒したのじゃからな。お前も気づいていると思うが、オリバ殿には魔力がない。魔法は使えぬ」
「嘘よ! そんなの嘘よ! きっと魔法耐性のある神器を装備してたんでしょ!!」
ルナは叫ぶ。
「いや、何も装備しておらんかった。市販のタンクトップを着ておっただけじゃ。オリバ殿は鍛えぬかれたその筋肉ひとつでエレナを倒したのじゃ」
「なにが筋肉よ! 気持ち悪い! 筋肉なんて必要ない!」
「お言葉ですが、ルナ様。筋肉がなければ歩くことも、こうやって話すこともできません」
オリバが口を挟む。
自分のことを悪く言われても我慢できる。
しかし、筋肉を悪く言われることだけは見過ごせない。
「うるさい! あんたみたいな筋肉モリモリが気持ち悪いっつってんのよ! 私たちエルフは魔法が使えるの。魔法で作ったゴーレムに力仕事はさせるから、筋肉バカは必要ないの!」
「エルフはそうかもしれませんが、俺は人間です。一部の人間しか魔法は使えませんし、ゴーレムも作れません。だから、鍛えられた筋肉は戦闘や仕事で役立つんです」
「ふん! そんなの人間の勝手でしょ! 私には関係ないわ。筋肉ムキムキな生物なんて腐った巨大ナメクジなみに気味が悪いのよ!!」
ルナは敵意丸出しでオリバを睨んでくる。
「コラ! いくらなんでも失礼じゃぞ。お前が筋肉嫌いなのもわかるがの……。それにオリバ殿は暗黒の魔導士ウラノスも倒しておるのだぞ!」
「そ、そんな!! あいつは闇魔法に関しては最高位の魔法使いよ! 神すら召喚できると聞いてるわ……。あんた一体何者なの、オリバ!!」
ルナは杖をオリバのほうに向け戦闘態勢をとる。
「俺は魔法も使えない人間です。冒険者の職業はボディビルダーです!!」
オリバはいつものノリでボディビルのポーズを取ろうとする。
……が、直前でやめる。
筋肉嫌いのルナの前で筋肉をアピールすれば状況は悪化する。
「ボディビルダー? 何それ? 聞いたことない。それであんたはどんなことできるのよ?」
「俺の武器はこの鍛えぬかれた筋肉とこの筋肉を作り上げた強い意志です」
「はぁ~!? そんなんで大魔王に勝つつもりなの? 過去最強なのよ! この村にいても大魔王の邪悪な魔力を感じる。それくらい桁外れな魔力なのよ!?」
ルナは呆れて腕を組む。
「ルナよ、オリバ殿の筋肉と意志の強さは本物じゃ。オリバ殿の冒険をこの目で見たわしが保証する。この者にならエルフの神器を預けても良いかもしれぬ」
「ありえない! 神器をこいつに渡してこいつが大魔王に負けたら、私たちの神器は敵の手に渡るのよ! 神器を失えば私たちエルフが束になっても大魔王に勝てないのよ!?」
ルナは心底驚いた表情でデュークに顔を向けた。
「お前の言う通りじゃ。だが、我らエルフが神器を使って大魔王と戦うより、オリバ殿に神器を預けて戦ってもらうほうが勝算は高いかもしれぬと言うておるのじゃ」
「神器をこいつに渡したら、こいつは大魔王を倒せるの?」
「それはわからぬ。わしが見れるのは過去だけじゃ。未来は見えぬ」
「そんな不確実な話で、突然やって来たこの腐った巨大ナメクジ男にエルフみんなの運命を託せとおっしゃるの? いくらじいやのご助言でもさすがに採用できないわ」
ルナは首を横に振る。
「ルナ様、お気持ちはお察ししますがオリバさんの実績は十分です。ルナ様に引けを取らない実力だと思われます。明確な理由なく追い返すのは不公平だと進言します」
エルメンが言う。
ルナは悔しそうに唇を噛む。
オリバを追い返す口実を考えているようだ。
ルナの顔がパッと明るくなる。
「いいわよ! でもここはエルフの村。私たちのルールで勝負してもらうわ。それでもあんたが勝ったら神器は渡すわ!」
ルナは自信に満ち溢れている。
「……わかりました。それが唯一の選択肢なら俺はただベストを尽くすだけです」
オリバは答える。
ルナはニヤッとしてこう言った。
「勝負内容は『ミスターコンテスト』よ!!」
予想の斜め上をいく勝負内容にデュークもエルメンも口をポカンと開ける。
「ルナ様、いくらなんでもそれはいかがなものかと……。大魔王討伐に必要な強さとは全く関係ないと思われるのですが……」
エルメンが言いにくそうに切り出した。
「いいえ、エルメン! 関係大あり、アリとキリギリスよ!」
「キリギリスはどっからでてきたんですか!?」
エルメンが思わずつっこむ。
「お父様はいつも『本当の勇者ならどんな状況でも乗り越える』って言ってたのを覚えてるでしょ? あいつが本当の勇者なら一番不利な条件でも乗り越えられるハズよ!」
勝ち誇った顔でルナはオリバを見下す。
「たしかに一理あるの。人間のオリバ殿にエルフ全員の運命を託すことを反対するものも多いじゃろう。だが、一番不利な条件でも乗り越えることができるのなら、エルフたちの信頼を勝ち取れる」
デュークは長い白髭を撫でる。
「でしょ!! もうすぐお祭りがあるわ。そこでミスターコンテストが開かれる! これはきっとそういう運命だったのよ!」
ルナは完全にこれで行く気だ。
オリバはため息をつく。
この村を歩き、エルフたちのオリバを見る目を思い出したからだ。
しかしここはエルフの村。
部外者が勝手に乗り込んできて、その村の秘宝を貸せと言ってきたのだ。
オリバに選択肢がないことは明白だ。
「ルナ様、わかりました。その勝負受けて立ちます。ルールを説明してもらえますか?」
「負けるとわかって受けるとはいい度胸ね! ぼろ負けしてるあんたが目に浮かぶわ!」
ルナは嬉しそうにルールを説明する。
ルールは簡単だ。
出場者が舞台の上に一斉に立つ。
審査員の女性たちが一番気に入った男性に票を入れる。
得票数が一番多かった者が優勝だ。
「ただし、魔法を使って外見を変えたり、票を買収したりすることは反則行為で即失格よ。私たちエルフにズルやイカサマは通用しないわ!」
ルナはオリバを見下す。
オリバが反則行為をすると確信しているような態度だ。
「俺はズルもイカサマもしません。筋肉は嘘がつけませんから」
オリバはルナの目をまっすぐみる。
「負け犬の遠吠えね! あっ、腐った巨大ナメクジの遠吠えか。ブヒブヒうるさいわね!」
「……それでミスターコンテストはいつなんですか?」
オリバは言い返したい気持ちをグッと押さえる。
「今夜よ! エルフの村最大のお祭りが今夜あるの。このお祭りのメインイベントがミスターコンテストよ。せいぜい村を逃げだす準備でもしなさい。これにて面会は終了とします。今夜、また会えることを楽しみにしてるわよ」
ルナはニヤニヤしながら言い放った。
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