第二十一話 エルフの村


 空はすっかり明るくなっていた。

 一晩中、森を歩き回っていたようだ。


 オリバの目の前には、空に浮かんだ無数の槍が規則正しく配列し、高い壁を作っている。


 その光景は見る者を圧倒する。

 この壁の攻略は不可能だと知らしめる。


 オリバは槍の壁に見とれる。


「凄いでしょ? これが槍の防御壁だよ。敵が攻めて来るとこの槍一本一本が自由自在に動いて敵を串刺しにするんだ」


「凄いな……。こんな防御壁みたことがない……」


「エッヘン! この槍は『エルフの樹』でできてるんだ。世界中でこの村にしか育たない特別な樹だよ。エルフの魔力が流れ、魔力を増幅してくれる。魔力を込めればこの槍は鉄の鎧も貫通するよ」


 リックは嬉しそうに話す。


「どうやって防御壁の中に入るんだ? どこにも入口がないんだが……」


「まあまあ、見ててよ。この防御壁の中にはエルフしか入れないんだ」


 リックは右手を防御壁につける。


 右手から緑色の光が溢れだす。

 防御壁の槍にエルフの魔力を注入する。


 槍が緑色に輝き始める。

 カーテンを左右に開くように槍が動き、入口が出現した。


「エルフの村へようこそ! まずは神器を持ってる村長に会いに行こう!」


 リックはわざとらしく深くお辞儀をして、手を入口のほうへ差しだす。


 オリバは槍の防御壁を抜けた。


 防御壁の中は広い。


 真っ白な太い樹がたくさん生えている。

 樹の上に家が建っている。


「ボクたちエルフは樹の上に家を建てるんだ。この真っ白な樹が『エルフの樹』だよ」


 リックは村を歩きながら説明する。


 オリバは家を修理しているエルフの若者と目が合う。

 若者は眉間に皺を寄せ険しい表情になったが、すぐに顔をそむけ作業に戻った。


 …………。


 ふたりは村の中を進む。


 エルフの親子連れにでくわす。

 さすがはエルフ、夫はイケメン、奥さんは美女、小さい娘も可愛い。


「……うぇ~~ん、ママァ! 筋肉魔人がいる! 怖いよ~……」


 オリバを見たとたん、娘は顔をゆがめて泣きだした。


「シッ! 声が大きいわよ。あれは筋肉魔人ではありません。人間です。だから安心してね」


 母親が小声で説明する。


「そうだよ。筋肉魔人は前の村長さんがやっつけたんだ。だから何にも心配いらないよ。早くお家に帰っておやつを食べようね」


 父親も娘をなだめる。


 『おやつ』という単語を聞き、娘の顔がパッと明るくなった。

 親子連れはオリバから逃げるように去っていった。


 …………。


 ふたりは無言で村の中をさらに進む。


 向かいからセクシーなお姉さんが歩いてくる。


 深緑色のビキニのようなものを着ており、腰に茶色の短い布を巻きつけている。

 右手に酒瓶を握りながらフラフラ歩いている。


 明け方まで飲んでいたんだろう。

 歩くたびにその豊かな胸が揺れる。


 セクシーお姉さんはオリバをみると鋭い表情へと豹変した。

 オリバを睨みながら近づいてくる。


「ミーシャさん、久しぶりです! 人間の町から帰ってきました。しこたま稼ぎましたよ! グッヘッヘッ!」


 リックはふざけていやらしく笑う。


「それよりこいつ誰? なんでこの村にこんな筋肉ムキムキな生物がいるわけ?」


 ミーシャはすこぶる機嫌が悪いようだ。

 リックと話してる最中もオリバを睨んでいる。


「まあまあ。こちらはオリバさんです。すっごく強いんです! 大魔王を倒そうとしてるんですよ!」


 リックがオリバを紹介する。


「フンッ! どうせ大魔王には誰も勝てないよ。それより、筋肉とかマジでキモいから!!」


 捨て台詞を吐き、ミーシャはフラフラと歩き去った。


 ふたりは無言で村の奥へと進む。


 …………。


「……リッチメンの町を出るとき言った言葉を覚えてるよね……」


 リックが沈黙を破る。

 気まずそうに話し始める。


「エルフはさ、どんなに鍛えても細い体にしかならないんだよ。だから、ムキムキな人間を見るとすごく変な感じがする。それに……十年前に筋肉魔人がボクたちの村を襲ったんだ……」


「筋肉魔人? さっきの子どもも俺のことをそう言ってたな?」


「百年に一度の大災害といわれる伝説の魔人だよ。もう十年も前のことだけど、筋肉魔人の姿は今でもはっきり思い出せる。当時ボクは五歳だった。あいつはムキムキな巨人で頭に二本の角が生え、全身が炎に包まれていた。ボクたちエルフにとってあれは悪夢だよ。あいつのイメージがみんなの脳裏に焼き付いている。だから、この村ではマッチョは忌み嫌われてるんだ……」


 リックの瞳に怒りが宿る。

 当時の光景が頭の中で映し出されているんだろう。


 「そうだったのか……。筋肉は健全な心に宿るというのに残念だ……」


 オリバはさっき出会ったエルフたちのオリバを見たときの表情を思いだした。


「筋肉魔人に襲われてこの村はすごく被害がでたんだ……。たくさんのエルフの樹がなぎ倒され燃やされた。人間にはわかんないかもだけど、ボクたちにとってエルフの樹は家族なんだ。ボクたちはエルフの樹の上で生活し、エルフの樹と共に生涯を過ごす。大切なパートナーなんだ。それに……あいつはこの村の村長とその奥さんの命までも奪った……」


 リックは悔しそうに語る。


「この村にはあの槍の防御壁がある。あれで筋肉魔人を倒せなかったのか?」


「ダメだった。あの槍は大抵の魔物なら一撃で倒せるよ。戦闘時には村にいるエルフ全員があの槍に魔力を込めるからね。でも、筋肉魔人の筋肉は固く、あの槍でさえも傷ひとつつけられかった……。無敵の筋肉に加えて火魔法使いだった。あいつの炎のタックルで槍の防御壁は破られたんだ……」


「そんな強い奴をどうやって倒したんだ?」


「……禁忌魔法だよ。魔力の代わりに生命力を使う魔法。すべての生命力を使い切るから術者は死ぬ可能性が高い。だから禁止されてるんだ。でも、村長と奥さんは禁忌魔法を使い、筋肉魔人を封印した。筋肉魔人を倒せる方法が他になかったんだと思う。自分の命を犠牲にして村を守ったんだ」


「それは残念だな……」


「うん……大切な人を失ったよ。村長と奥さんはみんなから本当に慕われていたから……」


 リックはうつむく。


 ふたりは無言で歩く。


 …………。


 しばらく歩いてからリックは思い出したように話始める。


「そういえば、今から会う村長のことだけど……ハッキリものを言うからキツイ性格に思われがちなんだ。でも誰よりもボクたち村人のことを考えてる優しい人なんだ」


「そうか……。俺の印象はエルフにとって悪いから心配だな……」


「うん……。でも本当は心優しい人だから、キツイことを言われても嫌いにならないでね。村長の筋肉嫌いには理由があるんだよ。実は村長は……あっ、着いたよ!」


 リックが突然止まる。


 目の前には真っ白な大樹がそびえ立っている。


「この樹の頂上に村長の家があるよ。さあ、登ろう!」


 リックは木登りを始める。


 オリバはエルフの樹に手をかける。


 エルフの樹は不思議な感触がする。

 小動物のように暖かく柔らかい。


 この樹が本当に生きているとオリバは実感する。


「この樹に触ってるだけで暖かい気持ちになるでしょ? これがエルフの樹だよ。ボクたちエルフにとってかけがえのない仲間さ」


 リックは微笑む。


 ふたりは木登りを続ける。


「この樹はこの村で一番高いんだ。いやー、久しぶりに登ると疲れるねー」


 リックは息を切らしている。


「でも背中のトレーニングになる。広背筋に刺激が入ってることをひしひしと感じる」


 オリバは意識を背中に集中させる。


 ふたりはなおもテンポよく登り続ける。

 登っていく途中で大鷲の巣を発見し、大鷲がひな鳥に餌をあげているのを横目にみる。


 リスにも遭遇する。

 リスは筋肉ムキムキのオリバを見て驚き、逃げ出した。


 ふたりはさらに登り続け、ようやく頂上に辿りついた。


 頂上には木造の小屋がひとつある。


「ふ~、疲れたー。ここが村長の家だよ!」


 リックが小屋を指さす。


「ありがとう。中に入ろう」


「残念だけどボクは中に入れない。神器は極秘情報だからさ」


 気まずそうにリックが言う。


「わかった。ここまで案内してくれて本当にありがとう。必ず恩返しするよ」


 オリバはリックに頭を下げる。


「全然大丈夫だよ! それじゃあ頑張ってね! 村長との面会が終わったら、ボクの家でゆっくりしてってよ」


 リックは笑顔で答える。

 家の地図をオリバに渡し、家に帰っていった。


「すみません! 俺はオリバ・ラインハルトです!」


 オリバは家の扉を叩く。


 少し間をおいて扉が自動的に開く。


 扉の近くには誰もいない。

 魔法で扉を開けたようだ。


 オリバは中に入る。


 部屋の中央に長いテーブルがひとつあり、そこに三人のエルフがこちらを向いて座っていた。


「キモッ! 筋肉キモッ!! あんただれ? 今すぐ出て行きなさい!」


 真ん中に座り腕組みしているエルフの娘が口を開いた。


 か、可愛い……。


 オリバはエルフの娘にみとれ、息をのんだ。



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