第十四話 暗黒の魔導士 その三
「無駄だ。これが我が奥義レイジネスだ。すべての人間を無気力にする。この町全体にかけてやった暗黒魔法だ。魔法耐性が特別強いそいつらでもこのざまだ。魔法耐性のない貴様がどうなるか楽しみだな」
ウラノスはニヤニヤしながらそう言った。
オリバはウラノスに向かって歩き始める。
一歩、二歩と前に進む。
…………。
いつもと全く同じ足取りだ。
「なぜだぁ!! なぜ魔法耐性がない貴様が歩ける!? 我が暗黒魔法は貴様の体内を確実に
ウラノスはヒステリックに叫ぶ。
「その通りだ。俺には魔法耐性がない。今もお前の魔法にかかってる。今すぐにでも床に寝転がりたい。一歩踏み出すだけでフルマラソンを全力で走ったように疲れる」
オリバはウラノスに近づく。
「だったら何故だぁ!! なぜ貴様は普通に歩ける!!」
「お前を倒すと決めたからだ!」
「意味がわからん! 我が魔法は気持ちの問題でどうにかなるものではない! この魔法をくらって自力で歩ける人間なぞ見たことがないわっ!!」
「これが答えだ!!」
オリバはタンクトップを脱いだ。
両手を頭の後ろで組み、両足を少しガニ股気味に開く。
腹筋と両足に力を入れる。
ボディビルの規定ポーズ『アブドミナル・アンド・サイ』だ。
腹筋と足をアピールするポーズだ。
脂肪が一切なく、綺麗にカットされた板チョコのような腹筋があらわになる。
脚は丸太のように太く、あまりの筋肉量に両足の太もも同士がくっつく。
ウラノスはオリバのポーズを黙って見つめ、続きのことばを待つ。
…………。
「やっと納得したようだな」
オリバはやりきった表情で言った。
「何もわからぬわ!!」
ウラノスが怒鳴る!
「貴様は一体何者なのだ! なぜこの魔法をくらって歩けるのか聞いているのだ!」
「この筋肉が答えだ!! 脂肪をそぎ落とし、発達した筋肉たちをとくと見よ!」
オリバはまだポージングしている。
「わからん! いくらお前の筋肉が物理的に強かろうと、この魔法には関係ない。実際に私の魔法は今も貴様の体内を駆け巡っているではないか!」
「俺が言っているのは筋肉の強さじゃない!! ここまで筋肉を発達させ、脂肪をそぎ落とせた『意志の強さ』を言ってるのだ!」
「なっ、なにっ!!」
ウラノスは動揺する。
「こういう諺がある。『ローマは一日にして成らず』だ。そしてこの諺には続きがある。『筋肉も一日にして成らず』だ。俺がこの体になるまでにどれだけ努力してきたと思う!」
「そんな続きはない!」
ウラノスは即答する。
「いいか、ウラノス。よく聞け。筋肉を大きくするには定期的に筋トレし、それを長期間継続しないといけない」
オリバは自信に満ちた声で語り始める。
「風邪をひくときもあれば仕事が忙しいときもある。天気が悪いときや飲み会が重なるときもある。いろんな誘惑や予期せぬアクシデントもある。そういう困難を何年間も乗り越え続けられる者にしか筋肉は微笑まないのだ!」
「た、確かに……」
ウラノスはオリバの発達した筋肉を眺め、オリバの言葉が真実だと確信する。
「その不断の努力を可能にしているのは何だ!? そう、強い意志の力だ! この強い意志の力こそ、ボディビルダーをボディビルダーたらしめている一番重要な要素だっ!!」
オリバの声に熱がこもる。
ウラノスは返すことばみつからず歯ぎしりする。
「俺のスキルでこの強い意志を仲間に分け与えれる! スキル! フォース・オブ・ウィル!」
オリバの両手が青白く光る。
その手でボサとノバの額を掴んだ。
ボサとノバはテーブルから降り、杖を握って立ち上がった。
「今すぐ年金暮らししたいが、まずはおぬしを倒してからじゃ!」
ボサの目に力が戻る。
ボサもオリバを真似てボディビルの規定ポーズ『アブドミナル・アンド・サイ』をする。
「ノバはお家に帰ってお母さんのご飯を食べたい。でも、まずはお前をやっつける!」
ノバも同じポーズをとる。
三人の冒険者が同じポーズをとってウラノスと対峙した。
ウラノスは何も言えず、大きく目を見開いて三人のポージングを眺めていた。
最強の暗黒魔法使いと言われた彼の奥義が、ボディビルダーの意志の力によって打ち破られたのだ。
弱く矮小な人間にこれほど強い意志の力があるとは信じられなかった。
「どうだ、ウラノスよ。これがボディビルダーの意志の力だ! 筋肉は嘘がつけない! 筋トレの知識がどんなにあって雄弁に語っても、実際に筋トレしない者に筋肉はつかない。筋肉は口よりも正直なのだ。この筋肉の大きさこそが意志の強さの証だ!」
オリバはもう一度、腹筋に力を入れる。
ウラノスは何も言えず、オリバの腹筋をただ眺める。
「お前の負けだ、ウラノス! 安らかに眠れ! 肩メロン・タックル!!」
オリバはウラノスに突撃する。
ウラノスは吹き飛ばされ、壁に激突し、床に倒れこんだ。
…………。
「いいタックルだ。いくらワレが強化しているとはいえ、この人間の体が壊れぬか心配だなぁ」
何事もなかったようにウラノスはニヤニヤしながら立ち上がった。
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